2020年08月04日

Schnee Traum ~第3話~ 1月18日(月曜日)



……。

………。

待っていた。

一緒に帰る友達と別れて、僕はいつも通り、待っていた。

もうそろそろ、あのこが来る。

何日か前に、ようやくわかったんだ。

ここで待っていれば、あのこに会えるって。

来た。

「……」

無言で礼だけして、あのこは通りすぎた。

それだけで僕はどきどきした。

そう、あのこは本当に大人びていて、

お嬢様か何かみたいにだって見えた……。


………。

……。

















 いつもの様に眠気を誘う目覚まし時計で目を覚まし、ベッドから這い出る。

 今日も俺には過酷な日課が待っている。

「名雪―っ、起きろ―っ」

『なゆきの部屋』のドアをがんがんと叩く。家中に音と振動が伝わる。

「……起きたよぅ」

 目覚し時計地獄に入れるわけにもいかないので、家出の彼女は別室に移ってもらったが、それでも朝っぱらからこの騒ぎは驚くだろう。

 しかしこれがこの家の日常だ。受忍してもらう。

「本当に起きてるんだったら、今から言う質問に答えろ」

「…うにゅ」

「25+7は?」

「…さんじゅう…に…」

「今日は何月何日だ?」

「いちがつ…じゅうはちにち…」

「スリーサイズは?」

「上から80……ってわっ!」

 ばたんっ、とベットから落下した音がした。

「祐一、なんてこと聞くんだよっ!」

「どうやら本当に起きたみたいだな」

「うー」

 名雪の起床を確認すると俺は手早く階下に身を移した。


 彼女は、秋子さんが起こしてくれるだろう。







「あ…おはようございます」

 予想に反して、テーブルにはもう彼女がついていた。


「いつも…朝早いのか?」

「普段通り起きてしまって」

 はにかんで彼女が答えた。

「どうせだからと、準備を手伝ってもらったんですよ」


 その言葉を裏付ける様に、テーブルの上にはサラダや殻を向いたゆで卵などがきれいに並べられていた。

 何という良癖だ。

 5分後、でこを赤くした名雪が姿を現した。


「もうあんな起こし方はやめてね」

「彼女くらい早く起きたらな」

「うー」

「少しは俺の身になれよ…」

 名雪に、全く反省の色はないようだった。







§







「……」

 授業が自習になった。

 背後の北川の寝息を聞きながら、俺は今朝の夢を反芻していた。

 ここ2日の夢に出てきた、ラベンダー色の髪の女の子。

 今日夢に出てきた他の連中がランドセル姿だったから、子供の頃の夢なのだろう。

 彼女は、俺が家に連れてきたあの少女なのだろうか?

 夢の女の子と連れてきた少女を結ぶものは紫色の髪だ。

 だが、夢の中の女の子が2歳も3歳も大人びて見えるのに比べ、あの少女はひどく頼りなげで、儚げな印象を受ける。

 俺の中の引っ掛かりを取り除きたかったし、行くあてもないのに出すのは不安だった。もっと彼女と話したかった。







 ――それでは、どうも、有難うございました…



 ――じゃあね







 が、彼女は朝に感謝と別れの言葉を残して行った。

 学校のある俺には、気を付けてな、と言ってやるくらいが関の山だった。

「……」

 何かの予知か。

 それとも、俺の空想が生み出した幻か…

「祐一、課題終わった?」

 名雪の問いに、俺は過酷な現実に引き戻された。

「終わってるわけない」

 考え事に時間を費やしていたおかげで、俺のプリントは新雪の様に白かった。

(……少しは真面目にやらないとな。)

 視線をプリントに戻そうとした俺の視界の隅に、香里の姿があった。

(ここは香里に頼んで、挽回するか。)

 俺は身体をそっちへ向けた。

「………」

 香里は頬杖をつき、窓の外をぼんやりと眺めていた。

「……」

 非常に話し掛け辛い雰囲気だった。

 その視線の先にあるのは、雪に閉ざされた、人のいない中庭。

 その淋しい場所で、同じように幻に見えた少女と会ったのは、ほんの10日前のことだった。



























「さ、そろそろいきましょうね」

「うん、まま」





「おはようございます、秋子さん」 

「く~」

「あらあら、まだ眠そうですね」

「起こしてあげてちょうだい」

「な~おねえちゃん、あさだよ~」

 ぱちっ

「…ふあ」

「起きたようですね」

「あ…」





「おはよう、ことねちゃん」





















 ……。

「…ど、どこだここはっ!」

 目を覚ますと、部屋が和風に様変わりしていた。机も家財道具も一式どこかに消えている。

 とりあえず手元の時計で時間を確認する。

「……マジかよ…遅刻だっ」

 そして布団を跳ねのけたところで理解する。

 そうだ、オレは琴音ちゃんを捜しに来ているんだった。

 どっと疲れて、オレは再び寝床に倒れ込んだ。

 ……今の一人バカ、誰にも聞かれてませんように。

「ぷくくくく……」

 ドアの向こうから、部屋清掃のおばちゃんとおぼしき複数の笑い声がした。

 ダメだった。







§







 一通り通学者がいなくなったところで宿から出て、商店街へ。

 入りかけたところで、

「あ、ヒロくんっ」

 小学生か中学生か分からないのが、オレに突っ込んで来た。

 ・・・ずざぁっ。

 志半ばで空しくしかばねが地に伏す。

「うぐぅ…」

 とりあえずミトンの手をとり、立ちあがらせる。

「おはよ」

 昨日オレに突っ込んできた自称高校生、月宮あゆだった。

「うぐぅ、冷たいし痛いよ~」

 受け身というものを知らないのか、顔面から突っ込んでいた。鼻が真っ赤に染まって、涙目になっている。

「大丈夫か? 足元にも気をつけろよ」

「にも?」

「前方もだ」

「うぐぅ…」

 まぁ元の生活でも、とても高校生とは思えないヤツが多いから気になんねー、と言えばそうなんだけどな。

「早いんだなあゆ」

「そんなことないよ」

 でも、たやすく見つかってよかったぜ。会って早々に、オレは言うべきことがあった。

「なぁあゆ、琴音ちゃんのこと、あれから誰かに言ったか?」

「ううん、まだ誰にも言ってないよ」

「頼むから、他の人には言わないでくれ」

 昨日あゆと別れてから気付いた。

 すっかり失念していたが、探してるオレも三学期中なのだ。

 現役高校生が日中街をうろうろしあちこち嗅ぎまわったら、街の人間はさぞ不審がるに違いない。

 警察に通報され、尋問された上強制送還されたら目も当てられない。それだけは避けたかった。

 って、そーいや、

「お前、学校はいーのか?」

「ボクは私立だからまだ冬休みだよ」

 1月いっぱい冬休みの私立もあんのか。まぁ東京以南は8月いっぱい夏休みだしな、この辺ならそういう学校もあるんだろう。

 実にうらやましい。

 じゃねーって。

 それなら歩いてることに問題はないか…。

 ただどちらにしろ、街をあげての大騒ぎにしてしまったら、たとえ見つかっても琴音ちゃんの心を深く傷つけてしまうに違いない。

 琴音ちゃんの真意がわからない以上、それも避けたい。あくまで、あゆとオレの力だけで探そう。

「そっか。これからも琴音ちゃんの事は誰にも言わねーでくれよな。面倒起こしたくないから」

「うん」

「口止め料は当然払うけどな。何がいい?」

「たい焼きっ!」

 ――間髪いれず、かよ。

「鯛焼きか…」

 オレも甘党だけど、『あんこ』はちょっと苦手なんだよな。

 しかし言い出した以上後には引けない。しぶしぶ行きつけという屋台に着いていくことにする。







§







 ぽつんと一軒だけ立つ屋台で、要求のたい焼きを5つほど買う。

「お、きょうはまた買いにきたのか?」

 屋台の親父の一言に、オレはア然となった。

「またって、お前、朝メシにもたい焼き食ってるのか?」

「うんっ、すきだからね」

 ……ダメだこりゃ。てんぷらにソースのレミィに匹敵する悪食だぜ。

 やっぱり、あゆはおかしいヤツだ。確認。

「お待ちぃ」

 オレの考えには御構い無く、間もなく、焼き立てのたい焼きが紙袋に入れられ渡される。

「はい、お裾分け」

 受け取った袋の中から、こしあんが尻尾まで詰まったたいやきを、あゆが差し出してきた。

「もとはオレの金だぞ」

「気にしない気にしない」

「んじゃ、一個だけ」

 オレも白く湯気の立つそれを口に運ぶ。

 ……。

 ……う、うまいぞぉっ!

 凍てつく寒さの中、屋外で食べるたいやきの味は最高だった。

「やっぱりたい焼きは、焼きたてに限るねっ」

 あゆも心底うれしそうだった。

「もう一匹な」

 オレはまだ湯気の立ち昇る袋に手を突っ込み、もう一匹勝手に取り出した。

「うぐ? ふぁ、ふぁめだよっ(ダ、ダメだよっ!)」

「おいやめろ、あち、あんこが飛ぶっ、口を塞げっ!」

「ひゃひゃよっ!(やだよっ!)」

「…!」

「どうした?」

 急にあゆの攻撃がピタリと止まった。そして、

「あ、栞ちゃんこんにちは!」

 あゆがぶんぶんと手を振った。

 その方角、反対側の通りでは、ストールを羽織った女の子が控えめに手を振り返していた。

 幼げな顔立ちと雪のように白い肌色。

「……」

 否応無しに、琴音ちゃんを思い出させる女の子だった。

「よし、スキあり」

「……あぁ! ひ、ひどいよっ!」

 バカな言い争いと取り合いをしつつオレ達は屋台を離れた。









 

§











 お礼を言ってわたしは水瀬さんの家を離れました。でも、行く場所があったわけではありません。

 商店街をあてもなくぶらぶらと。

 なんだか、いつもよりからだが軽い気がします。この街の空気が澄んでるせいでしょうか。

 でも、いい気分にはなれません。

 ショーウインドに、自分の横顔が映りました。

 他の人には、今のわたしは悪い子に見えるんでしょうか。

 北風が強く吹きつけ、自分が飛ばされそうになります。

 …やっぱり、悪い子に見えるみたいです。

 日が高くなって人が増えてきたので、商店街を離れます。

 途中コンビニで買ったパンをかじって、さらに歩きます。

 人のいないほうへ、

 人のいないほうへと…











§











 北風の吹き抜ける中庭で、オレは今日も栞と対面していた。

「ちょっとだけ走ってきました」

「元気そうだな…」

 と言う俺も息が上がっている。

 結局時間内に課題は終わらず、結果、休み時間が全て犠牲になり、ようやく今終わって駆けつけたのだった。

「元気だけが取り柄ですから」

「病欠してる生徒の台詞じゃないな」

「冗談です」

 その言葉が終わるか終わらないかの間に、中庭雪原を思いきり風が駆け抜けた。

「わっ、飛ばされそうですー」

 栞がスカートとストールを両手で必死に押さえる。

「今なら無防備だから攻撃すれば倒せるかも知れないな」

「わっ、何ですか攻撃って!」

「試しに雪玉でもぶつけてみるか」

「わーっ、そんなコトしたら祐一さんのこと嫌いになりますよっ!」

 だが、この幻の少女こと栞も、話してみると第一印象とは違うおかしな奴だとわかった。

 彼女も、もっと話してみれば違う一面が見れたのかもしれない。

「今日はちょっと大変ですね…」

 風に持っていかれそうになるストールの裾を、懸命に押さえて栞は続けた。

 彼女はこの強風の中を一人歩いているのだろうか。

 何も知らない異郷の地を……。

「祐一さん、明日の約束覚えてますか?」

 はっと気がつくと、栞が俺に問いかけていた。

「明日…」

 咄嗟のことで頭が働かない。

「まさか忘れたりしてませんよね」

「覚えてるけど…でも、ヒント」

 適当な言葉を接いで時間稼ぎをする。

「何ですか、ヒントって」

「だったら、第2ヒント」

「…もしかして、覚えてないんですか?」

 そうじゃない。

「…えっと」

 だが、焦れば焦るほど、意地悪く記憶というのは蘇らないものだ。

「…覚えてないのなら、それで構わないです」

 栞からすっと笑みが消え、寂しげな色が浮かんだ。

 神は本当に意地が悪い。ようやっとそこで、記憶が戻った。

「変なこと言って、申し訳ありませんでした…」

 そのときにはもう栞はすっかり俺に幻滅している様子だった。

「…午後から遊びに行く約束だろ?」

「…祐一さん」

「…えっと」

 思いきり泥沼だった。

「…覚えていたんですか…?」

 いつもの笑顔は、今の栞にはなかった。

「悪かった…ちょっと、からかっただけなんだけど…」

「祐一さん…本当に嫌いになります」

「ごめん…悪気はなかったんだ…」

 とにかく、俺は謝るしかなかった。

「私、ずっと楽しみにしてたんです…明日のこと…」

 真剣な眼差しで、俺を見据える。

「ひどいです」

「…ごめん」

 栞が俺との約束をどれだけ大切に考えていたか、何も分かってなかった。

「…でも、いいです…私もわがまま多いですから、これでおあいこです」

「ごめんな、本当に」

 栞の真剣な表情を見ていると、本当に軽率だったと思う。

「それに祐一さん、ちょっと間違ってます。午後からデートする、です」

 ようやっといつもの笑顔を戻して、楽しげな足取りで栞は去っていった。

 ……。

 はぁ、もう彼女のことを考えるのはやめよう。もう彼女は去ったんだ。









 

§











 人を避け、人目を避けるうちに、わたしは見なれない住宅街に立っていました。

 見慣れない?

 なのにわたしは、迷ったという心細さを少しも感じませんでした。

 屋根に残る白い塊。

 庭の木々はそれを乗せて重そうにたわんで、

 真っ直ぐな道に沿って、家が整然と並んで。

「あの夢…」

 夢と全く同じ光景ではないけれど、何か、知っているような、戻ってきたような感覚。

 はっきりとは思い出せないけれど、今自分が立っている場所に幼いころの自分も立っていたような、そんな感慨にとらわれます。

 試しにそっと膝をかがめて、背丈を子供のころまで戻してみます。

 胸が埋まるような感覚がして、通りが、見なれた光景に変わりました。

 …歩ける。

 なぜ?

 こんな狭い路地も。

 こんな近道も。

 わたしは、知っている。

 時折見せる記憶にない道もあるけれど、わたしの足はとどまることを知りませんでした。

 歩いて、歩いて、歩いて。







§







 かなり早い時間に日が沈むのは、北の街だからでしょう。

 気付くと、辺りは早くもオレンジ色に染まっていました。

 焦げたような赤い光の中、辺りを見回し、ようやくわたしは見慣れない場所にいるんだと思い出しました。

 戻らなきゃ。…でも、どこへ?

 ふとその時、あの家に大事な生徒手帳が起きっぱなしだということに気付きました。



























 ――いえ、クラスメートです



 ――美坂さん…1学期の始業式に一度来ただけなんです…



 ――その後、美坂さんがどうして学校にこないのか…先生も教えてくれませんでした…









 栞とのデートの約束、校舎に戻ったとき出会った、見知らぬ一年生が残した言葉。

 そして、

「今ごろ、どうしているんだか…」

 彼女の心配で脳を過剰回転させながら俺は家路に付いていた。

 この街を離れただろうか。

 まだ、彷徨(さまよ)ってるのか。

 おとついみたいな事態はないとは思うが…。

(やっぱり、気になっているんだな、あの子が。)

 考えている間も脚は進む。長い今日の行程ももうすぐ終わりだ。あと少しで水瀬家の玄関が見えるはず……。

「?」

 家の前に、見なれない人影があるのを発見した。

「あ…」

 微かな声をあげて人影が反応した。

 なんとそれは、今朝出ていった家出少女、姫川琴音嬢だった。

 おそらく用があるのだが、いったん別れた赤の他人の家には声をかけづらく、家の前で逡巡していたに違いない。

 訳もなく、嬉しくなった。

「遠慮するなって、入ろうぜ」

 多少強引に、俺は彼女を招き入れた。







§







「すみません…」

 昨日にも増して、彼女は申し訳なさそうに頭を下げていた。

 まあ一般的な人間なら当然の反応ではあるが。

「大丈夫だ、秋子さんも名雪も、そういうこと気にする人じゃないから」

「食事は、ひとりでも多いほうが楽しいですから」

「ほら」

「で、この家を出て、どこに行こうとしたの?」

「………」

 予想はしていたが、彼女は沈黙した。

 昨日自分で行ってたように、もともと行くあてなどないのだ。おそらく今日一日、当ても無くこの街彷徨っていたに違いない。

「また風邪引いちまうぞ」

「それより、今日泊まる所は見つかったのですか?」

 はっと声を上げて、わたしは顔を伏せました。恥ずかしさで、顔に一気に血が上ったのがわかります。

 これじゃまるでわざと忘れ物をして、こうなるのを狙ってたみたいじゃないですか。

「その様子じゃ、駄目だったんだな」

「じゃあ今日も泊まっていけばいいよ」

 名雪さんが、予想していたように提案しました。

「今日もと言わず、連絡がつくまでいたらいいんじゃないか?」

 相沢さんが、さらに過激なことを言い出しました。

「構いませんよね、秋子さん」

「了承」

「ここに泊まれば宿泊費が浮くぞ」

 いけないこと。迷惑になってしまう。

「気兼ねしなくていい、俺も居候の身だ」

 でも、わたしは、

「………はい…」

 三人の優しい言葉に、最後まで、断りの言葉を言い出すことが出来ませんでした……。



























 今日の収穫は、ゼロだった。

 わかったのはこの街一つでも相当な広さで、一人の人間を見つけるのは相当骨が折れるということだ。

「いっそどえらい占い師あたりが、こうぱーっと見つけてくんねーかな……」

 アホか、オレ。

 さて、明日も真面目にも頑張るとしますか。



ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする
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