2020年11月06日

シャッツキステ/Schatz kisteを遠くで見送る


「無」と思う時点で無ではないように「きみを忘れた」と思う時点で


読売歌壇にあったこの歌とともに、記録に残したい。

私設図書館になってから足を運んでいなかったけれど。
あの屋根裏部屋から『物語』が、ちゃんと続いていたなんて。
本を読むなり、足を運ぶなりして、知っておくべきだった。

ひとりの女性の夢が生んだ、世界で最も素敵な部屋。

『宝箱』の一言で済むところに、あえて贈る言葉は、それだけでいいと思う。
遠い昔に恋したふたりめのお店が、もうすぐ、思い出に還る。


posted by あるごる。 at 08:00| 東京 ☀| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする

2020年10月25日

Twitterで出来た友達がアカウントを消した

あるごるです。
タイトルの通り、Twitterでできた友達が、昨日自らアカウントを消しました。
Twitter始めたのが最近でしたから、初めてのことでした。

今までの書き込みも。

コメントも。

ダイレクトメッセージも。

つけてくれたいいねも。

何もかも、最初からいなかったように、消えてしまうんですね。

君の名は。のあのシーンのように。


サイトだって、掲示板だって、消せばそうじゃないかって?
そうですね。でもね。
自分にもらったメールや、書き込みは、残るじゃないですか。
手元にあったものが、ひとつ残らず消えてしまうなんて。

いや、手元になんて最初からなくて、アプリの中にしかなかったこと。
ただ、私が知らなかっただけです。
しかも、今回は予告されていたので、スクショも取りました。
なんとなく、そんな気がして。
なのに。
こんなにも、寂しいものなんですね。


もう少し、ブログも書こう。残していこう。
そう思った、出来事でした。



posted by あるごる。 at 13:14| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2020年08月19日

夏影の季節、ですね。

こんばんはあるごるです。

リアルの季節・夏に、「ぼくたちは勉強ができない」の僻地と診療所。
この組み合わせに、「夏影」を思い出します。
そうです。AIRです。聖と佳乃の、あのシナリオです。
そして、私は書き上げられなかったSSを思い出します。
「失空」
痕の千鶴シナリオとAIRの佳乃シナリオのクロスオーバーを試みた、自作です。
さすがに今さらは書けません。
原作の台詞も追えない、読み手も消え失せて、自分の頭の中を活字化する以外の意味がないですから。

でも、うっかり書きかけのファイル読んで思いました。書いときゃよかった。
あまりに無茶なクロスだけど、絶対に面白いと言わせられたはず。
本当に、悔しいです。

今書いてる理珠の「戦い」が終わったら、また捜しに行きたいです。次の戦いの舞台を。
ぼく勉よ、ありがとう。
今後も、「青空」なんて絶対に似合わないでしょうけど。
確かにあなたは、書き手の私を甦らせてくれました。
posted by あるごる。 at 20:00| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2020年08月09日

Schnee Traum ~エピローグ~ 3月26日(金曜日)

「名雪~、起きろ~っ」

 ガンガンガンガン!

 あまりにも起きないので、部屋に入りベッド自体を叩いて起こしにかかる。

「……うにゅ…」

「睡眠時間二桁でまだ眠いのかお前は…」

 冬の終わりが近づき、その2乗に比例して朝の名雪が手強くなって行く。

 特に今朝のように温かい日はスリリングだ。

 秋子さんは、今までどうやってこの時期の名雪を起こしてたんだろうか…。

「朝起きられるよう、お前も少し旅に出てこい」

「……とんび?…くー」

「だめだこりゃ…」





§






「それじゃ行って来ます」

「気をつけてくださいね」

 秋子さんののんびりとした声に、ついつい安心してしまいそうになるが、すでに全力で走らないとまずい時間帯だ。

 このままだと今日も「うぐぅ、遅いよ~」と「祐一さん、大遅刻ですっ」を聞く羽目になるだろう。

「あっ!」

 その時、まだリビングにいた名雪から声が上がった。

「祐一、早く来てっ」

 忙しい時間だとわかってないのか、すでに靴を履いた俺を呼ぶ。

 居間にとって返すと、名雪は緑色の物体を突き出してきた。

「観葉植物がどうかしたのか?」

「違うよ、ここ」

 あごでもっと下の部分を指し示しす。

 その先にあったもの…。

 黒い土から、強い緑色の、雑草とは明らかに違った芽が出ていた。

「私のかちっ、だよ」

 琴音が冗談で埋めた種…。

 そうか、あれが芽を出したのか。

「イチゴサンデー、さんばいっ!」

 俺は顔を近づけて観察した。

 左の葉がちょっと大きめな、葉脈もしっかりとした黄緑色の双葉。

「春か…」

 琴音が去ってから、もう2ヶ月がたっていた。

「元気でやってるかな」

「やってるよ、きっと」

「……そうだな」

 新たな生命の芽吹きの季節。

「わ、祐一、今日は一生懸命走らないと間に合わないよ」

「頼むからもう走らせないでくれ…」

「努力はするよ~」

 琴音にも、きっとそれが訪れているはずだ。











§












 緑が萌えはじめた丘に背中をつけ、小柄な一人の少女が、空を見上げていた。

「……」

 その幸せそうな顔を、たった今やって来た少女が覗き込む。

「……はわっ」

 寝ていた草の緑が移ったような髪の少女は、跳ねおきて頭を下げた。

「あ、あの、た、ただいま休憩中で、あの、その、道に迷ったというわけでは…」

 しどろもどろになって答える彼女の姿は、誰しも笑みを浮かべにいられないものだった。

「構わないで下さい」

 だがあくまで淡々と、後から来た少女は答えた。

 そよ風が、丘をはしゃいで駆けて行った。

 この陽気に誘われたのか、二人の来訪に気をよくしたのか、草むらの向こうで、2匹の狐が姿を現した。

「あ、きつねさんです~~~きてくださ~い」

 目ざとく見つけ、先にいた少女が呼びかける。

「やめてください」

 手を伸ばそうとした少女を、後から来た彼女は言葉で制した。

「どうしてです?」

「人が関わると、この子たちにとって大きな不幸になります」

「そうでしょうか?」

 彼女は不思議そうに聞き返した。

「ひとりでいるより、みんなでいたほうが楽しいですよ。悲しいことなんてないじゃないですか」

「彼らは、自らの身に受けるまでその不幸を知らないから、気軽に近づいてくるんです」

「でもきつねさんだって、誰かが嫌な思いをしたらそれを知って、みんなで近づかないようにするんじゃないでしょうか?」

「……」

「きつねさんがわたしを嫌いなら、最初から寄ってこないですよ。わたしもきつねさんが大好きです」

「この子達は、自分のいるべき場所にいるのが一番いいのです。だから、手を伸ばすのはやめてください」

「いるべき場所ってどこですか?」

「それはこの丘の…」

「じゃあ、この丘なら、いっしょにいてもいいんですね」

「……」

「大丈夫です、いじめたりなんかしませんよ。だってやさしくされたらうれしくなって、きっとその人にもやさしくしたくなりますから。そうですよね?」

「……優しくされると、別れるときの痛みは、計り知れないものになるんです」

「……そうなんですか」

「だから、やめてください」

 忠告を無視し、少女は近づいた狐を抱き上げる。

「別れるのって、きっと辛いんですよね。わたしはロボットですから、よくは分かりませんけど」

「ロボット…?」

 緑髪の少女は、狐の背を撫でながら言葉を続ける。

「でも、別れを恐れていたら、誰とも出会うことは出来ないんじゃないですか」

 彼女の行動を止めていた少女は、はっと息を飲んだ。

「あ、なんかお説教くさくなっちゃいましたね、これ、わたしの3代前のお姉さんのデータの受け売りなんですけどね」

 そういうと自分を『ロボット』と言った彼女は立ちあがり、ぺこりと一礼した。

「自己紹介が遅れました。このたびこちらの都市で1年間お世話になります、HMX―12型、マルチです、どうぞよろしくお願いしますっ」

「天野、美汐です」

 彼女は、少し戸惑いながらも、笑みを見せた。

 その笑顔に、安心したようにマルチが切り出す。

「あの、お知り合いになったばかりで大変申し訳ないのですが…」


「何でしょうか?」

「新学期から通う高校への道を忘れてしまって…。すみません、案内してもらえませんかっ」











§












「ねえ琴音、みんなでカラオケ行かない?」

 琴音という響きを聞くと、まだ、あの街のことを思いだします。

 あの日の約束。

 誓ったあの子指には、ばんそうこうを張り続けています。

「え、今日は俺達のほうに来てくれよ」

 約束を守り続けているせい? それともあの時に使いきってしまったから?

 どちらかは分かりませんけど、あの日から、わたしの『チカラ』はずっと安定したままです。

「ううん、ごめん、私……」

「あ、そっか。今日もアタックするのね」

「頑張ってね、応援してるから。幼なじみなんかに取らせちゃダメよ」

「うんっ、じゃみんな、休み明けに」











§












「ふぁ~あ」

 オレはひとつ伸びをした。花を運ぶ風の香りが、オレの肺を満たす。

 見上げた桜の枝には、膨らんだ蕾が見える。

 新学期になれば、いつもの様に満開に咲き乱れ、新入生達を花吹雪で迎えてくれるだろう。

 街の風は、もう春の、生まれたての風になっていた。

 あの凍てついた北の街にも、この心地よい風が吹き出しただろうか…。









 あの日から、琴音ちゃんは変わった。

 それは決して劇的なものではなかったけど、他人の瞳を伺うような眼は溶けて流れ去った。

 そして学校も、家も、この街も、一連の騒動によって、少しづつ琴音ちゃんが住みやすい場所に変わってきていた。

 もちろん、あの一件で琴音ちゃんからさらに引いた人間がいるのは確かだ。超能力に引き続き、失踪事件を起こしたトラブルメイカーだと。

 でも、もう暗い顔はない。

 それを上回るくらい友達ができたからか。そんなのに負けないくらい、琴音ちゃんが強くなったからか。

「浩之さんっ!一緒に帰りましょうっ」

 訂正。

 一つだけ劇的に変わったことがある。

 オレへのアプローチが超積極的になったことだ。

「明日から春休みですし、どこか遊びにつれてってくださいっ」

 無理をしてるんじゃないかと疑いたくなるくらい、積極的になった。

 現に今も身体をオレの腕にくっつけてくる。人の目なんか気にしちゃいない。呼び方も(あの犬と交代だけど)名前呼びに格上げだ。

「どこがいい?」

「どこでもいいですよ」

 さらに腕を絡めてきた。

 うっ、背後から無数の殺意の視線を感じるぜ。

 琴音ちゃんは知っているのだろうか…

 そんな、一本芯の通った快活な美少女を好きになった奴らが、日夜オレの命を狙ってるってことを。

「やあ浩之!」

「ぐぼっ」

 いいボディブロー決めやがって……。

 かつては期待のホ―プ、今ではサッカー部のエースの代名詞となった、雅史もその一人だ。

「捜したよ。志保が、いつものように遊びに行こうって」

「浩之さん、佐藤さん、わたしも加わってもいいですか?」

「えっ? ええ、あ、ああ、あはははははははははは、まいったなぁ…」

 見ろ、この慌てぶり。

 まったく、どいつもこいつも。





「あしもとにかぜ~、ひかりが~まったぁ~っ♪」





 わけの分からない曲を引っさげて、唐突に志保が現れた。

「なんだ、現れて早々鼻歌なんか歌って。この陽気でネジが数本飛んだんじゃねーか?」

「はぁ? 今興行成績No.1映画のエンディングテーマでしょうが。アンタ流行に疎いのもいーかげんになさいよ」

「知ってるか、雅史?」

「最近あちこちでよくかかってるよね」

 ……裏切り者め。

 なおも首を傾げるオレに、琴音ちゃんの表情が曇る。

「浩之さん、この前この映画、一緒に見に行ったじゃないですか!」

 ああ、もしかして…

「あの時、やっぱり寝てたんですか!?」

 ぎくっ!

 あ、あの日は深夜番組見過ぎで…どうも最後まで…

「浩之ちゃん?」

 あ、あかりっ。なんつータイミングで出てきやがるんだよ。















 ちょっと、怒っちゃいました。

「あ、あれは、あの、その」

 チカラを使って、

「……あ、オ、オレのかばんッ!」

 鞄を、取っちゃいました。

「お仕置きですっ」

「琴音ちゃん、返せってっ!」

「欲しかったら、捕まえてくださいっ!」

 そして、思いきり走り出しました。



 ――そう、思いきり走り出すんです。

 転ぶことなんか、恐くありません。

 超能力のトレーナーをした、気弱な女の子への同情ではなく、異性として浩之さんに好きになってもらうんです。

 王子様を待っているお姫様の役は、もうこりごりです。

 神岸さんからだって、もう逃げません。

 無理して背伸びするんじゃありません。わたしが思うとおりやってみよう。そう決めただけなんです。

 もしかしたらそれが裏目に出るかもしれないけど、もうだいじょうぶです。

 さっきも言いましたよね、転ぶことなんか、恐くありません。

 だって、わたしには、

「待て~!」

「あぁ、まってよ浩之ちゃ~ん」

 勇気をくれた人たち。

 そして、この胸に、







「こっちですよ、浩之さんっ!」







 いつでも元気をくれる、場所があるからっ!






























姫川琴音


 


相沢祐一  藤田浩之


 


月宮あゆ  美坂栞 


 


長岡志保  水瀬名雪


 


来栖川芹香


 


天野美汐 神岸あかり 北川潤 来栖川綾香 琴音の母 


 


佐藤雅史 セバスチャン マルチ 美坂香里 水瀬秋子 森本美紀


 


沢渡真琴


 


イメージソング 『あなたの一番になりたい』


作詞:有森聡美


作曲:三留研介


編曲:添田啓二


歌:南央美


 


オープニングテーマ『Last regrets』


作詞:KEY


作曲:KEY


編曲:I’ve


歌:彩菜


 


エンディングテーマ 『風の辿りつく場所』


作詞:KEY


作曲:折戸伸治


編曲:I’ve


歌:彩菜


 


原案


『To Heart』(1999 株式会社アクアプラス)


『Kanon』(1999 Key:株式会社ビジュアルアーツ)


 


デバック


なべなべ


and......You 


 


2001 Prodused by “あるごる”


 


 


 


 


 


 


 


To All Readers……


Thank You For Reading!






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ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☁| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

2020年08月08日

Schnee Traum ~第10話~ 1月24日(日曜日)

 眠る前、わたしは来栖川先輩に呼ばれました。

 学校では有名な人ですが、話すのは初めてです。

 長い話ではありませんでした。

 来栖川さんは3枚のタロットカードを並べて、先ほどは済みませんでしたと謝って、こう告げました。









 ――このカードを見てください



 ――「杯の8」 これはこれは『急転直下の解決』を意味します 今、です



 ――しかし…すぐ近くの未来の場所に出たカードです



 ――「杯の4」 これは『郷愁』を。そして「剣の10」 『破滅』を意味します…



 ――浩之さんは優しい人ですから……他人が困ってるのを、見過ごす事のできない人ですから……



 ――もし、何かあったら、すぐに私に知らせてくださいね……










 1分と経たないうちに辿りついた目的の部屋。

 異変には簡単に気付けました。ツ―ロック用の金属のリングが挟まって、ドアが半開きになっていました。

 中は、空っぽでした…。

「……来栖川さん、ごめんなさい」

 でも、あなたの話が本当なら、これはきっとわたしがやらなければいけないことなんです。

 今からでは浩之さんがどこへ行ったのかは分かりません。

 わたしの行ける場所は、一つしかありません。









 ――あそこに見える丘ですか? ものみの丘っていうんですよ 



 ――妖狐っていう不思議な獣が、人の行いを見つめるために作った丘らしいです



 ――ファンタジーっぽくて、かっこいいですよね



 ――え、先生、登ったんですか? あそこはけっこう険しい道だって聞いてますけど…









 枯れ枝が顔を打って肌が切れたような気がしました。

 それに気を取られた矢先、足元がつるりと滑りました。

 なんとか踏みとどまります。夜の山道は、本当に怖いです。

 それでも、震えたり、止まったりはしませんでした。

 そして、ちゃんとわたしは、目的地に辿りつけました。









 地球から突然宇宙に放り出された気分です。

 ここに自分がいるのかどうかが不安になるほど、星の瞳がわたしを強い調子で見下ろしていました。

 誰もいない、凍りついた荒原。

 ほんの数日前、キツネに手を伸ばすのを止められた場所。

 広がった闇の向こうへわたしは叫びました。

「浩之さんを、浩之さんを返してくださいっ、もう傷つけないでくださいっ」

 たちどころに、計り知れないほどの圧力を感じます。

 跳ねかえってくる確かな反応。拒絶の意思でした。

「お願いです、もう止めてください!」

 吹きつける意思。思わずその場にうずくってしまいます。

 来た場所は間違ってはいなかった。だけど、拒絶の意思は強い。















 声が乾いて、枯れる。

 喉が氷の針を飲まされたように痛い。

 でも、負けられません。

 ここで引いてしまったら、浩之さんはきっと無事では戻ってこない。

 絶対に、逃げません。

 藤田さんがわたしのために戦ってくれたように、わたしも戦うんです。

「わたしはこのチカラを持たされたことを恨まない。チカラを持って生きてかまわない」

 咳き込む喉をあけて、強気で、わたしは言いました。

「だからもう、これ以上、悲しい思い出を持つ人を増やさないで!」

 そう叫んだ矢先、

 一匹のキツネが、わたしの前に現れました。

「あなた…」

 わたしがはじめてヒーリングで治した、彼でした。

「あなたも妖狐、なの?」

 低く唸った彼が、頷いた気がしました。

「あなたも奇跡が起こせるんでしょう? おねがいっ」

 夢中で差し出した手を、がぶりと噛まれました

 寒さで棒になった指だけに、痛さもひとしおでした。一言うめいて、うずくまってしまいます。

 指を握り、暖めます。

 ぬるっとした感触が伝わりました。

「そうですよね、虫が良すぎますよね…」

 話が本当なら、何百年も前から続いてきたのを、わたし一人で何とかしようとするのは、バカみたいなことなのかもしれません。

 こうして、独り相撲してるわけじゃない、と身体で感じられるほど反応してくれることさえ、驚くべきことなのかもしれません。

「だけど、」

 もう一度わたしは手を伸ばしました。

「だけど、もうみんなを苦しめないで……もうわたしのせいで、悲しい顔をする人が出るのは、嫌なんですっ!」

















なんで、望むの?

















「浩之さんを、ですか?」

 左からする声。

















チカラは押さえられたし、いっぱいいろんないいことがあったでしょ。


















「嘘。この街だって、悲しいことも苦しいこともある」

 右からする声。

















           自分で、新しい幸せを掴もうとは思わないの?

















「わたしは、わたしは他人の不幸な顔を見てまで、幸せにはなりたくない、パパやママならなおさら!」

 時に誘い、時にけしかけるような声が、わたしを揺さぶってきます。

















幸せって、そういうものでしょ。     


















「……」

















  みんなの喜ぶ顔を見るために帰るの?あなただけが、そんなに犠牲になっていいはずがないわ。


















「……」

 いいえ、違う、絶対に違うはず。これは、わたしが勝手に聞いている声!

















     もう、大人でしょう? 自分の道を自分で選べないの?






















 本当ならば『正しい』はずの言葉に、一瞬、心の秤がぐらりと揺れました。

 でも。

 秤のバランスが崩れたとたん、わたしの頭にしまわれていたものが、飛び出してきました。

 そう、絶対忘れてはいけなかった、大切な大切な約束。

「…それに、約束したんです」











 少しの間、北に行こうと思います。心配しないで下さい。

 きっとまた、戻ってきますから。












「浩之さんと、パパとママと、友達のいる街へ帰るって、約束してきたから」

 そう、約束…。

「約束したから…」

















約束…?

















 時間が過ぎて、いろんなことがあって、みんな変わっていくけれど、もう、こんな後悔を、したくもしてほしくもない!

「約束したからっ。わたしに、約束を守らせてっ、けほっけほっ」

 とうとう喉が枯れました。声を出そうにも、もうからからの息しかでてきません。

 ……。

 反論が止まり、ふと、音が消えました。

 こんな時に……『チカラ』…?



































 暗い青一色だった野原が、茜色に染まっていました。

 心地よい風が、絶え間なく吹き続けています。

 そこに、夕日色の髪をした女の子が、無表情のまま、佇んでいました。









約束、してきたの?









 はい。









そう。

約束って、一番大事だから。

私達も、ずっと昔の約束を、守っているから。約束を邪魔する事はできない。

でも、行くなら、わたしとも約束して。

…忘れないで。

この街でもあなたは多くの人に助けられたということを。

羨ましく思う人がいるくらい、多くの人に助けられたっていうことを。









 絶対に、忘れません。









ありがとう。









 でもわたしだけ幸せになろうとするんじゃ身勝手です。これ以上、悲しい思い出を持つ人を作らないで、悲劇を繰り返さないで!









それはあなたの独善よ。これまで、そのおかげで私達も人も共存できていた。






人間の代表みたいに語るのは許せない。    










黙ってて、わたしが話してるんだから。

……。

……。

……うん、いいよ、他にも、それを望んでる人がいるし、ね。









 ありがとう。約束します。

 わたしは絶対に忘れません。

 あなたは、わたしに力をくれた。『チカラ』を信じることが出来る力を。









…本当に?

昔、約束したことがあったの、でもその子はわたしを捨てた。









 本当です。









絶対に?









 絶対です。

 そう答えたとたん、彼女は、元気よくわたしに笑いかけました……。

























 たちどころに、夕日の丘が消えました。

 一瞬の幻想との邂逅。

 最後にわたしが受け取った不思議な感覚。









いつかはげんきをくれて、ありがとうね。おれいに、









「…こ………とが……てつだって…あげ……る? あなた、女の子だったのね……」

 その言葉を言い終わらない内に、ものすごい勢いでチカラが動き出しました。ヒーリングの感触です。

 一度大きく身震いしたあと、遠く宇宙に向けて放たれたように、エネルギーが身体から天空へ抜けていきました。

 そして、チカラの反動で起きた耳のつかえがとれると同時に、

「……ぁ…」

 今の『チカラ』で、星の水瓶がこぼれたのでしょうか、





















 数え切れない流れ星が一斉に、夜空一面に青白い引っかき傷を付けていきました…。





















 きれい…。

 これならきっと、大丈夫ですよね。

 手に残った、小さな噛みあと。

 あなたとの約束の証、です…。









 安心したとたん、足がふらふらしだしました。

 眠気が、寒さが、駆け足で身体を覆ってきます。

 逆らう暇もなく、視界が横倒しになり、ほおに地面の氷が触れました。

 あぁ、最後の最後でダメですね、わたし。

 こんなところで寝てしまったら、きっとただではすまないでしょうに…。









































 オレが仰いでいた蒼天井に、雨音がしそうなほど多くの流星が散った。


 それはあまりにも悲しく、美しかった。





 オレも、あゆも、祐一も、琴音ちゃんも、みな一度は裏切られた。


 だけどオレは、生まれてはじめて、心の底から祈った。


 もし神がいるのなら、天使が願いを叶えてくれるのなら、


 星に願いを。

 オレの、願いは…















































































































「……ぁ」

 視界が光色です。ひとときだけ、彼岸に着いたのかと思いました。

 でもわたしは、無事。

 どうして…。

 それは身体を動かしてわかりました。野原に仰向けになっていたわたしは、さらに、もう一枚厚いコートでくるまれていました。

「……お目覚めですか?」

「来栖川…さん!? どうしてここへ!?」

 かすれた声を立てながら、わたしは目をしっかりと開きました。

 わたしにかぶせられているのと同じコートを羽織って、来栖川さんが、膝枕をしてくれていました。

「……」

「え、きっとあなたと同じ理由です…先を越されてしまいましたって?」

 こくん。

「じゃ夜の間、ずっとここに?」

 こくこく。

「そんな…」

「……」

「え、都会では見られない綺麗な星空が見れて感激でした、って…」

 こくん。

「………んふふ…ふふ……あははは…」

 来栖川さんなりの気の使い方だったのでしょう。でも、わたしはなぜかおかしくなって、笑ってしまいました。

「ロマンチストなんですね」

 そう言うと来栖川さんは、ほのかに頬を赤くしました。

「………」

「そうですね、浩之さんも心配しているでしょうし、戻りましょうか」

 霜で輝く草から身体を起こしながら、わたしは、もう一言だけ、来栖川さんの耳もとにささやきました。

「ごめんなさい」

 ひとりで勝手に出てきてしまって。

 でも、その甲斐はありましたよ……。



















































 もう時間も意識も感覚もわからなくなった頃だった。


 がさがさがさ。

 ずざぁ。

「……」

 オレは振り向かなかった。

「うぐぅ、すっごく冷たいよ…」

 オレは、振り向かなかった。

「せっかくおどかそうとしたのに…」

 オレは、振り向かなかった。

 がしっと、肩に手が回された感覚があった。


「待っててくれたんだね、ヒロくん」

 ようやっと、オレは信じることができた。


 振り向いたオレの目の中に…。

「ううう、やっぱり寒いよ~」

 薄緑色の病院着を着たまま、

「うぐぅ、雪だらけ……」

 何か所も転んだ後をつけて、

「あゆ」

 1週間この街で共に過ごした、友達が立っていた。


「ヒロくん、一つ間違えてるよ」

「……」

「ボクは、生きてるよ」

「……」

「ボクはただ…ずっと眠ってただけなんだよ、七年前のあの日から、今日まで」


 オレが正面に向き直ろうとしたとたん、あゆはバランスを失い、頭から雪に突っ込んだ。


「何も言わずに急に動かないで~」

「バランス感覚なさすぎだぞ」

「ひどいよっ」

「7年間もサボって寝てっからだ」

「うぐぅ…」

 オレは、自分の来ている分厚いコートをあゆにかけた。


 汗で濡れ、火照った体に、朝の寒風は予想以上にこたえた。


「たっく無茶しやがって。これじゃ今度は風邪引いて入院しちまうぜ」


 こんな中を、歩きなれない身体で、ぞっとなるような軽装で、あゆはやってきたんだ。


 いるかどうかも分からない、たった1週間一緒に過ごしただけの、オレのために。


「うぅ、まだ冷たいよ…」

 足も、寒そうなスリッパ履きだった。

「わっ!」

 オレはあゆを抱きかかえた。

 元から小柄なあゆは、長い入院のせいもあってか、驚くほど軽かった。


 コートは足先まであゆの身体を覆う。

「……でも、ボク、戻ってきちゃっていいのかな…」

「……」

「ボクがここにいて、ボクのお願い、叶うのかな…」

 木々の格子を抜けた日が、森の大気を白く照らしている。

「何言ってんだよ。もう、お願いの人形はいないだろ?」

 だから、もう羽は、背負わなくてもいいんだぜ。

 あゆ。

「祐一が叶えるんだぜ。絶対叶うだろ? 叶わないわけがねえんだよ」

「…うんっ」

「よし、じゃあ行くか」

「どこへ?」

「7年間お前のこと忘れてた、その不実な彼氏をぶん殴りに、よ」


 オレはちょっと嫌味に口元を緩ませた。

「うん…」

 ためらいがちにあゆが頷いた。

「それが終わったら…」

 こころからの笑顔を浮かべて、オレは言った。


「二人でまたたい焼き食って、本当のさよならだぜ!」


「うんっ!」





















夢…





夢が終わる日…





春の日溜まりでも溶けない雪があり





成長しても影を潜めない面影があり





永遠の時間の中でも燻り続ける想い出がある





だが…





一つの偶然が…





些細な日常が…





信じる勇気が…





凍てついた時計の針を動かす手となって





今…





時の鐘が、永かった悪夢(ゆめ)に終わりを告げる





最後に…





ひとりひとりの、一つずつの願い達を叶えて…





一つずつの願い…









ボクたちの、お願いは… 












ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 22:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

Schnee Traum ~第10話~ 1月24日(日曜日)



 少女が手に持ったそれは、口の大きな、少し変わった形の瓶だった。


「…そうだ」

 少女が何かを思いついたように、頷く。

「祐一君、タイムカプセルって知ってる?」

「…瓶はいいとして、何を入れるんだ?」

「これだよ」

 それは、天使の人形だった。

「でも、まだ願いがひとつ残ってるだろ?」

「ボクは、ふたつ叶えてもらったから、十分だよ。残りのひとつは、未来の自分…、

 もしかしたら他の誰かのために…送ってあげたいんだよ」










 大丈夫。きっと、見つかるよ。

 この人形を必要とするひとがいれば、かならず…。

















 ……目が、覚めた。

 そこは、来栖川先輩が用意してくれたホテルのベッドの上。

 時間は、午前12時を指していた。

 夢。

 夢を見ていた。

 昨日までは他人だった、ある男の子の夢。

 埋められた天使の人形。

 それは彼女が残した、忘れ物。見つからなかった、探し物だった。

 オレは着替えてコートを引っつかみ、部屋をあとにした。

 帰る前に、オレはもうひとつだけ、やらなきゃいけないことがあった。







§








 唇が、寒さでぱつんと切れた。じきに肌もどっか切れるだろう。

 夢の軌跡を辿り、あの遊歩道へと向かう。

 街灯も暗い遊歩道は、わずかな雪明りさえ木陰で隠し、闇を作り出していた。

 夢の位置に立ち、必死で掘り返す。

 ざっざっ…。

「お前ら……大切なものなんだろ」

 埋めた場所くらいおぼえておけよ、な。

 凍土を書き分け、瞬時に感覚がなくなった手を赤く染めながら…


 ほどなくして、砕けた瓶が姿を現した。

 7年前の空気を吐き出した人形は、羽が片方もげていて、頭に乗っていたわっかもなくなっていた。


 時の重さを、改めて感じる。

 それを抱え込むようにして、オレは駆け出した。









 ――ヒロ。例の子の名前…聞く、でしょ?



 ――……聞く前に一つ約束して。何があっても、絶対に明日、戻ってくるって



 ――行く前にも言ったでしょ、なんかヤバそうなヤマだって。これ話したら何か起きそうな、やな予感がするのよ…



 ――だから約束して、ヒロ……









 真夜中の森は、遊歩道に輪を掛けて漆黒の中だった。

 自らの眠りを覚ます小さき者を、追い払うかのように。

 オレはめちゃくちゃに掻き分けて進んだ。

 確かなものは、2日前の記憶と、7年前の夢だけ。

 時間の感覚も曖昧なまま、藪と根の垣が終わり、オレの目の前に、あの場所が広がった。









 そこは、二日前とは全く装いを異ならせていた。

 雪明りに浮かぶ、一本の大木。

 大人が数人かかっても、抱えきれない太い幹。

 森の統率を取るかのように天を覆い隠して、聖樹が立っていた。

 そして、

「ヒロくん?」

 頭上から声がした。

 首を垂直にしなければ見えないほど高い枝の上に、一人の女の子が腰掛けていた。

 応えずに、オレは雪を踏みしめた。

「待ってて、あっ!」

 視線を向けたその刹那、女の子が短い叫びを上げた。

 まるで木の葉が落ちるよう。

 ストップモーションで時が動く。

 オレは何かをわめきつつ、疾走していた。

 跳びこむ。

 アイスバーンになった雪で手がこすれ、コートが氷を吸い付ける。

 その身が氷雪に叩きつけられる瞬間、オレの腕は少女の重さを受けとめていた。

「へへ、ナイスキャッチだね」

 落ちた少女は何事もなかったように微笑む。

 …ばかやろ。

 口からは何も出てこなかった。たちまち視界がぼやけ、熱い液体が頬を伝う。

「どうしたの? ボク、何もしてないよ」

「ごめんな、だけど、だけどオレにはどうしようもないんだよ」

「ヒロ、くん?」

「オレは7年前に戻って、お前の身体を受けとめてやることは出来ないんだ…」

 隠していた。ずっと隠していた。

 おとといから気づいていた。いや、もっと前から、感づいてはいたんだ。

 オレに高校を教えなかった理由(わけ)。

 家まで、決して送らせなかった理由。

 この森の守り主が、切られた理由。

 花を捧げていた人の話、志保の情報。

 そして、今目の前に、切られたはずの大樹が、復活している理由。

 それらが導き出す答えは、









 ――じゃ言うわ、その子の名前は









「知ってるんだよ、あゆ。お前は、本当はもうこの世にはいないんだって…」

「……」

 そう。

 オレの見続けた夢のヒロイン。

 オレの記憶と交換された、相沢祐一の記憶の中の少女。

 オレの隣を歩き続けてくれた女の子――。

 ――月宮あゆは、もうこの世には存在しない。

 誰の目にもそうは見えないけど、目の前にいるあゆは、幻なのだ。

 木々を渡る風が、泣く。

「忘れないうちに渡しておくぜ、探してたのはこれだろ?」


「っ! それ…」

「あの並木道にあったんだ。これ、だろ」

「うん……」

 オレは泥と赤いものがこびりついてしまった人形を、あゆの手に乗せた。


 複雑そうな顔色になった。

 まぁ、この人形にまつわるいきさつを考えれば、無理もないけどな。

「確か、もういっこ願い事が叶えられるんだったよな」


「え…?」

 何故知ってるんだという顔で、あゆが固まる。


「わはは、オレは何だって知ってるんだ。さあ言えはよ言え」


「……」

 あゆは受け取った姿勢で、固まったままだ。


「早く言わねーと、スリーサイズを世間に大々的に公表するぜ」


「うぐぅ、いじわる…」

「3、2、1、ほら言え」

「そんなに早く言えないよっ、待ってよっ」

「わかった」

 二人とも、黙り込む。

 しばらく目をつぶって考えたあと、あゆはぴょんと一度飛びのいた。


「お待たせしましたっ。それでは、ボクの最後のお願いです!」


 オレはただ、続く言葉を待った。

「ボクのこと、忘れてください」

 風も、星の瞬きも、鼓動も、全てがいちどきに止まった。

「ボクと会ったことのある人みんな、ボクのこと忘れてくれますように」

 あゆは願いを、もう一度繰り返した。

 無理矢理作った笑顔に、月光の木洩れ日がかかる。


「……本当に、そんな願い事でいいのか?」


「ボクの今一番の願い事だよ」

「でも叶えるのは祐一だぞ」

「あはは、そうだったね」

 屈託なく、あゆが笑った。









 オレはあゆを引き寄せた。

 それこそ、人さらいのような乱暴さだった。


「このバカ、そんなの誰が許すってんだよ、他の誰が許してもこのオレが許さねぇ」


「痛いよ、ヒロくん」

「七年間だぞ、七年間も待ったんだぞ。せっかく待っていた相手が来たのに、お前はそれでいいのかよ?」


「……」

「こんなオレと遊んでる場合じゃなかっただろうが」

「……っ」

「ぜんぜん思い出してもらえないままで、お前はいいのかよ?」

「……っ…」

「どうなんだよ、月宮あゆっ!」

 耳元で怒鳴りつけた声が森に木霊する。

 オレの言葉は、この少女の心にどんな風に跳ね返っているんだろう。

 そして、あゆの答えが返る。

「いいんだよ」

「……」

「ボクのこと思い出したら、祐一君はきっと苦しむから…」

「……」

「栞ちゃんが、かわいそうだから…」

「……」

「ボク、みんなの苦しむ顔なんか、見たくないよ…」

「ばかやろう…」

「それにね、もう十分楽しんだよ…本当は、もう二度と食べられないはずのたい焼き、いっぱい食べれたもん」

「……」

「祐一君に会って、いっぱいお話できたもん」

「………」

「それにヒロくんに会えて、たい焼きもおごってもらって、祐一君以外の男の子と友達になれたもん」

「……っ」

「まんぞくだよ」

「嘘つきはうぐぅの始まりだぞ」

「そんな言葉ないよっ」

「この大嘘つきが…っ」

 オレはさらに腕に力をこめた。

 分厚いダッフルコートで体温が伝わってこないことが、なおさらオレを焦らせた。

「苦しいよ…」

「じゃあなんで待ってたんだよ。なんでオレに跳びついてきたんだよ、祐一くんって呼んで」

 思い出は、誰にとっても安心できる場所だと誰かが言った。

 楽しい思い出ならそこに逃げ込み、悲しい思い出なら封じてしまえばいい。

 どんなことでも、そして、いつしか心は痛まなくなるから。そうしてしまえばいつだって楽しい。だから。

 だけれど。

 思い出は、消せない。

 忘れててもいつか必ず、思い出す。

 その時に、

「過去形で語られて、お前は嬉しいのかよ?」

「でもっ、でもっ、このままじゃ栞ちゃんが…」

「栞ちゃんて誰だよ…」

「ヒロくんがボクにたい焼きをおごってくれた時、手を振った女の子だよ」









 ――藤田さん。わたし、3日だけですけど絵の先生になったんですよ。美坂栞っていう同い年の人と。



 ――あまりうまくはなりませんでしたけど、頼られるって嬉しいことなんだって、知りました。









 ――あゆのお守、ありがとな。



 ――それと琴音が、栞の相手してくれたらしくて。



 ――栞?……オレの、彼女だ。









「…栞ちゃんは、病気なんだよ…」

「……」

「…すっごく重い、病気なんだよ……」

「……」

「ボクが代わってあげなきゃ……神さまにお願いしなくちゃ、助からないんだよ。…知ってるんだよ。だから」

「だからどうしたんだよっ、大事なのはお前だろっ!!」

 あまりにも苦しい選択を薦める台詞に、自分の体までが引き裂かれるように痛んだ。

「うぐぅ……ヒロくん、ボクのこと忘れて。姫川琴音ちゃんを探しに来た街に、こんな女の子はいなかったんだって」

「んなこと、んなこと出来るもんかよっ!」

 積もった雪で声はかき消されるはずなのに、オレの叫びは森にわんわんと響いた。

「7年前ここであったことを、オレはみんな知っちまってんだっ。あんな夢見せられて、はい忘れますなんて言えるかよっ!」

「……そう、だから祐一君のためにも、ボクは忘れられた方がいいんだよ…」

 呟く様に、あゆが返す。

「本当にか? 誰にも知られず、ただ黙って一人淋しく消えていくのかよ!?」

「……」

「あんまりじゃねぇか、部外者のオレだって納得できねえよ、あんまり過ぎるじゃねぇか」

「……うぐ…」

「本当はずっと相沢といたいんだろ? そうなんだろ。だったら、なんでそう願わねえんだよっ!!」

 答えの代わりに、

「…うぐっ……ひっく」

 大粒の涙がオレのコートに落ちる。

「……………ごめん、オレのせいなんだよ、オレの…」

 悲しい運命を背負って…

 自分の運命を真正面から見据えて、待ちつづけたあゆ。

 その時間を壊したのは、オレだ。

 そう、藤田浩之という男が姫川琴音という少女を、捕まえておけなかったせいで。

 彼女が、相沢祐一と会ってしまったせいで。

 そして慌てて追っかけてきたオレが目の前の、月宮あゆと会ったせいで。

 二人の接する機会は薄れ、限りなく遠のいてしまったのだ。

 そして何一つ満たされないまま、あゆは世界から姿を消そうとしている。

「嘘でもいい、オレを、安心させる願いを言ってくれよ…」

 あゆが顔を上げた。

 頬に、幾筋もの輝きを乗せている。泣いているのに、にこにこ笑っている。

 唇が、開く。

「ボクの…」















 ボクの、お願いは… 















 抱いたからだから、白光が広がっていく。

 ふっと、感触が消えた。

 光が止んだとき、そこには何もなかった。

 あゆの姿も。

 コートも、リュックも、天使の人形も。

 そびえていた森の王も消えて、ぽっかりと空いた空間から月光が差し込んでいた。









 時間切れ。

 それは、あまりにも凄鎗な現実。

 奇跡に起こった、時間切れ。

 夢は、終わりだった。

 最後の願いだけが、滑り込むように、オレの耳に残る。











祐一君と栞ちゃんが、ずっと一緒に幸せでいられますように













 そんな、最後の願いだった。

 空には夜半の月が青い光を放っている。

 オレは、今日ほど『運命』という言葉を呪ったことはなかった。

「……こんな、こんな結末ありかよ」

 悲しかった。

 本当に悲しかった。

 どうしようもなくやるせなかった。

「おい神っ、聞こえてるか! お前は琴音ちゃんといいあゆといい、どうしてここまでひどいマネをするんだっ!!!」

 ずっと信じ待ってゆく少女に奇跡が与えた物語は、偶然が幾つも重なり合って、メチャクチャになって幕を閉じてしまった。





















 耳の奥でかすかな子供の泣き声が聞こえる。


 そうだ。

 オレにも、こんなことがあった。





















 オレは、犬を買っていたことがあった。

 ボス。

 オレよりでっかくて強い奴だった。

 お手をさせると、こっちが潰されそうになった。いつまでも絶対敵わないと思っていた、のに。


 ある日、ボスは病気であっけなく死んでしまった。


 それからしばらくのあいだ、オレはあかりにも雅史にも会わず、泣き暮らした。


 この世がなくなってしまえとさえ思った…。






 大好きな者との、別れ。





















 小さい頃、オレは迷子になった。

 全く知らないところに出てうろたえていたオレを、ある人が助けてくれた。


 オレはそこのうちの女の子と仲良くなって、毎日のようにその子の家まで遊びに出かけた。


 いつでも一緒にいたくて、ふたりでお願いもしたのに…


 ある日、その子は忽然と姿を消してしまった…。






 理不尽で、唐突な、別れ。





















「……くそ…」 

 その二つの別れが、同時に、目の前で起こった祐一と、あゆの気持ち。


 部外者のオレが、抱えられるものじゃなかったんだ。


 オレは切り株に座った。

 後から後から、涙が溢れてきた。

 知らなかったとはいえ、運命に介入して、壊してしまったのはオレだ。

 半端な覚悟で、取り返しのつかない事にうかうかと手を貸してしまったことにようやっと気付く。





 オレが、あゆをもう一度、死なせた…。





「畜生ォッ!!」

 『運命』という言葉と同じくらい、自分が嫌になった。

 動く気力は既に無かった。きっとこのままここにいて、凍え切り、ジ・エンドだろう。

 …志保。

 …先輩。

 言ってたのは、このことだったんだな。

 みんな。

 悪ぃな、オレは帰れない。あかりたちと一緒に、後で石でも投げてくれ…











































































 浅い眠りが覚めました。

 藤田さんの声が、頭に響いた気がしました。

 胸を諦めつける不安。

 後悔への恐怖。

 わたしは、ベッドを出ました。

ラベル:Schnee Traum
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Schnee Traum ~第9話~ 1月23日(土曜日)<後編>

 琴音ちゃんはオレに向けて、一歩踏み出した。

「ことねちゃ…」

「わたし、帰ります。今日までどうもお世話になりました」

 そして水瀬家の3人へ、ぺこりと一礼する。

「藤田さんが追って来てくださったのに、これ以上迷惑はかけれませんから…」

 くるりとターンし、オレに近づく。

「戻りましょう。1週間ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでしたっ」

 ……。

 悲しくなった。

 琴音ちゃんの目の色は、自分を殺している色だ。

 運命を半分信じつつも、オレを悲しませまいと犠牲になろうとしている目。

 きっと自分は今まで通りみんなに気にかけられない日々になるだろうけど、水瀬家の人達を困らせまいと無理している眼。

 たった数日間の夢の日々を胸にしまって、辛い現実へ帰ろうとしている。

 分かってはいた。

 このままただ連れ戻すだけじゃ、原因を解消しなければ、琴音ちゃんに苦痛を味わわせるだけだと。

 オレ一人が気にして追っかけてきても、心からは信じてくれないだろうことを。

 でも、それでもよ、オレは琴音ちゃんを帰したいんだ……。

 苦しい。

 琴音ちゃんを、怒ることも、喜ぶ事も出来なくて、苦しい。

「琴音!」

 だが、オレが動き出すのを出し抜き、ひときわ大きな声が後ろから届いた。

「おかあ…さん!?」

「ことねっ!」

 猛然と走り寄ってきたのは、なんと、琴音ちゃんの母さんだった。

「ことねっ、ごめんなさい…ごめんなさい………ごめんなさいっ…」

 あの雨の日、琴音ちゃんが子犬を抱いてしたように、

 琴音ちゃんの母さんが、人目はばからず、琴音ちゃんにすがり付いて涙を流しはじめた。



























 その嗚咽とともに、俺達は真実を知った。

 琴音の母親は、この街で生まれた男と結婚。琴音を産んで、彼の親と同居して住み始めた。

 だが彼女の方はこの北の街に住む気はなかったらしい。いずれ独立して、家族だけで暮らすつもりだった。









 それが『冬の悲劇』の引き金を引いたのだろうか。

 その後二人の仲は急速に悪化。ついに離婚をむかえることとなる。

 オレが見た夢の口論は、この時のやり取りだったのだろう。

 幼い琴音ちゃんを連れ、琴音ちゃんの母さんは街を後にした。実家にも戻れず、女手一つで育てようとして、函館に住むことにする。

 両親の離婚という衝撃を受け傷ついた琴音ちゃんの心に、函館の美しい風景は大きな慰めになったようだ。

 当時、函館の街のどこへ連れていっても琴音ちゃんは大喜びしたらしい。









 そして、やはり生活費が切迫し、許されて実家に戻る。

 実家が在ったのが、俺の住んでいた街。そこで琴音の母親は、再び相手を見つける。

 男が『二人目の父親』になりそうだと察した琴音は、自分が原因で別れられないよう、必要以上に行儀よく振る舞う術を身につけた。

 事情も知らず、演技し続ける彼女に心引かれたのが、俺。









 二人の仲はうまく進展し、3年生の時には『家族』旅行にも連れていってもらった。

 オレに話した、イルカの思い出ができた旅行だ。

 そして再婚。

 転勤族である今の父さんに付いて、一家は函館に向かった。

 そしてその時、あの想い出を琴音ちゃんから消すためなのか、それとも自分の中から消したかったのか。

 琴音ちゃんは母さんから、ここがあなたの生まれた街よと教え込まれたのだ。

 思い出せる記憶は函館からだったし、今でも気に入っていたから、琴音ちゃんもその言葉を疑う事などなかった。









 こうして幸せの日々によって、琴音から一人目の父親と雪の街の記憶は薄れていった。

 ずっと、それが続くと思われていた。

 だが中学生になる頃、琴音の身の回りで奇妙な現象が起こりはじめた。

 それが琴音自身の引き起こしているものだと判明するまで、そう時間はかからなかった。

 しだいに回数は増え、一家は逃げるような転勤で余所へ移り住んだ。

 だが、余所でもそれは一向におさまる気配を見せず、いつしか周りには誰も居なくなり、琴音の心はまたも深く傷つけられた。

 加えて、両親の共働きが、さらにその傷口を広げた。

 外で働くことが習慣になっていた琴音の母親は、転勤を繰り返しても惰性でそれを続けていた。チカラの発動後も、それは変わることはなかった。
 むしろ収入を得て、どうにもできない不幸を抱えた苦しみを、金銭でなんとかなる幸せで消そうとしたのだろう。


 自分の不在を、もう琴音は慣れているだろうと思い込んで。

 だが、今まで孤独を癒してくれていた学校や友達は、もうその役目を果たしてくれてはいなかった。


 日常化した孤独。琴音は、学校でも家でも、独りぼっちで痛みを抱え続けていたのだった。










 そこからはもういいだろう。

 琴音ちゃんはオレと出会い、オレの言葉を信じて特訓して、自殺まで口にするほど苦しみ続けた末にチカラをコントロールできるようになり、









 そして、藤田が自分の傍を離れ、居場所を失い、三度心を傷つけられ遂に――いや、やっとなのだろうか、ここに戻って来たというわけだ。













§














「そんな馬鹿なことがあるわけがない、絶対あなたを離さない、だから私は、不自由な思いだけはさせまいと思って働き続けた。あの人が一緒になってくれて、パパがいないって悲しむこともなくなったし、きっと幸せだろうって思ってた」


 寒空から、雪が振りだしていました。

「でも、あの力があなたに起こって……結局アレが言った通りになった、そして、まさか家出するなんて、思わなかったから。…一度諦めたのよ。もうあなたはアレのところへ行ってしまうんだって、それで、それで幸せになるんだったらいいってっ」


「ママ…っ」

 粒の小さい、粉のような、本当の北の土地に降る雪でした。

「でも、納得できなかった。あなたがいなくなるなんて…耐えられなかったっ! なのに、あなたがこんなにも思いつめるまで、なんにもわかってなかったのね…」

 ずっとママはわたしが帰ってくるよう、祈り続けたといいました。

「そうしてて、やっと気付いたの、待ってるだけじゃダメだって、あなたに会って、直接謝らなきゃ、許してくれないだろうって……そしてあの家の前であなたを見かけたのに…走り去って…」

 今日、わたしは、もう一つの家に辿りつきました。

 パニックになって、なにも考えれず走り出したあの瞬間、ママがあそこに…。

 なんて酷い。

 酷い。

 ママはどんなに傷ついたのでしょうか。

「ごめんなさい。わたしも寂しいっていわなかったから、ママもパパも分からなかったんだと思う…わたしこそ、心配かけて、ごめんなさい…」

 みんな、もう少しだけ素直だったら、こんなことにはならなかったかもしれないよね。



























「………」

「え、信じてあげてくださいって、ずっとここに立っていたのですから、って、ママ?」

「必死で追ってあなたがここまで来たのは分かったけど、怖くて、いまさらどんな顔あなたに会えばいいのかって思ってくよくよ迷ってただ立ち続けて…」

 オレが来た時から…オレが早く気付いていれば…。

 昼間とはいえ、この街が凍えるように寒いことに変わりはない。ましてや今、先輩が来るまでの夜は。

「バカみたいですよね…」

 それを…

「きっと報いでしょう、ずっと、安っぽい物語のように翻弄されていたんですから」

 親子だよ、やっぱり。

 こんな時に、ひどく場違いな事を考えた。

「姫川さん、自分を責めても始まりませんよ」

「……はい」

「昔は立場が逆でしたね」

 顔に手を当てて、秋子さんが微笑んだ。

 そうか。

 一個だけ浮いてたあの夢は『この街にいた時の琴音ちゃん』の夢だったんだ。

 寝ていたところを起こされて、「おはよう、ことねちゃん」と言ったのが、水瀬。

 それを連れていた人が、秋子さん。

「ママ……パパは?」

「函館であなたを探してる。さっき連絡したわ、心配しなくて大丈夫」

 そう言うと、ぱっとオレに向き直る。

「一週間前、大層冷たい夫婦と思われたでしょうね、お許し下さい」

「いえ…男として、姫川さんのお父さんの気持ちは分からんでもないです」

 直接血の繋がりのない娘が、突如原因不明の超常現象に苦しめられたとき、なんて言葉をかけてやればいいんだろう。

 オレだって自分が父親だったら、そっとしておくというお題目で、距離を取ってしまわないとは言い切れない。

 お互いを傷つけ、傷つくことを恐れるあまり、いつのまにか大きなすれ違いが産まれていたのだ。

「よかったな…」

 その一言だけ、ようやく呟いた。

 もしこの光景を見てもクサイお涙ちょうだいだという奴がいたら、オレはそいつを何日でもぶん殴ってやるだろう。

「な~んだ、私たちの出る幕は無くなっちゃったみたいね」

 直後、さらに別方向から声が飛び込んで来た。

 それに聞き覚えのある先輩とオレ、セバスチャンが周りの倍驚く。

「……っ!?」

「綾香っ!? ってねぇ、叫んでやりたいのは私の方よ姉さん。妹の誕生日ほったらかして優雅に旅行なんて、ちょっとひどいんじゃない?」

 確か先輩の妹で寺女に通ってる、綾香。今日が誕生日だったとは知らなかった。

 つーか、重要なのはそんな事じゃない。なんでその綾香が、ここに来ているかということだ。

「綾香お嬢様、私達、というのはどうことですかな?」

「こういうことよ。ほらあなたたち、出てきていいわよ」

「姫川さんっ」

「森本さん…!?」

 直接関係のない水瀬家の人たちでさえ、驚いていた。

 それも当然。いつのまにか止まっていたもう一台の車の影から、男女混合5、6人の高校生が、姿を現せばな。

「姉さんが出てってから、姉さんの高校で連続失踪事件って噂が流れてきてさぁ、こりゃなんかあるなと思って話を伝ってったら、長岡志保って子紹介されたの。で、会いに行ったらこの子たちがいるじゃない。事情を聞いて、私がこっち来るついでに一把げにして連れてきたのよ。」

「綾香お嬢様、それでも何故ここだと分かったのです」

「セリオのGPS使えばウチの特殊リムジンの位置なんてチョロイわよ。まぁ黒服数人に、ちょっと痛い思いしてもらったけどね」

「どうして……?」

 綾香たちと正反対に、琴音ちゃんの方はあ然呆然、まともに反応できてなかった。

「そ~んなの決まってるじゃない。ねぇ?」

「そうそ」

「絶対分かるとおもうけど?」

 森本さん、の言葉に残りの連中が口々に同意する。

「え…?」

 森本さん、は元気よく言った。

「姫川さんが、クラスメートだからに決まってるじゃない!」

「綾香、お前まさか…?」

 オレは近づき、小声で浮かんだ懸念を口にする。

「………はぁ? ばっかねぇ、いくら私でもサクラを連れてくるほどお人よしじゃないわよ」

 綾香はくだらないオレの疑念を笑い飛ばすと、大声で琴音ちゃんに呼びかけた。

「姫川さんだっけか、大丈夫、ここにいるやつらの言葉はいくらクサくても信用していいからっ!」

「ううん、私たちだけじゃないよ、今来られる人だけしか来なかったけど、みんな、姫川さんが帰ってくるの、待ってるんだからっ!」



























 わたしのために、こんなに多くの人が、動いてくれていたんだ。

 みんな、冷たくなんかなかった。

 わたしがかたくななままで、疑って、受け入れてなかっただけなんだ…。

 もう、ひとりじゃ、なかったんだ…。







 わたしは、今日までお世話になった水瀬さん達に、もう一度向き直りました。

「今日まで、本当に、ほんとうにどうもありがとうございました!」

 秋子さんが、わたしに近づいて、手に小さく固い物を、握らせました。

 それは、合い鍵でした…。

「また、何時でもいらして下さいね」

 言葉が耳から体の中へ、心臓も頭もぐらぐら揺さぶって、もう自分がどうなっているのか分かりません。

「よかったな、琴音ちゃん…」

 藤田さんが、崩れそうなわたしを、後ろからそっと包んでくれました。

  迷惑をかけていた事への恥ずかしさ。

 逃げていた情けなさ。身勝手な自分への嫌悪。

 無知への怒り。今日今までの時間を捨てていた悔しさ。

 みんなへのありがとうの気持ちと、もう安心なんだといううれしさで、

 藤田さん、いえ、浩之さんの胸に顔を押し付け、

 みんなの前で、子供のように、わたしは7回分いっぺんに泣きつづけました……。









































「行っちゃったね」

 家の前の大人数が去り、名雪が一言発して、俺から安堵の息が漏れた。

「よかったな、琴音」

 戻る場所があってな。

 そして、羨ましく思う。

 琴音は霞んでいた記憶を、はっきりと自分の物にしたから。

 俺の7年前も、琴音のように戻る日が来るのだろうか。

 その時はぜひとも伝説や運命は抜きにしてもらいたい。

「今度は忘れ物はないよな」

「大丈夫みたいだよ」

「名雪と違ってしっかりしてるもんな」

「祐一には言われたくないよ」

「何だと? んなこと言うのはこの口かっ!」

「わ、ひたいひょ~ゆふいひ~」

「一つくらいあったほうがいいんじゃない?」

 名雪の口に突っ込んだ指を慌てて離し、突き飛ばす。

 部屋に戻ったはずの秋子さんが、忍のように背後に立っていた。

 実に心臓に悪い人である。

「どういうことです?」

「祐一、痛い」

「だって、何か忘れていったら、それを理由にまた来てくれるじゃない」

 秋子さんの横顔は、心なしか寂しそうだった。

「そうだね」

 たった1週間だけだったけれど、見なれた顔がいなくなるのは寂しい。

 ……。

 その感情につられるように、ゆるりと、疑問が鎌首をもたげた。


 一週間、俺は夢で琴音の過去を見続けた

『今までずっと一緒に過ごしてきたんだ』と他人に吹聴しても困らないくらい、詳しく知った。

 何者かわからないが、そいつは、なぜ俺にそんな夢を見させたんだ?

 琴音と離れていた時間を埋めさせて、俺に一体何をさせたかったんだ?

 先ほどの話からすると、妖狐が俺の初恋を実らせて、琴音をこの街に引きとめさせようとしていたのか? 馬鹿馬鹿しい。

 俺には栞がいるっていうのに。







 ――美坂さん…1学期の始業式に一度来ただけなんです…







 栞が好きという気持ちは変わらないのに。







 ――本当はその日もお医者さんに止められていたんです。でも、どうしても叶えたかった夢があったんです







 ……。







 ――暖かくなったら、この場所で一緒にお弁当を食べるって約束したこと…そして、そんな些細な約束をあの子が楽しみにしていたこと…



 ――全部、悲しい思い出







 栞がいなくなって、琴音を好きになるという選択肢は、ありえないはずなのに。

 その時、居間の子機に受信を知らせる赤ランプがともった。

「えっと、水瀬でいいんだよな」

 名雪に確認し、電話を取る。

「はい、水瀬です」

 聞こえてきたのは雑踏。と、

「………相沢、君……?」





















「先輩、悪いな、ホテルまで取ってくれて。実はもう財布がピーピーでさぁ」

「少しは後先考えなさいよね」

 来栖川さんの方で、ホテルを取っていたそうで、今はみんなでそこに向かっている最中です。

 森本さんたちクラスのみんなは、修学旅行みたいにはしゃいでいます。

 そして、もうお金がなかったらしい浩之さんは、さらにはしゃいでいました。

 わたしは、さっきまで泣いていたことが恥ずかしくて、浩之さんのそばにいました。

「……」

 そんな中、来栖川――芹香さんだけが、ずっと押し黙ったままでした。

「先輩、もしかして怒ってる?」

「……」

「さっきは琴音ちゃんのことで、頭いっぱいでさ、ついカッとなっちまって」

「……」

「せんぱ~~~い」

 芹香さんはまったく答えませんでした。

 いや、浩之さんの話し掛けが、耳まで届いていないようでした。

「姉さん?」

「せんぱ~いってば~」

 そう言いながら笑って覗き込んだ浩之さんの顔が、笑みから動かなくなりました。

 続いて、綾香さんの顔が。

 最後に、横顔しか見えませんでしたが、わたしが。

 戦慄と言うのは、この顔を見たときの言葉なのかもしれません。

 理由のわからない不安で、温かい車の中にいるというのに、体の奥底から震えるような感触がしました。

 そして。

 誰に言ったのかわからないですけど。

 降り注ぐ雪の結晶に吸い込まれそうな声量でしたけれど。

 一言だけ、漏らしたのが聞こえました。







「………まだ、何も、終わっていません……」







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