2020年08月04日

Schnee Traum ~第3話~ 1月18日(月曜日)



……。

………。

待っていた。

一緒に帰る友達と別れて、僕はいつも通り、待っていた。

もうそろそろ、あのこが来る。

何日か前に、ようやくわかったんだ。

ここで待っていれば、あのこに会えるって。

来た。

「……」

無言で礼だけして、あのこは通りすぎた。

それだけで僕はどきどきした。

そう、あのこは本当に大人びていて、

お嬢様か何かみたいにだって見えた……。


………。

……。

















 いつもの様に眠気を誘う目覚まし時計で目を覚まし、ベッドから這い出る。

 今日も俺には過酷な日課が待っている。

「名雪―っ、起きろ―っ」

『なゆきの部屋』のドアをがんがんと叩く。家中に音と振動が伝わる。

「……起きたよぅ」

 目覚し時計地獄に入れるわけにもいかないので、家出の彼女は別室に移ってもらったが、それでも朝っぱらからこの騒ぎは驚くだろう。

 しかしこれがこの家の日常だ。受忍してもらう。

「本当に起きてるんだったら、今から言う質問に答えろ」

「…うにゅ」

「25+7は?」

「…さんじゅう…に…」

「今日は何月何日だ?」

「いちがつ…じゅうはちにち…」

「スリーサイズは?」

「上から80……ってわっ!」

 ばたんっ、とベットから落下した音がした。

「祐一、なんてこと聞くんだよっ!」

「どうやら本当に起きたみたいだな」

「うー」

 名雪の起床を確認すると俺は手早く階下に身を移した。


 彼女は、秋子さんが起こしてくれるだろう。







「あ…おはようございます」

 予想に反して、テーブルにはもう彼女がついていた。


「いつも…朝早いのか?」

「普段通り起きてしまって」

 はにかんで彼女が答えた。

「どうせだからと、準備を手伝ってもらったんですよ」


 その言葉を裏付ける様に、テーブルの上にはサラダや殻を向いたゆで卵などがきれいに並べられていた。

 何という良癖だ。

 5分後、でこを赤くした名雪が姿を現した。


「もうあんな起こし方はやめてね」

「彼女くらい早く起きたらな」

「うー」

「少しは俺の身になれよ…」

 名雪に、全く反省の色はないようだった。







§







「……」

 授業が自習になった。

 背後の北川の寝息を聞きながら、俺は今朝の夢を反芻していた。

 ここ2日の夢に出てきた、ラベンダー色の髪の女の子。

 今日夢に出てきた他の連中がランドセル姿だったから、子供の頃の夢なのだろう。

 彼女は、俺が家に連れてきたあの少女なのだろうか?

 夢の女の子と連れてきた少女を結ぶものは紫色の髪だ。

 だが、夢の中の女の子が2歳も3歳も大人びて見えるのに比べ、あの少女はひどく頼りなげで、儚げな印象を受ける。

 俺の中の引っ掛かりを取り除きたかったし、行くあてもないのに出すのは不安だった。もっと彼女と話したかった。







 ――それでは、どうも、有難うございました…



 ――じゃあね







 が、彼女は朝に感謝と別れの言葉を残して行った。

 学校のある俺には、気を付けてな、と言ってやるくらいが関の山だった。

「……」

 何かの予知か。

 それとも、俺の空想が生み出した幻か…

「祐一、課題終わった?」

 名雪の問いに、俺は過酷な現実に引き戻された。

「終わってるわけない」

 考え事に時間を費やしていたおかげで、俺のプリントは新雪の様に白かった。

(……少しは真面目にやらないとな。)

 視線をプリントに戻そうとした俺の視界の隅に、香里の姿があった。

(ここは香里に頼んで、挽回するか。)

 俺は身体をそっちへ向けた。

「………」

 香里は頬杖をつき、窓の外をぼんやりと眺めていた。

「……」

 非常に話し掛け辛い雰囲気だった。

 その視線の先にあるのは、雪に閉ざされた、人のいない中庭。

 その淋しい場所で、同じように幻に見えた少女と会ったのは、ほんの10日前のことだった。



























「さ、そろそろいきましょうね」

「うん、まま」





「おはようございます、秋子さん」 

「く~」

「あらあら、まだ眠そうですね」

「起こしてあげてちょうだい」

「な~おねえちゃん、あさだよ~」

 ぱちっ

「…ふあ」

「起きたようですね」

「あ…」





「おはよう、ことねちゃん」





















 ……。

「…ど、どこだここはっ!」

 目を覚ますと、部屋が和風に様変わりしていた。机も家財道具も一式どこかに消えている。

 とりあえず手元の時計で時間を確認する。

「……マジかよ…遅刻だっ」

 そして布団を跳ねのけたところで理解する。

 そうだ、オレは琴音ちゃんを捜しに来ているんだった。

 どっと疲れて、オレは再び寝床に倒れ込んだ。

 ……今の一人バカ、誰にも聞かれてませんように。

「ぷくくくく……」

 ドアの向こうから、部屋清掃のおばちゃんとおぼしき複数の笑い声がした。

 ダメだった。







§







 一通り通学者がいなくなったところで宿から出て、商店街へ。

 入りかけたところで、

「あ、ヒロくんっ」

 小学生か中学生か分からないのが、オレに突っ込んで来た。

 ・・・ずざぁっ。

 志半ばで空しくしかばねが地に伏す。

「うぐぅ…」

 とりあえずミトンの手をとり、立ちあがらせる。

「おはよ」

 昨日オレに突っ込んできた自称高校生、月宮あゆだった。

「うぐぅ、冷たいし痛いよ~」

 受け身というものを知らないのか、顔面から突っ込んでいた。鼻が真っ赤に染まって、涙目になっている。

「大丈夫か? 足元にも気をつけろよ」

「にも?」

「前方もだ」

「うぐぅ…」

 まぁ元の生活でも、とても高校生とは思えないヤツが多いから気になんねー、と言えばそうなんだけどな。

「早いんだなあゆ」

「そんなことないよ」

 でも、たやすく見つかってよかったぜ。会って早々に、オレは言うべきことがあった。

「なぁあゆ、琴音ちゃんのこと、あれから誰かに言ったか?」

「ううん、まだ誰にも言ってないよ」

「頼むから、他の人には言わないでくれ」

 昨日あゆと別れてから気付いた。

 すっかり失念していたが、探してるオレも三学期中なのだ。

 現役高校生が日中街をうろうろしあちこち嗅ぎまわったら、街の人間はさぞ不審がるに違いない。

 警察に通報され、尋問された上強制送還されたら目も当てられない。それだけは避けたかった。

 って、そーいや、

「お前、学校はいーのか?」

「ボクは私立だからまだ冬休みだよ」

 1月いっぱい冬休みの私立もあんのか。まぁ東京以南は8月いっぱい夏休みだしな、この辺ならそういう学校もあるんだろう。

 実にうらやましい。

 じゃねーって。

 それなら歩いてることに問題はないか…。

 ただどちらにしろ、街をあげての大騒ぎにしてしまったら、たとえ見つかっても琴音ちゃんの心を深く傷つけてしまうに違いない。

 琴音ちゃんの真意がわからない以上、それも避けたい。あくまで、あゆとオレの力だけで探そう。

「そっか。これからも琴音ちゃんの事は誰にも言わねーでくれよな。面倒起こしたくないから」

「うん」

「口止め料は当然払うけどな。何がいい?」

「たい焼きっ!」

 ――間髪いれず、かよ。

「鯛焼きか…」

 オレも甘党だけど、『あんこ』はちょっと苦手なんだよな。

 しかし言い出した以上後には引けない。しぶしぶ行きつけという屋台に着いていくことにする。







§







 ぽつんと一軒だけ立つ屋台で、要求のたい焼きを5つほど買う。

「お、きょうはまた買いにきたのか?」

 屋台の親父の一言に、オレはア然となった。

「またって、お前、朝メシにもたい焼き食ってるのか?」

「うんっ、すきだからね」

 ……ダメだこりゃ。てんぷらにソースのレミィに匹敵する悪食だぜ。

 やっぱり、あゆはおかしいヤツだ。確認。

「お待ちぃ」

 オレの考えには御構い無く、間もなく、焼き立てのたい焼きが紙袋に入れられ渡される。

「はい、お裾分け」

 受け取った袋の中から、こしあんが尻尾まで詰まったたいやきを、あゆが差し出してきた。

「もとはオレの金だぞ」

「気にしない気にしない」

「んじゃ、一個だけ」

 オレも白く湯気の立つそれを口に運ぶ。

 ……。

 ……う、うまいぞぉっ!

 凍てつく寒さの中、屋外で食べるたいやきの味は最高だった。

「やっぱりたい焼きは、焼きたてに限るねっ」

 あゆも心底うれしそうだった。

「もう一匹な」

 オレはまだ湯気の立ち昇る袋に手を突っ込み、もう一匹勝手に取り出した。

「うぐ? ふぁ、ふぁめだよっ(ダ、ダメだよっ!)」

「おいやめろ、あち、あんこが飛ぶっ、口を塞げっ!」

「ひゃひゃよっ!(やだよっ!)」

「…!」

「どうした?」

 急にあゆの攻撃がピタリと止まった。そして、

「あ、栞ちゃんこんにちは!」

 あゆがぶんぶんと手を振った。

 その方角、反対側の通りでは、ストールを羽織った女の子が控えめに手を振り返していた。

 幼げな顔立ちと雪のように白い肌色。

「……」

 否応無しに、琴音ちゃんを思い出させる女の子だった。

「よし、スキあり」

「……あぁ! ひ、ひどいよっ!」

 バカな言い争いと取り合いをしつつオレ達は屋台を離れた。









 

§











 お礼を言ってわたしは水瀬さんの家を離れました。でも、行く場所があったわけではありません。

 商店街をあてもなくぶらぶらと。

 なんだか、いつもよりからだが軽い気がします。この街の空気が澄んでるせいでしょうか。

 でも、いい気分にはなれません。

 ショーウインドに、自分の横顔が映りました。

 他の人には、今のわたしは悪い子に見えるんでしょうか。

 北風が強く吹きつけ、自分が飛ばされそうになります。

 …やっぱり、悪い子に見えるみたいです。

 日が高くなって人が増えてきたので、商店街を離れます。

 途中コンビニで買ったパンをかじって、さらに歩きます。

 人のいないほうへ、

 人のいないほうへと…











§











 北風の吹き抜ける中庭で、オレは今日も栞と対面していた。

「ちょっとだけ走ってきました」

「元気そうだな…」

 と言う俺も息が上がっている。

 結局時間内に課題は終わらず、結果、休み時間が全て犠牲になり、ようやく今終わって駆けつけたのだった。

「元気だけが取り柄ですから」

「病欠してる生徒の台詞じゃないな」

「冗談です」

 その言葉が終わるか終わらないかの間に、中庭雪原を思いきり風が駆け抜けた。

「わっ、飛ばされそうですー」

 栞がスカートとストールを両手で必死に押さえる。

「今なら無防備だから攻撃すれば倒せるかも知れないな」

「わっ、何ですか攻撃って!」

「試しに雪玉でもぶつけてみるか」

「わーっ、そんなコトしたら祐一さんのこと嫌いになりますよっ!」

 だが、この幻の少女こと栞も、話してみると第一印象とは違うおかしな奴だとわかった。

 彼女も、もっと話してみれば違う一面が見れたのかもしれない。

「今日はちょっと大変ですね…」

 風に持っていかれそうになるストールの裾を、懸命に押さえて栞は続けた。

 彼女はこの強風の中を一人歩いているのだろうか。

 何も知らない異郷の地を……。

「祐一さん、明日の約束覚えてますか?」

 はっと気がつくと、栞が俺に問いかけていた。

「明日…」

 咄嗟のことで頭が働かない。

「まさか忘れたりしてませんよね」

「覚えてるけど…でも、ヒント」

 適当な言葉を接いで時間稼ぎをする。

「何ですか、ヒントって」

「だったら、第2ヒント」

「…もしかして、覚えてないんですか?」

 そうじゃない。

「…えっと」

 だが、焦れば焦るほど、意地悪く記憶というのは蘇らないものだ。

「…覚えてないのなら、それで構わないです」

 栞からすっと笑みが消え、寂しげな色が浮かんだ。

 神は本当に意地が悪い。ようやっとそこで、記憶が戻った。

「変なこと言って、申し訳ありませんでした…」

 そのときにはもう栞はすっかり俺に幻滅している様子だった。

「…午後から遊びに行く約束だろ?」

「…祐一さん」

「…えっと」

 思いきり泥沼だった。

「…覚えていたんですか…?」

 いつもの笑顔は、今の栞にはなかった。

「悪かった…ちょっと、からかっただけなんだけど…」

「祐一さん…本当に嫌いになります」

「ごめん…悪気はなかったんだ…」

 とにかく、俺は謝るしかなかった。

「私、ずっと楽しみにしてたんです…明日のこと…」

 真剣な眼差しで、俺を見据える。

「ひどいです」

「…ごめん」

 栞が俺との約束をどれだけ大切に考えていたか、何も分かってなかった。

「…でも、いいです…私もわがまま多いですから、これでおあいこです」

「ごめんな、本当に」

 栞の真剣な表情を見ていると、本当に軽率だったと思う。

「それに祐一さん、ちょっと間違ってます。午後からデートする、です」

 ようやっといつもの笑顔を戻して、楽しげな足取りで栞は去っていった。

 ……。

 はぁ、もう彼女のことを考えるのはやめよう。もう彼女は去ったんだ。









 

§











 人を避け、人目を避けるうちに、わたしは見なれない住宅街に立っていました。

 見慣れない?

 なのにわたしは、迷ったという心細さを少しも感じませんでした。

 屋根に残る白い塊。

 庭の木々はそれを乗せて重そうにたわんで、

 真っ直ぐな道に沿って、家が整然と並んで。

「あの夢…」

 夢と全く同じ光景ではないけれど、何か、知っているような、戻ってきたような感覚。

 はっきりとは思い出せないけれど、今自分が立っている場所に幼いころの自分も立っていたような、そんな感慨にとらわれます。

 試しにそっと膝をかがめて、背丈を子供のころまで戻してみます。

 胸が埋まるような感覚がして、通りが、見なれた光景に変わりました。

 …歩ける。

 なぜ?

 こんな狭い路地も。

 こんな近道も。

 わたしは、知っている。

 時折見せる記憶にない道もあるけれど、わたしの足はとどまることを知りませんでした。

 歩いて、歩いて、歩いて。







§







 かなり早い時間に日が沈むのは、北の街だからでしょう。

 気付くと、辺りは早くもオレンジ色に染まっていました。

 焦げたような赤い光の中、辺りを見回し、ようやくわたしは見慣れない場所にいるんだと思い出しました。

 戻らなきゃ。…でも、どこへ?

 ふとその時、あの家に大事な生徒手帳が起きっぱなしだということに気付きました。



























 ――いえ、クラスメートです



 ――美坂さん…1学期の始業式に一度来ただけなんです…



 ――その後、美坂さんがどうして学校にこないのか…先生も教えてくれませんでした…









 栞とのデートの約束、校舎に戻ったとき出会った、見知らぬ一年生が残した言葉。

 そして、

「今ごろ、どうしているんだか…」

 彼女の心配で脳を過剰回転させながら俺は家路に付いていた。

 この街を離れただろうか。

 まだ、彷徨(さまよ)ってるのか。

 おとついみたいな事態はないとは思うが…。

(やっぱり、気になっているんだな、あの子が。)

 考えている間も脚は進む。長い今日の行程ももうすぐ終わりだ。あと少しで水瀬家の玄関が見えるはず……。

「?」

 家の前に、見なれない人影があるのを発見した。

「あ…」

 微かな声をあげて人影が反応した。

 なんとそれは、今朝出ていった家出少女、姫川琴音嬢だった。

 おそらく用があるのだが、いったん別れた赤の他人の家には声をかけづらく、家の前で逡巡していたに違いない。

 訳もなく、嬉しくなった。

「遠慮するなって、入ろうぜ」

 多少強引に、俺は彼女を招き入れた。







§







「すみません…」

 昨日にも増して、彼女は申し訳なさそうに頭を下げていた。

 まあ一般的な人間なら当然の反応ではあるが。

「大丈夫だ、秋子さんも名雪も、そういうこと気にする人じゃないから」

「食事は、ひとりでも多いほうが楽しいですから」

「ほら」

「で、この家を出て、どこに行こうとしたの?」

「………」

 予想はしていたが、彼女は沈黙した。

 昨日自分で行ってたように、もともと行くあてなどないのだ。おそらく今日一日、当ても無くこの街彷徨っていたに違いない。

「また風邪引いちまうぞ」

「それより、今日泊まる所は見つかったのですか?」

 はっと声を上げて、わたしは顔を伏せました。恥ずかしさで、顔に一気に血が上ったのがわかります。

 これじゃまるでわざと忘れ物をして、こうなるのを狙ってたみたいじゃないですか。

「その様子じゃ、駄目だったんだな」

「じゃあ今日も泊まっていけばいいよ」

 名雪さんが、予想していたように提案しました。

「今日もと言わず、連絡がつくまでいたらいいんじゃないか?」

 相沢さんが、さらに過激なことを言い出しました。

「構いませんよね、秋子さん」

「了承」

「ここに泊まれば宿泊費が浮くぞ」

 いけないこと。迷惑になってしまう。

「気兼ねしなくていい、俺も居候の身だ」

 でも、わたしは、

「………はい…」

 三人の優しい言葉に、最後まで、断りの言葉を言い出すことが出来ませんでした……。



























 今日の収穫は、ゼロだった。

 わかったのはこの街一つでも相当な広さで、一人の人間を見つけるのは相当骨が折れるということだ。

「いっそどえらい占い師あたりが、こうぱーっと見つけてくんねーかな……」

 アホか、オレ。

 さて、明日も真面目にも頑張るとしますか。



ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

2020年08月03日

雪の夢 ~第2話~ 1月17日(日曜日)


 ………。

 ……。

「…朝だな」

 陽光の差し込む室内を眺めながら思わず呟いてしまう。

「何事もなく朝を迎えた…」

 いつも真琴に悩まされていたため、平和裡に朝の光を浴びれることが信じられなかった。

 あいつも人としての常識はあるらしい。

 不意の来訪者が来ているときに騒ぎを起こしたら、どんな先入観を持たれるか。

 着替えて廊下に出る。

 そこでふと、あの少女の状態が気になった。

 結局少女は夕食にも夜中にも目覚めることはなかった。

「……」

 『なゆきの部屋』のプレートが下がった扉からは、物音一つしない。

 この時間なら、名雪はまだ寝ているだろう。もっとも彼女の方は分からないが…。

 ……。

 たとえ起きたとしても、まずびっくりして、出て行きづらいだろう。

 俺は黙って素通りすることにした。







 洗面台で顔を洗い食卓へ。

 いつもと同じペースで朝食を取り…

「うぐぅ…祐一君、いじわる…」

 金曜に引き続き、何故か食卓についていたあゆに突っ込まれる。

 秋子さん曰く、

「また、わたしが誘ったんですよ」

「食事はひとりでも多いほうが楽しいですから」

 らしい。

 だが、見知らぬ他人を朝っぱらから食卓に招いてしまう秋子さんの度量は、ただ人のそれではないと思う。

「ねぇ、祐一君今日はなにか予定ある?」

 あゆが聞いてきた。

 正直に予定がないと答えると、

「一緒に遊ぼうと思ったんだけど」

 遊びに誘ってきた。

 考えてみれば、あゆとは出会うということはあっても遊ぶということはなかった。

「日曜日だもん、遊ばないと」

「俺は構わないけど……」

 いったん承諾しかけたが、すぐまたそれを飲み込む。

「やっぱやめとく」

 あやうく2階に寝ている少女を忘れるところだった。

 あゆにはすまないと思ったが、彼女が目を覚ましたとき、拾ってきた俺は居る義務がある。

「そっか、都合が悪いんなら仕方ないね」

 理由も聞かずにあゆは納得していた。

「ボクもまだ探し物が見つかってないから、今日もそっちを頑張るよ、ばいばい、祐一君」

 それだけ言うとあゆはあわただしく席を立っていってしまった。

(……何しに来たんだ、あいつは。)

 入れ代わりに名雪が入ってくる。

「名雪、あの子、様子どうだ?」

「だ? ……だおー」

 名雪は、まだ完全に寝ぼけていた。

「……とりあえず俺は部屋に戻ってますんで」

 ここにいても仕方ないので、俺も食卓を後にする。

「ええ」

 応えた秋子さんの目には何故か咎めるような光が浮かんでいたが、それを問いただす気にはなれなかった。

 

 

§


 

 

「祐一~、お昼だよ~」

 読書(雑誌)に没頭し、気がつくと時間は昼になっていた。

 下り際に真琴の部屋のドアをノックする。

「おい、いつまで寝てるんだ?」

 一応ノックし、ドアを開けてみる。

「……」

 中はもぬけの殻だった

「……秋子さん、真琴見ました?」

「いいえ?」

 その答えを聞いて俺は確信した。

 記憶が戻ったのだ、あいつは。そして、夜中こっそりと出ていったに違いない。

 朝だったら、早起きする秋子さんが間違いなく気づくはずだ。

 出て行くなら礼の一つくらい言っていって欲しかったが、アレだけ問題を起こした手前、照れくさかったんだろう。

 まぁ、これで迷惑をかけるものはいなくなったわけだ。



 バタン!



 しかしその時、二階でドアの閉まる音がした。

「真琴?」

「違う、名雪」

 答えは俺の思った通りだった。

 間もなく不安げな顔で、紫色の髪の少女がリビングに姿を現した。





 名雪が後で着替えさせたのだろう。彼女はパジャマ姿だった。

「おはよう、姫川さん」

 とりあえず挨拶する。

 いきなり名前を呼ばれたせいだろうか、少女はびくりと肩を震わせた。

「心配しなくていい。とって食ったりはしない」

「……祐一、ひどい」

「あ、あの…」

 ジョークのつもりだったが、かえって彼女の不安を増大させてしまった様だ。

「あぁ、名前か? 悪いとは思ったけど、勝手に調べさせてもらったから」

「そうですか…」

 うつむき加減に少女は応えた。無理もない。

「倒れて、気づいたら知らない家の中じゃ、びっくりするよな」

「やはりわたし、倒れたんですか…」

「すごかったんだぜ、突然商店街のウインドーが粉々に砕けて、そしたら急にあんたが倒れて」

 俺は彼女が意識を失った時の様子を話して聞かせた。

 すると、

「…わたし、また…っ」

 途端に彼女は激しく涙を溢れさせ、パジャマ姿のまま外に飛び出そうとし始めた。

「ちょっと待って、そんな格好でどこに出ていくの?」

 慌てて名雪が肩を掴んだが、あまりの取り乱し方に、言い出した俺の方が固まってしまった。

「わたしのせいなんです、わたしのっ…謝らないとっ!!」

「祐一、泣かせた」

 名雪が非難の視線を向けてくる。

「お、俺は何もしてないぞ、今度こそ!」

 何が彼女のせいかは分からなかったが、その言葉には納得させられる響きがあった。

 彼女が苦しみ出して耳鳴りが始まり、絶叫したらガラスが割れた。何らかの因果関係を疑ってもおかしくない。

 けど。

「まずご飯を食べて少し落ちつきなさい。あなた、昨日から何もお腹に入っていないのよ?」

「ん、ぁあ……」

「謝りに行くのはそれからでもいいでしょう?」

 全く、秋子さんの言うとおりだった。

 

 

 

 

 

§



  

 

 

 

「そういえばこっちはまだ自己紹介してなかったな。俺は相沢祐一。この家の居候だ」

「あちらが水瀬秋子さん、この水瀬家の家主だ」

「で、こいつが秋子さんの娘さんの名雪。俺と幼なじみのいとこだ」

 わたしがテーブルについたところで相沢さんは家の人間の紹介をはじめました。

 さっき取り乱してしまった恥ずかしさで、わたしは身を硬くしていました。

 なんとか落ちつこうとしたけれど、名雪さんの紹介をされたとき、自分でもわかるくらい強く反応してしまいました。

「…姫川、琴音です」

 わたしも自己紹介をします。とはいっても、向こうはすでに知っていることですけど。

「姫川さん、お歳は?」

「高校、1年です」

「ということは俺らの一つ下か」

「どこの高校?」

 名雪さんがわたしに聞きました。

 遠い地で、見ず知らずのわたしを助けてくれた方々に、黙っていることはできません。

 わたしは答えました。同時に持ってきた生徒手帳をテーブルに置きます。

 とたんに、相沢さんがいぶかしそうな目をしました。

「内地の学校ですから」

 慌ててフォローしましたが、その視線はわたしに向けられたものではありませんでした。

 すぐに、ぺしっという音がして、名雪さんが頭を抑えました。

「痛いよ祐一…」

「真面目に持ち物調べたのか、お前は」

「文句があるなら祐一が自分でやってよ…」

「できるかぁっ!」

 ふと、その姿が嫌な光景に重なりました。 

 あぁ、顔が、目の前の光景を嫌がって歪んでる…

 けれど運良く、わたしの表情の変化に気づいた人はいませんでした

「――って、関東近郊の学校じゃないか。なんでまた今ごろこんなところへ?」

 物思いから還ると、相沢さんがわたしに尋ねていました。

 真っ先に浮かぶ疑問でしょう。関東の学校が北国より冬休みが長いなんて、普通ありえないことですから。

「……」

 わたしは答えませんでした。答えられませんでした。

「家出か?」

 いいえ。違うんです。

「祐一さん」

 でも、ある意味そうかもしれませんね…

「どなたか知り合いの方でもいらっしゃるんですか、幼なじみとか」

「いいえ、そうじゃないんです…」

 また…。

 たった一つの単語なのに。

 自分の嫉妬深さが、こわくなりました。

「訳あり、みたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間もなく、3人前のラーメンが運ばれてきた。

「なると、なると」

「じっと見てると、吸い込まれるぞ」

 なるとを回して遊ぶ名雪と戯れながらも、彼女からは目を離さない。

「……」

 彼女のラーメンは、置かれてからほとんど減っていなかった。

「多すぎましたか?」

「いえ…」

「おかあさん、熱あるみたい」

 自分と彼女の額に手を当て名雪が言う。

「疲れているのね。…どこか行く当てはあるんですか?」

「いいえ…」

「その体調で出歩くのは無理ね。今日1日、うちでゆっくり休んでください」

 優しい声で秋子さんが提案した。

「すみません…」

「いいのよ、気にしなくて」

 さっきまであれほど焦っていた彼女も、安心したのか素直に申し出を受けた。

 この辺が、年季とか歳の功とかと云うのだろうか…

 

 

 

 



§



 

 

 

 

 昼過ぎにオレは街の駅に到着した。

 すぐさま駅員に紫色の髪の少女が通らなかったかどうか確かめる。

「この街の人間はみんな紫色の髪なのか!」

 なんてアホなことも考えていたが、幸いなことにここでも琴音ちゃんの紫色は珍しく、昨日見かけたという情報を入手した。

「彼女家出して……オレは兄なんです」

 あぁ、はズかし。

 もうベッタベタの言いわけを使い、オレはなんとか駅員に、琴音ちゃんを見かけたら駅に止めてくれるよう約束を取りつけた。

 見た感じ、この街から電車を使う以外に遠くに行く方法はなさそうだ。

 琴音ちゃんが車やバイクをかっぱらって街を出るとは考えづらいから、駅を押さえてしまえばこっちのものだ。捜索範囲をこの街のみに限定することができる。

 他人の車に乗せられていくという可能性はあえて考えないことにした。そこまで自暴自棄になっていないことを祈りたい。

 ついでにこの街で一番安い宿泊施設も教えてもらう。

 ……そこ、笑うな。生活の知恵だ。手持ちの実弾が尽きたら、そこでオレの捜索はアウトなのだ。

「宿に行く前にひと探しすっか」

 オレは地図を入手しに、商店街に足を向けた。









 商店街はかなり賑わっていた。

 温かみのある路材の色と固まって残る雪とが、異郷へ来たことをしみじみと感じさせる。

 ざっと商店街の案内板を見たが、さすが北の街。商店街も規模がでけーぜ。

「探してる内にすれ違ってもおかしくねーぞ、これじゃ…」

 まず、どっから手をつけるかな…。

 立ち止まって考え込んだ矢先、

「祐一君っ!」

 どかっ。

 ごき。

「うおおおわぁぁっ?!」

 背後から突然攻撃を食らい、オレは景気よく雪の上に倒れた。





「あ、あれ?」

 跳びかかってきた奴が、不思議そうな声をあげる。

 ややあって、

「うぐぅ…間違えた…」

 オレの上に乗っかったまま、呑気なセリフをそいつは続けた。

「うぐぅ、体中雪だらけ…」

 どうでもいいけど、いい加減どけよ。

 濁った雪に擦られ、押し付けられている顔が冷たさでひりひりしてきた。

「いつまでのっかってるんだ?」

「………あっ!」

 およそ3秒の間ののち、マルチばりの動きでそいつは飛びのいた。





「ごめんなさいっ、後ろ姿が似てたから……」

 犯人はダッフルコートを着てブーツを履き、赤いカチューシャをつけた羽付きの奇妙な生き物だった。

「てっきり祐一君がボクを手伝いに来てくれたかと思って…」

 訂正。

 よく観察すると、背中に生えている羽はリュックについてるだけだ。

 …見た感じ、琴音ちゃんよりも年下、だな。

「要は知り合いに似てたんだな、オレが」

「うん…」

「ま、いいぜ。これからはちゃんと確認してとびつけよ」

 変な音を立てた首が心配だが、相手が相手だけに怒ってみても仕方ない。ここは寛大に接しておこう。

 もっとも、相手が本命だったとしてもさぞ迷惑だろーな。

 同情するぞ、祐一。

「うぐぅ」

「変な返事だな」

「うぐぅ…ほっといて」

「うぐぅ」

「まねしないで~」

 やはり外見通りあまり年はいっていないようだ。とりあえず、面白い。

「しっかしいつもこんな挨拶してんのかお前は…」

「たまたまだよっ」

 恨むぞ、祐一。

「ということは、この街のあいさつじゃないんだな」

「当たり前だよっ」

「よかった…」

「うぐぅ、祐一君と同じでいじわる…」

 事情はともかく、これはラッキーだ。向こうから突っ込んできてくれたおかげで、話しかける手間が省けたぜ。

「なぁおまえ、最近紫色の髪をした女の子、見なかったか?」

 オレは聞いてみた。

「う~ん、そんな子、見ないよ」

「そうか…」

「探してるの?」

「あぁ」

 ヤバい。

 話の流れからこの次に続くのは、『オレと琴音ちゃんの関係』だろう。

 さっきみたいな嘘じゃ、この子の雰囲気的にまともに信じこんじまいそうだ。もし見つけたときに、話がややこしくなる。

 なにかいいウソを…考えろ、考えるんだオレ。

 ところが、

「そっか。最近ボクもこの商店街で探し物をしてるんだ、見つけたら教えるよっ」

 オレにとって非常にありがたい答えが返ってきた。

「いや、オレもお前の探し物に協力するから、一緒に探してくれ」

 嬉しさのあまり、オレの方から協力を申し出た。

 闇雲に探し回るより、土地勘のある人間がいたほうが断然有利なはずだ。

 偶然とはいえ、せっかくの機会を利用しない手はない。

「うん、いいよっ」

 よしっ。のっけからついてるなオレ。







「それならお互い名前を知らないと不便だよね。ボクはあゆ。月宮あゆだよ」

「オレは藤田浩之だ、よろしくなあゆ」

「ねぇ、探してる女の子って、どんな子なのかな」

 さっそくあゆが聞いてきた。

「あぁ、名前は姫川琴音、オレの一つ下で高校一年、身長は…」

「ふぅん、ボクの一つ下なんだ」

 オレの耳が、ただならぬ情報をキャッチした。

「はあぁぁぁ!? 嘘だろ、お前、高校2年か!?」

 オレの目にはどう高く見積もっても中学生、正直なところ小学せ…

「そうだよっ」

「嘘つくな!」

「嘘じゃないよっ!」

「いいや、その外見からして絶対絶対絶対に…」

「絶対に、何なのかな?」

 あゆは、笑っていた。

 だが眼と声は、不機嫌な時のいいんちょとタメを張れるくらい、冷たい。

「いや、なんでもない」

 怖い。続きを話すのはやめよう。

「じゃあ、早速探すか」

「うんっ、よろしくねヒロくんっ」

 ヒロくん…

 まだ大いに疑いは残るが、さっきの形相からすると本当っぽいので無理矢理信じておこう、うん。

 しかし、初めて呼ばれたが『ヒロくん』ねぇ。

 なかなかいいかもしんねーな。あかりの『浩之ちゃん』に比べれば大分マシだ。

「はやくいこっ」

 さっそくオレたちは捜索を開始した。

 だが、歩き出して早々、オレは凄まじいものを目にすることになった。

 ガス爆発でもあったように、ショーウインドーが粉々に壊れた店舗たち。

 間違いない。これは琴音ちゃんの仕業だ。

 琴音ちゃん、まさか『チカラ』が制御できなくなってるのか?

 予想以上にやべえぞ。早く見つけないと大変なことになる……。

 

 

 

 





§





 

 

 

 

 辺りの日の光が消え去り、夕食の時間になって、彼女は再び姿を見せた。

「気分はどう?」

 下りてきた彼女に、名雪が真っ先に声をかける。

「…はい、おかげさまで、すっかりよくなりました。ご迷惑をおかけしました」

「…そろそろ聞かせてくれるか、この街に来た理由」

 山のように聞きたい事はあったが、無難そうなところから俺は切り出した。





 ……。

「夢、か…」

 彼女の話によると、理由はやはり家出。この街を選んだ理由は、数日前に夢で出てきたということだけらしい。

 もっとも、真琴という前例があるだけに、本当であるかは未知数だ。

「おかしいですよね、そんなことで出てきてしまうんですから」

 信憑性は段違いだが。

「全然知らないのこの街? 昔いたとか」

「いえ、全く記憶にはありません…」

「とりあえず両親に連絡した方がいいんじゃないですか」

 秋子さんに視線を移し、促してみる。

 しかし秋子さんはかぶりを振った。

「たぶん、繋がらないと思います。二人とも仕事が忙しいから……」

 はっきりしたことは言えない。が、今の声の調子では、彼女は両親にあまりいい感情を持ってなさそうだった。

「昼間、『わたしのせい』とおっしゃってましたね、あれはどういうことなのですか?」

 珍しく秋子さんが質問した。

 聞いてる内容は非常にきついのだが、例によってその言葉尻には人を安心させる響きがある。

 ややためらったあと、彼女が重い口を開いた。

「……わたしの、『チカラ』のせいなんです」

「『チカラ』?」

「一般に超能力と呼ばれているのと、同じものです」

 あまりにも唐突過ぎて俺は言葉を失った。

 非科学的なことは好きだし、あったらいいとも思う。が、あくまで空想上での話。実在などするわけがない。

 嘘をつくにしたって、もっとマシなのをつけばいいものを。

「超能力なんて……」

 俺の気持ちを代弁し名雪が失言した。

 その答えを予想していたのか、彼女は悲しそうに目を伏せた。

「皆さん、言っても信じないんですよね、目には、見えませんから……」

 その言葉が終わったとたん、また耳鳴り――昨日のよりはずっと弱い――が始まった。

 彼女は両こぶしを握り締め、少し眉間をよせている。

 瞬転。

 テーブルの上の皿が2枚、宙に浮いた。

「……!」

 30センチは上がっただろうか。次に2枚の皿は、空中で回転を始めた。

 浮かされたような心地で皿の下に手を入れてみるが、そこにはなんの手応えも無い。

 やがて空中で静止すると、皿は音も立てずにゆっくりと元の位置に降りたった。







「――これが、『チカラ』です」

 彼女の言葉で、俺はようやく我に還った。

「……」

 ほんの数十秒前まで、俺は超常現象の存在を一切信じていなかった。

 だがこれだけ明確な証拠を突きつけられて、疑う余地がどこにあろう。

 間違いなく、超能力は実在する。そして彼女は、それを行使できるのだ。

 なんて、ことだ。

「あらあら」

「ふしぎ~」

 しかし、この二人にかかればそんな大事件もその程度で済まされるらしい。

「いつもは制御できていたんですけど、あの時、疲れていたせいで、だから…」

 つまり、あの惨事は、この力の暴走が原因だと言いたいらしい。

 そこで言葉が嗚咽に変わった。

「…わたし、また…っ」

「疲れてたから、上手く行かなかったんですよ」

「はい…」

「誰だって、失敗の一つや二つあるよ」

「一晩たてばよくなりますよ」

 秋子さんがすかさず言葉をかける。

 どうやらいつもの様に、彼女を泊める気らしい。

「あ……」

「その体調で今から宿を探すのは無理よ」

 彼女の口から出てきそうだったものを、秋子さんは先回りしてとどめた。

「……すみません」

「ぜんぜんおっけーだよ」

 名雪の言葉で、その場はお開きとなった。

 

 



§







「超能力ってほんとにあるんだね」

 寝る間際、名雪が話しかけてきた。

「あぁ、俺も心底驚いた」

「私もほしいなぁ。祐一が嘘ついたら、タライを頭にぶつけてね」

 楽しそうに話し続ける名雪を、俺はいつになく厳しく睨みつけた。

 名雪も秋子さんも、あの瞬間を目撃していないからこんなに気楽なんだ。

 あれが身体が光る程度だったら、俺も軽口の一つも叩いたかもしれない。

 だがあの力は、一歩間違えれば人の命さえ奪いかねない、危険な代物だ。

 羨ましいなんてとんでもない。あんなのを持って生きるのは、いつ炸裂するかわからない爆弾と共に過ごすようなものだ。

 ……。

 ――それは俺以外の他人も同じように思う……。





 彼女が飛び出してきた理由には、どうもあの超能力が関係しているようだ。

 たとえ、今まであそこまで大きな破壊や傷害がなかったとしても、だ。

 何の縁か、俺達は彼女に関わりを持った。

 本当に行く当てがないのなら、真琴のように当てが見つかるまで家におくことになるだろう。

 その時俺達は彼女をケアしなければならないし、間違っても追い詰めてはならない。

 冷え切ったベッドに入る。

 眠りに落ちようとする俺の中で、ずっと何かが引っかかっていた。

(あの子、どうしてこの街へ来たんだ…)

 そんな言葉では、とても表せないようなものが……

 

 

 

 

 結局、真琴は戻ってこなかった。

 

 

 
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Schnee Traum ~第1話~ 1月16日(土曜日)




 き~んこ~んか~んこ~ん。

 …よーやっと1時間目終了か。あと2時間で、うれしい休日がオレを待ってるぜ。

 休み明けテストもぎりぎりでクリアしたしな。

 もう少しすれば学年末テストがやってくるから、遊んでられるのは今のうちだけだ。

 来年の今ごろ、オレはどーしてんだろうな。

 先輩の予言通りなら、俺は大学まで進むらしいからセンター真っ最中か。いや、先輩みたいに私大推薦ってのもいいかも。

 ……オレの柄じゃねーな。

 まだ300日以上先の話を考えたって仕方ない。やめやめ、寝よ。

「大変大変! ちょっとヒロいる?」

 眠りの世界に向かったオレを連れ戻しに、やかましい悪党がやってきた。

「ヒロッ! ちょっときなさい!」

 たっく、うるせえなぁ。

「オレの眠りを邪魔すんな。歩く東スポは冬はネタ切れなんだろ、無理すんじゃねーよ」

「お、長岡、今日はどんなネタを仕入れてきたんだ?」

 声を聞きつけ、あっという間にガセネタの購読者が志保に群がり出す。もはや教祖だ。

「ちょっと今日は悪いけどおやすみ、ヒロ、ちょっとこっちへきなさいっ!」

 ずかずかとオレのところまで来るなり、志保はオレを廊下に引きずり出した。なんだってんだ全く。









 冬の廊下は、教室とはうってかわって極寒地獄だ。じっとしてると骨まで凍る。

「こんなとこに呼び出して、なんの用だ?」

「し~っ……あんた、姫川琴音ちゃん、家にかくまってない?」

「は?」

 開口一番、なんてことを言い出しやがるんだこいつは。

「いいかげん見境なく手を出す癖はやめなさい。それも年下に」

「ちょっと待て、ガセネタにもほどがあるぞ。いーかげんにしろってんだ!」

 確認に来たのがせめて不幸中の幸いというやつだ。

 ……待て?

 なんで、確認に来たんだ?

 いつもならばら撒いてから確認、いやこいつに限ってはそんなこと絶対にしやしない。

「ほんとのほんとに、知らないのね」

「ああ。どうした、琴音ちゃんに何があったんだ?」

「彼女、失踪したのよ」

「なにいっ!?」

 ま、マジか!?

 あの超能力の一件が終わったあと、だいぶ琴音ちゃんとは関係が薄くなったけど……一体何があったんだ!?

「3日前から、無断欠席してるらしいの。今日もいなかったわ」

「なんだそーいうことかよ、風邪だろ、カゼ」

 ビビらせやがって。

 ――内心、かなり胸をなでおろしたけどな。

 たっくコイツにかかると、どんな話も3倍になって出力されるからタチが悪い。

「驚かせんなよ、またあの時みたいなことになったかと…」

 だが、志保の目つきは和らぐところか、厳しさを増していた。

「あのおとなしそうな優等生タイプの姫川さんが、何の連絡もなしに病欠すると思う?」

 ――確かに、琴音ちゃんが無断欠席するなんてちょっと考えにくいな。

 友達、もしくはオレに何か告げてるんじゃないかとこいつが考えてもおかしくない。

「しかも親も何も言ってないのよ、どゆこと」

「……おい、今なんつった」

「だ~からっ、風邪で休むなら風邪、お葬式ならお葬式って本人か親が連絡するでしょ。なのに今日まで担任はおろか学校にも電話一本入ってないらしいのよ。完全な無断欠席」

「……!」

 ようやっと、オレにも事態の深刻さが飲み込めてきた。

「病欠でも忌引でもないんだったら、んじゃなんなわけ? 例の超能力もおさまって友達も出来て、前みたいな無断欠席する理由なんてないじゃない。そしたら最後はアンタをあたりたくなるのは当然でしょ?」

「琴音ちゃんの両親は共働きだ。おまけに帰ってこない日も多いって言ってた。知らない可能性が高い」

「……マジ?」

「琴音ちゃんが一週間欠席してたときも、全く事情はつかんでなかった…」

 志保が、ゴクリと息を呑む。

「……わりぃ、今日は早退だ。探しに行く」

「待ってヒロ。あたしも協力するわ」

 軽くうなずくと、オレは教室へ鞄を取りに走った。







 真っ先にオレは、あのときと同じように公園を探した。

 商店街、駅、オレ達は考えうる場所を探し回った。

 放課後になって出てきた雅史、あかりも加わって日暮れまで探し回った。

 だが、琴音ちゃんの姿はどこにもなかった…。







§







「何か連絡が来たら即知らせる…今日は解散だ」

 3人が疲れきった顔でうなずき、無言でめいめいの家へ向かっていった。

 オレも暮れ行く陽の中を帰る。

 …どうしたんだよ、琴音ちゃん。

 もう、超能力(ちから)は克服したんだろ?

 友達だって出来たんだよな?

 もう大丈夫じゃ、なかったのかよ?

「どうして、一言オレに相談してくれなかったんだよ……」

 そうこう考えてるうちに家に帰りついた。

 惰性で郵便受けを開ける。



 どさどさどさ…



 1日ぶりに開けた箱からは、ダイレクトメールの山が吐き出された。

「…?」

 雪に散らばったチラシの中に、白い封筒がはいってるのを見つけた。慌てて拾い上げる。

 差出人は書いていない。しかし裏の封を見た瞬間、オレにはわかった。

「イルカのシール……琴音ちゃん!」

 オレはかじかんだ手で、しくじりながらその場で封を切った。





















 少しの間、北に行こうと思います。心配しないで下さい。

 きっとまた、戻ってきますから。






















 手紙の文はたったそれだけだった。

「……ということだ、志保、オレは琴音ちゃんを追っかける」

 約束通り、オレはまず志保に電話をいれた。

「ちょっと待ちなさいヒロ! あんたそれしか手がかり無いのに、当ても無く探し回ろうってわけ?」

 その言葉も一理ある。修学旅行のときにもあの広さは実感した。ましてや今度は全範囲だ。だが、

「無謀なのはわかってる。だけどじっとしてろってのか? 琴音ちゃんは暗にオレに追ってきてもらうことを願って…」

「わかってるわよ! でもものには段取りってもんがあんのよ。あんたまず琴音ちゃんの両親には連絡したの?」

「う……」

「もしかしたら行きそうなところをピックアップしてくれるかもしんないし、それを匂わせるような言動をしたかもしれないでしょ。も少し落ちついて考えなさいよ。…分かった? 連絡して何か仕入れたらまた電話して」











「おとといの朝、そういえばあの街の話をしてました…」

 オレは琴音ちゃんの家に急ぎ事情を説明した。

 両親があまりにも冷静だったことに、オレは苛立ちすら覚えた。

 遠くには行ってないだろうと思っているのか。

 それとも、怪現象を起こす疫病神を厄介払が出来たとでも思っているのだろうか?

 家族の話をしたときに見せた琴音ちゃんの作り笑顔が、ちらついて離れない。

 それでも手紙を見せると、琴音ちゃんの母さんはうろたえて、そんなことを呟いた。

「あの街?」

「この街に来る前、ある時期だけ函館以外の町にもいたんです。あの子は小さかったから、覚えていないと思っていたんですが…」

「どこなんです、教えてくださいっ!」





§







「……らしい、志保、ありがとな」

 帰ってからオレはもう一度志保に電話をかけた。今日だけは、素直に礼が口から出て来る。

「で、どうするの?」

「決まってる」

 琴音ちゃんの母さんは、オレに、ある北の街の名前を教えてくれた。

 生まれてから一度も聞いたことが無い場所。それほど大きな町ではないらしい。

 けれど聞いた瞬間、オレには、何か不思議な確信が生まれていた。

「今日中にここを発ってその街に行く」

 琴音ちゃんは、きっとその街に向かった。そして絶対そこにいる。

 間違いなくそうだと思った。

「一人で行く気? あたしも付れてってくれない?」

「ダメだ、頼むからここに残っといてくれ」

 オレは即座に断った。

 邪険にしたわけじゃない。むしろ今の状態なら志保ほど頼れる奴はいねーだろう。

 だけど、

「いざというとき、お前にはここでいろいろと調べてもらうかも知れないから。それに…」

「ぁ……分かったわ」

 何か反論しようとしたのを飲み込むのが聞こえる。

 そう、旅の障害を除くため、こいつにしかできないことがある。

「あかりはあたしが押さえておくわ。行ってらっしゃいヒロ」

「あぁ」

「必ず琴音ちゃんを見つけ出して、そして必ず戻ってくるのよ」

「何だよ、その戦場に人を送り出すようなセリフは。相変わらず大げさ過ぎなんだよおめーは」

 ようやっと志保らしい台詞が聞けたぜ。あんまり真面目モードが続くと、こっちの調子が狂っちまうからな。

「カンよ、カン。あんたは信じないでしょうけど、このヤマなんか嫌な予感がするのよ。さっきからしきりにやばそうだって訴えてる」

「……」

 いつもなら突っ込み返してやる場面だが、今日だけは志保に頭があがりそうもない。

「じゃぁ、な」

 オレは静かに受話器を置いた。

 最小限の荷物をトランクにつみこみ、考えうる限りの防寒をし、ためていたへそくりを全部引っつかんで、オレは空港へ足を向けた。

 時計は午後5時を指していた。

 一刻も早く、その街に行かなきゃな…。













§















「ばいばい、祐一さん」

 そう言って、少し恥ずかしそうに手を振った栞を見送り、歩き出した。

 ただ商店街を歩いただけだったのに、栞は終始楽しそうだった。

 それにしても……

「あのもぐらたたきには笑わせてもらったな」

 もはや芸術の域に達してると思う。

 次行くときは上手くなっていると言っていたが…

(――絶対ないな)

 思い出していると口元から緩んでくるので、意識的に顔を引き締め家路を急ぐことにする。



























 寒いです。

 歩きなれない冬の街をさまよってしまったせいで、身体がふらふらします。

 そういえば、今日どこに泊まろうか、全く考えていませんでした。

 一人でいると、本当に自分が子供なんだと実感します。

 けど、こんな子供にも、不幸は容赦してくれませんでした…。



























「ぐっ!?」

 突如、頭が鉛の様に重くなった。激しい耳鳴りがする。

 風邪や何かじゃない。頭の中から突き上げてくるような、体験したことのない異質な感覚だった。

 立っているのも辛くなり、膝をつく。

 その場にうずくまりつつ、周りに助けを求める視線を送る。

 ところが。

 症状は周囲の人間全てに現れているようだった。みな同じように頭を抱えて座り込んでいる。

 夕暮れ迫る街。

 賑わう商店街。

 平和に暮れようとする一日の最後に、原因不明の病気が人々を襲っていた。

「………やめて…て……もう…」

 そんな中、俺の耳がかすれた懇願の声を拾った。目で必死にその声の出所を追う。







「おねがい…こんなところで…」

 頭を押さえ、何かを押さえつける様に、一人の少女が雪の上にしゃがみこんでいた。

「おい、大丈夫か!」

 頭痛を抑え駆け寄る。

 他の人間も辛そうだが、彼女は全く別格の痛みを有してるように見えた。

「ダメです、はなれて……わたしから…」

 辛そうな表情とは正反対に、少女は俺を必死に拒絶する。

 耳鳴りがさらに勢いを増した。

「ぐ……」

「はやく…はなれてくださいっ……」

「何がダメなんだ、おいっ」

 彼女に触れようとしたそのとき、

「ぁあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

 耳鳴りが最高潮に達し、

 パリン。

 ばりんばりんばりんばりんばりんっ!!

 彼女の叫びと共に、周りの店のショーウインドが雪崩をうって木っ端微塵になった。

 そのままこときれて、少女は雪の上に横たわった。







 路面に崩れたまま、彼女はぴくりとも動かない。

 ……っておいっ!
「おいっ!」

「……」

 顔の前に手を当ててみる。とりあえず息はしているようだ。掌が温かい。

「おい、しっかりしろ!」

「……」

 俺が振るのに合わせて、首から上ががくがく揺れるけれど、自力で反応する気配はない。

「おい、おいっ!」

 俺は少女を抱き起こした。

 そこではじめて、気づいた。





 少女の髪の色は、紫色だった……。





 人々は自分の身に起こった異常と、ショーウインドーが前触れなしに砕け散るという常識外れの惨事だけ気を取られているようだ。

 本来ならば、警察に届け出なければいけない事態なのだろう。

 けれども俺は、なぜか彼女を背負って家に向かっていた。






§







「ただいま」

 とりあえず玄関からリビングに入ると、名雪が開口一番言った。

「わ、また大きいおでん種…」

「またお前はそれかっ!」

 俺が帰ったのを知り、秋子さんも入ってきた。

「またずいぶんと…」

「秋子さん、同じネタは三度までにしてください」

「……」

 ものすごく悲しそうだった。

「事情は後でゆっくり話します。とにかく彼女を二階で寝かせてあげてください」

 今回は、俺が音頭を取った。

 何故なら彼女は旅行鞄を持っていたからだ。よもや、記憶喪失の身元不明人ではないだろう。

 そして、口にはしなかったけど。

 おとついのあの夢が、どうしても片隅に引っかかっていた……。

「名雪、部屋借りるぞ」

 当たり前だが、この清純そうな少女を、傍若無人で危険な真琴の檻においておく道理はない。

「……これって、誘拐に近いんじゃないか」

 寒くないように布団をかぶせると、俺は部屋を後にした。













§

















 人生2度目の飛行機は、遅すぎて気が狂いそうな乗り物だった。

 さっきまで見ていたくだらない映画も、もう目に入らない。

 窓の外に視線を移してみる。

 地面まで距離があるうえに夜のせいで、どこにいるかは全く分からなかった。

 琴音ちゃん、大丈夫だろうか。

 あまり子供扱いしたくないけど、今日泊まる場所は確保できたんだろうか。

 よもや良からぬ輩に引っ掛けられてることはないと思うけど……。



 ぞっ!



 そのとき、いきなりオレは背筋に寒気を覚えた。

 いや、この表現は正しくない。今のは『風邪を引いた』とか『虫の知らせ』系統の感覚じゃなかった。

『違和感を感じた』

 これが適当だろう。

 その理由は空港のロビーを出た刹那に分かった。

「さみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっ!!!! 寒い寒い寒い寒い寒い、寒いっっ!!」

 これじゃ学校の廊下だってパラダイスだぜ。予想していた寒さが全く相手になんねーぞ。

 寒気が厚手の防寒着を悠々と貫通してくる。サギみてーな寒さだ。

「これが、北の大地の真の姿か…」

 この中を捜すのはまともな人間のすることじゃない。琴音ちゃんもこんな中をさまよってるってことはないだろう。

 そう結論付けて、オレは凍死しないうちに宿を探すことにした。

 運良く旅館に滑り込むことができ、志保に連絡を取る。

 目的の街は、まだだ。

 明日一番に列車に乗ることを決意すると、オレは疲れですぐ眠りに落ちた。
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Schnee Traum ~プロローグ~ 1月14日(木曜日)








 夢……





雪のない、初夏の街の風景に





友達とふざけあうその視線の先に





ぼくはいつも、一人の女の子を見ていた





その子が、あまりにも綺麗だったから







僕は、その子に…………

























『朝、朝だよ~』

 …………。

『朝ご飯食べて学校行くよ~』

 いつものように、俺はベットの上に居た。

 身体を起こし、カーテンを勢いよく開けると、凍てついた外の景色が広がった。

 寒さで縮み上がる毎日。

 だが、今日はそんな感覚すら忘れていた。

 夢。

 いつもは見ているのかさえもわからない夢。

 けれど、今日は覚えていた。

 夢の中で見た、

「ラベンダー色の髪の、女の子…………」



























 どこでしょう?

 目の前に広がっているのは雪景色。

 雪、雪、雪。

 白い家々。

 見たこともない造り。

 見たことのない人々。





 見たこともない、街…………。  




















 わたしは目を開けました。

 カーテンごしにも、雪明りで外が明るくなっていることがわかります。

 天井を見たまま、しばらくぼうっとします。

 横をむき、お気に入りのイルカのぬいぐるみを手に取ります。

 何もする気になりません。

 毎日、毎朝、毎晩……。

「浩之さん……」

 そっとその名前を呟きました。









 わたしの超能力(ちから)が安定し、友達が出来たのを見届けて、浩之さんはわたしから離れていきました。

 もう自分がいなくても大丈夫だと思って。

 でも、やっぱり違います。

 友達はわたしを特別な存在として見ていました。そして、それを目当てに、近づいてくる……。

 『普通』になることがいけないと言うかのように……

 無理して特別に慣れればいいのか、普通を押し通せばいいのか、わたしには分からない……

 気がつくと、そんな風に近づく他人から、離れようとしている自分がいました。

 わたしをわたしとして見てくれていたのは、

 本気で一緒にいてくれたのは、

 やっぱり浩之さん一人でした。

 でも、浩之さんの目に映っているのは違う女性でした。

 ――神岸あかりさん。

 生まれる以前から連れ添い、付き合い、ずっとここまで来た人。

 幼なじみの絆を破れるほど、わたしは強くありませんでした。

 離れていく浩之さんに、わたしは何も出来ませんでした。

 でも……。







 ―――浩之さん、わたしは、あなたが好きだったんですよ……。







 朝食の席で、わたしはママに朝見た光景の話をしました。

 雪で真っ白に彩られた景色、わたしが覚えている函館の街の景色ではありません。

 もしかしたら、昔いたところかもしれないと、答えが返ってきました。


 わたしが、ほんの少しの間だけいた街だと……

 それに付け加えて、今日も仕事で戻らないとママは言いました。


 いつだってそう。

 一度だって、この食卓で、愛を感じたことは、ありません……














 昼過ぎ、わたしは駅の前にいました。

 傍らに、荷物をおしこんだトランクを置いて。


 大好きな浩之さんも、一緒に助けた『浩之さん』もおいて。

 学校に行けば、またみんなに会わなくてはいけない。日増しに近づいていく浩之さんと神岸さんの仲を見続けなければならない。

 わたしには、耐えられそうにありません。

 だから、この街から離れようと、決めました。

 永久に家出がしたいわけではありません。そんなことができないのは、わかっています。

 ただ、少しの間だけ、自分の心を包んでくれるような場所が欲しい。

 自分のこころが、それに耐えられるようになるまで、離れていたい……

 行き先は夢で見た、あの街。どこにあるかも分からない、あの雪の街。

 吹き出しそうになるくらいおかしな行動だけど、今のわたしにはそれしか考えられませんでした。

 ポストに手紙を落とすと、ふぅ、と溢れ出す、息。

 その白い霧に包まれながら、わたしは呟きました。












「北へ、行こうと思います……」



























ALGOL PRESENTS from “To Heart” to “Kanon”



Schnee Traum




ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

2020年08月02日

過去作「Schnee Traum」をブログに掲載します。

こんばんは、あるごるです。
前言通り、明日21時から。毎晩3話ずつ、連続掲載します。

もっと早く、こうしていればよかったです。

ずっと昔にコメントをくれた、こんさん。大変、お待たせしました。
真夏の夜の「雪の夢」は、あなたのために。



posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2020年07月31日

迷える彼は仲間たちと別解である[y]を探す

好きじゃない作品の二次創作をする人って、まずいないと思うんですよ。
もちろん、その「好き」には「作品として」と「商業的に」のふたつがあると思うのですが。

こんばんはあるごるです。
前略、久しぶりにSSを書きました。

自サイトをゼロから作る元気はないので、昔のように、投稿です。
投稿サイトを見比べ、様々な理由で、置き場はpixivにすることにしました。

書きかけのままサイトが消え、時節を逃して永遠のお蔵入りになった作品もあり、書くのは怖かったです。
ですが、結局脱稿まで待てず、見切り発車で第一話をあげてしまいました。
ずっとストーリーを考え続けるのが、こんなに楽しいことだって、忘れてました。

それだけ好きになってしまったんです、「ぼくたちは勉強ができない」が。


書き出したのは、緒方理珠ルートのifストーリー。
ぼくたちは勉強ができないSS「Another proof」


(追記)
ポートフォリオとして、いくつかの作品も、pixivにのせようかと思います。
私の代表作「Schnee Traum」は、htmlのフォントいじりが再現できる環境がないため、本当に今さらですが、このブログに起こしたいと思います。
posted by あるごる。 at 22:00| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2020年05月25日

ぼくたちは勉強ができない・機械仕掛けの親指姫編完結

ko.jpg


……失礼、思わず本音が。
いい年してますし、とりあえず次元が違う話。落ちついて、稚拙な表現の代わりに先人の知恵をお借りすることにしましょう。


“ベクターキャノンモードヘ移行”
“エネルギーライン、全段直結”
“ランディングギア、アイゼン、ロック”
“チャンバー内、正常加圧中”
“ライフリング回転開始”
“撃てます”


ああもう羨ましいったら羨ましいったら羨ましいったら羨ましいったら羨ましいったらうらやましいったらうらやましいったらありゃしない!
きれいに落着させたとはいえ実質関城さんシナリオであって幽霊子供は本当に必要だったのかという気がしますが終わり良ければすべて良しというか完全に作者の掌の上な気がしてああ快楽堕ちっていうのはこういうことなのね妙な悟りも得ましたが控えめに言って最後のやり取りは最高で嫉妬でボクはいっぱいいっぱいです。

キスでこんなに心が乱されたのは祇条さん以来だ…

posted by あるごる。 at 20:58| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする