2006年01月05日

読ませる主張、頷くコラム

我ながら人の主張にはカッとなりやすく、自分の論は過激に書きたがる性質だなって思います。こんばんはあるごるです。
別にそれで自己嫌悪になったりはしませんし、時には過激さを誇らしく思うこともありますが(マテ)読み返すと、コラム・エッセイ調の文を書いてる時は上手い例も挙げられず、ありきたりな結論ばかりだなぁと思います。昔、嫌中記事書いた時、そんなこと言われましたね。
というのも、今日は立て続けにふたつ、最近一筆書こうと思っていたトピックについて、唸るような内容を書いた記事にあったからです。

一つ目は「左利きとmixi(ミクシィ)
私のサイト(ブログ)で左利き関連のラジオ番組があるということを放送前に書きましたが、mixiの左利きコミュニティでは放送後に気がついた方も多いようです。

左利き関連ではないmixiユーザーの方のお話では、mixi内の話題は意外に情報として薄いそうで、参照されるのは内部で書かれた情報ではなく外部リンクばかりだということですが、「内部のコミュニケーションを図る」ということが建前のmixiの本質を見た気がします。mixiのコミュニティから生まれたというふれ込みの本を読んでみても、一般サイト発の本と比べて読み応えのあるものはかなり少ないようです。

ただ、そのことに気がつかない人がmixi内に引きこもってしまうと、外部との情報格差の逆転(外の人が知っていることをmixi内の人が知らない)が生まれてきそうな気がします。

何か特別待遇を受けているような錯覚を持ったままmixi内にいる方は気をつけたほうがいいかもしれません。過去にメーリングリストで起こった情報逆転現象は、たぶん繰り返されます。

このmixiの話は左利きについてのコンテンツのさらに一部分で、正式なTOPはこちらなんですが、アンチmixiで(筆者はそうではないと仰せっているけれど)初めて見た主張でした。
私はこの雑記とJUNKで一回づつ「mixiが嫌い」という話を書いたんですけれども、それは「内部の人間だけで盛り上がり、外を差別している」という考えに基づいていたところがあったんですね。
しかし、この方は経験から、逆にmixiの中の方が情報を知らないという。
もちろんアップ絵とか楽しい話だとか、中だけで囲ってるものはないとはいえないでしょうけれど……酸いも甘いも噛み分けたお年寄りにやんわりと諭されたような、心地よいながらも史実をひっくり返されたような、ショックコラムでした。


もう一つは「未来を変える事は不可能だが、過去を変える事は可能である。

世の幾らかの人々は、過去は変えられぬものだと考えている。
対して、未来は変えられるものだと考えている。

だからこそ頑張って未来を変えるのだと、人々は言う。
それは、違う。

未来はもう決まっている。
どうせ誰もが死ぬのだ。
そこにあるのは破滅。

行き着く果ては土の下。
天国なんてなくて、それどころか事もあろうに地獄すら無い。

夕飯の刺身の養殖の鰤を天然の鯛にする事くらいは可能だ。
けれども、そんなもの未来とは呼ばない。
世間ではそれを未来と呼ばずに献立と呼ぶ。

スズキの軽自動車をトヨタのハイブリットカーにする事くらいは可能だ。
けれども、そんなもの未来とは呼ばない。
世間ではそれを未来と呼ばずにマイカーと呼ぶ。

誰も、未来を変える事は出来ない。
行き着く果ては土の下。


対して、誰にだって過去がある。
この世に産まれてきたという過去がある。
それを心の底から良かったと捕らえられるかどうか。

即ち、過去を変える事は可能だ。
それならば、変える事が可能だ。

生まれてきて良かったと思えるかどうか。
生まれてきて良かったと心の底から言えるかどうか。

それが、大事なんじゃないかな。
少なくとも僕はそう思う。

だから頑張りたい人は、未来の為に頑張るのではなくて、過去の為に頑張るべきなんだ。世界で1つしかない自分自身の過去を素晴らしいものだと言い切る為に。

正直に言うと、この記事の最終結末はあまり読んでいて楽しくなかったです。でも、そこに至るまでの話、そして特に引用した部分(上記)は唸りました。黙ってSSに使おうかと思ってしまったぐらい、面白かったです。今年一年、現在過去未来をテーマに書いていたらぽっと浮かぶかも知れないけれども、読むまでは結局、こういう考え方は出来なかった。まさに「コロンブスの卵」でした。


さて、新年のご挨拶 伊達巻がないぐらい したばかりですが、明後日と明々後日(しあさって)はちょっと沖縄まで行ってきます。往路便の都合上、前日の5日深夜からカラオケするので実質3日、ですかね? ほんと落ち着かないですねぇ…。

posted by あるごる。 at 02:49| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。リンク先の者です。
ご紹介ありがとうございます。
(コメント送信直後に関連ブログよりTBします。本人確認に使ってください。ミッシク発動中です)

過去記事(2005.3.24)読ませていただきました。
アメリカの要塞町を思い起こすということですが、私は内部を隠して羨ましさ(飢餓感)をあおる演出もあると思うので、京都の「一見さんお断り」などにも似ていると思っています。イメージ商法ですね。

私はWeb上で飢餓感を感じたら、それを潤すようなシステムを自分で作ればいいじゃないか、と考えるほうで、私がほしいコミュニティのスタイルはXOOPSあたりでけっこう実現できそうなので、いま少しずつXOOPSを勉強しているところです。
Posted by ひでゆき at 2006年02月01日 02:01
そちらで先にご挨拶させていただきましたが、どうも、あるごるです。TBありがとうございました。
本文でも書かせていただきましたが、私にとって「左利きとmixi(ミクシィ)」は目の覚めるような思いで読ませていただきました。

なるほど、飢餓感と「一見さんお断り」という例え方もありますね。招待、というシステムを考えるとそちらのほうが近い気がします。
ただ、どうも最近では、mixiを携帯電話と同様のものと考えてる人が多いんですよね…。「所詮ツールでしょ」って反論が多くなってきて。

「XOOPS」というものが初耳でしたので、いま、検索しながらお返事を書いております(苦笑)
作業は大変かと思いますが、頑張ってください。
私は今までどおりコンテンツでがんばろうかなぁって思っています。今でもアクセスがある「ガンダムショットバー」に匹敵するものを、自分で意図して作れるようになりたい。みなが買える店だって、立派なブランドはいくらでもありますもの。
Posted by あるごる。 at 2006年02月03日 00:08
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