2020年08月04日

Schnee Traum ~第4話~ 1月19日(火曜日)<前編>



人…



自分を囲むように人が立って…



廊下で、自分の前方から歩いてくる人はいない



目に映る人全てに避けられつづけて



学校を足早に抜けて、誰もいない公園へ…



ずっとひとりで座って…



日が落ちるまで…





















 カチッ!

 目覚し時計が『あ』を発しかけたところでスイッチを切った。

 眩しい光がカーテンの向こう側から差し込んで来る。今日もいい天気になりそうだった。



























 ……。

 わたしは目を覚ましました。

 いつもの朝なら寝ている間に溜まったチカラで身体が重いのに、今朝はまたそれが軽くなった気がします。

 今日も、夢。

 今日は、イルカが麦わら帽子を取ってくれたときの夢を見ました。

 本当に楽しい思い出。そのおかげで、わたしは今もイルカが好きなんです。

 そう、あのころは楽しかった。いつもママもパパも笑っていて。

 だから、悲しい。いつからあんな風になってしまったのだろう。

 思い出と今の両親とが上手く結びつかず、わたしはため息をつきました。













§













 朝食のテーブルには、今日も彼女、オレ、名雪の順でついた。

「なあ、ちょっといいか」

 俺はその席で早速、昨日から考えていたことを提案した。

「これから家で暮らすとき、呼び方を決めないと不便だろ……なんて呼べばいい? 俺は好きに呼んでもらって構わないけど」

「あ、年下ですから呼び捨てで『琴音』で構いませんよ。相沢さん」

「じゃ、いつまでか分からないけど、よろしくな琴音」

「それで今日は、どうするの琴音ちゃん」

「もう少し、この街を歩いてみます……不思議なんです。わたし、この街を知っているみたいなんです」







 3人で並んで通学する。

 歳は琴音が一つ下、しかも4日前に会ったばかりなのに、ずっと前からこれが普通であったように思える。


「今日は健康にいい登校が出来そうだ」

「どうして?」

「朝からマラソンをせずにすんでるからな」

「うー」

 実際琴音のおかげで今朝は早かった。おかげで、今日は午前授業で体操服を着込まなくていいのだと思い出した。

 それだけの理由でも、ずっといて欲しいと思ってしまう。

 だが早々簡単に神は、慈悲を与えてはくれなかった。


「あ、ねこさん…」

 この前の猫が、また塀の上に怠惰に乗っかっていた。


「うなぁ~~~」

 相変わらずの可愛げのない様子に、即座にあの日の悪夢が蘇る。

「あ、かわいい……、おいで」

「にゃ~ん」

「は?」

 驚愕して声の出所を見ると、琴音が嬉しそうに猫に呼びかけていた。

「ふにゃ~」

 言葉がわかったかのように自分から歩み寄ってくる茶猫。手を伸ばした琴音に嬉しそうに抱き上げられる。


「まさか琴音も…猫好きなのか?」

 俺は迫り来る頭痛を押し殺して聞いた。

「はいっ!」

 今までで一番元気のいい返事が返ってきた。


「かわいいですよね、ねこって」

「ねこーねこー」

 当然、名雪の猫モードに灯が入る。

「……琴音、落ちついて聞いてくれ。その猫を持って、ここから全速力で逃げるんだ」


「はい?」

「ねこ~ねこ~」

 徐々ににじり寄る名雪。

「理由は聞くな。頼む」

「え? でも、かわいいですよ? ほら」

 琴音は野良猫に頬ずりまではじめた。

「ねこさんだよ~~」

 名雪はもはや壊れ加減だ。

 頼む、それ以上は勘弁してくれ。

「名雪さんも抱きませんか?」

 だが無慈悲にも琴音は、止めの一言を放った。


「ねこねこねこ~~」

 名雪の理性が吹き飛んだ。琴音ごとつかみそうな勢いで動き出す。


「待て名雪!」

 間一髪のところで俺は名雪の襟首をつかんだ。


「離して祐一っ、私は猫さんに頬擦りしたいのっ!」


「お前を連れて登校する俺の立場を考えろっ。学校中の笑い者にする気かっ!」

 俺は必死になって名雪を羽交い締めにした。にもかかわらず名雪と猫との距離はじりじりと縮まって行く。


 男一人が全力で抑えているのにもかかわらず、だ。


「……何やってんの?」

 気がつかなかったが、さっきから香里が一部始終を見学していた。


「見れば分かるだろ、助けろ!」

 猫を抱えた少女に泣き叫んで近づこうとする少女と、羽交い締めにして止める男。


 一見して、何が起こっているのか見当も付くまい。


「しょうがないわね…名雪、行くわよ、ほら!」


 だが、付き合いの長い香里はさすがわきまえたと言ったところか。


「あ、あの…?」

「理由は帰ったらじっくり話す。何も見るな」


「うー、ねこーねこーねこー」

 完全に正気を失っている名雪を引きずって、俺達は学校に向かった。





§





「祐一、香里、大嫌い」

 学校に着いてからの名雪の機嫌は最悪だった。

「帰ってから好きなだけ抱けばいいだろ」

「……」

 机にうつぶせたまま、返事すらない。

「帰りに百花屋でイチゴサンデーおごるから、ね」

「……」

 香里の言葉にも、微動だになし。

「手がつけられないわ……」

「長い付き合いなんだろ、対処法はないのか?」

「今日のグレかたが今までで最悪だわ…」

 確かにイチゴサンデーで機嫌が直らないとなると、相当頭にきてるのは間違いない。

「それより、あの子、誰?」

「いや、ちょっと訳ありでな」

「あなた達の隠し子?」

「……冗談でも無理があり過ぎると思わないか?」

 最終的に名雪とは、俺がイチゴサンデー2杯、香里がAランチ二回おごりの条件で和平が成立した。



























 …どんっ!



「えぐっ…うっ…」





「と、とにかく場所を変えるぞ」





「…お母さん…うぐっ」 

「一体何があったんだ?」





 く~

「なんだ、もしかして腹減ってるのか?」

 く~

「ほら、そういうときは素直に頷く」





「…あったかい…」

「たい焼きは、焼きたてが一番だからな」





「…しょっぱい」

「それは、涙の味だ」

「…でも…おいしい」





「……まって…」

「…やくそく」

「…ゆびきり」





「…うそつき」





















 ……。

「なんだったんだ…」

 完全に目覚めているはずだが、幻覚の中にいるような感覚でオレは目を覚ました。

 全く記憶にない夢だった。

 オレは子供のころの記憶に関しては、少しは自信があるつもりだ。だけど、あんな女の子にすがられた記憶はどう思い出しても見当たらない。

 第一、

「あの商店街は、この街の商店街じゃねーか?」

 …妄想、かな。

 だとしたら、今までで1、2を争う相当リアルな妄想だったな。





§





 今日も登校時間を避け、外へ出る。

 商店街に入ったところでダッフルコートを着た小柄な女の子の姿が映る。あゆだ。

「お~い、あゆあゆ」

「あゆあゆじゃないもん」

 膨れっ面をしてあゆがこっちを振り向く。

 えっ?

 最近どこかで聞いたような、何か引っかかったようなもどかしさを、オレは感じた。

「ヒロくん?」

 今交わされた会話……『あゆあゆ』というフレーズか?

 あの夢のどこかに、出てきていたのかもしれない。

「ねぇ、ヒロくんてば」

「あ…あぁ、悪ぃ、ちょっと考え事してた」

 しかし、あゆに話題として振ろうにも、夢はあまりに断片的過ぎて説明しようがなかった。

 白いリボンをした女の子が泣きながらぶつかってきて、どこかでたい焼きを食べて、指切りをして、青い髪の女の子に文句言われる…

 登場人物が誰なのか、オレにはさっぱりわからない。













§













 わたしは、今日も当てもなく歩きます。

 今日は、昨日と反対方向に進む事にしました。

 さすがにこちらでは、何か思い出すような感覚に襲われる事はありませんでした。

 …………琴音、か。

 相沢さんにはそう呼んでくれるよう頼んだけれど、そう呼ぶのはパパとママしかいません。

 でも、相沢さんに『琴音ちゃん』と呼ばれるのは、怖い。

 そして、辛い。

 わたしはやっぱり、臆病なままです…。

 そうして歩いてくわたしの前方に、

「? ……!?」

 街中だというのに、きつねが、怪我したきつねがうずくまっていました。







 わたしは駆けより、膝の上に寝かせました。

 左足が何かに引かれたみたいです。

 声もあげず、ただ苦しみに耐えている顔でした。

 どうしよう。

 病院に連れていかないと。でも、どこに?

 初めて来たこの街。せっかく見つけることができて助けたくても、わたしには何も出来ない…。

「ごめんなさい……」

 泣きそう、胸が潰れそうです。

 そのとき、

 身体が、

 続いて手が、かっと熱くなり、

 最後に、チカラを使ったときのような痛みが頭に走りました。

「……っ」

 頭を押さえて、わたしは辺りを見回しました。



 ………彼の傷が、治っていました。









 ――超能力ってのは、上達すると傷が治せるんだってな、ヒーリングって









 昔の藤田さんの台詞が、わたしの中で蘇りました。

 わたしに……、わたしにこんなことが出来るなんて。

 すると、きつねは膝からぴょんっと降り、ついてこいと言うように振り向いた後、歩き始めました。

 猫についていって素敵なアンティークショップを見つけた女の子のお話が、ふと頭をよぎりました。

 彼は、わたしをどこに連れてってくれるんでしょう。





§





 時々振り向く以外は、わたしのペースなんかお構いなしに彼は歩いていきます。樹や草の生い茂ったところを難なく抜けていきます。

 彼は街を離れると、山の方へと進んでいきました。

 帰ろうとしていただけで、ついて来いと見えたのは勘違いだったのかも、と自分の行動に少し後悔しています。

「はぁっ………はぁ」

 息が上がってかなり苦しいです。体育の長距離走って役に立つんだな、とつくづく思いました。

 次第に道はなくなり、山を登るような格好になりました。

 そして、彼がぴょんと跳ねて、見えなくなりました。

 幹に捕まり最後の一歩を登りきって、わたしが目にしたものは…







 一面の草原。

 この雪の街で、そこだけ雪が遠慮したように、ずっと広がる野原でした。

 視線を動かすと、なだらかに続く斜面の向こうに隣の街が、反対側を向くと、わたしが今いる街が一望できます。

 山の中腹くらいでしょうか、丘の上には立ち木一本ありません。

 さっきの彼は、歩いていたときと同じぐらいの距離で、わたしを見守るようにちょこんと立っていました。

 おいで。

 わたしは手を伸ばしました。

「止めてください」

 すると不意に、背後で人の声がしました。







 わたしを止めたのは、胸にリボンをあしらった制服を着た、わたしよりも年上そうな女の人でした。

 まだ学校の時間のはずなのに、どうして制服を着た人がいるんでしょうか。

「人が関わると、あの子たちにとって不幸な事になります」

 静かだけど、かなり強い調子で女の人は言いました。

「でもわたしを案内してくれたのは、あの子なんです」

「彼はただ自分の住処に戻って来ただけです。これ以上は余計な事をしないで下さい」

 余計な事!?

 あまりな物言いに、わたしは『チカラ』で治した事も忘れて、言い返そうとしました。

 すると、彼女は、野原のずっと向こうを見るようにして、

「この子たちはいるべき場所にいるのが一番いいんです」

 言い放ちました。





 胸が、どんと突かれました。

 いるべき場所。

 その単語が、わたしの怒りを全て抜き取って、代わりに、淋しさを運んできました。







 わたしのいるべき場所って、どこなんでしょう…













§













 街の人ごみを避け、オレは少し遠出することにした。警察に見つかりたくないという理由もあるが、

「琴音ちゃんは人が多いところが嫌いなんだ……」

「そうなんだ」

 こんなことさえ忘れていた自分が腹立たしい。

 ずっと琴音ちゃんを分かっていたつもりが、これだ。

 商店街から離れると、整然とした並木道の遊歩道が目に入った。

 雪を乗せて、どこまでも続く木々。

 葉を通りぬけた光が、地面をきらきらさせていた。

 散歩コースには絶好だな。もっと暖かければ、だけど。

 通りの正面に視線を戻す…。

 そこで、オレは動作停止した。まさに、信じられないものを目にしたのだ。







 艶やかな黒い髪、この極寒の中でも相変わらずぼ~っとした様子、そしてそばの執事のじじい。

「来栖川先輩!」

 オレはあゆをほったらかしにして駆け寄った。

「先輩、先輩だよな? びっくりしたぜ」

「………」

「えっ、私もびっくりしましたって、間違いないな」

「………」

「えっ、なんでこんなところにいるのですか、学校はいいのですかって? それも大事だけど、今人一人の命がかかってんだよ」

「ヒロくん、待ってよ~」

 息せきりながら遅れること十数秒、あゆがやってきた。

「誰、この人?」

「かあぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 あちゃ~…。

 オレが静止するよりも速く、じじいの一喝が飛んでいた。

「お嬢様をこの人呼ばわりとは、何たる無礼者か!」

 説教相手の当のあゆは、じじいの一喝で耳を破壊されていた。

「お嬢様、このような下賎の者からはとく離れましょう」

「………」

「なんと! この者に会いに来た、ですと!? バカなっ!」

「黙ってください」

 一瞬、誰が喋ったのかわからなかった。

 息を吸って、吐き、ようやくオレは、それが来栖川先輩から発せられたセリフだったことを理解した。

 先輩、こんな言葉もいえるんだ…

「む…」

 さすがのじじいも(セバスチャンというらしいが)予想外のこのリアクションに口をつぐむ。

「………」

「え、人の命がかかっているってどういう事ですかって?」

 こくん。

「う~ん、話してもいいかな、先輩なら。それにしてもこんな寒いとこもなんだから、その辺の喫茶店にでも入ろーぜ」

「かあぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 オレが話をじじいに振ろうとした瞬間、二回目の一喝が飛んできた。

「お嬢さまをかどかわしてそのまま営利誘拐する気であろう! 貴様らげ…」

「そう誤解されたくないから、あんたも来いって言おうとしたところだよ!」



ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする
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