2020年08月06日

Schnee Traum ~第6話~ 1月21日(木曜日)




 いつものように、道にいた男の子に頭を下げる。

 嬉しそうなその子の顔を、降りかえることもない。

 おばあさんにも、道行くおじさんにも頭を下げる。

 大騒ぎしたり、外で走り回ったりなんかしない。

 それで大人はみんなにこにこしてくれる。

 出来た子だ、って。

 わたしは『いいこ』でした…。






















 今日のは、嫌な夢でした。

 でも紛れもなく、自分でした。この夢は何度も見てますし、小学校のときはわたし、そんな子でしたから。

 どうして、小さい頃からそんな可愛げのない子だったんでしょうか。

『お母さんに心配をかけたくないから。悲しい顔を見たくないから』

 即座に返ってくる理由。さっきも言いましたが、今日がはじめてじゃありません。理由だって、知ってます。

 そう、それはわかってる。

 でも、なぜそんな気遣いをしていたのか、誰も教えてはくれませんでした…。



























「藤田さん、こっちです」

「うん」

「ここで、やってみます」



「今のが超能力?」

「風か何かのせいだと思いますか?」



「琴音ちゃん!」

「…すみません、少し、頑張り過ぎました…」






















『朝~、朝だよ~ 朝ご飯食べて学校行くよ~』

「……」

 カーテンの端から漏れる日光に目を細める。

 街が雪とあいまって、白く浮かび上がっていた。

 今日の目覚めも、夢だった。

 昨日の続き。

 ……超能力の練習風景だった、と思う。

 ピンポン玉を、膝に乗せたスケッチブックの上でくるくると回すこと。

 たったそれだけのことで、琴音は額に汗をにじませ顔を真っ赤にし、めまいまで起こして倒れてしまったのだ。

 家に来たときに見せた段階まで扱うのに、最初はこんな苦労をしていたのか。

 あの恐るべき破壊力を留めるために、必死だったんだな…。

 胸を詰まらせるものに身体が囚われ、しばしベットの上で、動けずにいた。



























「…三日目」

 今日もまた例の夢を見た。ここまで来ると先輩に夢診断を仰ぎたくなるぜ。

 まず、ちょっと夢を整理してみよう。





 登場人物は基本的に二人。景色を見ている『オレ』。どうやら男の子。

 もう一人は、白いリボンをした女の子。

 おとといの夢の出会いが発端だろう。そこから仲良くなったようで、一緒に遊んでいるようだ。

 真新しい駅ビルの前で、女の子がベンチに座って待ち合わせ、どこかに遊びに行くというパターン。

 ある時は森の一角。

 まわりを草むらと溶けない雪に囲まれたその場所は、赤い光を浴びて、神秘的な佇まいを見せていた。

 女の子は子供目にすごく高い(ガキの頃のオレでもためらうような)木に登る。

 ある時は夕焼けの商店街。

 『オレ』はクレーンゲームで人形を取ってやるとカッコつけて金を使い果たす。

 散々失敗したあげく、借金してようやく天使の人形を取って、プレゼントする。

 そして今日の夢。

 どうやら『オレ』はこの街の人間じゃなくて、外部から遊びに来ているようなのだ。

 クレーンゲームで取った天使の人形に誓って、また来年も遊びにくると約束する。

 もう一度あの樹の場所へ行き、絶対に来年もくると約束する。





「…う~む」

 なんか想い出のアルバムを見せられている気分だ。『わたしの初恋』ってサブタイトルでも付いてそうな。

 でもそうすると、月曜に見た夢だけ浮くんだよな。一つだけすげー視線も低かったし、琴音ちゃんの名前も出てるし。 

 もう少し詳しいと見てる方も分かりやすいんだが……ってオレは志保かよ。

 にしても、なんで立て続けにこんな夢を見るんだろうな。

 こんなに琴音ちゃんが心配なのに、琴音ちゃんが出てくる夢は全然見ないなんて…。

 いろんな想い出があったはずなのに…。











§












 わたしは、今日も外でスケッチブックに向かいます。

 一段低くなった中央に噴水が設置された、劇場を思わせるような公園。

 ベンチに座って、コンテ代わりの、鉛筆を走らせます。

 紙の擦れる音が響いてしまいそうなくらい、静かな公園。あの時と同じように、わたしは公園にたった一人。でも、全然嫌じゃありません。

 見上げると、空色の由来を思わせるような、綺麗な青。いい天気です。

 でもおかげでキャンバスに日が当たり、描きづらくなって来ました。雪の反射も手伝って、雪やけしてしまいそうです。


 太陽さん、少し雲に隠れてくれないでしょうか。


 すると望んだとおり、急に画面がかげって描き易くなりました。


 え!?

 よく見ると、影は画面全体にかかってるのではなく、人の形をしていました。








「すごいです…」

 背後の人影から、声がしました。

 振りかえると、

「綺麗、です…」

 そこには短いストールを寒そうに巻いた、女の子がいました。

 彼女が日除けになっていたみたいです。

「あ、気にせず続けてください」

 彼女を見詰めたまま固まってしまったせいで、半分お約束な台詞を言われてしまいました。


「いいえ、ちょうど休憩しようと思ってたところですから」


 じっと見つめられながら描き続けられるほどの度胸はありません。わたしもお決まりな台詞を言って、手を止めました。







「すごいです、こんなにうまい絵、私はじめて見ました」


 隣に座った彼女は、スケッチブックを見せてくれと頼んできました。ページをめくるたび、描いた絵を誉めてくれます。


 見た所、わたしと同い年くらいでしょうか…。


「あの…失礼ですけど、たぶん学生さんですよね、学校はいいんですか?」


「あ、私病気でお休みしてるんです。でも、お昼は外に出て、太陽に当たる事にしてるんです」


「病気なのに、出歩いてもいいんですか?」

「ちょっとくらいならお医者さんも怒りませんよ」

 そういう問題じゃないと思いますが…。

 やや、言葉が途切れました。

 そして、

「あなたしかいません、私に、絵を教えてください!」


「えっ!?」

 あまりの唐突なお願いに、わたしはベンチから転げ落ちそうになりました。


「お願いです」

 両手を付かれて、わたしはお願いされています。


「あ、あの、絵っていうのは人が教えられるものじゃないし、それに、わたし、教えられるほどうまくありませんから…」


「本当に基本だけでいいんです」

「でも…」

「…私、好きな人がいるんです。でも昨日似顔絵を描いたら『向いてない』って言われて…悔しいんです、どうしてもうまくなって、祐一さんをあっと言わせたいんです」


「祐一さん…相沢祐一さんですか?」

「知って、るんですか…?」

 口から出てからしまったと思いました。女の子の顔が、さっと曇りました。

「べ、別にわたしはなんの関係もないんです」

 わたしは弁解をはじめました。何をやってるんでしょう。

「家出少女なんです、わたし。この街の商店街で倒れてしまって、それから家においてもらってるんですけど」

「そうなんですか。家の方、心配してますよ?」

「病気なのにベッドを抜け出してる女の子だって、家の方は心配してますよ?」

「……」

「……」

 顔を見合わせて、わたしたちはくすくすと、そして声を上げて笑い合いました。お互い、悪い子です。

「いいですよ。風景の方が得意なんですけど、出来る範囲なら…」


「ありがとうございます」

 彼女の大きな目が、本当にぱっと輝きました。


「では先生、お名前、教えていただけますか」


「姫川、琴音です、あ、そんなに仰々しくしないで下さい」


「わたしは美坂栞です。先生、よろしくお願いします」


 ちょうどその時、遠くで学校のチャイムが鳴りました。

「あ……、昼休みです」

「何かあるんですか?」

「祐一さんと会う約束をしてるんです。でも、今日はいいです。お願いします」

「いいんですか? …怒られたり、しませんか?」

「一日くらいならだいじょうぶですよ」

 この根拠のない自信はどこからくるのでしょうか。

 ほんとに病気ならば家に戻るよう勧めた方がいいんでしょうけど、わたしも強くは言えません。お付き合いしましょう。

 でも、頼られるのって……何かわくわくします。

 話をしている間に、本当に空も曇って、描きやすくなっていました。











§












 見た夢の量が多かったせいか、かなり寝過ごしちまった。そのせいで、今日はあゆにも会わなかった。

 街中を調べても無駄そうなので、とにかく行っていない場所をしらみつぶしに探す作戦を取ることにした。

 そんなオレの行く手に、

「……なっ、なんだぁありゃ?」

 メチャクチャ巨大な、謎の施設が姿を現した。

 琴音ちゃんはホテルにはいない。すると、まともな手段で寝泊りしてるわけじゃない。

「……」

 ドーム状の建造物も見える。

 体育館? にしては、付属設備がでかすぎる。

 ……。

 …例えばだ、例えばだぞ、もしこれが、なんかの宗教施設、あるいは実験施設だったら……

 

 

 

 

 

 何するんですか、や、やめてくださいっ

 心配しなくても、危害を加えたりはしないよ、ゲヘヘ…

 は、はなれてくださいっ、…えいっ!

 ぐはっ!

 ほ、ほぉ…こりゃ驚きだ、超能力が使えるのか。珍しい。よし、すぐに実験室へまわせっ!

 い、い、いやあぁぁぁっ! 藤田さんっ助けてっ、助けてくださいっ!!


 

 

 

 

「………!」

 どうする、どうする藤田浩之!

「行くか…」

 なんの考えもなしに中に入ったら、生命の危険があるかもしねーよな。

「アホらし…」

 だがもし琴音ちゃんがいたら、見捨てる事になるじゃねーか! 男として、人間として、んなこと許されると思うのか?

「……ぅう……えぇい、ままよ!!」

 こういうときは直感で行動したほうがいい。オレは塀を乗り越えると、謎の巨大施設への潜入を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっそく見せてくれよ」

「はいっ、あの…今動かしますから、見てください」

「こないだみたく無理すんなよ」

 

「やっぱしんどいのか?」

「はい…でも昨日よりはずっとチカラが強くなってます」



「進みぐあいはどーだ?」

「あっ、はい、いいと思いますよ。前に藤田さんに見てもらったときから、ふたつも増えたんです」

「すっげー進歩じゃんか」

「はいっ、あんなに嫌いだったチカラだったのに、今ではうまくなるとすごく嬉しいんです」

「ははっ、おーけーおーけー、いつでも見てやるよ。じゃ、さっそく成果を見せてもらおうか」

「あっ、はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐一、昼休みだよ~」

「…は?」

「昼休み」

「いつの間に…」

 名雪の時報に起こされた。

「祐一、4時間目ずっと寝てたんだよ」

 黒板を白く染めるかのような世界史の授業で寝てしまうとは…。

「名雪、あとでノートコピーな」

「わ、ずるいよ。……イチゴサンデー1杯でなら手を打つけど」

「く…」

 不覚だ。

 自分の不注意を死ぬほど呪って、俺は首を縦に振るしかなかった。

「だめだよ授業中寝たら。夜ちゃんと寝ないからだよ」

「あなたが言える台詞じゃないと思うけどね…」

「うー」

 香里の強ツッコミが入り、名雪はうなり声を上げて沈黙した。

「……」

 かなり深い眠りに落ちてしまっていたらしい。

 しかも朝の夢の続きと言うおまけ付きで。

 琴音の超能力の練習風景。時期は、去年の春だろうか?

 特訓の成果で、日に日に宙に浮かぶボールは増え、5つになった。そして、琴音の笑顔の数もつられるように増えていった。

 気になるのはそれに付き合う男、藤田だ。

 夢の視点は藤田だから、その顔を知る事はできない。だが、琴音の家出に間して、もしかしたら手がかりになるかもしれない。

 もっと、知りたい。

 

 

 ――今ではうまくなるとすごく嬉しいんです

 

 

 ……。

 夢の琴音の笑顔に、隠している秘密を覗こうとする自分の姿が、醜く感じられた。

「で、今日は昼どうするの?」

 名雪が言った通り、教室の空気も昼休みのに変わっていて、他愛もない話題についての声で溢れている。

 宿題の話、昨日のTV番組の話、

「おい、なんか学校に侵入して来た奴がいるらしいぞ」


 侵入者の情報…って、おい?

 耳珍しい情報に、クラスがにわかに色めきだつ。


「今外で生徒指導が尋問してるぜ」

 まさか、栞が見つかって侵入者と勘違いされたのか?


 制服登校のこの学校で、私服姿の栞は侵入者と見られても何ら不思議はない。


 一応ここの生徒だから警察沙汰にはならないだろうが、病欠してるのに外をうろついてることについては、こってりと油を絞られるに違いない。


「ちょっとそれ見てくる」

「あ、待って祐一」

 付いてこようとする名雪を待たず、俺は昇降口まで駆け出した。

 

 

§






「一体どこの学校だお前」

「……」

 予想に反して、生徒指導の教師に捕まっていたのは男だった。

 見た感じ俺達と同年代。人畜無害そうな奴だった。


「名前は」

「……矢島」

 校舎までの道程に敷かれたタイルに座らされたまま、そいつは答えた。


「矢島、一体何の目的でこの学校に侵入……」


 竹刀を持ったまま、生徒指導の体育教師が腕組みをする。

 その瞬間、

 だっ!!

 侵入者は、一瞬の隙を突いて走り出していた。


「な…こらっ、待て、待たんか!」

 だが侵入者は脱兎の勢いで駆けていき、

 ざっ。

 と踏み切ると校舎の壁を軽々飛び越え、向こう側に消えた。


「いっちゃった…」

「名雪、惜しかったな」

「え?」

「陸上部部長として、高跳び選手の逸材を逃がしたな」


「……」

「あきれた奴ね」

 香里がそう感想を述べた。

「にしても名雪、なんで昼寝の時間を犠牲にしてまで出てきてるんだ?」


「わたしがいつも寝てばっかりいるように誤解されるよ…」


 ちなみに、名雪の学校生活の半分は睡眠だ。

「私はね、琴音ちゃんが来たのかと思ったんだよ」


(……確かに、考えられない話じゃないな)


 もしこの街の思い出が、ここにあるのだとしたら。

「なぁ、その琴音ちゃんてのは誰だ」

 突然北川が俺達の会話に割り込んできた

「北川、なんでお前がいるんだ」

「こんな見せ物めったにないからな、当たり前だろ?」


「名雪、その子って、もしかしてこの前一緒にいた紫髪の女の子?」


「そうだよ」

「馬鹿がっ」

 名雪に秘密を守らせるのは、チンパンジーにジャズダンスを教えるより難しいと悟った。


「さ、教室に戻りましょうか、残りの昼休み、いい話題が出来たわ」


 香里の笑みに暗澹たる気持ちにされて、俺は教室へと歩き出した。


「名雪、お前…」

「そう言えば祐一、今日は中庭でお昼食べないの?」

 文句を言い掛けたところで、逆に突っ込みが返ってきた。

 そうだ、すっかり忘れてた。

 名雪への説教を止め、俺は中庭へ駆けて行った。

 

 

§






 だが、栞はいなかった。

 足跡のない中庭。

 いるべきストールを羽織った病気の少女の、いない場所。

 そこは、寂れた、凍土荒原だった。

「……」

 手に持ったアイスを、仕方なく自分で処分した。

 口に運ぶたび胃が痛くなり、口から冷気が立ち昇る。冷泉に入ってすぐのように、内臓が凍てついてきた。

 だが、アイスは二人分ある。

 俺が食べなければ、減ることはない。

 ――栞が、来なければ。

「栞、なんでお前は、こんなマネが出来るんだ?」

 俺にはその心理を一厘も理解できなかった。

 

 

 その後も中庭で待ったが、この昼休み、栞が姿を現すことはなかった。























 このスピードでジャンプしたら世界が狙えるんじゃねーか?

 という勢いで、オレは学校が見えなくなるまで走った。


「はぁっ……はっ……」

 朝、学校への遅刻ダッシュで鍛えた肺も、この冬の街ではオーバーワークだぜ。凍てつく大気が、肺を芯から冷やす。


「こ、ここまでくりゃだいじょーぶだろ」

 切りのいいところで足をとめ、近くの街路樹にもたれかかる。

 目がちかちかする。つ、疲れたぁ~。

「ヒロくんっ」

 そうして息を整えていると、声がした。

「今日ははかどってる?」

 見上げれば羽付きのダッフルコート。あゆだ。


「……最悪だ…」

「どうしたの?」

「学校に忍び込んで生徒指導に捕まった…」


「何でそんなことしたの?」

 『不思議だよ』を顔いっぱいに現わしてあゆが言う。


「オレだってしたくてしたんじゃねーぞ」

 あんなバカでかい施設、誰が学校だなんて思うんだよ。


 とっさに偽名を名乗ったのは正しい判断だった。すまん矢島、お前はもうここには来れない。


「そーいえばあゆ、お前の学校ってどこだ?」

「え?」

 ふと思いついたことを、オレは口にした。

「学校だよ学校。今日はそっちに行こうぜ。お互いの探し物のために」

「…ダ、ダメだよ。すっごく遠いんだよ」

「わけない、いい運動だ」

「それに…」

「なんだよ……あ、そーいや私立って言ってたな、全寮制か何かなのか?」

「あ、そうっ、そうなんだよ」

「じゃ学校名だけでも」

「うん、えっとね、……………あ、あれ? やだなぁ、ずっと行ってないから、名前、忘れちゃったよ」

 忘れた?

「ねぇ、それよりたいやき食べたくない?」

「またおごらせる気かよ?」

「いや、ただボクは食べたいかなって聞いただけで、それならまたたい焼き屋さん教えようかなって…」

 ゴマかすような作り笑いが、はっきり見て取れた。

 おかしい。

 どんなバカな奴だって、自分の通ってる高校名は忘れたりしないもんだ。あゆには、それが可能だってのか?

 …違う。何か、隠してる。

「ま、いーけどな。せっかくだ、今日も探しものに付き合ってやるぞ。行こうぜ」

「うんっ」

 中浪してるとか。意表をついて、実は停学の身の上とかな。











§












「なぁ、あゆ」 

「なぁに?」

「さっきから、みょーなのに付けられてないか?」

 午後の捜索を始めて商店街を歩き、早や2時間ほど。

 どうしても我慢できずに、オレは話題をあゆに振った。

「みょーなの?」

 オレは堂々と振りかえって、指をさして教える。

 キツネ。

 一匹のキツネがオレらの後を付かず離れずで、ついてきてるのだ。

 商店街を歩くほかの人間にも変に見えているようで、時々視線を浴びる。

「来栖川先輩の使い魔じゃねーよな…」 

 黒猫だよな、確か。

「うぐぅ、ボクあの時悪気があったんじゃないもん」

「大丈夫、違うってば」

 にしても、なんだろーな。

 キツネといえば、昨日丘であったっけな。謎の女の子と一緒に。

 でもあの時オレは好かれるような事も嫌われるようなこともしてない。

「なああゆ、あそこにいるの、間違いなく野生のキツネだよな」 

「うん」

 童話でもなければ、まずキツネを飼う人間なんかいない。

 ここまで人に物怖じしないのとなると、全国単位で数えたほうがいいような気がしてくる。

 そんなのが何故ついて来るんだか。う~ん、どうも引っかかるな。

 ……案外、あの無表情な女の子の正体だったりして。

 とその時、

「危ねぇ!」 

 前方不注意なチャリが、オレたちに向かって全速力で突っ込んでくる!

「ま、マジか!」

 避けるも避けないも、あゆを構ってる暇もない、ぶつかる!

 ところが、



 ズダンッ!



 途端にチャリは転倒し、なぜか通りを横滑りしてゆく。

 一方背後のキツネは、それを分かっていたかのように、身じろぎ一つしなかった。

「あゆ、だいじょうぶか」

「うぐぅ。こわかったけど、無事?」

「ああ、直前で向こうがコケてくれたらしい」

 …コケる?

 自分で言った言葉に違和感を感じて、俺はスっ転んだチャリを見た。

 アレだけ勢いつけておいて、どうしてあのチャリは、真横に滑っていったんだ? 普通は慣性でチャリそのものがオレたちに飛んできておかしくないのに。

 不審な動き……。

 ……まさか、『チカラ』か! だとすると、このすぐ近くに琴音ちゃんが!

「あゆ、走るぞっ!」

「え、ええ、あ、待ってよぉ~」

 

 

§






「すっかり暗くなっちまったな…」

 さっきは結局、走ったぶんだけ無駄だった。

 広い商店街を歩き回り続けて、お互い目的を果たせないまま、いつのまにか昨日の時間さえオーバーしてしまっていた。

「うぐぅ、夜だよぅ」

 怯えたように腕にしがみついてるあゆ。

「もしかして、怖いのか?」

「うぐぅ、暗いよぉ」

 図星かよ。

 暗いとはいえまだ時計では早い時間なので、たくさん人が歩いてる。当然、視線も集まる。

 …マジ恥ずかしいぜ。

 万が一琴音ちゃんが見てたら、あらぬ誤解を招きそうだ。

 でも泣きそうな顔をしているあゆを見ていると、引っぺがす気も失せてしまう。とても同じ高2だとは思えない。

 …周りにもそう思われてるよな、うん。カップルじゃなく、歳の離れた妹をあやしてるだけって。

「家までついてってやろうか?」

「いいよ、ひとりで帰れるもんっ」

「別に下心なんてないぞ」

「うぐぅ、そんなこと考えてないもんっ!」

「オレのいう下心の意味分かってんのか」

「ボクそんなに子供じゃないもんっ」

「悪ぃ悪ぃ。いや、ただホントにいっつも付き合わせてばっかりで、少しはなんかしねーと、って思ったから…」

「…じゃ、駅までなら」

 ときおりする物音に「うぐぅ~」と悲鳴が上がったりしたが、特に会話も弾むことなく、駅が近づいた。

「じゃ、ボクこっちだから」

 駅前で、しがみついてた腕がすっとほどける。

「じゃあな」

「うんっ、また明日」

 雑踏、とは呼べないくらい少なくなった人通りの中に消えていくあゆ。

 なぜだろうか。オレは急に切なくなった。











§












「栞…」

 机の前で、頭を抱えてオレはうめいていた。

 原因は、今日の昼休みだ。

 やはり、昨日言い過ぎたのが原因だったのか。

 好きだと意識し始めていた。だから気の緩みがあったのかもしれない。

 いや、栞は病気持ちだった。日中とはいえ外に出すぎて、悪化させたのかもしれない。

 たった一日姿が見えないだけ。なのに、自分を安心させる事は出来そうもなかった。

 栞がいつも来てるから、何も考えなかった。

 急に連絡を絶たれたら、俺には追う手段が何も無いのだ、という現実を。

「相沢さん」

 あの声、もしかしてもう聞けないのか? いや、香里の口を無理やりこじ開ければ…。

「あの…相沢、さん?」

「…ぁ」

 声の主は琴音だった。

 琴音が、俺の部屋を訪ねていたのだった。

「今日ですね、公園で絵を描いていたら、美坂栞さんって女の子に会ったんです」

「なんだってっ」

「お、お知り合い……ですか?」

「あぁ、知りあいだ。かなりのな。どうしたんだ」

「…絵を教えてくださいって、頼まれました」

 絵を? やっぱり、昨日の事を根に持って…。

「2、3日なら祐一さんも怒らないだろうから秘密にして下さいって頼まれたんですけど……昼会う約束をしていたと言っていたので、もしかしたらと思って」

 なんだ、今日はそれで来なかったのか。

「なんか余計な気遣いさせたみたいだな、悪かった」

 栞はとても人騒がせな奴だった。

「明日も、10時に教える約束をしました」

「どうだ、見込みは」

「……先は、長いです」

「そうか。大変だろうが、向こうが満足するまで頼む」

「はい…」

 ぎこちない笑いを浮かべたまま、琴音は部屋を出ていった。

 栞のあの絵が、一流画家の手ほどきを受けてどこまで改善されるか、非常に楽しみだ。

 さっきとは一転、ベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめて俺は笑いまくった。

 

 

§


 

 

「琴音ちゃん」

 夕食のテーブルで申し訳なさそうに秋子さんが切り出した。


「わたし明日早いから、お弁当作れそうにないの。お金渡すから、お昼はそれでお願いね」


「はい、わかりました」

「なら琴音、俺達の学食に来ないか?」

 すかさず俺は提案した。

 夢の通りなら、琴音は集団からはずっと離れたままだ。休暇でもないのに集団、そして学校から長く離れていては、本当に戻れなくなってしまう。

 今日栞に会ったとはいえ、俺達以外の人間と触れ合う時間も必要なはずだ。

 そして今日『侵入』を見て思いついた。リハビリに、俺達の学校に来てもらおうと。

 琴音なら、カレーライス8杯や、てりやきバーガー(ないけど)20個などという無茶な要求はしないだろう。

 そして、たとえ失敗しても家に帰る気にはなるだろう。一種のショック療法だ。

「昼休みだけ。それなら約束も問題ないだろ」

 さすがに授業にまで参加させられるほどの策も度胸も無いので、昼休み限定だが。

「でも…」

 名雪が俺の顔を窺った。

 言いたいことはわかる。今日無謀にも侵入して来たバカがいるのだ、学校だって私服人間の取り締まりは強化するだろう。


「名雪、代えの制服あるだろ、それを貸せ」


 だが逆に、制服を着てれば問題なしと言うことだ。ただでさえ人数が多いあの学校、教師が生徒一人一人の顔なんか覚えてるわけがない。


「制服は普通一張羅だよ…」

「ぐぁ」

 しかしながら、野望は反論により秒速で潰えた。


「お前が原因の一端なんだぞ。何とかしろ」

 香里の話術もあるが、うっかり喋った名雪も悪い。

 教室に帰ってから、香里は言葉巧みに琴音ちゃんの情報を引き出した。

 意地悪くあの二人は、挙句超能力を見たいから学校に連れてこいと俺達に約束させたのだ。

「そう言えば、名雪が1年のとき着ていたのがありますよ、小さめだけどちょうどいいんじゃないかしら」


 思わぬ助け舟が出た。どうやら、秋子さんも乗り気らしい。


「どうする、ちょっと無謀な計画だけど、やってみないか?」

「はいっ!見つかっても、どうせもう会うことのない人ですし」


 あっという間に賛成してくれた。

 出会ったときとは打って変わった大胆さだ。

 やっぱり、この少女も儚さとは無縁だったんだ。

 夢のラベンダー色の少女と係わり合いがあるのかどうか、そんなのは、俺の中でもうどうでも良くなってしまっていた。

「じゃあ早速、私の部屋で着替えてみようよ」

「はいっ!」

「祐一、覗いちゃ駄目だよ」

「琴音相手なら死ぬほど覗きたいが、我慢するよ」

「……祐一、台詞に裏がみえみえだよ」

「全然そんなことないぞ」

「う~、本当にひどい」





§






「それでも、大きいですね…」

 鏡の前でくるりと一回転する琴音。袖が長くて、手はちょこっと出てるくらいだ。


 ちなみに胸囲も足りないので、必要以上に裾が長く見える。

「うーん、やはり身長と胸とが足りなかったか…」


 俺が雑感を述べた刹那、

 びしっ!

 俺の後方にある机のノートが音を立ててはじけ飛んだ。


「なにか言いました、相沢さん?」

 目の前の琴音は笑顔だ。声も明るい。

 …不自然なくらいに。

「え、えぇ、いや」

 ガランッ!

 今度は棚の目覚し時計が揺らいで、床に落ちた。


「さっきのよく聞こえなかったんで、もう一度お願いします」


 落ちた目覚し時計はふわふわと浮いて、俺の頭の高さでピタリと止まった。

「……すまん、俺が悪かった、勘弁してくれ」


「…女の子の敵」

「全くです。失礼ですよ」

 名雪、加えて秋子さんにまで怒られてしまった。

 土下座して詫びる。次は我が身が消し飛びかねない。


 でも、チカラを嫌悪していた琴音が、冗談でチカラを使える事は、いい傾向だ。

 今までの苦労を『知って』いる分、余計にそう思われた。























「ふぅ…」

 今日で5日を経過した。が、発見の手がかりは一つもない。

 そろそろ残金が心配になってきた。学校だって、1週間も欠席すれば騒ぎ出すだろーしな。

 許された時間は、そう多くない。

 ピリリリリ、ピリリリリ…。

 出し抜けに電話音が鳴りはじめた。部屋に添え付けられた電話のとは音が違う。

「携帯か!」

 さっと取って通話ボタンをぴっ!

『………』

「先輩か。どうしたんだよこんな時間に、えっ、この街を離れてくださいって? なに言ってるんだよ、オレは琴音ちゃんを探しに…」

『……大きな、災いの予感がします』

「なんだって!?」

 これまた不意打ち気味な、先輩の言葉だった。

『……このままだと、浩之さんに、災いが降りかかります』

 いつものような声で、けれどはっきりと先輩は告げた。

 真剣さが聞き取れた。そりゃそーだ、大した不幸じゃなければそもそも電話なんか掛けてこない。

「でも、命に関わる事じゃねえんだろ?」

『………』

「先輩、電話口じゃ首振られてもわかんないって、イエス? ノー? どっち?」

『………イエス、です』

「…そっか。ごめん、せっかく教えてもらって悪いんだけど、琴音ちゃんを見つけるまで、オレ、離れないから」

『………』

 それで電話は切れた。

 最後に先輩は、

『気を、しっかり保っててくださいね』

 と言い残した。

 普通なら『気を付けて下さいね』だろうに。

「すっかり脅されちまったな…」

 オレは布団にもぐり込んだ。

 明日、本当に何もありませんように。



ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください