夢……
雪のない、初夏の街の風景に
友達とふざけあうその視線の先に
ぼくはいつも、一人の女の子を見ていた
その子が、あまりにも綺麗だったから
僕は、その子に…………
『朝、朝だよ~』
…………。
『朝ご飯食べて学校行くよ~』
いつものように、俺はベットの上に居た。
身体を起こし、カーテンを勢いよく開けると、凍てついた外の景色が広がった。
寒さで縮み上がる毎日。
だが、今日はそんな感覚すら忘れていた。
夢。
いつもは見ているのかさえもわからない夢。
けれど、今日は覚えていた。
夢の中で見た、
「ラベンダー色の髪の、女の子…………」
どこでしょう?
目の前に広がっているのは雪景色。
雪、雪、雪。
白い家々。
見たこともない造り。
見たことのない人々。
見たこともない、街…………。
わたしは目を開けました。
カーテンごしにも、雪明りで外が明るくなっていることがわかります。
天井を見たまま、しばらくぼうっとします。
横をむき、お気に入りのイルカのぬいぐるみを手に取ります。
何もする気になりません。
毎日、毎朝、毎晩……。
「浩之さん……」
そっとその名前を呟きました。
わたしの超能力(ちから)が安定し、友達が出来たのを見届けて、浩之さんはわたしから離れていきました。
もう自分がいなくても大丈夫だと思って。
でも、やっぱり違います。
友達はわたしを特別な存在として見ていました。そして、それを目当てに、近づいてくる……。
『普通』になることがいけないと言うかのように……
無理して特別に慣れればいいのか、普通を押し通せばいいのか、わたしには分からない……
気がつくと、そんな風に近づく他人から、離れようとしている自分がいました。
わたしをわたしとして見てくれていたのは、
本気で一緒にいてくれたのは、
やっぱり浩之さん一人でした。
でも、浩之さんの目に映っているのは違う女性でした。
――神岸あかりさん。
生まれる以前から連れ添い、付き合い、ずっとここまで来た人。
幼なじみの絆を破れるほど、わたしは強くありませんでした。
離れていく浩之さんに、わたしは何も出来ませんでした。
でも……。
―――浩之さん、わたしは、あなたが好きだったんですよ……。
朝食の席で、わたしはママに朝見た光景の話をしました。
雪で真っ白に彩られた景色、わたしが覚えている函館の街の景色ではありません。
もしかしたら、昔いたところかもしれないと、答えが返ってきました。
わたしが、ほんの少しの間だけいた街だと……
それに付け加えて、今日も仕事で戻らないとママは言いました。
いつだってそう。
一度だって、この食卓で、愛を感じたことは、ありません……
昼過ぎ、わたしは駅の前にいました。
傍らに、荷物をおしこんだトランクを置いて。
大好きな浩之さんも、一緒に助けた『浩之さん』もおいて。
学校に行けば、またみんなに会わなくてはいけない。日増しに近づいていく浩之さんと神岸さんの仲を見続けなければならない。
わたしには、耐えられそうにありません。
だから、この街から離れようと、決めました。
永久に家出がしたいわけではありません。そんなことができないのは、わかっています。
ただ、少しの間だけ、自分の心を包んでくれるような場所が欲しい。
自分のこころが、それに耐えられるようになるまで、離れていたい……
行き先は夢で見た、あの街。どこにあるかも分からない、あの雪の街。
吹き出しそうになるくらいおかしな行動だけど、今のわたしにはそれしか考えられませんでした。
ポストに手紙を落とすと、ふぅ、と溢れ出す、息。
その白い霧に包まれながら、わたしは呟きました。
「北へ、行こうと思います……」
Schnee Traum