2020年08月04日

Schnee Traum ~幕間~ 1月18日(月曜日)




幕間




 時は少々遡る。

 浩之が旅立った街の一角を占める、壮麗な豪邸。

 日本で五本の指に入る大富豪、来栖川家の邸宅である。

 その屋上に、一つの影があった。









 その日の天気は悪かった。

 蒼鉛色の空からは、雪が間断なく降ってきている。

 彼女は太陽があるはずの方向に、背を向けて立っていた。

 手には魔術の道具らしき、印(ルーン)のついたフーチがある。

 その目は、遠い空を見つめている様であった。

「芹香お嬢様、ここに居られたのですか」

 背後の入り口から、白髪の、体格のいい執事が現れた。

「こんなところにいては風邪を召されてしまいます、ささ、御戻り下さいませ」

 薄く積もり出した雪に足跡をつけつつ執事は近づく。

 しかし。

 芹香は、動かなかった。

 ただ黙って、重い空を見続けている。

「お嬢様が風邪を召されては、私どもが大旦那様に叱られてしまいます、お戻り下さいませ」

「………」

「お嬢様?」

「北が、荒れています…」

 ぽつりと、芹香は漏らした。

「は?」

「セバスチャン」

「はっ!?」

 執事セバスチャンは驚愕した。

 芹香が、誰にでも聞こえる声で、喋ったのだ。

 彼の長い記憶の中でも、それはいかほどぶりのことであっただろうか。

「今から、飛行機をチャーターできますか」

 唐突な願いに、彼は2度目の衝撃を受けた。

 しかし驚いてばかりはいられない。彼は執事なのだ。主人の要求は、いかなるものでも叶えるよう働かねばならない。

「は……ははっ、直ちに!」

「お願いします……」

 言葉を残すと、セバスチャンは場から走り去る。

「姉さん…?」

 入れ違いにやってきた綾香も、予想外の事態にあからさまに驚いていた。

 姉の真意が、全く掴めていないようだった。

「一体、どうしたの…?」

 そう言い出すのがやっとだった。









 屋上を、凍てついた風が駆けた。

 風は降り注ぐ雪の方向を、垂直から水平へと変える。

 地に積もった湿り気の多い雪さえ、巻き上げた。

 芹香の艶やかな黒髪が、舞う。





「……浩之さん…」






ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする
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