2020年08月09日

Schnee Traum ~エピローグ~ 3月26日(金曜日)

「名雪~、起きろ~っ」

 ガンガンガンガン!

 あまりにも起きないので、部屋に入りベッド自体を叩いて起こしにかかる。

「……うにゅ…」

「睡眠時間二桁でまだ眠いのかお前は…」

 冬の終わりが近づき、その2乗に比例して朝の名雪が手強くなって行く。

 特に今朝のように温かい日はスリリングだ。

 秋子さんは、今までどうやってこの時期の名雪を起こしてたんだろうか…。

「朝起きられるよう、お前も少し旅に出てこい」

「……とんび?…くー」

「だめだこりゃ…」





§






「それじゃ行って来ます」

「気をつけてくださいね」

 秋子さんののんびりとした声に、ついつい安心してしまいそうになるが、すでに全力で走らないとまずい時間帯だ。

 このままだと今日も「うぐぅ、遅いよ~」と「祐一さん、大遅刻ですっ」を聞く羽目になるだろう。

「あっ!」

 その時、まだリビングにいた名雪から声が上がった。

「祐一、早く来てっ」

 忙しい時間だとわかってないのか、すでに靴を履いた俺を呼ぶ。

 居間にとって返すと、名雪は緑色の物体を突き出してきた。

「観葉植物がどうかしたのか?」

「違うよ、ここ」

 あごでもっと下の部分を指し示しす。

 その先にあったもの…。

 黒い土から、強い緑色の、雑草とは明らかに違った芽が出ていた。

「私のかちっ、だよ」

 琴音が冗談で埋めた種…。

 そうか、あれが芽を出したのか。

「イチゴサンデー、さんばいっ!」

 俺は顔を近づけて観察した。

 左の葉がちょっと大きめな、葉脈もしっかりとした黄緑色の双葉。

「春か…」

 琴音が去ってから、もう2ヶ月がたっていた。

「元気でやってるかな」

「やってるよ、きっと」

「……そうだな」

 新たな生命の芽吹きの季節。

「わ、祐一、今日は一生懸命走らないと間に合わないよ」

「頼むからもう走らせないでくれ…」

「努力はするよ~」

 琴音にも、きっとそれが訪れているはずだ。











§












 緑が萌えはじめた丘に背中をつけ、小柄な一人の少女が、空を見上げていた。

「……」

 その幸せそうな顔を、たった今やって来た少女が覗き込む。

「……はわっ」

 寝ていた草の緑が移ったような髪の少女は、跳ねおきて頭を下げた。

「あ、あの、た、ただいま休憩中で、あの、その、道に迷ったというわけでは…」

 しどろもどろになって答える彼女の姿は、誰しも笑みを浮かべにいられないものだった。

「構わないで下さい」

 だがあくまで淡々と、後から来た少女は答えた。

 そよ風が、丘をはしゃいで駆けて行った。

 この陽気に誘われたのか、二人の来訪に気をよくしたのか、草むらの向こうで、2匹の狐が姿を現した。

「あ、きつねさんです~~~きてくださ~い」

 目ざとく見つけ、先にいた少女が呼びかける。

「やめてください」

 手を伸ばそうとした少女を、後から来た彼女は言葉で制した。

「どうしてです?」

「人が関わると、この子たちにとって大きな不幸になります」

「そうでしょうか?」

 彼女は不思議そうに聞き返した。

「ひとりでいるより、みんなでいたほうが楽しいですよ。悲しいことなんてないじゃないですか」

「彼らは、自らの身に受けるまでその不幸を知らないから、気軽に近づいてくるんです」

「でもきつねさんだって、誰かが嫌な思いをしたらそれを知って、みんなで近づかないようにするんじゃないでしょうか?」

「……」

「きつねさんがわたしを嫌いなら、最初から寄ってこないですよ。わたしもきつねさんが大好きです」

「この子達は、自分のいるべき場所にいるのが一番いいのです。だから、手を伸ばすのはやめてください」

「いるべき場所ってどこですか?」

「それはこの丘の…」

「じゃあ、この丘なら、いっしょにいてもいいんですね」

「……」

「大丈夫です、いじめたりなんかしませんよ。だってやさしくされたらうれしくなって、きっとその人にもやさしくしたくなりますから。そうですよね?」

「……優しくされると、別れるときの痛みは、計り知れないものになるんです」

「……そうなんですか」

「だから、やめてください」

 忠告を無視し、少女は近づいた狐を抱き上げる。

「別れるのって、きっと辛いんですよね。わたしはロボットですから、よくは分かりませんけど」

「ロボット…?」

 緑髪の少女は、狐の背を撫でながら言葉を続ける。

「でも、別れを恐れていたら、誰とも出会うことは出来ないんじゃないですか」

 彼女の行動を止めていた少女は、はっと息を飲んだ。

「あ、なんかお説教くさくなっちゃいましたね、これ、わたしの3代前のお姉さんのデータの受け売りなんですけどね」

 そういうと自分を『ロボット』と言った彼女は立ちあがり、ぺこりと一礼した。

「自己紹介が遅れました。このたびこちらの都市で1年間お世話になります、HMX―12型、マルチです、どうぞよろしくお願いしますっ」

「天野、美汐です」

 彼女は、少し戸惑いながらも、笑みを見せた。

 その笑顔に、安心したようにマルチが切り出す。

「あの、お知り合いになったばかりで大変申し訳ないのですが…」


「何でしょうか?」

「新学期から通う高校への道を忘れてしまって…。すみません、案内してもらえませんかっ」











§












「ねえ琴音、みんなでカラオケ行かない?」

 琴音という響きを聞くと、まだ、あの街のことを思いだします。

 あの日の約束。

 誓ったあの子指には、ばんそうこうを張り続けています。

「え、今日は俺達のほうに来てくれよ」

 約束を守り続けているせい? それともあの時に使いきってしまったから?

 どちらかは分かりませんけど、あの日から、わたしの『チカラ』はずっと安定したままです。

「ううん、ごめん、私……」

「あ、そっか。今日もアタックするのね」

「頑張ってね、応援してるから。幼なじみなんかに取らせちゃダメよ」

「うんっ、じゃみんな、休み明けに」











§












「ふぁ~あ」

 オレはひとつ伸びをした。花を運ぶ風の香りが、オレの肺を満たす。

 見上げた桜の枝には、膨らんだ蕾が見える。

 新学期になれば、いつもの様に満開に咲き乱れ、新入生達を花吹雪で迎えてくれるだろう。

 街の風は、もう春の、生まれたての風になっていた。

 あの凍てついた北の街にも、この心地よい風が吹き出しただろうか…。









 あの日から、琴音ちゃんは変わった。

 それは決して劇的なものではなかったけど、他人の瞳を伺うような眼は溶けて流れ去った。

 そして学校も、家も、この街も、一連の騒動によって、少しづつ琴音ちゃんが住みやすい場所に変わってきていた。

 もちろん、あの一件で琴音ちゃんからさらに引いた人間がいるのは確かだ。超能力に引き続き、失踪事件を起こしたトラブルメイカーだと。

 でも、もう暗い顔はない。

 それを上回るくらい友達ができたからか。そんなのに負けないくらい、琴音ちゃんが強くなったからか。

「浩之さんっ!一緒に帰りましょうっ」

 訂正。

 一つだけ劇的に変わったことがある。

 オレへのアプローチが超積極的になったことだ。

「明日から春休みですし、どこか遊びにつれてってくださいっ」

 無理をしてるんじゃないかと疑いたくなるくらい、積極的になった。

 現に今も身体をオレの腕にくっつけてくる。人の目なんか気にしちゃいない。呼び方も(あの犬と交代だけど)名前呼びに格上げだ。

「どこがいい?」

「どこでもいいですよ」

 さらに腕を絡めてきた。

 うっ、背後から無数の殺意の視線を感じるぜ。

 琴音ちゃんは知っているのだろうか…

 そんな、一本芯の通った快活な美少女を好きになった奴らが、日夜オレの命を狙ってるってことを。

「やあ浩之!」

「ぐぼっ」

 いいボディブロー決めやがって……。

 かつては期待のホ―プ、今ではサッカー部のエースの代名詞となった、雅史もその一人だ。

「捜したよ。志保が、いつものように遊びに行こうって」

「浩之さん、佐藤さん、わたしも加わってもいいですか?」

「えっ? ええ、あ、ああ、あはははははははははは、まいったなぁ…」

 見ろ、この慌てぶり。

 まったく、どいつもこいつも。





「あしもとにかぜ~、ひかりが~まったぁ~っ♪」





 わけの分からない曲を引っさげて、唐突に志保が現れた。

「なんだ、現れて早々鼻歌なんか歌って。この陽気でネジが数本飛んだんじゃねーか?」

「はぁ? 今興行成績No.1映画のエンディングテーマでしょうが。アンタ流行に疎いのもいーかげんになさいよ」

「知ってるか、雅史?」

「最近あちこちでよくかかってるよね」

 ……裏切り者め。

 なおも首を傾げるオレに、琴音ちゃんの表情が曇る。

「浩之さん、この前この映画、一緒に見に行ったじゃないですか!」

 ああ、もしかして…

「あの時、やっぱり寝てたんですか!?」

 ぎくっ!

 あ、あの日は深夜番組見過ぎで…どうも最後まで…

「浩之ちゃん?」

 あ、あかりっ。なんつータイミングで出てきやがるんだよ。















 ちょっと、怒っちゃいました。

「あ、あれは、あの、その」

 チカラを使って、

「……あ、オ、オレのかばんッ!」

 鞄を、取っちゃいました。

「お仕置きですっ」

「琴音ちゃん、返せってっ!」

「欲しかったら、捕まえてくださいっ!」

 そして、思いきり走り出しました。



 ――そう、思いきり走り出すんです。

 転ぶことなんか、恐くありません。

 超能力のトレーナーをした、気弱な女の子への同情ではなく、異性として浩之さんに好きになってもらうんです。

 王子様を待っているお姫様の役は、もうこりごりです。

 神岸さんからだって、もう逃げません。

 無理して背伸びするんじゃありません。わたしが思うとおりやってみよう。そう決めただけなんです。

 もしかしたらそれが裏目に出るかもしれないけど、もうだいじょうぶです。

 さっきも言いましたよね、転ぶことなんか、恐くありません。

 だって、わたしには、

「待て~!」

「あぁ、まってよ浩之ちゃ~ん」

 勇気をくれた人たち。

 そして、この胸に、







「こっちですよ、浩之さんっ!」







 いつでも元気をくれる、場所があるからっ!






























姫川琴音


 


相沢祐一  藤田浩之


 


月宮あゆ  美坂栞 


 


長岡志保  水瀬名雪


 


来栖川芹香


 


天野美汐 神岸あかり 北川潤 来栖川綾香 琴音の母 


 


佐藤雅史 セバスチャン マルチ 美坂香里 水瀬秋子 森本美紀


 


沢渡真琴


 


イメージソング 『あなたの一番になりたい』


作詞:有森聡美


作曲:三留研介


編曲:添田啓二


歌:南央美


 


オープニングテーマ『Last regrets』


作詞:KEY


作曲:KEY


編曲:I’ve


歌:彩菜


 


エンディングテーマ 『風の辿りつく場所』


作詞:KEY


作曲:折戸伸治


編曲:I’ve


歌:彩菜


 


原案


『To Heart』(1999 株式会社アクアプラス)


『Kanon』(1999 Key:株式会社ビジュアルアーツ)


 


デバック


なべなべ


and......You 


 


2001 Prodused by “あるごる”


 


 


 


 


 


 


 


To All Readers……


Thank You For Reading!






以上で、完結です。

掲載にあたり、もし今自分がこの話を書くとしたらどうするか、考えてみました。
おそらくいきなりSFな「冬の悲劇」を使うことはないでしょうね(笑)
夜が来て宿に戻ろうとする浩之が、何らかのアクションを起こす気がします。
でもそれ以外は、たぶん同じストーリーを書いていると思います。

キリ版リクエストを受け、この話の三次創作「Liebe Schokolade」を作ったときにも思いました。
お恥ずかしながら、いまの自分も、読んでてワクワクしました。
本当に長い付き合いです、この話とは。


改めて、LeafさんとKeyさん、二次創作をする皆さんに、感謝を込めて。
ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☁| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする
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