2020年08月02日

過去作「Schnee Traum」をブログに掲載します。

こんばんは、あるごるです。
前言通り、明日21時から。毎晩3話ずつ、連続掲載します。

もっと早く、こうしていればよかったです。

ずっと昔にコメントをくれた、こんさん。大変、お待たせしました。
真夏の夜の「雪の夢」は、あなたのために。



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2020年08月03日

Schnee Traum ~プロローグ~ 1月14日(木曜日)








 夢……





雪のない、初夏の街の風景に





友達とふざけあうその視線の先に





ぼくはいつも、一人の女の子を見ていた





その子が、あまりにも綺麗だったから







僕は、その子に…………

























『朝、朝だよ~』

 …………。

『朝ご飯食べて学校行くよ~』

 いつものように、俺はベットの上に居た。

 身体を起こし、カーテンを勢いよく開けると、凍てついた外の景色が広がった。

 寒さで縮み上がる毎日。

 だが、今日はそんな感覚すら忘れていた。

 夢。

 いつもは見ているのかさえもわからない夢。

 けれど、今日は覚えていた。

 夢の中で見た、

「ラベンダー色の髪の、女の子…………」



























 どこでしょう?

 目の前に広がっているのは雪景色。

 雪、雪、雪。

 白い家々。

 見たこともない造り。

 見たことのない人々。





 見たこともない、街…………。  




















 わたしは目を開けました。

 カーテンごしにも、雪明りで外が明るくなっていることがわかります。

 天井を見たまま、しばらくぼうっとします。

 横をむき、お気に入りのイルカのぬいぐるみを手に取ります。

 何もする気になりません。

 毎日、毎朝、毎晩……。

「浩之さん……」

 そっとその名前を呟きました。









 わたしの超能力(ちから)が安定し、友達が出来たのを見届けて、浩之さんはわたしから離れていきました。

 もう自分がいなくても大丈夫だと思って。

 でも、やっぱり違います。

 友達はわたしを特別な存在として見ていました。そして、それを目当てに、近づいてくる……。

 『普通』になることがいけないと言うかのように……

 無理して特別に慣れればいいのか、普通を押し通せばいいのか、わたしには分からない……

 気がつくと、そんな風に近づく他人から、離れようとしている自分がいました。

 わたしをわたしとして見てくれていたのは、

 本気で一緒にいてくれたのは、

 やっぱり浩之さん一人でした。

 でも、浩之さんの目に映っているのは違う女性でした。

 ――神岸あかりさん。

 生まれる以前から連れ添い、付き合い、ずっとここまで来た人。

 幼なじみの絆を破れるほど、わたしは強くありませんでした。

 離れていく浩之さんに、わたしは何も出来ませんでした。

 でも……。







 ―――浩之さん、わたしは、あなたが好きだったんですよ……。







 朝食の席で、わたしはママに朝見た光景の話をしました。

 雪で真っ白に彩られた景色、わたしが覚えている函館の街の景色ではありません。

 もしかしたら、昔いたところかもしれないと、答えが返ってきました。


 わたしが、ほんの少しの間だけいた街だと……

 それに付け加えて、今日も仕事で戻らないとママは言いました。


 いつだってそう。

 一度だって、この食卓で、愛を感じたことは、ありません……














 昼過ぎ、わたしは駅の前にいました。

 傍らに、荷物をおしこんだトランクを置いて。


 大好きな浩之さんも、一緒に助けた『浩之さん』もおいて。

 学校に行けば、またみんなに会わなくてはいけない。日増しに近づいていく浩之さんと神岸さんの仲を見続けなければならない。

 わたしには、耐えられそうにありません。

 だから、この街から離れようと、決めました。

 永久に家出がしたいわけではありません。そんなことができないのは、わかっています。

 ただ、少しの間だけ、自分の心を包んでくれるような場所が欲しい。

 自分のこころが、それに耐えられるようになるまで、離れていたい……

 行き先は夢で見た、あの街。どこにあるかも分からない、あの雪の街。

 吹き出しそうになるくらいおかしな行動だけど、今のわたしにはそれしか考えられませんでした。

 ポストに手紙を落とすと、ふぅ、と溢れ出す、息。

 その白い霧に包まれながら、わたしは呟きました。












「北へ、行こうと思います……」



























ALGOL PRESENTS from “To Heart” to “Kanon”



Schnee Traum




ラベル:Schnee Traum
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Schnee Traum ~第1話~ 1月16日(土曜日)




 き~んこ~んか~んこ~ん。

 …よーやっと1時間目終了か。あと2時間で、うれしい休日がオレを待ってるぜ。

 休み明けテストもぎりぎりでクリアしたしな。

 もう少しすれば学年末テストがやってくるから、遊んでられるのは今のうちだけだ。

 来年の今ごろ、オレはどーしてんだろうな。

 先輩の予言通りなら、俺は大学まで進むらしいからセンター真っ最中か。いや、先輩みたいに私大推薦ってのもいいかも。

 ……オレの柄じゃねーな。

 まだ300日以上先の話を考えたって仕方ない。やめやめ、寝よ。

「大変大変! ちょっとヒロいる?」

 眠りの世界に向かったオレを連れ戻しに、やかましい悪党がやってきた。

「ヒロッ! ちょっときなさい!」

 たっく、うるせえなぁ。

「オレの眠りを邪魔すんな。歩く東スポは冬はネタ切れなんだろ、無理すんじゃねーよ」

「お、長岡、今日はどんなネタを仕入れてきたんだ?」

 声を聞きつけ、あっという間にガセネタの購読者が志保に群がり出す。もはや教祖だ。

「ちょっと今日は悪いけどおやすみ、ヒロ、ちょっとこっちへきなさいっ!」

 ずかずかとオレのところまで来るなり、志保はオレを廊下に引きずり出した。なんだってんだ全く。









 冬の廊下は、教室とはうってかわって極寒地獄だ。じっとしてると骨まで凍る。

「こんなとこに呼び出して、なんの用だ?」

「し~っ……あんた、姫川琴音ちゃん、家にかくまってない?」

「は?」

 開口一番、なんてことを言い出しやがるんだこいつは。

「いいかげん見境なく手を出す癖はやめなさい。それも年下に」

「ちょっと待て、ガセネタにもほどがあるぞ。いーかげんにしろってんだ!」

 確認に来たのがせめて不幸中の幸いというやつだ。

 ……待て?

 なんで、確認に来たんだ?

 いつもならばら撒いてから確認、いやこいつに限ってはそんなこと絶対にしやしない。

「ほんとのほんとに、知らないのね」

「ああ。どうした、琴音ちゃんに何があったんだ?」

「彼女、失踪したのよ」

「なにいっ!?」

 ま、マジか!?

 あの超能力の一件が終わったあと、だいぶ琴音ちゃんとは関係が薄くなったけど……一体何があったんだ!?

「3日前から、無断欠席してるらしいの。今日もいなかったわ」

「なんだそーいうことかよ、風邪だろ、カゼ」

 ビビらせやがって。

 ――内心、かなり胸をなでおろしたけどな。

 たっくコイツにかかると、どんな話も3倍になって出力されるからタチが悪い。

「驚かせんなよ、またあの時みたいなことになったかと…」

 だが、志保の目つきは和らぐところか、厳しさを増していた。

「あのおとなしそうな優等生タイプの姫川さんが、何の連絡もなしに病欠すると思う?」

 ――確かに、琴音ちゃんが無断欠席するなんてちょっと考えにくいな。

 友達、もしくはオレに何か告げてるんじゃないかとこいつが考えてもおかしくない。

「しかも親も何も言ってないのよ、どゆこと」

「……おい、今なんつった」

「だ~からっ、風邪で休むなら風邪、お葬式ならお葬式って本人か親が連絡するでしょ。なのに今日まで担任はおろか学校にも電話一本入ってないらしいのよ。完全な無断欠席」

「……!」

 ようやっと、オレにも事態の深刻さが飲み込めてきた。

「病欠でも忌引でもないんだったら、んじゃなんなわけ? 例の超能力もおさまって友達も出来て、前みたいな無断欠席する理由なんてないじゃない。そしたら最後はアンタをあたりたくなるのは当然でしょ?」

「琴音ちゃんの両親は共働きだ。おまけに帰ってこない日も多いって言ってた。知らない可能性が高い」

「……マジ?」

「琴音ちゃんが一週間欠席してたときも、全く事情はつかんでなかった…」

 志保が、ゴクリと息を呑む。

「……わりぃ、今日は早退だ。探しに行く」

「待ってヒロ。あたしも協力するわ」

 軽くうなずくと、オレは教室へ鞄を取りに走った。







 真っ先にオレは、あのときと同じように公園を探した。

 商店街、駅、オレ達は考えうる場所を探し回った。

 放課後になって出てきた雅史、あかりも加わって日暮れまで探し回った。

 だが、琴音ちゃんの姿はどこにもなかった…。







§







「何か連絡が来たら即知らせる…今日は解散だ」

 3人が疲れきった顔でうなずき、無言でめいめいの家へ向かっていった。

 オレも暮れ行く陽の中を帰る。

 …どうしたんだよ、琴音ちゃん。

 もう、超能力(ちから)は克服したんだろ?

 友達だって出来たんだよな?

 もう大丈夫じゃ、なかったのかよ?

「どうして、一言オレに相談してくれなかったんだよ……」

 そうこう考えてるうちに家に帰りついた。

 惰性で郵便受けを開ける。



 どさどさどさ…



 1日ぶりに開けた箱からは、ダイレクトメールの山が吐き出された。

「…?」

 雪に散らばったチラシの中に、白い封筒がはいってるのを見つけた。慌てて拾い上げる。

 差出人は書いていない。しかし裏の封を見た瞬間、オレにはわかった。

「イルカのシール……琴音ちゃん!」

 オレはかじかんだ手で、しくじりながらその場で封を切った。





















 少しの間、北に行こうと思います。心配しないで下さい。

 きっとまた、戻ってきますから。






















 手紙の文はたったそれだけだった。

「……ということだ、志保、オレは琴音ちゃんを追っかける」

 約束通り、オレはまず志保に電話をいれた。

「ちょっと待ちなさいヒロ! あんたそれしか手がかり無いのに、当ても無く探し回ろうってわけ?」

 その言葉も一理ある。修学旅行のときにもあの広さは実感した。ましてや今度は全範囲だ。だが、

「無謀なのはわかってる。だけどじっとしてろってのか? 琴音ちゃんは暗にオレに追ってきてもらうことを願って…」

「わかってるわよ! でもものには段取りってもんがあんのよ。あんたまず琴音ちゃんの両親には連絡したの?」

「う……」

「もしかしたら行きそうなところをピックアップしてくれるかもしんないし、それを匂わせるような言動をしたかもしれないでしょ。も少し落ちついて考えなさいよ。…分かった? 連絡して何か仕入れたらまた電話して」











「おとといの朝、そういえばあの街の話をしてました…」

 オレは琴音ちゃんの家に急ぎ事情を説明した。

 両親があまりにも冷静だったことに、オレは苛立ちすら覚えた。

 遠くには行ってないだろうと思っているのか。

 それとも、怪現象を起こす疫病神を厄介払が出来たとでも思っているのだろうか?

 家族の話をしたときに見せた琴音ちゃんの作り笑顔が、ちらついて離れない。

 それでも手紙を見せると、琴音ちゃんの母さんはうろたえて、そんなことを呟いた。

「あの街?」

「この街に来る前、ある時期だけ函館以外の町にもいたんです。あの子は小さかったから、覚えていないと思っていたんですが…」

「どこなんです、教えてくださいっ!」





§







「……らしい、志保、ありがとな」

 帰ってからオレはもう一度志保に電話をかけた。今日だけは、素直に礼が口から出て来る。

「で、どうするの?」

「決まってる」

 琴音ちゃんの母さんは、オレに、ある北の街の名前を教えてくれた。

 生まれてから一度も聞いたことが無い場所。それほど大きな町ではないらしい。

 けれど聞いた瞬間、オレには、何か不思議な確信が生まれていた。

「今日中にここを発ってその街に行く」

 琴音ちゃんは、きっとその街に向かった。そして絶対そこにいる。

 間違いなくそうだと思った。

「一人で行く気? あたしも付れてってくれない?」

「ダメだ、頼むからここに残っといてくれ」

 オレは即座に断った。

 邪険にしたわけじゃない。むしろ今の状態なら志保ほど頼れる奴はいねーだろう。

 だけど、

「いざというとき、お前にはここでいろいろと調べてもらうかも知れないから。それに…」

「ぁ……分かったわ」

 何か反論しようとしたのを飲み込むのが聞こえる。

 そう、旅の障害を除くため、こいつにしかできないことがある。

「あかりはあたしが押さえておくわ。行ってらっしゃいヒロ」

「あぁ」

「必ず琴音ちゃんを見つけ出して、そして必ず戻ってくるのよ」

「何だよ、その戦場に人を送り出すようなセリフは。相変わらず大げさ過ぎなんだよおめーは」

 ようやっと志保らしい台詞が聞けたぜ。あんまり真面目モードが続くと、こっちの調子が狂っちまうからな。

「カンよ、カン。あんたは信じないでしょうけど、このヤマなんか嫌な予感がするのよ。さっきからしきりにやばそうだって訴えてる」

「……」

 いつもなら突っ込み返してやる場面だが、今日だけは志保に頭があがりそうもない。

「じゃぁ、な」

 オレは静かに受話器を置いた。

 最小限の荷物をトランクにつみこみ、考えうる限りの防寒をし、ためていたへそくりを全部引っつかんで、オレは空港へ足を向けた。

 時計は午後5時を指していた。

 一刻も早く、その街に行かなきゃな…。













§















「ばいばい、祐一さん」

 そう言って、少し恥ずかしそうに手を振った栞を見送り、歩き出した。

 ただ商店街を歩いただけだったのに、栞は終始楽しそうだった。

 それにしても……

「あのもぐらたたきには笑わせてもらったな」

 もはや芸術の域に達してると思う。

 次行くときは上手くなっていると言っていたが…

(――絶対ないな)

 思い出していると口元から緩んでくるので、意識的に顔を引き締め家路を急ぐことにする。



























 寒いです。

 歩きなれない冬の街をさまよってしまったせいで、身体がふらふらします。

 そういえば、今日どこに泊まろうか、全く考えていませんでした。

 一人でいると、本当に自分が子供なんだと実感します。

 けど、こんな子供にも、不幸は容赦してくれませんでした…。



























「ぐっ!?」

 突如、頭が鉛の様に重くなった。激しい耳鳴りがする。

 風邪や何かじゃない。頭の中から突き上げてくるような、体験したことのない異質な感覚だった。

 立っているのも辛くなり、膝をつく。

 その場にうずくまりつつ、周りに助けを求める視線を送る。

 ところが。

 症状は周囲の人間全てに現れているようだった。みな同じように頭を抱えて座り込んでいる。

 夕暮れ迫る街。

 賑わう商店街。

 平和に暮れようとする一日の最後に、原因不明の病気が人々を襲っていた。

「………やめて…て……もう…」

 そんな中、俺の耳がかすれた懇願の声を拾った。目で必死にその声の出所を追う。







「おねがい…こんなところで…」

 頭を押さえ、何かを押さえつける様に、一人の少女が雪の上にしゃがみこんでいた。

「おい、大丈夫か!」

 頭痛を抑え駆け寄る。

 他の人間も辛そうだが、彼女は全く別格の痛みを有してるように見えた。

「ダメです、はなれて……わたしから…」

 辛そうな表情とは正反対に、少女は俺を必死に拒絶する。

 耳鳴りがさらに勢いを増した。

「ぐ……」

「はやく…はなれてくださいっ……」

「何がダメなんだ、おいっ」

 彼女に触れようとしたそのとき、

「ぁあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

 耳鳴りが最高潮に達し、

 パリン。

 ばりんばりんばりんばりんばりんっ!!

 彼女の叫びと共に、周りの店のショーウインドが雪崩をうって木っ端微塵になった。

 そのままこときれて、少女は雪の上に横たわった。







 路面に崩れたまま、彼女はぴくりとも動かない。

 ……っておいっ!
「おいっ!」

「……」

 顔の前に手を当ててみる。とりあえず息はしているようだ。掌が温かい。

「おい、しっかりしろ!」

「……」

 俺が振るのに合わせて、首から上ががくがく揺れるけれど、自力で反応する気配はない。

「おい、おいっ!」

 俺は少女を抱き起こした。

 そこではじめて、気づいた。





 少女の髪の色は、紫色だった……。





 人々は自分の身に起こった異常と、ショーウインドーが前触れなしに砕け散るという常識外れの惨事だけ気を取られているようだ。

 本来ならば、警察に届け出なければいけない事態なのだろう。

 けれども俺は、なぜか彼女を背負って家に向かっていた。






§







「ただいま」

 とりあえず玄関からリビングに入ると、名雪が開口一番言った。

「わ、また大きいおでん種…」

「またお前はそれかっ!」

 俺が帰ったのを知り、秋子さんも入ってきた。

「またずいぶんと…」

「秋子さん、同じネタは三度までにしてください」

「……」

 ものすごく悲しそうだった。

「事情は後でゆっくり話します。とにかく彼女を二階で寝かせてあげてください」

 今回は、俺が音頭を取った。

 何故なら彼女は旅行鞄を持っていたからだ。よもや、記憶喪失の身元不明人ではないだろう。

 そして、口にはしなかったけど。

 おとついのあの夢が、どうしても片隅に引っかかっていた……。

「名雪、部屋借りるぞ」

 当たり前だが、この清純そうな少女を、傍若無人で危険な真琴の檻においておく道理はない。

「……これって、誘拐に近いんじゃないか」

 寒くないように布団をかぶせると、俺は部屋を後にした。













§

















 人生2度目の飛行機は、遅すぎて気が狂いそうな乗り物だった。

 さっきまで見ていたくだらない映画も、もう目に入らない。

 窓の外に視線を移してみる。

 地面まで距離があるうえに夜のせいで、どこにいるかは全く分からなかった。

 琴音ちゃん、大丈夫だろうか。

 あまり子供扱いしたくないけど、今日泊まる場所は確保できたんだろうか。

 よもや良からぬ輩に引っ掛けられてることはないと思うけど……。



 ぞっ!



 そのとき、いきなりオレは背筋に寒気を覚えた。

 いや、この表現は正しくない。今のは『風邪を引いた』とか『虫の知らせ』系統の感覚じゃなかった。

『違和感を感じた』

 これが適当だろう。

 その理由は空港のロビーを出た刹那に分かった。

「さみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっ!!!! 寒い寒い寒い寒い寒い、寒いっっ!!」

 これじゃ学校の廊下だってパラダイスだぜ。予想していた寒さが全く相手になんねーぞ。

 寒気が厚手の防寒着を悠々と貫通してくる。サギみてーな寒さだ。

「これが、北の大地の真の姿か…」

 この中を捜すのはまともな人間のすることじゃない。琴音ちゃんもこんな中をさまよってるってことはないだろう。

 そう結論付けて、オレは凍死しないうちに宿を探すことにした。

 運良く旅館に滑り込むことができ、志保に連絡を取る。

 目的の街は、まだだ。

 明日一番に列車に乗ることを決意すると、オレは疲れですぐ眠りに落ちた。
ラベル:Schnee Traum
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雪の夢 ~第2話~ 1月17日(日曜日)


 ………。

 ……。

「…朝だな」

 陽光の差し込む室内を眺めながら思わず呟いてしまう。

「何事もなく朝を迎えた…」

 いつも真琴に悩まされていたため、平和裡に朝の光を浴びれることが信じられなかった。

 あいつも人としての常識はあるらしい。

 不意の来訪者が来ているときに騒ぎを起こしたら、どんな先入観を持たれるか。

 着替えて廊下に出る。

 そこでふと、あの少女の状態が気になった。

 結局少女は夕食にも夜中にも目覚めることはなかった。

「……」

 『なゆきの部屋』のプレートが下がった扉からは、物音一つしない。

 この時間なら、名雪はまだ寝ているだろう。もっとも彼女の方は分からないが…。

 ……。

 たとえ起きたとしても、まずびっくりして、出て行きづらいだろう。

 俺は黙って素通りすることにした。







 洗面台で顔を洗い食卓へ。

 いつもと同じペースで朝食を取り…

「うぐぅ…祐一君、いじわる…」

 金曜に引き続き、何故か食卓についていたあゆに突っ込まれる。

 秋子さん曰く、

「また、わたしが誘ったんですよ」

「食事はひとりでも多いほうが楽しいですから」

 らしい。

 だが、見知らぬ他人を朝っぱらから食卓に招いてしまう秋子さんの度量は、ただ人のそれではないと思う。

「ねぇ、祐一君今日はなにか予定ある?」

 あゆが聞いてきた。

 正直に予定がないと答えると、

「一緒に遊ぼうと思ったんだけど」

 遊びに誘ってきた。

 考えてみれば、あゆとは出会うということはあっても遊ぶということはなかった。

「日曜日だもん、遊ばないと」

「俺は構わないけど……」

 いったん承諾しかけたが、すぐまたそれを飲み込む。

「やっぱやめとく」

 あやうく2階に寝ている少女を忘れるところだった。

 あゆにはすまないと思ったが、彼女が目を覚ましたとき、拾ってきた俺は居る義務がある。

「そっか、都合が悪いんなら仕方ないね」

 理由も聞かずにあゆは納得していた。

「ボクもまだ探し物が見つかってないから、今日もそっちを頑張るよ、ばいばい、祐一君」

 それだけ言うとあゆはあわただしく席を立っていってしまった。

(……何しに来たんだ、あいつは。)

 入れ代わりに名雪が入ってくる。

「名雪、あの子、様子どうだ?」

「だ? ……だおー」

 名雪は、まだ完全に寝ぼけていた。

「……とりあえず俺は部屋に戻ってますんで」

 ここにいても仕方ないので、俺も食卓を後にする。

「ええ」

 応えた秋子さんの目には何故か咎めるような光が浮かんでいたが、それを問いただす気にはなれなかった。

 

 

§


 

 

「祐一~、お昼だよ~」

 読書(雑誌)に没頭し、気がつくと時間は昼になっていた。

 下り際に真琴の部屋のドアをノックする。

「おい、いつまで寝てるんだ?」

 一応ノックし、ドアを開けてみる。

「……」

 中はもぬけの殻だった

「……秋子さん、真琴見ました?」

「いいえ?」

 その答えを聞いて俺は確信した。

 記憶が戻ったのだ、あいつは。そして、夜中こっそりと出ていったに違いない。

 朝だったら、早起きする秋子さんが間違いなく気づくはずだ。

 出て行くなら礼の一つくらい言っていって欲しかったが、アレだけ問題を起こした手前、照れくさかったんだろう。

 まぁ、これで迷惑をかけるものはいなくなったわけだ。



 バタン!



 しかしその時、二階でドアの閉まる音がした。

「真琴?」

「違う、名雪」

 答えは俺の思った通りだった。

 間もなく不安げな顔で、紫色の髪の少女がリビングに姿を現した。





 名雪が後で着替えさせたのだろう。彼女はパジャマ姿だった。

「おはよう、姫川さん」

 とりあえず挨拶する。

 いきなり名前を呼ばれたせいだろうか、少女はびくりと肩を震わせた。

「心配しなくていい。とって食ったりはしない」

「……祐一、ひどい」

「あ、あの…」

 ジョークのつもりだったが、かえって彼女の不安を増大させてしまった様だ。

「あぁ、名前か? 悪いとは思ったけど、勝手に調べさせてもらったから」

「そうですか…」

 うつむき加減に少女は応えた。無理もない。

「倒れて、気づいたら知らない家の中じゃ、びっくりするよな」

「やはりわたし、倒れたんですか…」

「すごかったんだぜ、突然商店街のウインドーが粉々に砕けて、そしたら急にあんたが倒れて」

 俺は彼女が意識を失った時の様子を話して聞かせた。

 すると、

「…わたし、また…っ」

 途端に彼女は激しく涙を溢れさせ、パジャマ姿のまま外に飛び出そうとし始めた。

「ちょっと待って、そんな格好でどこに出ていくの?」

 慌てて名雪が肩を掴んだが、あまりの取り乱し方に、言い出した俺の方が固まってしまった。

「わたしのせいなんです、わたしのっ…謝らないとっ!!」

「祐一、泣かせた」

 名雪が非難の視線を向けてくる。

「お、俺は何もしてないぞ、今度こそ!」

 何が彼女のせいかは分からなかったが、その言葉には納得させられる響きがあった。

 彼女が苦しみ出して耳鳴りが始まり、絶叫したらガラスが割れた。何らかの因果関係を疑ってもおかしくない。

 けど。

「まずご飯を食べて少し落ちつきなさい。あなた、昨日から何もお腹に入っていないのよ?」

「ん、ぁあ……」

「謝りに行くのはそれからでもいいでしょう?」

 全く、秋子さんの言うとおりだった。

 

 

 

 

 

§



  

 

 

 

「そういえばこっちはまだ自己紹介してなかったな。俺は相沢祐一。この家の居候だ」

「あちらが水瀬秋子さん、この水瀬家の家主だ」

「で、こいつが秋子さんの娘さんの名雪。俺と幼なじみのいとこだ」

 わたしがテーブルについたところで相沢さんは家の人間の紹介をはじめました。

 さっき取り乱してしまった恥ずかしさで、わたしは身を硬くしていました。

 なんとか落ちつこうとしたけれど、名雪さんの紹介をされたとき、自分でもわかるくらい強く反応してしまいました。

「…姫川、琴音です」

 わたしも自己紹介をします。とはいっても、向こうはすでに知っていることですけど。

「姫川さん、お歳は?」

「高校、1年です」

「ということは俺らの一つ下か」

「どこの高校?」

 名雪さんがわたしに聞きました。

 遠い地で、見ず知らずのわたしを助けてくれた方々に、黙っていることはできません。

 わたしは答えました。同時に持ってきた生徒手帳をテーブルに置きます。

 とたんに、相沢さんがいぶかしそうな目をしました。

「内地の学校ですから」

 慌ててフォローしましたが、その視線はわたしに向けられたものではありませんでした。

 すぐに、ぺしっという音がして、名雪さんが頭を抑えました。

「痛いよ祐一…」

「真面目に持ち物調べたのか、お前は」

「文句があるなら祐一が自分でやってよ…」

「できるかぁっ!」

 ふと、その姿が嫌な光景に重なりました。 

 あぁ、顔が、目の前の光景を嫌がって歪んでる…

 けれど運良く、わたしの表情の変化に気づいた人はいませんでした

「――って、関東近郊の学校じゃないか。なんでまた今ごろこんなところへ?」

 物思いから還ると、相沢さんがわたしに尋ねていました。

 真っ先に浮かぶ疑問でしょう。関東の学校が北国より冬休みが長いなんて、普通ありえないことですから。

「……」

 わたしは答えませんでした。答えられませんでした。

「家出か?」

 いいえ。違うんです。

「祐一さん」

 でも、ある意味そうかもしれませんね…

「どなたか知り合いの方でもいらっしゃるんですか、幼なじみとか」

「いいえ、そうじゃないんです…」

 また…。

 たった一つの単語なのに。

 自分の嫉妬深さが、こわくなりました。

「訳あり、みたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間もなく、3人前のラーメンが運ばれてきた。

「なると、なると」

「じっと見てると、吸い込まれるぞ」

 なるとを回して遊ぶ名雪と戯れながらも、彼女からは目を離さない。

「……」

 彼女のラーメンは、置かれてからほとんど減っていなかった。

「多すぎましたか?」

「いえ…」

「おかあさん、熱あるみたい」

 自分と彼女の額に手を当て名雪が言う。

「疲れているのね。…どこか行く当てはあるんですか?」

「いいえ…」

「その体調で出歩くのは無理ね。今日1日、うちでゆっくり休んでください」

 優しい声で秋子さんが提案した。

「すみません…」

「いいのよ、気にしなくて」

 さっきまであれほど焦っていた彼女も、安心したのか素直に申し出を受けた。

 この辺が、年季とか歳の功とかと云うのだろうか…

 

 

 

 



§



 

 

 

 

 昼過ぎにオレは街の駅に到着した。

 すぐさま駅員に紫色の髪の少女が通らなかったかどうか確かめる。

「この街の人間はみんな紫色の髪なのか!」

 なんてアホなことも考えていたが、幸いなことにここでも琴音ちゃんの紫色は珍しく、昨日見かけたという情報を入手した。

「彼女家出して……オレは兄なんです」

 あぁ、はズかし。

 もうベッタベタの言いわけを使い、オレはなんとか駅員に、琴音ちゃんを見かけたら駅に止めてくれるよう約束を取りつけた。

 見た感じ、この街から電車を使う以外に遠くに行く方法はなさそうだ。

 琴音ちゃんが車やバイクをかっぱらって街を出るとは考えづらいから、駅を押さえてしまえばこっちのものだ。捜索範囲をこの街のみに限定することができる。

 他人の車に乗せられていくという可能性はあえて考えないことにした。そこまで自暴自棄になっていないことを祈りたい。

 ついでにこの街で一番安い宿泊施設も教えてもらう。

 ……そこ、笑うな。生活の知恵だ。手持ちの実弾が尽きたら、そこでオレの捜索はアウトなのだ。

「宿に行く前にひと探しすっか」

 オレは地図を入手しに、商店街に足を向けた。









 商店街はかなり賑わっていた。

 温かみのある路材の色と固まって残る雪とが、異郷へ来たことをしみじみと感じさせる。

 ざっと商店街の案内板を見たが、さすが北の街。商店街も規模がでけーぜ。

「探してる内にすれ違ってもおかしくねーぞ、これじゃ…」

 まず、どっから手をつけるかな…。

 立ち止まって考え込んだ矢先、

「祐一君っ!」

 どかっ。

 ごき。

「うおおおわぁぁっ?!」

 背後から突然攻撃を食らい、オレは景気よく雪の上に倒れた。





「あ、あれ?」

 跳びかかってきた奴が、不思議そうな声をあげる。

 ややあって、

「うぐぅ…間違えた…」

 オレの上に乗っかったまま、呑気なセリフをそいつは続けた。

「うぐぅ、体中雪だらけ…」

 どうでもいいけど、いい加減どけよ。

 濁った雪に擦られ、押し付けられている顔が冷たさでひりひりしてきた。

「いつまでのっかってるんだ?」

「………あっ!」

 およそ3秒の間ののち、マルチばりの動きでそいつは飛びのいた。





「ごめんなさいっ、後ろ姿が似てたから……」

 犯人はダッフルコートを着てブーツを履き、赤いカチューシャをつけた羽付きの奇妙な生き物だった。

「てっきり祐一君がボクを手伝いに来てくれたかと思って…」

 訂正。

 よく観察すると、背中に生えている羽はリュックについてるだけだ。

 …見た感じ、琴音ちゃんよりも年下、だな。

「要は知り合いに似てたんだな、オレが」

「うん…」

「ま、いいぜ。これからはちゃんと確認してとびつけよ」

 変な音を立てた首が心配だが、相手が相手だけに怒ってみても仕方ない。ここは寛大に接しておこう。

 もっとも、相手が本命だったとしてもさぞ迷惑だろーな。

 同情するぞ、祐一。

「うぐぅ」

「変な返事だな」

「うぐぅ…ほっといて」

「うぐぅ」

「まねしないで~」

 やはり外見通りあまり年はいっていないようだ。とりあえず、面白い。

「しっかしいつもこんな挨拶してんのかお前は…」

「たまたまだよっ」

 恨むぞ、祐一。

「ということは、この街のあいさつじゃないんだな」

「当たり前だよっ」

「よかった…」

「うぐぅ、祐一君と同じでいじわる…」

 事情はともかく、これはラッキーだ。向こうから突っ込んできてくれたおかげで、話しかける手間が省けたぜ。

「なぁおまえ、最近紫色の髪をした女の子、見なかったか?」

 オレは聞いてみた。

「う~ん、そんな子、見ないよ」

「そうか…」

「探してるの?」

「あぁ」

 ヤバい。

 話の流れからこの次に続くのは、『オレと琴音ちゃんの関係』だろう。

 さっきみたいな嘘じゃ、この子の雰囲気的にまともに信じこんじまいそうだ。もし見つけたときに、話がややこしくなる。

 なにかいいウソを…考えろ、考えるんだオレ。

 ところが、

「そっか。最近ボクもこの商店街で探し物をしてるんだ、見つけたら教えるよっ」

 オレにとって非常にありがたい答えが返ってきた。

「いや、オレもお前の探し物に協力するから、一緒に探してくれ」

 嬉しさのあまり、オレの方から協力を申し出た。

 闇雲に探し回るより、土地勘のある人間がいたほうが断然有利なはずだ。

 偶然とはいえ、せっかくの機会を利用しない手はない。

「うん、いいよっ」

 よしっ。のっけからついてるなオレ。







「それならお互い名前を知らないと不便だよね。ボクはあゆ。月宮あゆだよ」

「オレは藤田浩之だ、よろしくなあゆ」

「ねぇ、探してる女の子って、どんな子なのかな」

 さっそくあゆが聞いてきた。

「あぁ、名前は姫川琴音、オレの一つ下で高校一年、身長は…」

「ふぅん、ボクの一つ下なんだ」

 オレの耳が、ただならぬ情報をキャッチした。

「はあぁぁぁ!? 嘘だろ、お前、高校2年か!?」

 オレの目にはどう高く見積もっても中学生、正直なところ小学せ…

「そうだよっ」

「嘘つくな!」

「嘘じゃないよっ!」

「いいや、その外見からして絶対絶対絶対に…」

「絶対に、何なのかな?」

 あゆは、笑っていた。

 だが眼と声は、不機嫌な時のいいんちょとタメを張れるくらい、冷たい。

「いや、なんでもない」

 怖い。続きを話すのはやめよう。

「じゃあ、早速探すか」

「うんっ、よろしくねヒロくんっ」

 ヒロくん…

 まだ大いに疑いは残るが、さっきの形相からすると本当っぽいので無理矢理信じておこう、うん。

 しかし、初めて呼ばれたが『ヒロくん』ねぇ。

 なかなかいいかもしんねーな。あかりの『浩之ちゃん』に比べれば大分マシだ。

「はやくいこっ」

 さっそくオレたちは捜索を開始した。

 だが、歩き出して早々、オレは凄まじいものを目にすることになった。

 ガス爆発でもあったように、ショーウインドーが粉々に壊れた店舗たち。

 間違いない。これは琴音ちゃんの仕業だ。

 琴音ちゃん、まさか『チカラ』が制御できなくなってるのか?

 予想以上にやべえぞ。早く見つけないと大変なことになる……。

 

 

 

 





§





 

 

 

 

 辺りの日の光が消え去り、夕食の時間になって、彼女は再び姿を見せた。

「気分はどう?」

 下りてきた彼女に、名雪が真っ先に声をかける。

「…はい、おかげさまで、すっかりよくなりました。ご迷惑をおかけしました」

「…そろそろ聞かせてくれるか、この街に来た理由」

 山のように聞きたい事はあったが、無難そうなところから俺は切り出した。





 ……。

「夢、か…」

 彼女の話によると、理由はやはり家出。この街を選んだ理由は、数日前に夢で出てきたということだけらしい。

 もっとも、真琴という前例があるだけに、本当であるかは未知数だ。

「おかしいですよね、そんなことで出てきてしまうんですから」

 信憑性は段違いだが。

「全然知らないのこの街? 昔いたとか」

「いえ、全く記憶にはありません…」

「とりあえず両親に連絡した方がいいんじゃないですか」

 秋子さんに視線を移し、促してみる。

 しかし秋子さんはかぶりを振った。

「たぶん、繋がらないと思います。二人とも仕事が忙しいから……」

 はっきりしたことは言えない。が、今の声の調子では、彼女は両親にあまりいい感情を持ってなさそうだった。

「昼間、『わたしのせい』とおっしゃってましたね、あれはどういうことなのですか?」

 珍しく秋子さんが質問した。

 聞いてる内容は非常にきついのだが、例によってその言葉尻には人を安心させる響きがある。

 ややためらったあと、彼女が重い口を開いた。

「……わたしの、『チカラ』のせいなんです」

「『チカラ』?」

「一般に超能力と呼ばれているのと、同じものです」

 あまりにも唐突過ぎて俺は言葉を失った。

 非科学的なことは好きだし、あったらいいとも思う。が、あくまで空想上での話。実在などするわけがない。

 嘘をつくにしたって、もっとマシなのをつけばいいものを。

「超能力なんて……」

 俺の気持ちを代弁し名雪が失言した。

 その答えを予想していたのか、彼女は悲しそうに目を伏せた。

「皆さん、言っても信じないんですよね、目には、見えませんから……」

 その言葉が終わったとたん、また耳鳴り――昨日のよりはずっと弱い――が始まった。

 彼女は両こぶしを握り締め、少し眉間をよせている。

 瞬転。

 テーブルの上の皿が2枚、宙に浮いた。

「……!」

 30センチは上がっただろうか。次に2枚の皿は、空中で回転を始めた。

 浮かされたような心地で皿の下に手を入れてみるが、そこにはなんの手応えも無い。

 やがて空中で静止すると、皿は音も立てずにゆっくりと元の位置に降りたった。







「――これが、『チカラ』です」

 彼女の言葉で、俺はようやく我に還った。

「……」

 ほんの数十秒前まで、俺は超常現象の存在を一切信じていなかった。

 だがこれだけ明確な証拠を突きつけられて、疑う余地がどこにあろう。

 間違いなく、超能力は実在する。そして彼女は、それを行使できるのだ。

 なんて、ことだ。

「あらあら」

「ふしぎ~」

 しかし、この二人にかかればそんな大事件もその程度で済まされるらしい。

「いつもは制御できていたんですけど、あの時、疲れていたせいで、だから…」

 つまり、あの惨事は、この力の暴走が原因だと言いたいらしい。

 そこで言葉が嗚咽に変わった。

「…わたし、また…っ」

「疲れてたから、上手く行かなかったんですよ」

「はい…」

「誰だって、失敗の一つや二つあるよ」

「一晩たてばよくなりますよ」

 秋子さんがすかさず言葉をかける。

 どうやらいつもの様に、彼女を泊める気らしい。

「あ……」

「その体調で今から宿を探すのは無理よ」

 彼女の口から出てきそうだったものを、秋子さんは先回りしてとどめた。

「……すみません」

「ぜんぜんおっけーだよ」

 名雪の言葉で、その場はお開きとなった。

 

 



§







「超能力ってほんとにあるんだね」

 寝る間際、名雪が話しかけてきた。

「あぁ、俺も心底驚いた」

「私もほしいなぁ。祐一が嘘ついたら、タライを頭にぶつけてね」

 楽しそうに話し続ける名雪を、俺はいつになく厳しく睨みつけた。

 名雪も秋子さんも、あの瞬間を目撃していないからこんなに気楽なんだ。

 あれが身体が光る程度だったら、俺も軽口の一つも叩いたかもしれない。

 だがあの力は、一歩間違えれば人の命さえ奪いかねない、危険な代物だ。

 羨ましいなんてとんでもない。あんなのを持って生きるのは、いつ炸裂するかわからない爆弾と共に過ごすようなものだ。

 ……。

 ――それは俺以外の他人も同じように思う……。





 彼女が飛び出してきた理由には、どうもあの超能力が関係しているようだ。

 たとえ、今まであそこまで大きな破壊や傷害がなかったとしても、だ。

 何の縁か、俺達は彼女に関わりを持った。

 本当に行く当てがないのなら、真琴のように当てが見つかるまで家におくことになるだろう。

 その時俺達は彼女をケアしなければならないし、間違っても追い詰めてはならない。

 冷え切ったベッドに入る。

 眠りに落ちようとする俺の中で、ずっと何かが引っかかっていた。

(あの子、どうしてこの街へ来たんだ…)

 そんな言葉では、とても表せないようなものが……

 

 

 

 

 結局、真琴は戻ってこなかった。

 

 

 
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2020年08月04日

Schnee Traum ~第3話~ 1月18日(月曜日)



……。

………。

待っていた。

一緒に帰る友達と別れて、僕はいつも通り、待っていた。

もうそろそろ、あのこが来る。

何日か前に、ようやくわかったんだ。

ここで待っていれば、あのこに会えるって。

来た。

「……」

無言で礼だけして、あのこは通りすぎた。

それだけで僕はどきどきした。

そう、あのこは本当に大人びていて、

お嬢様か何かみたいにだって見えた……。


………。

……。

















 いつもの様に眠気を誘う目覚まし時計で目を覚まし、ベッドから這い出る。

 今日も俺には過酷な日課が待っている。

「名雪―っ、起きろ―っ」

『なゆきの部屋』のドアをがんがんと叩く。家中に音と振動が伝わる。

「……起きたよぅ」

 目覚し時計地獄に入れるわけにもいかないので、家出の彼女は別室に移ってもらったが、それでも朝っぱらからこの騒ぎは驚くだろう。

 しかしこれがこの家の日常だ。受忍してもらう。

「本当に起きてるんだったら、今から言う質問に答えろ」

「…うにゅ」

「25+7は?」

「…さんじゅう…に…」

「今日は何月何日だ?」

「いちがつ…じゅうはちにち…」

「スリーサイズは?」

「上から80……ってわっ!」

 ばたんっ、とベットから落下した音がした。

「祐一、なんてこと聞くんだよっ!」

「どうやら本当に起きたみたいだな」

「うー」

 名雪の起床を確認すると俺は手早く階下に身を移した。


 彼女は、秋子さんが起こしてくれるだろう。







「あ…おはようございます」

 予想に反して、テーブルにはもう彼女がついていた。


「いつも…朝早いのか?」

「普段通り起きてしまって」

 はにかんで彼女が答えた。

「どうせだからと、準備を手伝ってもらったんですよ」


 その言葉を裏付ける様に、テーブルの上にはサラダや殻を向いたゆで卵などがきれいに並べられていた。

 何という良癖だ。

 5分後、でこを赤くした名雪が姿を現した。


「もうあんな起こし方はやめてね」

「彼女くらい早く起きたらな」

「うー」

「少しは俺の身になれよ…」

 名雪に、全く反省の色はないようだった。







§







「……」

 授業が自習になった。

 背後の北川の寝息を聞きながら、俺は今朝の夢を反芻していた。

 ここ2日の夢に出てきた、ラベンダー色の髪の女の子。

 今日夢に出てきた他の連中がランドセル姿だったから、子供の頃の夢なのだろう。

 彼女は、俺が家に連れてきたあの少女なのだろうか?

 夢の女の子と連れてきた少女を結ぶものは紫色の髪だ。

 だが、夢の中の女の子が2歳も3歳も大人びて見えるのに比べ、あの少女はひどく頼りなげで、儚げな印象を受ける。

 俺の中の引っ掛かりを取り除きたかったし、行くあてもないのに出すのは不安だった。もっと彼女と話したかった。







 ――それでは、どうも、有難うございました…



 ――じゃあね







 が、彼女は朝に感謝と別れの言葉を残して行った。

 学校のある俺には、気を付けてな、と言ってやるくらいが関の山だった。

「……」

 何かの予知か。

 それとも、俺の空想が生み出した幻か…

「祐一、課題終わった?」

 名雪の問いに、俺は過酷な現実に引き戻された。

「終わってるわけない」

 考え事に時間を費やしていたおかげで、俺のプリントは新雪の様に白かった。

(……少しは真面目にやらないとな。)

 視線をプリントに戻そうとした俺の視界の隅に、香里の姿があった。

(ここは香里に頼んで、挽回するか。)

 俺は身体をそっちへ向けた。

「………」

 香里は頬杖をつき、窓の外をぼんやりと眺めていた。

「……」

 非常に話し掛け辛い雰囲気だった。

 その視線の先にあるのは、雪に閉ざされた、人のいない中庭。

 その淋しい場所で、同じように幻に見えた少女と会ったのは、ほんの10日前のことだった。



























「さ、そろそろいきましょうね」

「うん、まま」





「おはようございます、秋子さん」 

「く~」

「あらあら、まだ眠そうですね」

「起こしてあげてちょうだい」

「な~おねえちゃん、あさだよ~」

 ぱちっ

「…ふあ」

「起きたようですね」

「あ…」





「おはよう、ことねちゃん」





















 ……。

「…ど、どこだここはっ!」

 目を覚ますと、部屋が和風に様変わりしていた。机も家財道具も一式どこかに消えている。

 とりあえず手元の時計で時間を確認する。

「……マジかよ…遅刻だっ」

 そして布団を跳ねのけたところで理解する。

 そうだ、オレは琴音ちゃんを捜しに来ているんだった。

 どっと疲れて、オレは再び寝床に倒れ込んだ。

 ……今の一人バカ、誰にも聞かれてませんように。

「ぷくくくく……」

 ドアの向こうから、部屋清掃のおばちゃんとおぼしき複数の笑い声がした。

 ダメだった。







§







 一通り通学者がいなくなったところで宿から出て、商店街へ。

 入りかけたところで、

「あ、ヒロくんっ」

 小学生か中学生か分からないのが、オレに突っ込んで来た。

 ・・・ずざぁっ。

 志半ばで空しくしかばねが地に伏す。

「うぐぅ…」

 とりあえずミトンの手をとり、立ちあがらせる。

「おはよ」

 昨日オレに突っ込んできた自称高校生、月宮あゆだった。

「うぐぅ、冷たいし痛いよ~」

 受け身というものを知らないのか、顔面から突っ込んでいた。鼻が真っ赤に染まって、涙目になっている。

「大丈夫か? 足元にも気をつけろよ」

「にも?」

「前方もだ」

「うぐぅ…」

 まぁ元の生活でも、とても高校生とは思えないヤツが多いから気になんねー、と言えばそうなんだけどな。

「早いんだなあゆ」

「そんなことないよ」

 でも、たやすく見つかってよかったぜ。会って早々に、オレは言うべきことがあった。

「なぁあゆ、琴音ちゃんのこと、あれから誰かに言ったか?」

「ううん、まだ誰にも言ってないよ」

「頼むから、他の人には言わないでくれ」

 昨日あゆと別れてから気付いた。

 すっかり失念していたが、探してるオレも三学期中なのだ。

 現役高校生が日中街をうろうろしあちこち嗅ぎまわったら、街の人間はさぞ不審がるに違いない。

 警察に通報され、尋問された上強制送還されたら目も当てられない。それだけは避けたかった。

 って、そーいや、

「お前、学校はいーのか?」

「ボクは私立だからまだ冬休みだよ」

 1月いっぱい冬休みの私立もあんのか。まぁ東京以南は8月いっぱい夏休みだしな、この辺ならそういう学校もあるんだろう。

 実にうらやましい。

 じゃねーって。

 それなら歩いてることに問題はないか…。

 ただどちらにしろ、街をあげての大騒ぎにしてしまったら、たとえ見つかっても琴音ちゃんの心を深く傷つけてしまうに違いない。

 琴音ちゃんの真意がわからない以上、それも避けたい。あくまで、あゆとオレの力だけで探そう。

「そっか。これからも琴音ちゃんの事は誰にも言わねーでくれよな。面倒起こしたくないから」

「うん」

「口止め料は当然払うけどな。何がいい?」

「たい焼きっ!」

 ――間髪いれず、かよ。

「鯛焼きか…」

 オレも甘党だけど、『あんこ』はちょっと苦手なんだよな。

 しかし言い出した以上後には引けない。しぶしぶ行きつけという屋台に着いていくことにする。







§







 ぽつんと一軒だけ立つ屋台で、要求のたい焼きを5つほど買う。

「お、きょうはまた買いにきたのか?」

 屋台の親父の一言に、オレはア然となった。

「またって、お前、朝メシにもたい焼き食ってるのか?」

「うんっ、すきだからね」

 ……ダメだこりゃ。てんぷらにソースのレミィに匹敵する悪食だぜ。

 やっぱり、あゆはおかしいヤツだ。確認。

「お待ちぃ」

 オレの考えには御構い無く、間もなく、焼き立てのたい焼きが紙袋に入れられ渡される。

「はい、お裾分け」

 受け取った袋の中から、こしあんが尻尾まで詰まったたいやきを、あゆが差し出してきた。

「もとはオレの金だぞ」

「気にしない気にしない」

「んじゃ、一個だけ」

 オレも白く湯気の立つそれを口に運ぶ。

 ……。

 ……う、うまいぞぉっ!

 凍てつく寒さの中、屋外で食べるたいやきの味は最高だった。

「やっぱりたい焼きは、焼きたてに限るねっ」

 あゆも心底うれしそうだった。

「もう一匹な」

 オレはまだ湯気の立ち昇る袋に手を突っ込み、もう一匹勝手に取り出した。

「うぐ? ふぁ、ふぁめだよっ(ダ、ダメだよっ!)」

「おいやめろ、あち、あんこが飛ぶっ、口を塞げっ!」

「ひゃひゃよっ!(やだよっ!)」

「…!」

「どうした?」

 急にあゆの攻撃がピタリと止まった。そして、

「あ、栞ちゃんこんにちは!」

 あゆがぶんぶんと手を振った。

 その方角、反対側の通りでは、ストールを羽織った女の子が控えめに手を振り返していた。

 幼げな顔立ちと雪のように白い肌色。

「……」

 否応無しに、琴音ちゃんを思い出させる女の子だった。

「よし、スキあり」

「……あぁ! ひ、ひどいよっ!」

 バカな言い争いと取り合いをしつつオレ達は屋台を離れた。









 

§











 お礼を言ってわたしは水瀬さんの家を離れました。でも、行く場所があったわけではありません。

 商店街をあてもなくぶらぶらと。

 なんだか、いつもよりからだが軽い気がします。この街の空気が澄んでるせいでしょうか。

 でも、いい気分にはなれません。

 ショーウインドに、自分の横顔が映りました。

 他の人には、今のわたしは悪い子に見えるんでしょうか。

 北風が強く吹きつけ、自分が飛ばされそうになります。

 …やっぱり、悪い子に見えるみたいです。

 日が高くなって人が増えてきたので、商店街を離れます。

 途中コンビニで買ったパンをかじって、さらに歩きます。

 人のいないほうへ、

 人のいないほうへと…











§











 北風の吹き抜ける中庭で、オレは今日も栞と対面していた。

「ちょっとだけ走ってきました」

「元気そうだな…」

 と言う俺も息が上がっている。

 結局時間内に課題は終わらず、結果、休み時間が全て犠牲になり、ようやく今終わって駆けつけたのだった。

「元気だけが取り柄ですから」

「病欠してる生徒の台詞じゃないな」

「冗談です」

 その言葉が終わるか終わらないかの間に、中庭雪原を思いきり風が駆け抜けた。

「わっ、飛ばされそうですー」

 栞がスカートとストールを両手で必死に押さえる。

「今なら無防備だから攻撃すれば倒せるかも知れないな」

「わっ、何ですか攻撃って!」

「試しに雪玉でもぶつけてみるか」

「わーっ、そんなコトしたら祐一さんのこと嫌いになりますよっ!」

 だが、この幻の少女こと栞も、話してみると第一印象とは違うおかしな奴だとわかった。

 彼女も、もっと話してみれば違う一面が見れたのかもしれない。

「今日はちょっと大変ですね…」

 風に持っていかれそうになるストールの裾を、懸命に押さえて栞は続けた。

 彼女はこの強風の中を一人歩いているのだろうか。

 何も知らない異郷の地を……。

「祐一さん、明日の約束覚えてますか?」

 はっと気がつくと、栞が俺に問いかけていた。

「明日…」

 咄嗟のことで頭が働かない。

「まさか忘れたりしてませんよね」

「覚えてるけど…でも、ヒント」

 適当な言葉を接いで時間稼ぎをする。

「何ですか、ヒントって」

「だったら、第2ヒント」

「…もしかして、覚えてないんですか?」

 そうじゃない。

「…えっと」

 だが、焦れば焦るほど、意地悪く記憶というのは蘇らないものだ。

「…覚えてないのなら、それで構わないです」

 栞からすっと笑みが消え、寂しげな色が浮かんだ。

 神は本当に意地が悪い。ようやっとそこで、記憶が戻った。

「変なこと言って、申し訳ありませんでした…」

 そのときにはもう栞はすっかり俺に幻滅している様子だった。

「…午後から遊びに行く約束だろ?」

「…祐一さん」

「…えっと」

 思いきり泥沼だった。

「…覚えていたんですか…?」

 いつもの笑顔は、今の栞にはなかった。

「悪かった…ちょっと、からかっただけなんだけど…」

「祐一さん…本当に嫌いになります」

「ごめん…悪気はなかったんだ…」

 とにかく、俺は謝るしかなかった。

「私、ずっと楽しみにしてたんです…明日のこと…」

 真剣な眼差しで、俺を見据える。

「ひどいです」

「…ごめん」

 栞が俺との約束をどれだけ大切に考えていたか、何も分かってなかった。

「…でも、いいです…私もわがまま多いですから、これでおあいこです」

「ごめんな、本当に」

 栞の真剣な表情を見ていると、本当に軽率だったと思う。

「それに祐一さん、ちょっと間違ってます。午後からデートする、です」

 ようやっといつもの笑顔を戻して、楽しげな足取りで栞は去っていった。

 ……。

 はぁ、もう彼女のことを考えるのはやめよう。もう彼女は去ったんだ。









 

§











 人を避け、人目を避けるうちに、わたしは見なれない住宅街に立っていました。

 見慣れない?

 なのにわたしは、迷ったという心細さを少しも感じませんでした。

 屋根に残る白い塊。

 庭の木々はそれを乗せて重そうにたわんで、

 真っ直ぐな道に沿って、家が整然と並んで。

「あの夢…」

 夢と全く同じ光景ではないけれど、何か、知っているような、戻ってきたような感覚。

 はっきりとは思い出せないけれど、今自分が立っている場所に幼いころの自分も立っていたような、そんな感慨にとらわれます。

 試しにそっと膝をかがめて、背丈を子供のころまで戻してみます。

 胸が埋まるような感覚がして、通りが、見なれた光景に変わりました。

 …歩ける。

 なぜ?

 こんな狭い路地も。

 こんな近道も。

 わたしは、知っている。

 時折見せる記憶にない道もあるけれど、わたしの足はとどまることを知りませんでした。

 歩いて、歩いて、歩いて。







§







 かなり早い時間に日が沈むのは、北の街だからでしょう。

 気付くと、辺りは早くもオレンジ色に染まっていました。

 焦げたような赤い光の中、辺りを見回し、ようやくわたしは見慣れない場所にいるんだと思い出しました。

 戻らなきゃ。…でも、どこへ?

 ふとその時、あの家に大事な生徒手帳が起きっぱなしだということに気付きました。



























 ――いえ、クラスメートです



 ――美坂さん…1学期の始業式に一度来ただけなんです…



 ――その後、美坂さんがどうして学校にこないのか…先生も教えてくれませんでした…









 栞とのデートの約束、校舎に戻ったとき出会った、見知らぬ一年生が残した言葉。

 そして、

「今ごろ、どうしているんだか…」

 彼女の心配で脳を過剰回転させながら俺は家路に付いていた。

 この街を離れただろうか。

 まだ、彷徨(さまよ)ってるのか。

 おとついみたいな事態はないとは思うが…。

(やっぱり、気になっているんだな、あの子が。)

 考えている間も脚は進む。長い今日の行程ももうすぐ終わりだ。あと少しで水瀬家の玄関が見えるはず……。

「?」

 家の前に、見なれない人影があるのを発見した。

「あ…」

 微かな声をあげて人影が反応した。

 なんとそれは、今朝出ていった家出少女、姫川琴音嬢だった。

 おそらく用があるのだが、いったん別れた赤の他人の家には声をかけづらく、家の前で逡巡していたに違いない。

 訳もなく、嬉しくなった。

「遠慮するなって、入ろうぜ」

 多少強引に、俺は彼女を招き入れた。







§







「すみません…」

 昨日にも増して、彼女は申し訳なさそうに頭を下げていた。

 まあ一般的な人間なら当然の反応ではあるが。

「大丈夫だ、秋子さんも名雪も、そういうこと気にする人じゃないから」

「食事は、ひとりでも多いほうが楽しいですから」

「ほら」

「で、この家を出て、どこに行こうとしたの?」

「………」

 予想はしていたが、彼女は沈黙した。

 昨日自分で行ってたように、もともと行くあてなどないのだ。おそらく今日一日、当ても無くこの街彷徨っていたに違いない。

「また風邪引いちまうぞ」

「それより、今日泊まる所は見つかったのですか?」

 はっと声を上げて、わたしは顔を伏せました。恥ずかしさで、顔に一気に血が上ったのがわかります。

 これじゃまるでわざと忘れ物をして、こうなるのを狙ってたみたいじゃないですか。

「その様子じゃ、駄目だったんだな」

「じゃあ今日も泊まっていけばいいよ」

 名雪さんが、予想していたように提案しました。

「今日もと言わず、連絡がつくまでいたらいいんじゃないか?」

 相沢さんが、さらに過激なことを言い出しました。

「構いませんよね、秋子さん」

「了承」

「ここに泊まれば宿泊費が浮くぞ」

 いけないこと。迷惑になってしまう。

「気兼ねしなくていい、俺も居候の身だ」

 でも、わたしは、

「………はい…」

 三人の優しい言葉に、最後まで、断りの言葉を言い出すことが出来ませんでした……。



























 今日の収穫は、ゼロだった。

 わかったのはこの街一つでも相当な広さで、一人の人間を見つけるのは相当骨が折れるということだ。

「いっそどえらい占い師あたりが、こうぱーっと見つけてくんねーかな……」

 アホか、オレ。

 さて、明日も真面目にも頑張るとしますか。



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Schnee Traum ~幕間~ 1月18日(月曜日)




幕間




 時は少々遡る。

 浩之が旅立った街の一角を占める、壮麗な豪邸。

 日本で五本の指に入る大富豪、来栖川家の邸宅である。

 その屋上に、一つの影があった。









 その日の天気は悪かった。

 蒼鉛色の空からは、雪が間断なく降ってきている。

 彼女は太陽があるはずの方向に、背を向けて立っていた。

 手には魔術の道具らしき、印(ルーン)のついたフーチがある。

 その目は、遠い空を見つめている様であった。

「芹香お嬢様、ここに居られたのですか」

 背後の入り口から、白髪の、体格のいい執事が現れた。

「こんなところにいては風邪を召されてしまいます、ささ、御戻り下さいませ」

 薄く積もり出した雪に足跡をつけつつ執事は近づく。

 しかし。

 芹香は、動かなかった。

 ただ黙って、重い空を見続けている。

「お嬢様が風邪を召されては、私どもが大旦那様に叱られてしまいます、お戻り下さいませ」

「………」

「お嬢様?」

「北が、荒れています…」

 ぽつりと、芹香は漏らした。

「は?」

「セバスチャン」

「はっ!?」

 執事セバスチャンは驚愕した。

 芹香が、誰にでも聞こえる声で、喋ったのだ。

 彼の長い記憶の中でも、それはいかほどぶりのことであっただろうか。

「今から、飛行機をチャーターできますか」

 唐突な願いに、彼は2度目の衝撃を受けた。

 しかし驚いてばかりはいられない。彼は執事なのだ。主人の要求は、いかなるものでも叶えるよう働かねばならない。

「は……ははっ、直ちに!」

「お願いします……」

 言葉を残すと、セバスチャンは場から走り去る。

「姉さん…?」

 入れ違いにやってきた綾香も、予想外の事態にあからさまに驚いていた。

 姉の真意が、全く掴めていないようだった。

「一体、どうしたの…?」

 そう言い出すのがやっとだった。









 屋上を、凍てついた風が駆けた。

 風は降り注ぐ雪の方向を、垂直から水平へと変える。

 地に積もった湿り気の多い雪さえ、巻き上げた。

 芹香の艶やかな黒髪が、舞う。





「……浩之さん…」






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Schnee Traum ~第4話~ 1月19日(火曜日)<前編>



人…



自分を囲むように人が立って…



廊下で、自分の前方から歩いてくる人はいない



目に映る人全てに避けられつづけて



学校を足早に抜けて、誰もいない公園へ…



ずっとひとりで座って…



日が落ちるまで…





















 カチッ!

 目覚し時計が『あ』を発しかけたところでスイッチを切った。

 眩しい光がカーテンの向こう側から差し込んで来る。今日もいい天気になりそうだった。



























 ……。

 わたしは目を覚ましました。

 いつもの朝なら寝ている間に溜まったチカラで身体が重いのに、今朝はまたそれが軽くなった気がします。

 今日も、夢。

 今日は、イルカが麦わら帽子を取ってくれたときの夢を見ました。

 本当に楽しい思い出。そのおかげで、わたしは今もイルカが好きなんです。

 そう、あのころは楽しかった。いつもママもパパも笑っていて。

 だから、悲しい。いつからあんな風になってしまったのだろう。

 思い出と今の両親とが上手く結びつかず、わたしはため息をつきました。













§













 朝食のテーブルには、今日も彼女、オレ、名雪の順でついた。

「なあ、ちょっといいか」

 俺はその席で早速、昨日から考えていたことを提案した。

「これから家で暮らすとき、呼び方を決めないと不便だろ……なんて呼べばいい? 俺は好きに呼んでもらって構わないけど」

「あ、年下ですから呼び捨てで『琴音』で構いませんよ。相沢さん」

「じゃ、いつまでか分からないけど、よろしくな琴音」

「それで今日は、どうするの琴音ちゃん」

「もう少し、この街を歩いてみます……不思議なんです。わたし、この街を知っているみたいなんです」







 3人で並んで通学する。

 歳は琴音が一つ下、しかも4日前に会ったばかりなのに、ずっと前からこれが普通であったように思える。


「今日は健康にいい登校が出来そうだ」

「どうして?」

「朝からマラソンをせずにすんでるからな」

「うー」

 実際琴音のおかげで今朝は早かった。おかげで、今日は午前授業で体操服を着込まなくていいのだと思い出した。

 それだけの理由でも、ずっといて欲しいと思ってしまう。

 だが早々簡単に神は、慈悲を与えてはくれなかった。


「あ、ねこさん…」

 この前の猫が、また塀の上に怠惰に乗っかっていた。


「うなぁ~~~」

 相変わらずの可愛げのない様子に、即座にあの日の悪夢が蘇る。

「あ、かわいい……、おいで」

「にゃ~ん」

「は?」

 驚愕して声の出所を見ると、琴音が嬉しそうに猫に呼びかけていた。

「ふにゃ~」

 言葉がわかったかのように自分から歩み寄ってくる茶猫。手を伸ばした琴音に嬉しそうに抱き上げられる。


「まさか琴音も…猫好きなのか?」

 俺は迫り来る頭痛を押し殺して聞いた。

「はいっ!」

 今までで一番元気のいい返事が返ってきた。


「かわいいですよね、ねこって」

「ねこーねこー」

 当然、名雪の猫モードに灯が入る。

「……琴音、落ちついて聞いてくれ。その猫を持って、ここから全速力で逃げるんだ」


「はい?」

「ねこ~ねこ~」

 徐々ににじり寄る名雪。

「理由は聞くな。頼む」

「え? でも、かわいいですよ? ほら」

 琴音は野良猫に頬ずりまではじめた。

「ねこさんだよ~~」

 名雪はもはや壊れ加減だ。

 頼む、それ以上は勘弁してくれ。

「名雪さんも抱きませんか?」

 だが無慈悲にも琴音は、止めの一言を放った。


「ねこねこねこ~~」

 名雪の理性が吹き飛んだ。琴音ごとつかみそうな勢いで動き出す。


「待て名雪!」

 間一髪のところで俺は名雪の襟首をつかんだ。


「離して祐一っ、私は猫さんに頬擦りしたいのっ!」


「お前を連れて登校する俺の立場を考えろっ。学校中の笑い者にする気かっ!」

 俺は必死になって名雪を羽交い締めにした。にもかかわらず名雪と猫との距離はじりじりと縮まって行く。


 男一人が全力で抑えているのにもかかわらず、だ。


「……何やってんの?」

 気がつかなかったが、さっきから香里が一部始終を見学していた。


「見れば分かるだろ、助けろ!」

 猫を抱えた少女に泣き叫んで近づこうとする少女と、羽交い締めにして止める男。


 一見して、何が起こっているのか見当も付くまい。


「しょうがないわね…名雪、行くわよ、ほら!」


 だが、付き合いの長い香里はさすがわきまえたと言ったところか。


「あ、あの…?」

「理由は帰ったらじっくり話す。何も見るな」


「うー、ねこーねこーねこー」

 完全に正気を失っている名雪を引きずって、俺達は学校に向かった。





§





「祐一、香里、大嫌い」

 学校に着いてからの名雪の機嫌は最悪だった。

「帰ってから好きなだけ抱けばいいだろ」

「……」

 机にうつぶせたまま、返事すらない。

「帰りに百花屋でイチゴサンデーおごるから、ね」

「……」

 香里の言葉にも、微動だになし。

「手がつけられないわ……」

「長い付き合いなんだろ、対処法はないのか?」

「今日のグレかたが今までで最悪だわ…」

 確かにイチゴサンデーで機嫌が直らないとなると、相当頭にきてるのは間違いない。

「それより、あの子、誰?」

「いや、ちょっと訳ありでな」

「あなた達の隠し子?」

「……冗談でも無理があり過ぎると思わないか?」

 最終的に名雪とは、俺がイチゴサンデー2杯、香里がAランチ二回おごりの条件で和平が成立した。



























 …どんっ!



「えぐっ…うっ…」





「と、とにかく場所を変えるぞ」





「…お母さん…うぐっ」 

「一体何があったんだ?」





 く~

「なんだ、もしかして腹減ってるのか?」

 く~

「ほら、そういうときは素直に頷く」





「…あったかい…」

「たい焼きは、焼きたてが一番だからな」





「…しょっぱい」

「それは、涙の味だ」

「…でも…おいしい」





「……まって…」

「…やくそく」

「…ゆびきり」





「…うそつき」





















 ……。

「なんだったんだ…」

 完全に目覚めているはずだが、幻覚の中にいるような感覚でオレは目を覚ました。

 全く記憶にない夢だった。

 オレは子供のころの記憶に関しては、少しは自信があるつもりだ。だけど、あんな女の子にすがられた記憶はどう思い出しても見当たらない。

 第一、

「あの商店街は、この街の商店街じゃねーか?」

 …妄想、かな。

 だとしたら、今までで1、2を争う相当リアルな妄想だったな。





§





 今日も登校時間を避け、外へ出る。

 商店街に入ったところでダッフルコートを着た小柄な女の子の姿が映る。あゆだ。

「お~い、あゆあゆ」

「あゆあゆじゃないもん」

 膨れっ面をしてあゆがこっちを振り向く。

 えっ?

 最近どこかで聞いたような、何か引っかかったようなもどかしさを、オレは感じた。

「ヒロくん?」

 今交わされた会話……『あゆあゆ』というフレーズか?

 あの夢のどこかに、出てきていたのかもしれない。

「ねぇ、ヒロくんてば」

「あ…あぁ、悪ぃ、ちょっと考え事してた」

 しかし、あゆに話題として振ろうにも、夢はあまりに断片的過ぎて説明しようがなかった。

 白いリボンをした女の子が泣きながらぶつかってきて、どこかでたい焼きを食べて、指切りをして、青い髪の女の子に文句言われる…

 登場人物が誰なのか、オレにはさっぱりわからない。













§













 わたしは、今日も当てもなく歩きます。

 今日は、昨日と反対方向に進む事にしました。

 さすがにこちらでは、何か思い出すような感覚に襲われる事はありませんでした。

 …………琴音、か。

 相沢さんにはそう呼んでくれるよう頼んだけれど、そう呼ぶのはパパとママしかいません。

 でも、相沢さんに『琴音ちゃん』と呼ばれるのは、怖い。

 そして、辛い。

 わたしはやっぱり、臆病なままです…。

 そうして歩いてくわたしの前方に、

「? ……!?」

 街中だというのに、きつねが、怪我したきつねがうずくまっていました。







 わたしは駆けより、膝の上に寝かせました。

 左足が何かに引かれたみたいです。

 声もあげず、ただ苦しみに耐えている顔でした。

 どうしよう。

 病院に連れていかないと。でも、どこに?

 初めて来たこの街。せっかく見つけることができて助けたくても、わたしには何も出来ない…。

「ごめんなさい……」

 泣きそう、胸が潰れそうです。

 そのとき、

 身体が、

 続いて手が、かっと熱くなり、

 最後に、チカラを使ったときのような痛みが頭に走りました。

「……っ」

 頭を押さえて、わたしは辺りを見回しました。



 ………彼の傷が、治っていました。









 ――超能力ってのは、上達すると傷が治せるんだってな、ヒーリングって









 昔の藤田さんの台詞が、わたしの中で蘇りました。

 わたしに……、わたしにこんなことが出来るなんて。

 すると、きつねは膝からぴょんっと降り、ついてこいと言うように振り向いた後、歩き始めました。

 猫についていって素敵なアンティークショップを見つけた女の子のお話が、ふと頭をよぎりました。

 彼は、わたしをどこに連れてってくれるんでしょう。





§





 時々振り向く以外は、わたしのペースなんかお構いなしに彼は歩いていきます。樹や草の生い茂ったところを難なく抜けていきます。

 彼は街を離れると、山の方へと進んでいきました。

 帰ろうとしていただけで、ついて来いと見えたのは勘違いだったのかも、と自分の行動に少し後悔しています。

「はぁっ………はぁ」

 息が上がってかなり苦しいです。体育の長距離走って役に立つんだな、とつくづく思いました。

 次第に道はなくなり、山を登るような格好になりました。

 そして、彼がぴょんと跳ねて、見えなくなりました。

 幹に捕まり最後の一歩を登りきって、わたしが目にしたものは…







 一面の草原。

 この雪の街で、そこだけ雪が遠慮したように、ずっと広がる野原でした。

 視線を動かすと、なだらかに続く斜面の向こうに隣の街が、反対側を向くと、わたしが今いる街が一望できます。

 山の中腹くらいでしょうか、丘の上には立ち木一本ありません。

 さっきの彼は、歩いていたときと同じぐらいの距離で、わたしを見守るようにちょこんと立っていました。

 おいで。

 わたしは手を伸ばしました。

「止めてください」

 すると不意に、背後で人の声がしました。







 わたしを止めたのは、胸にリボンをあしらった制服を着た、わたしよりも年上そうな女の人でした。

 まだ学校の時間のはずなのに、どうして制服を着た人がいるんでしょうか。

「人が関わると、あの子たちにとって不幸な事になります」

 静かだけど、かなり強い調子で女の人は言いました。

「でもわたしを案内してくれたのは、あの子なんです」

「彼はただ自分の住処に戻って来ただけです。これ以上は余計な事をしないで下さい」

 余計な事!?

 あまりな物言いに、わたしは『チカラ』で治した事も忘れて、言い返そうとしました。

 すると、彼女は、野原のずっと向こうを見るようにして、

「この子たちはいるべき場所にいるのが一番いいんです」

 言い放ちました。





 胸が、どんと突かれました。

 いるべき場所。

 その単語が、わたしの怒りを全て抜き取って、代わりに、淋しさを運んできました。







 わたしのいるべき場所って、どこなんでしょう…













§













 街の人ごみを避け、オレは少し遠出することにした。警察に見つかりたくないという理由もあるが、

「琴音ちゃんは人が多いところが嫌いなんだ……」

「そうなんだ」

 こんなことさえ忘れていた自分が腹立たしい。

 ずっと琴音ちゃんを分かっていたつもりが、これだ。

 商店街から離れると、整然とした並木道の遊歩道が目に入った。

 雪を乗せて、どこまでも続く木々。

 葉を通りぬけた光が、地面をきらきらさせていた。

 散歩コースには絶好だな。もっと暖かければ、だけど。

 通りの正面に視線を戻す…。

 そこで、オレは動作停止した。まさに、信じられないものを目にしたのだ。







 艶やかな黒い髪、この極寒の中でも相変わらずぼ~っとした様子、そしてそばの執事のじじい。

「来栖川先輩!」

 オレはあゆをほったらかしにして駆け寄った。

「先輩、先輩だよな? びっくりしたぜ」

「………」

「えっ、私もびっくりしましたって、間違いないな」

「………」

「えっ、なんでこんなところにいるのですか、学校はいいのですかって? それも大事だけど、今人一人の命がかかってんだよ」

「ヒロくん、待ってよ~」

 息せきりながら遅れること十数秒、あゆがやってきた。

「誰、この人?」

「かあぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 あちゃ~…。

 オレが静止するよりも速く、じじいの一喝が飛んでいた。

「お嬢様をこの人呼ばわりとは、何たる無礼者か!」

 説教相手の当のあゆは、じじいの一喝で耳を破壊されていた。

「お嬢様、このような下賎の者からはとく離れましょう」

「………」

「なんと! この者に会いに来た、ですと!? バカなっ!」

「黙ってください」

 一瞬、誰が喋ったのかわからなかった。

 息を吸って、吐き、ようやくオレは、それが来栖川先輩から発せられたセリフだったことを理解した。

 先輩、こんな言葉もいえるんだ…

「む…」

 さすがのじじいも(セバスチャンというらしいが)予想外のこのリアクションに口をつぐむ。

「………」

「え、人の命がかかっているってどういう事ですかって?」

 こくん。

「う~ん、話してもいいかな、先輩なら。それにしてもこんな寒いとこもなんだから、その辺の喫茶店にでも入ろーぜ」

「かあぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 オレが話をじじいに振ろうとした瞬間、二回目の一喝が飛んできた。

「お嬢さまをかどかわしてそのまま営利誘拐する気であろう! 貴様らげ…」

「そう誤解されたくないから、あんたも来いって言おうとしたところだよ!」



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2020年08月05日

Schnee Traum ~第4話~ 1月19日(火曜日)<後編>





「ほら一年生に超能力少女がいるって4月ごろ騒ぎになったじゃん、姫川さんって言うんだけど…知ってます、って? よかった、話がしやすい」

 なおも引き離そうとするじじいを、先輩が異例の説得をして、オレたちは喫茶店に入った。

「その子がさ、家出してこっちの方にきちゃったんだよ。それで、オレちょっと関わりがあったから責任感じて、捜しにきてるわけ」

 オレはとりあえず話した。

「そういえば、先輩はなんでこっちに来てるの?」

「………」

「旅行です、ふーん、大変だな旅先までこんなのがくっついてきて」

 嫌そうに、視線をじじいに向けてやる。

「私(わたくし)めは芹香お嬢さまのボディガードでございますから」

「あれ、でもさっきヒロくんに会いに来たって…」

「………」

「?????」

「気のせいです、ってさ」

 まだ先輩に慣れない(さっきの一喝が効いているせいもあるだろうけど)あゆにオレは通訳した。

「………」

「早く見つかるといいですね、そうだな」

「………」

「えっ、幸運がくるおまじないをしましょうかって? お願いする…」

 その時、オレの頭に雷光のように名案が閃いた。

「そうだ先輩、占ってくれよ! 今どこに琴音ちゃんがいるのか!」

 その方が手っ取り早いぜ。

 そんなのできるわけないと言いそうな顔のあゆに対し、わかりましたと先輩は答えて、模様の突いた小石を幾つか取り出した。

「最近ルーン占いをはじめたんです、て。ま、いっちょ頼むぜ」

「………」

 オレたちにはどう占ってるかさえわからないので、しばし先輩の手元を見ながら静かにしておく。





§





「………」

「確実にこの街にいます? ありがと、でももっと具体的になんないかな…」

「………」

「その人の体の一部でもあれば…それに昼間だと…、あ、そうか、ごめんな先輩、無理言って」

 頼んだコーヒーも、そろそろカップの底が見えてきた。

 じいさんもさっきからテーブルのふちをカタカタやってるし、これ以上引き伸ばすのも無理そーだな。

「あの…」

 その時、にわかにあゆがもじもじし出した。

「どうしたあゆ?」

「……ボクの探し物も占って欲しいんだけど」

「………」

「どんなものですか、って」

「……どんなものか、ボクにもわからないんだよ…」

 お、おい待て!?

「何かわからない物を捜して、お前は商店街をうろついてたのか?」

 無謀にも程があるぞ。

 …占いでも困るほど手がかりが少ない琴音ちゃんを探してるオレの言えたセリフじゃねーか。

「でも、すごく、すっごく大事なものだってことは覚えてるんだよ…」

「でもな、さすがに無理だろ…」

「見ればきっと思い出すもんっ、ほんとに大事な、大事な…」

「………」

「えっ?」

 あゆのあまりに悲しそうな顔に打たれたのか、一応やってみますと言って、先輩は今度は慣れたタロットで占いをはじめた。













§













「そう言えば、栞って趣味とかないのか?」

 腹もひとごこちついて、並木道をまた戻りながら俺は栞に聞いてみた。

「趣味…ですか」

「そう、薬コレクションとアイスクリームを食べること以外に」

「両方趣味じゃないですよ」

 栞に非難の視線を向けさせるのが、最近俺の中で目標になりつつある。

「そうですね…私、絵を描くことが好きです」

 そういうと栞は目を細めて、珍しくかなり照れたような表情を見せた。

「最近は描かなくなりましたけど、昔はスケッチブックを持ってよく絵を描きに行ってました」

 話によれば今日の公園も、その時偶然見つけたのだという。

「絵って、抽象画とかか?」

「風景画です、それと…似顔絵もよく描いてました。まだまだヘタですけど…でも、絵を描いてると楽しいんです」

(そういえば、琴音の趣味ってなんだろう)

「祐一さん?」

「……あ? なんだ?」

「また話聞いてくれないんですね。……嫌ですか、私といるの」

「ち、違うって」

 まただ。

(何でこうタイミング悪いんだ、俺は)

 というより、なんで琴音のことをすぐに考えるんだろう……。













§













「………」

「やっぱり、どんなものかわからないと難しいってさ」

 予想通りの結末だった。

「うぐぅ…」

 でもオレも半分は残念だった。あゆの探しものが見つかれば、琴音ちゃんだってきっと見つかると希望が持てたのに。

「………」

 だが、来栖川先輩の言葉は、まだ続いていた。

「でも、それを捜すときっと良くない結果を招きますって、先輩っ、ちょっと!」

「お嬢さま、そろそろお時間でございます」

 それ以上の追及は、じじいによってかき消された。

 くそ、先輩のお言葉だぞ。すげー気になるじゃねーか。







「すごくきれいなひとだったね…」

 二人がいなくなったあと、あゆがそう感想を述べた。

「当たり前だ。日本で五本の指に入る大富豪、来栖川グループのお嬢様なんだからな」

 オレも3月当初はそうと知らなくて、思いっきり志保にバカにされたっけな…。

「でも、なんでヒロくんはあの人がしゃべってるってわかるの?」

「バカ、ちゃんと喋ってるじゃないか」

「表情も変わらないよ」

「それは……理解するのに熟練の技術を要するな」

「ねぇ、ヒロくん」

 神妙な面持ちであゆが尋ねてくる。

「どうした」

「あの女の人、あのおじいさんの腹話術人形だって事はないよね……」

 な、なんつー暴言をっ!

「…いいのか、来栖川先輩は本物の魔法使いだぞ」

 オレはわざと声を潜めた。

「え?」

「ウソだと思ってるだろ、でもオレは何回も見てる。雲一つない青空なのに雨を降らせたり、死んだ飼い犬の霊を呼んだり出来るんだぜ」

「だ、だから?」

「今の言葉を聞きつけて怒って、くくく、明日の朝起きたらカエルになってるかもしれねーぞ」

「うぐぅ、カエルになるなんていやだよっ」

「はっはっはっは、知らねーぞ」

「うぐぅ、ヒロくんひどいよぉ、先に教えてよっ」

「………」

「え。メチャクチャなこと教えないで下さいって? …せ、せんぱいっ!?」

 あゆのこと言えた口じゃなかった。オレは背後から近づく先輩の気配を全く感じていなかった。

「な、なんのよう?」

 二回くらい声を裏返して、オレは先輩に尋ねた。

「………」

「え、なにか困ったことがあったら、これで連絡を下さいって」

 オレの動揺にも構わず、先輩は服のポケットから携帯を取りだし、オレに持たせた。

 こりゃ助かったぜ。

「使っちゃっていーの?」

 こくこく。

「じゃ、ありがたく使わせてもらうよ、本当にありがとな、先輩」

 どういたしましてと頭を下げ、先輩は今度こそ去った。

「ヒロくん、それなに?」

「はい?」

 あゆの間の抜けた質問に、オレはズッこけそうになった。

「何って、携帯電話だろ」

「けいたい? それが?」

「まさか、初めて見たのか?」

「うん。今日はじめて見たよ」

 マジかよ。こりゃ現代人のシーラカンスだぜ。

「んじゃ好きなだけ見ろよ。ほら、ここでダイヤルして、顔に当てれば話が出来る」

「……親友というより子分だね…」

 呟いた言葉の意味は分からなかったが、携帯をとっかえひっかえ眺め回してあゆは驚いていた。

 それにしても携帯電話を知らねー奴がいるとは、

「…いまどき、幼稚園児だって知って」

「…ひ・ろ・く・ん・い・ま・な・ん・て・い・お・う・と・し・た・の・?(にっこり)」

 マズい。

 この笑みは『あなたを殺します』スマイルだ。

「それなら、もしかしてメイドロボも知らないだろ」

 あわててオレはあゆの興味を逸らした。

「めいど…ロボ?」

「ロボットのお手伝いさんだよ。家事とか接客とかするんだ」

「二頭身でねこ型?」

「もっと人間に近い形をしてる」

 いつもは真面目に働いてるメイドロボも、今のセリフを聞いたらさすがにただじゃ置かねーだろ。

 メイドロボの底辺理解のため、オレはしばらくあゆに、メイドロボのことを話しつづけた。

「そんなすごいロボットがいるんだ。一度見てみたいよ」

 あゆは目を輝かせて、しきりにうなずいていた。

 ……。

 確かに、この街に入ってからメイドロボを全然見てねーな。

「オレの住んでるところが特殊なだけか」

 来栖川研究所のお膝元だからやたらと見かけるだけで、普通は見かけねーのか。

 世界に冠たる一大産業と言われているけど、現実はこんなもんかも知れないな。













§













「猫アレルギーだったんですか…」

「そうなんです、だから名雪に猫を勧めるのはやめてくださいね」

「生き地獄ですね……目の前でひどいことして、ごめんなさい」

 『ごめんなさい』より『かわいそう』の目の色で、琴音が名雪を見た。

「ううん。悪いのは祐一と香里だから」

「まだ恨んでたのか」

「あと十年は覚えておくよ」

「名雪、ごはん食べてるときに、怒った顔しないの」

 朝のねこ騒動がおかずになって、食卓は非常に賑やかだ。

「だって、ねこさんだもん」

「本当にかわいかったですよね」

「うんっ」

 名雪の立場を生き地獄と評したあたり、琴音のねこ好きは、名雪に匹敵するかも知れない。

「でもねこさん、私が手を伸ばしてもぜんぜん近づいてくれないんだよ…」

「それは名雪さんが猫の目を見つめてるからですよ。目を見られると、わたしたちにその気がなくても、向こうはケンカの合図だと思いますから」

「そうなんだ。ありがとう琴音ちゃん」

 どうでもいいが、このままだと猫色で一日が終わりかねない。

「そうだ……琴音って、普段はどんなことするのが好きなんだ。なにか趣味とかは?」

 俺は栞にした質問を琴音にもしてみた。

 ややためらったのち、琴音は、

「趣味というほどではないですけど、絵を描くのが好きです」

 俺はデジャ・ブを覚えた。

「絵? 似顔絵なの、それとも風景画?」

「風景画のほうです」

「ふぅん。この街の絵を書いてみたら、昔のこと、思い出すかもしれないね」


 ぱかっ。

 名雪がたわけたことをぬかしたので、一発殴っておく。

「祐一、痛い」

「真に受けて、また風邪引かせたたらどうするんだ」


 ずっとここに住んでいる(仮に住んでいなくても)名雪にはわからないだろうが、この街は出歩くのに寒過ぎる。

 だが、

「そうですね、どうせ暇ですから、そうしてみます」


 あっさりと琴音は承ってしまった。

「ほら見ろ、お前の戯言を本気にしちまったじゃないか」


「ざれごととはひどいよ…」

「日中だったらきっと大丈夫じゃないかしら」


「秋子さんまで…」

「お弁当作っておきますから」

「ありがとうございます」

「できた絵、見せてちょうだいね」

「あまり期待しないで下さいね…」

 女性陣の意見に、とうとう俺も折れた。

「描くんだったら絶好の場所があるぞ」

 今日栞とのデートで行った公園を、俺は琴音に紹介した。





§





「……」

 目を瞑っても、全く寝つけなかった。

 閉じた瞼に、2階の教室で、外の風景を眺める栞の姿が映る。





 ――この空は、祐一さんと同じですから





 3階なら、俺の座っている席で、

 本当に、本当にそこが、遠い昔の思い出の場所であるかのように栞は呟いた…。









 ――新しい学校で、新しい生活が始まる、その日に……私は倒れたんです





 ――本当は、その日もお医者さんに止められていたんです。でも、どうしても叶えたかった夢があったんです





 ――お姉ちゃんと同じ学校に通うこと…お姉ちゃんと同じ制服を着て、そして学校に行くこと…





 ――お昼ご飯を一緒に食べて、学校帰りに偶然会って、商店街で遊んで帰る…





 ――そのことを言ったら、お姉ちゃん笑ってました。安上がりな夢だって…









 どこか諦めにも似た栞の笑顔の向こう側にあるもの……。

 それが頭の中で、徐々に形作られていくのが感じられた。



























「今日もダメだったか…」

 今日の収穫は来栖川先輩の占いの結果と、同じく先輩からもらった携帯だけだ。

 部屋に着いて寝っころがると、宿の電話機が目に入った。

 …そういや16日に掛けてからずっと向こうに連絡してねーな。

 オレは志保に一本入れる事にした。

「はいもしもし」

 掛けると、ワンコールもしない内に志保が出た。

「よお志保」

「よお、じゃないわよアンタ! こっちは心配してるんだから連絡くらいよこしなさいよ」

 たちまちケンカ腰の声が受話器から聞こえてくる。

「悪かった、今日まで何一つ進展しねーもんだからさ」

 オレは、今日までの行動をかいつまんで説明し、未だに、この街にいるという情報以外は何もないと報告した。

「それよりどうだ、学校の方は」

「ぜんぜん、なんにも変わっちゃいないわよ。アンタがいなくても世界は回るってね、ちょっと自意識過剰なんじゃない?」

「おめーが余計なガセネタを流さなければ平和なんだな」

「なんですってぇっ~~~~! 何がガセネタよ、志保ちゃんネットワークをバカにして、何度アンタを助けたと思ったのよ!」

「くっ…」

 確かに琴音ちゃんに関しては、世話になってるから、分が悪すぎるぜ。

「ほらほら、何か言ってみなさいよ~~~」

 ところが向こうの電話口が唐突に騒がしくなった。

「…ちょ、ちょっと、あかり!?」

「お、おい志保、あかりがいるのか、そこに!?」

 まもなく、わかったわよと諦めた声がして、話し手が変わった。

「もしもし、浩之ちゃん?」

「え~、おかけになった番号は現在使われておりません」

「浩之ちゃんだね…」

 数日ぶりのあかりの声は、妙に感傷的に聞こえた気がした。

「うぅぅ…ひろゆきちゃん………ひろゆきちゃぁぁぁん……」

「お、おいあかり、泣くなってっ」

 あかりの声はみるみるうちに涙声になってしまった。

「ひろゆきちゃんはやく、はやく…」

「わかったわかった、早く見つけて帰るから、だからもう泣くな」

 電話口の向こうで、早く代わってよと数言交わされ、扉が閉まった音と共に話し手が志保に戻った。

「訂正。約1名を除き、平和、ね」

「……」

「一応、家に帰るまではずっとあたしがついてるわ」

 向こうはむこうで、苦労が絶えないみたいだ。

「家ではあかりの母さんに頼んでる。あぁ事情話したけどそれは勘弁してよ。あの人ならあかりを抜け出させたりはしないだろうから」

「雅史は?」

「ちょっと雅史にはこれ任せられないわね。あかりに涙ながらに頼まれたら逃走を手助けしそうだからね」

 確かにそーだ。ただでさえ雅史は女のお願いに弱いからな。

「いまんとこはこれで大丈夫だと思うけど…、でもいつ強硬手段に打って出るか…」

「……」

「思い込んだら絶対に考えを曲げないからね…あかりは」

「…あぁ」

「だから、早く探し出して、戻ってきてちょうだい。それが一番の解決策だから」

 こんなに素直な声が、志保の真剣さを裏付けている。

「わかった。迷惑かけて、すまねぇ」

「アンタにそう言わせられれば報酬は十分よ、じゃね、お休み」

 電話は切れた。

 改めてオレは志保に感謝した。ガキ大将と同じで、普段はイヤな奴だがいざって時はほんとに頼りになる。

 明日こそ、絶対に見つけて一緒に帰らねぇと…。

 決意も新たにオレは布団にもぐり込んだ。

 











§













 ――この子たちはいるべき場所にいるのが一番いいんです











 ふとんの中にもぐり込んで目の前を真っ暗にすると、昼の言葉が何度も何度も聞こえてきます。

 わたしのいるべき場所…

 いる場所がなくて逃げて来たあの街? いたような記憶がある、全く知らないこの街?

 どちらも違う。どっちにも、わたしの場所はない。

 わたしの居場所って、どこなんでしょう…

 でも、今日はすごくうれしいことがありました。

 わたしのチカラは傷つけるだけじゃないって、わかったこと。

 すこしだけ、自分のチカラが、好きになれそうです…

 あのきつねは、今ごろどうしてるでしょうか。ちょっと心配になりました。

 また明日会えますように。

 おやすみなさい。


ラベル:Schnee Traum
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Schnee Traum ~第5話~ 1月20日(水曜日)<前編>

 もっとあそんでいたかった。

 ゆうやけぞらになって、月が見えて、いちばんぼしが見えても、あそんでいたかった。


 「わたしもうかえるよ、じゃあね」

 そのことばがきらいだった。

 うんととおまわりして、でもやっぱりうちについてしまう。


 ドアをあけるのも、いや。

 だって。

「………よっ!」






















 目が覚めました。覚めたけれど、眠いです。


 不思議な夢を見ました。

 外で遊び続けたいと願う夢。

 そう思った時がわたしにもあったのでしょうか。一人で絵を書きたいと思ったことは何度もあるけれど。


 もしかするとあったのかもしれません。

 自分が知らない記憶に……。



























……。

………。

「…わたしはもう、ご存知ですよね」

「あぁ、1年B組、姫川琴音ちゃんであってるだろ? ごめんな勝手に調べちまって」


「いいえ、わたし普通じゃないですから、藤田さんの目にとまるのもしかたないことなんです…」


 

 

「琴音ちゃんさ、よかったらオレにもう一度超能力を見せてくれないか」


「ダメです、このチカラは危険なんですよ」


 

 

「わたしの思い通りには出来ないんです。勝手にチカラが外に出てしまうんです」


「それってつまり、制御不能ってこと?」

「それでも100%思い通りにできないわけじゃないんです、人のいないほうへチカラを向けるのがせいぜいですけど…」


 

 

「少しでもコントロールできるんだろ? じゃ頑張って全部コントロールしちまおうぜ」


「今までもコントロールしようとやってみたんですが、ダメでした…」


「それは今までの話だろ、これから成功させんだよ。オレは決めたからな、琴音ちゃんが超能力をコントロールできるようになるまで、オレが応援してやるよ、な!」


 

 

「…ダメなのか?」

「いえ…」

「じゃ、やってみようぜ」

「…それに、自分からこんなチカラを使うなんて…」


「そんなことねえって、超能力だってうまく使えば便利なもんだって」


「…わたし、イヤなんです。こんなチカラがあるだけでみんなから仲間外れにあって…」


「…ゴメン」

「………」

「でもな、今より良くなるとしたら、やるしかねえだろ? 言ったろ? 琴音ちゃんを応援するって。もう一人じゃねえんだよ、な?」


  ………。

  ……。





















『朝~、朝だよ~』

「…わかってるって」

 学校が始まって数週間、いつにのまにかこの時間に目が覚める習慣になっていた。


 そして琴音と出会った日から、夢で目を覚ますのもまた習慣になっていた。


「…我ながら規則正しいよな」

 少しは名雪にも見習って欲しいと思う。

「…絶対に無理だな」

 自問自答に2秒で結論を出し、着替えの服を取り出した。






 1階では、毎日微妙に違う俺の起床時間を察知した秋子さんと、焼き立てのトーストが出迎えてくれる。


 席に着くと、煎れたてのコーヒーがそれに加わる。


 琴音が来る前からの、いつも通りの食卓風景だった。


「このジャム、おいしいですね。自家製なんですか」


(適度に)ジャムが塗られたパンをかじりながら、琴音が秋子さんに話し掛けた。


「琴音ちゃんはジャム好きなの?」

「いつもは朝、ご飯ですから」

「そうなの? じゃ、明日は和食にしましょうか」


「え、いいんです。どれもすごくおいしいですから」


「そう……じゃあ、他のも試してみませんか?」


 秋子さんが冷蔵庫へと足を向けた。

(過度に)イチゴジャムを塗っていた名雪の動きがぴたりと止まる。


 ずっと平和が続いていたから、危険察知の感覚も鈍っていたのかもしれない。さっき秋子さんが質問した時点で気付ねばならなかったのだ。


 オレンジ色の死神。

 日が経った今でさえ、思い出せば口の中があの味になるほど強烈な記憶を擦り込んだ、あの魔物。

 それがまた現世に姿を現そうとしている。

 逃げなければ。この場にいては確実に犠牲者になる。


 けれども名雪を伺うと、身体を外に向けているものの、席に残っていた。

 やはりこの純情可憐な少女を見捨てることに良心の呵責を感じるらしい。

 無垢な琴音は俺達の様子に首をかしげている。


 絶体絶命だ。

 冷蔵庫の扉が閉められる。その音は、重く、希望という明かり窓が閉じられた音に感じられた。


 その時だった。

「あっ!」

 秋子さんの手から、例の大きなジャム瓶が転がり落ちた。


 歓呼しそうなのを懸命にこらえつつ、俺は拳を固く握り締めた。


 けれども。



 ごとん。



「……」

「……」

 特大ジャム瓶は鈍い音を立てたが、割れずに床に転がった。


「………」

「………」

 希望から絶望へ叩きつけられたときのダメージは計り知れない。


 全身の力が奪われていくのを感じた。

 名雪に至っては『もうわたし、世の中に疲れちゃったんだよ』とでも口走りそうな様子で、薄笑いさえ浮かべていた。


 ところが。



 ビキッ!



 唐突にヒビが入り、



 ………バリンッ!



 かなり遅かったが、瓶は原型を失うほどきれいに砕け散った!


「あ、秋子さん、残念でしたね、せっかくのジャム」


 そそくさと席を立ち、ガラス瓶の破片をオレンジ色に混ぜ込む。


「お、落ちちゃったものは食べられないよおかあさん、それに、ほらガラス混じっちゃってるし…」


 そそくさと名雪も立ちあがり、目にも止まらぬ速さでジャムを生ゴミ入れに捨てていく。


「でも、上の方はまだ大丈夫かも…」

 なおも抵抗する秋子さん。この家に来てから、ここまで諦めの悪い秋子さんを初めて見た気がする。


「ご、ごちそうさまでした」

 複雑な表情をして、琴音が食卓を立った。その流れに合わせ、魔物を葬った俺達も支度をする。


「じゃ、行ってきます」

「……」

 俺達が家を出るときも、秋子さんは本当に残念そうな顔をしていた。














§














「すみません、あの瓶を割ったの、わたしなんです」


 隠しきれずに、通学途中にわたしは切り出しました。


「わたしのチカラは、もう見せましたよね。…たまに、予知が出来ることがあるんです」


「予知?」

 相沢さんが聞き返しました。

「漠然としたイメージだけなんですけど。あの瓶を見たとたん、すごく、危険だと感じました…」


 これ以上ないというほど、怖いものがくるような感じでした。


「それに名雪さんも相沢さんも顔が引きつってましたし…そう思ったら、勝手にチカラが……」


 わたしは俯きました。許されることではありません。また制御できずに物を…。


 怒らないでください、許してくださいが出て来ません。


「琴音、本当に、本当によくやった」

「命の恩人だよ…」

 ふたりが思いきりわたしを抱きしめてきたからです。ものすごい喜び方です。息が出来ないくらいです。


「あの…」

「琴音、俺達は正義だ。後ろめたく思う事はない」


 あのジャム……きっと触れてはいけない過去があるんだと強引に納得しました。




























「もうすぐで見えてくるはずだ」

「…ほんと?」

「ああ、もうすぐだ」

「人けのない場所…?」

「なんか、引っかかる言い方だけど…まぁそうだな」


 

 

「でっかい木だろ?」

「この木だけは、街中からでも見えるんだぞ」


 

 

「ちょっとだけ、後ろを向いていてもらえるかな?」


「…それはいいけど…どうしてだ?」

「どうしても」

 

「………っ!」

「母さんとこれとは関係ないだろ!」

「じゃ言うわ、耐えられないっ」

 

「わぁ。街が真っ赤だよ」

「何やってんだ!」

「ボク、木登り得意なんだよ」

 

 

「風が気持ちいいよ」

「本当に、綺麗な街……ボクも、この街に住みたかった…」


 

「喧嘩してるのを見せると子供に悪影響を…」


「だったら私の言い分も聞いてよっ!」

 

「街の風景はどうだった?」

「秘密」

「どうして秘密なんだよ…」

「あの風景は、言葉では説明できないよ。実際に見てみないと」


「だから、俺は高いところが苦手なんだって…」


「でも、秘密」





















「……」

 また、訳の分からない夢で目を覚ました。


 途中、離婚騒動でもやってるように言い争う夢が混じって、まるで秩序がない。


「夢も混線ってするのかね」

 さて、今日こそ琴音ちゃんを見つけないとな。






§






 3…2…1……ゼロ。

「終わった…」

 最後の宿泊施設から、オレはがっくりと肩を落として出てきた。


 この街の全宿泊施設を当たってみたが、『姫川琴音』の名前はなかった。


 琴音ちゃんがこの街にいるとすれば可能性は二つ。


 偽名を使ったか、宿泊施設以外のところで寝泊りしているか。どっちにしろ健全な状況じゃない。


 最悪の可能性、誰かの車で街を出た…が頭を掠める。そうなったらオレには完全にお手上げだ。


 …そもそも元からこの街にいるかどうかだって疑わしいんだよな。


 琴音ちゃんがここにいるという支えになりそうなのは、今のところ駅員の証言だけだ。






 ――この木だけは、街中からでも見えるんだぞ






 ショックで疲れた頭に、朝の夢が映しだされた。


 街中からでも、見える木…?

 ついつい首を巡らしてしまうが、一見してそんなものはない。


 だよな、やっぱりあの夢は妄想だよな。













§














 青い色画用紙に包まれたように、どこまでも青い空が続きます。


 相沢さんから教えてもらった公園で、わたしは絵を書きます。


 平日なのでわたしの他は誰もいません。貸し切りです。


 るる…

 何かが、こつんと足首に当たりました。 


 …るる…

 ハトのくちばしでした。

 ハトは、いつもいっぱいいるので、あまり好きになれない鳥です。でも、今日は1羽きりでした。


 わたしに食べ物をもらいに来たのでしょうか。足取りがふらふらして、大分弱っているみたいです。


 ……本当に、出来るのでしょうか。

 ハトに、わたしは昨日のヒーリングをもう一度、試してみました。


 治したいと言う気持ちだけをいっぱいにして、手をかざして……。

 「……っ!」

 チカラを使った痛みが、走ります。

 くるる、くるる……。

 「……ぁ…」

 元気になりました。思わず自分の手を見つめてしまいます。










 ――超能力だって、うまく使えば便利なもんだって










 チカラを特訓していたときに言われた言葉。今なら笑って、そうですねと返せそう。


 でも、藤田さんはもういない。今、わたしの側にはいない。


 物思いを振りきるように、わたしは鉛筆を取りました。














§














「えっと。それで今日はどうするの?」

 授業が終わって、名雪がいつものように昼食の話題を振ってきた。


「あたしはいいわ…今日は食欲ないから」

 香里だけが、普段とは違った反応を見せた。


「ダイエットか?」

「…そうね」

 どうでもいいというように、気のない返事をする。


「…相沢君はどうするの…?」

「俺は行くところがあるから」

「祐一は、1年生の女の子と食べるんだよね」


「…なんで知ってるんだ」

「前に、祐一が言ったんだよ…風邪で休んでる1年生の女の子…って」


 そういえばそんなことを言ったような気もする。しかし、名雪にそんな事を言われるとは意外だった。


「あ…私学食だからそろそろ行くね」

「ああ、気をつけてAランチ食ってこい」

「私、いつもAランチじゃないよ」

「少なくとも俺が知ってる限り同じもん食ってるだろ」


「偶然だよ、偶然」

「…そういやオレが見たときもAランチばっかりだな」


「それも偶然だよ…」

「…あたしが見たときもそうね」

「偶然…」

「えらくたくさん目撃されている偶然だな」


「それじゃ私いってくるね」

 それ以上の追求を逃れるように、名雪が財布を持って慌ただしく離れていく。


「じゃ、オレも学食にするか」

 名雪に続き、北川も教室から消えた。

「……」

「……」

 ……。

 結果的に、俺と香里だけが取り残される形となった。


「じゃあ、俺も行ってくるから」

 俺も、中庭に行くべく支度する。

「相沢君…」

 香里が抑揚のない声で呼び止める。

「…ひとつだけ答えて…その子のこと…好きなの?」


「たぶん、好きなんだと思う」

 寂しげに雪の中で佇んでいた女の子。

 今、香里がそうしてるように、悲しげに窓の外を見つめていた白い肌の少女…。


 初めて出会ったときから不思議さも手伝って、心を揺すられた。


 たぶん、今は、好きなんだと思う。

 そうじゃなければ、昼間とはいえあんなに寒い場所に、今日も出ていったりはしない。


ラベル:Schnee Traum
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Schnee Traum ~第5話~ 1月20日(水曜日)<後編>



 覚えの無い記憶。秩序の無い断片的な夢。絶対に、妄想だ。


 なのに。

「なんでこんな山道に入ってるんだオレはよ……」

 さっきからオレは急勾配の獣道をひたすら登っていた。足がとりあえず見晴らしのいいとこを求めていた。


 にしても、わざわざ登山する必要があったのか?

 あの木を探そうなんて思ったから、こうなったんだよな。


 自分のバカさかげんに後悔するが、乗りかかった船だと泣く泣く納得させる。


 ここまで登って、見晴らしが悪かったらグレるぞ。


 そう思った頃、山の中腹ぐらいだろうか、わざわざ作ったんじゃないかと思うような大野原の丘にオレは辿りついた。


 

 

 

「おぉ…」

 天と地の狭間なんて言葉がしっくりきそうだ。春だったらきっと楽園みたいな光景なんだろう。


 ひとつ深呼吸し、今いる白い都市を見下ろす。


 広い。

 改めて見た雪の街は広大で、一人の人間なんか音もなく飲み込んでしまいそうだった。


 徒労感が身体中に行き渡る。 オレはばったりと丘に転がりかけた。


「お…」

 あの丘の向こうにおわすは、キツネじゃねーか。この時期には普通冬眠してるはず、だよな。


「ちょっとツラ貸せ、な~んてな」

 くいくいと右手を動かし、珍しいキツネを手招きする。


「止めてください」

 すると途端に、オレは背後から静止の声を受けた。








 後ろにいたのは、えんじ色の、緑色のリボンを正面にまとめたやや古風な制服を来た女の子。


 高校生…かな?

 近くに学校があるのかもしれない。時間的には昼休みだからな、だとしたら外に出てきたんだろう。


「人が関わると、この子たちにとって不幸な事になります。この子たちは、自分のいるべき場所にいるのが一番いいんです」


「あぁ、ゴメン」

 やたらと野生動物にちょっかいを出して欲しくねーんだろう。エサとかやったりすると野生が鈍るからな。


 それだけ言うと女の子はオレを通りすぎ、丘の端の方まで歩み出した。


 体側(たいそく)が見え、それが後ろ姿に変わっていき、


「ねぇキミ、ちょっといーかな?」

 その後ろ髪を見たとたん、無意識の内にオレは彼女を呼びとめてしまっていた。


「なんでしょうか」

 うっ。

 一瞬引いちまうような無表情アンド声。先輩と違って冷たさがばりばり伝わってくるぜ。

 まぁ見ず知らずの男にいきなり呼びとめられたんだ、当たり前か。


「紫色の髪をした女の子、最近見なかったかな?」


 出会ったついで。

 もしかしたらさらにオレの絶望が深まるかもしれないが、ダメもとでオレは聞いてみた。


「…お探しの方かは分かりませんが、そのような女性を昨日この丘で見ましたよ」


「本当か!」

「はい。小柄で、癖のある長い髪をした方でした」


「本当に、見たんだな?」

「はい」

 彼女はあくまで淡々と言葉を紡ぐ。だが間違いない。

 この街も4日目で、紫色の髪は本当に珍しいのが分かってる。彼女が見たのは琴音ちゃんだ。

 ヒョウタンからコマとはまさにこのことだ。琴音ちゃんは、間違いなくこの街にいる。

「悪いな、いきなり質問浴びせちまって、じゃあ」


 自分の行動が急にこっぱずかしくなったので、オレはそれだけ言って、去ることにした。


「……」

 期待はしなかったけど、やっぱり向こうからは何もリアクションが無かった。

 と思ったら、

「お気を付けて、旅の方」

 オレに向けてるのか空に向けてるのか分からないような話し方で、女の子が呟いた。


「この街は………妖狐たちの街ですから」

 ……そうか、この子も似てるんだ。

 心を氷のように閉ざしていた、初めのころの琴音ちゃんに。


 

 

 

 

 

 

「今日はスケッチブックを持ってきました」


 今日も冷える中庭で昼食を取っていると、栞の口からこんな台詞が出てきた。

 どこからともなく空色のスケッチブックが取り出されている。


「唐突になんだ?」

「昨日祐一さんが頼んだんじゃないですか『だったら、似顔絵を見たい』って」


 ……。

 確かに昨日、そう約束させた覚えがあるような気がする。


「ホントに、あんまり上手くないですけど…」


「そうなのか」

「私、まだ修行中ですから、あ、祐一さんそのまま動かないでくださいっ」


「いきなり止まれって…似顔絵だろ?だったら多少動いたって…」


「ダメですっ」

 いつに無く厳しい声で命令された。よって、しばらく動かないでおく。


 ……。

 ……。

 ………。

 表紙をめくって、栞が真剣な表情でコンテを走らせる。


 休み時間の喧騒も届かない校舎裏に、紙の擦れる音だけが響いている。


 でも、不思議とその時間が退屈ではなかった。


「…もう少しで出来ますよ」

「そういえば、普段は誰を書いてるんだ?」


「そうですね……家族、です…」

 声が少し沈んだ気がしたが、スケッチブックに隠れて表情は分からない。


「でも、私がスケッチブック持っていくと、みんな逃げるんですよ」


「どうして逃げるんだ?」

「モデルになるのが嫌みたいです…」

「確かに、長時間じっとしていないとダメだからなぁ」


 ややあって、

「…出来ました」

 栞はパタンとスケッチブックを『閉じ』た。


「…見ます?」

「もちろん見るぞ」

「…見ても、怒らないでくださいね」

「大丈夫だって」

 ここまでやってくれたんだ、絵の素人の俺よりずっと上手いに違いない。とにかく誉めてやろう。


 俺はスケッチブックを受け取ると、画面に目を落とした。


「……」

「どうですか…?」

 緊張の面もちで、俺の反応をじっと窺う栞。


「…栞」

「はい…」

 俺は迷うことなく言い切った。

「…正直、向いてないと思う」

「…やっぱり、そうなんですか?」

 本人にも自覚くらいはあったらしく、驚いた素振りは見せなかった。


「ほとんど子供の落書きだ」

「…普通、本当にそう思っても、そこまではっきりとは言いませんよ」

 本当に寂しげな目で、自分のつま先を見つめ出されてしまったが。


 中庭に吹く風が、マンガのように『ひゅぉぉぉ…』と効果音を立てる。


 さっきまで綺麗な青空だったのに、太陽までが流されてきた雲に隠れてしまった。

 校舎裏が、ぐんと暗くなる。

「いや、正直に言った方が本人のためかな、と…」


「それでもひどいですー。もう少し言い方があるじゃないですか」


 さすがに今の発言は腹に据えかねたらしく、逆に怒り出してしまった。


「そうだな…だったら、味があるとか」

「…あんまり嬉しくないです」

 俯いた顔が悲しそうだった。

 ……もしかすると、家族がモデルになるのを嫌がった理由って、


「祐一さん、もしかして失礼なこと考えてませんか?」


「い、いや、全然」

 栞はとっても鋭かった。

「でも、折角だからこの似顔絵貰ってもいいか?」


「いいんですか、こんな絵で?」

「栞が俺のために描いてくれたものだからな、どんなのでも嬉しいよ」


「どんなのでも?」

「あ、いや…。そう、それに好きなんだったら、いつか上手くなるって」


「じゃあ祐一さん、毎日モデルになってくれますか?」


「絶対に嫌だ」

 きっぱりと俺は断った。

「ひどいです、練習しないと上手くならないじゃないですか」


 あの絵が、練習したってどこまで上手くなるものか。


「そういえばもぐらたたきも練習してるんだよな。どうなった?」


「もうっ、祐一さん、だいっ嫌いですっ」

 ちょうど鳴り渡った予鈴の音と共に、怒った栞は帰ってしまった。


「……ちょっと言い過ぎたか」

 今度商店街のアイスクリームショップでアイスを買うってことで、許してもらおう。














§














 下山し、コンビニで昼メシを安く上げて、商店街へ。


「あっ、ヒロくんっ」

 顔見知りのいないはずの街通りで、一人の人間がぱっとオレに近づく。

 今日も寒いこの街を、元気よく駆けるあゆだった。


「えへへ、うれしいよぉ」

「いつでも元気だな」

 背中の羽が、子犬の尻尾のように元気よく揺れている。毎日、なんでそんなに楽しーんだか。


「ヒロくんは元気じゃないの?」

「…まぁな」

 実際ここんとこ、琴音ちゃんを探す以外の事はしてないから、気が滅入ってきてんだよな。


「そうだ、あゆも探し物してるんだっけな」


「そうだ…よ」

 とたんに、さっきまでの元気が風船のようにしぼんでしまう。


 昨日先輩に聞いたときもそうだった。落ち込むことを知らなそうな表情が、この話題になると気の毒なくらい曇っちまう。


「んじゃ、今日はそれに付き合うぜ」

 オレは言った。

「えっ?」

「最初に約束したろ、一緒に探してやるからって。迷惑か?」


「ううん、全然っ、うれしいよっ」

 満面の笑顔で首をぶんぶん振る。

「いこっ、ヒロくんっ」

「お、おい、手を引っ張んなよっ」

「気にしたらダメだよっ」

 昼下がりの商店街を、最近知り合ったばかりの女の子に引きずられながら、オレの午後の捜索は始まった。

 

 

§





「クレープ屋にケーキ屋。行くところは甘味処ばっかじゃねーか」

「うぐぅ…」

 もっとも何を落としたのかすら分からないのに、オレ一人が加わったところで見つかるわけがなかった。

 そうやってうろつくオレの視界に、

「おっ」

 ゲーセンのネオンサインが入ってきた。

「ゲームセンターに、行くの?」

「ほんのちょっとだけ、息抜きな」







 中に入り、ざっと人口密度と筐体を確認。

 ……なんかやたら古いゲームしか置いてねーな。どれもこれもやり飽きたもんばっかりだぜ。


 おかげさまで中はほぼ閑古鳥だ。

「あれ? おいあゆ?」

 ふと気付くと、隣にあゆの姿が無い。

 慌ててとってかえすと、クレーンゲームのケースの板にべったりと顔をくっつけているあゆを発見した。


「欲しい人形でもあんのか?」

「ちがうよ」

「言っとくが、オレはそれ苦手だからな」

 ここだけの話、2000円3000円じゃすまねー『買い物』をしたことがある。


 まだくっついてるあゆを放って、オレは再び台の間を回った。


 すこしでもマシなのは…と、

「おっ…懐かしいもんがあるじゃねーか」

 オレらのところではもうとっくに廃盤になった台。中学のころは雅史や志保とこいつで熱く戦ったもんだった。


「久しぶりに100円だけやってみっか」

 Newとかいうシールが気になったが、オレはコインをいれゲームをスタートさせた。


 

 

 

 

 

 

§


 

 

 

 

 

 

 おいしいお弁当を食べて、続きを描きます。


 秋子さんのいった通り、日中は結構あったかいです。


 画面が眩しい… 

 画用紙の白、雪の白で、目がいっぱいに…

 

 

 

 

 

 

  

「祐一君…ひとつだけ、聞いていい…?」

「ひとつと言わず、いくらでも構わないぞ」


「…うん。でも、今日はひとつだけ…」

「…祐一君、お母さんのこと、好き?」

「好きだよ」

「ボクも、好きだよ」

「…それが、どうしたんだ?」

「…それだけ…」

 

 

「…あのね」

「…お母さんが、いなくなっちゃったんだ」


「…」

「…ボクひとり置いて、いなくなっちゃったんだ」


「…」

「…それだけ…」

 

 

 

 

 

 

 かくんっ。

 スケッチブックから腕がずれて、わたしは我に返りました。


 昼の陽気でうとうとしてしまったみたいです。いつもいる街よりもずっと寒いのに。結構のんきなのかもしれません。


「…お母さんのこと、好き?」

 そっと口に出して、自分に聞いてみました。


 …嫌いじゃありません。ママがある日突然いなくなってしまったらわたしは悲しむし、きっと恨むでしょう。


「けど…」

 うん、と強く首を振れるほど、今、わたしはママが好きじゃありません…。


 この雪も、空もきれいなのに、

 どうして心はきれいにならないのでしょう…。

「…!」 

 瞬き一つの間だけ、ママの姿が、公園の雪の上に立ったのが見えました。












§












「あ、あっ、あぁ~っ!」

「だ~~~~~~~~~~~~~~~ぁ、あと、あとすこしでっ!」


 裏面(と言うか2周目)の本当にラストのところで、オレが操るキャラは力尽きてしまった。


 くそ、もう100円…

 取り出そうと財布を捜すため、筐体から目を離してふと気付く。


「!」

「ヒロくん?」

 ばっ!

「うぐぅ、待ってよぉ」

 オレは外に飛び出した。

 

 かぁ~~~、かぁ~~~~~。



「……」

 辺りは街灯が付き、紅色の世界。要するに、もう夕方だった。


 だぁっ、なんてバカなことを。

 情けなすぎて、本気で自分を殴りたくなった。

 この大バカ野郎が、ひとでなしッ、アホッ、なんのためにここまで来て…


「……ねぇ、ヒロくん」

「?」

「ヒロくんは夕焼け、好き?」

 唐突にあゆが聞いてきた。

「…正直、この街に来てから嫌いになった」


「どうして?」

「今日も1日、琴音ちゃんを見つけれなくて無駄にしたって気分になるからな」


「そうだね…」

 夕日が、あゆの横顔を赤く染め抜いていく。


「それに…」

「それに…?」

 あゆに聞き返され、オレは慌てて緩んだ口を閉めなおした。


「なんでもねーよ」

 さっきのセリフは嘘じゃない。だがそれ以上に、あの夕日は人をそう思わせるような姿をしていた。


 赤い、赤い、不気味なくらい赤い色。

 その色がまるで…

「うぐぅ、無視しないで~」

「悪ぃ悪ぃ、小さいから目に入らなかった」


「ひどいよっ、すっごく気にしてるんだよっ」


「あゆは、どうなんだ?」

 返事代わりに、オレはそっくりあゆに返してみた。


「ボクも…あんまり好きじゃないよ」

 オレから眼をそらすように、前方に伸びた影法師を見つめて、続ける。


「夕日を見てるとね、淋しくなるんだ…今日も、終わっちゃうって」


 煌煌とした夕焼けは、オレたちを、らしくない姿に変えて沈んでいった。













§












 帰って、部屋で時間を潰し、いつも通りの時間に夕食を取る。


 そのまま習慣づいたソファへ直行し…

「…何か忘れてる気がする」

 そうだ。

 琴音も今日絵を描くという話だった…。

 本当ならすぐ見せてくれと言い出すところだが、昼に栞の絵を見ているため、怖くて口が開かない。


 幸いにしての誰一人話題にするものはない。このまま何事もなく終わらせて…。


「あ、そうだ琴音ちゃん。絵描いたんでしょ、見せてよ」


 名雪が、あっさりと俺の望みを打ち砕いた。


「あ、はい…いま持ってきます」

 琴音がとことこ2階に上がっていく。

 あの清楚なイメージが破壊される恐怖がじわじわと俺に襲いかかる。


 (なんだって今日はこんなに心臓に悪いことばかりなんだ。)


 ほどなくして、スケッチブックを抱えた琴音が戻って来る。


「あまり、うまくないですよ…」

 何故か差し出されたスケッチブックを、俺は不安一杯に順々に開いていった。


「……」

「あ、あの、あまりじろじろ見ないで下さい…」


「……」

「下手ですよね、やっぱり」

「…上手い」

 素人目にも分かる技法で、しかも上手い。上手いなどというレベルを超えている。


 写真のようでいて、絵にしかない温かみがある。これぞ風景画。


「あら上手………本当に、美しいですね…」


「すごい…………琴音ちゃん、絵の才能あるんだね」


 多少の出来事では反応しないこの二人ですら、息を呑んで驚いている。

 その辺の展覧会に出しても、まず賞を逃すことはないであろう腕前だ。


「どこぞの病弱画家に、爪の垢でも煎じてやりたい」


 確かに努力は大切だし、それで上手くはなると思う。だがここまで圧倒的な差を見せつけられると、能力とか才能の存在を感じずにはいられなかった。


「そんなことありませんよ」

 だがいたって本人は謙虚だった。















 何度も絵を書いてるけれど、パパにもママにもこんなに誉められた事はありません。


 もともと、ひとりぼっちを紛らわすために始めた絵。何度、見てくれたことでしょうか。


 それなのに見ず知らずのわたしの描いた絵を、こんなにも見てくれる。気にかけてくれる。誉めてくれる。


 わたしが絵を書きにいったことを、覚えていてくれていた。


 嬉しい。

 ふんわりと暖かい空気。

 わたしが欲しい空気が、その時はわからなかったけど、それがありました。


 他人のうちのジャム瓶を割り、学校をさぼって絵を描く。


 悪いことをしていたはずの時間は、とても幸せな時間でした…。
ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 22:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

2020年08月06日

Schnee Traum ~第6話~ 1月21日(木曜日)




 いつものように、道にいた男の子に頭を下げる。

 嬉しそうなその子の顔を、降りかえることもない。

 おばあさんにも、道行くおじさんにも頭を下げる。

 大騒ぎしたり、外で走り回ったりなんかしない。

 それで大人はみんなにこにこしてくれる。

 出来た子だ、って。

 わたしは『いいこ』でした…。






















 今日のは、嫌な夢でした。

 でも紛れもなく、自分でした。この夢は何度も見てますし、小学校のときはわたし、そんな子でしたから。

 どうして、小さい頃からそんな可愛げのない子だったんでしょうか。

『お母さんに心配をかけたくないから。悲しい顔を見たくないから』

 即座に返ってくる理由。さっきも言いましたが、今日がはじめてじゃありません。理由だって、知ってます。

 そう、それはわかってる。

 でも、なぜそんな気遣いをしていたのか、誰も教えてはくれませんでした…。



























「藤田さん、こっちです」

「うん」

「ここで、やってみます」



「今のが超能力?」

「風か何かのせいだと思いますか?」



「琴音ちゃん!」

「…すみません、少し、頑張り過ぎました…」






















『朝~、朝だよ~ 朝ご飯食べて学校行くよ~』

「……」

 カーテンの端から漏れる日光に目を細める。

 街が雪とあいまって、白く浮かび上がっていた。

 今日の目覚めも、夢だった。

 昨日の続き。

 ……超能力の練習風景だった、と思う。

 ピンポン玉を、膝に乗せたスケッチブックの上でくるくると回すこと。

 たったそれだけのことで、琴音は額に汗をにじませ顔を真っ赤にし、めまいまで起こして倒れてしまったのだ。

 家に来たときに見せた段階まで扱うのに、最初はこんな苦労をしていたのか。

 あの恐るべき破壊力を留めるために、必死だったんだな…。

 胸を詰まらせるものに身体が囚われ、しばしベットの上で、動けずにいた。



























「…三日目」

 今日もまた例の夢を見た。ここまで来ると先輩に夢診断を仰ぎたくなるぜ。

 まず、ちょっと夢を整理してみよう。





 登場人物は基本的に二人。景色を見ている『オレ』。どうやら男の子。

 もう一人は、白いリボンをした女の子。

 おとといの夢の出会いが発端だろう。そこから仲良くなったようで、一緒に遊んでいるようだ。

 真新しい駅ビルの前で、女の子がベンチに座って待ち合わせ、どこかに遊びに行くというパターン。

 ある時は森の一角。

 まわりを草むらと溶けない雪に囲まれたその場所は、赤い光を浴びて、神秘的な佇まいを見せていた。

 女の子は子供目にすごく高い(ガキの頃のオレでもためらうような)木に登る。

 ある時は夕焼けの商店街。

 『オレ』はクレーンゲームで人形を取ってやるとカッコつけて金を使い果たす。

 散々失敗したあげく、借金してようやく天使の人形を取って、プレゼントする。

 そして今日の夢。

 どうやら『オレ』はこの街の人間じゃなくて、外部から遊びに来ているようなのだ。

 クレーンゲームで取った天使の人形に誓って、また来年も遊びにくると約束する。

 もう一度あの樹の場所へ行き、絶対に来年もくると約束する。





「…う~む」

 なんか想い出のアルバムを見せられている気分だ。『わたしの初恋』ってサブタイトルでも付いてそうな。

 でもそうすると、月曜に見た夢だけ浮くんだよな。一つだけすげー視線も低かったし、琴音ちゃんの名前も出てるし。 

 もう少し詳しいと見てる方も分かりやすいんだが……ってオレは志保かよ。

 にしても、なんで立て続けにこんな夢を見るんだろうな。

 こんなに琴音ちゃんが心配なのに、琴音ちゃんが出てくる夢は全然見ないなんて…。

 いろんな想い出があったはずなのに…。











§












 わたしは、今日も外でスケッチブックに向かいます。

 一段低くなった中央に噴水が設置された、劇場を思わせるような公園。

 ベンチに座って、コンテ代わりの、鉛筆を走らせます。

 紙の擦れる音が響いてしまいそうなくらい、静かな公園。あの時と同じように、わたしは公園にたった一人。でも、全然嫌じゃありません。

 見上げると、空色の由来を思わせるような、綺麗な青。いい天気です。

 でもおかげでキャンバスに日が当たり、描きづらくなって来ました。雪の反射も手伝って、雪やけしてしまいそうです。


 太陽さん、少し雲に隠れてくれないでしょうか。


 すると望んだとおり、急に画面がかげって描き易くなりました。


 え!?

 よく見ると、影は画面全体にかかってるのではなく、人の形をしていました。








「すごいです…」

 背後の人影から、声がしました。

 振りかえると、

「綺麗、です…」

 そこには短いストールを寒そうに巻いた、女の子がいました。

 彼女が日除けになっていたみたいです。

「あ、気にせず続けてください」

 彼女を見詰めたまま固まってしまったせいで、半分お約束な台詞を言われてしまいました。


「いいえ、ちょうど休憩しようと思ってたところですから」


 じっと見つめられながら描き続けられるほどの度胸はありません。わたしもお決まりな台詞を言って、手を止めました。







「すごいです、こんなにうまい絵、私はじめて見ました」


 隣に座った彼女は、スケッチブックを見せてくれと頼んできました。ページをめくるたび、描いた絵を誉めてくれます。


 見た所、わたしと同い年くらいでしょうか…。


「あの…失礼ですけど、たぶん学生さんですよね、学校はいいんですか?」


「あ、私病気でお休みしてるんです。でも、お昼は外に出て、太陽に当たる事にしてるんです」


「病気なのに、出歩いてもいいんですか?」

「ちょっとくらいならお医者さんも怒りませんよ」

 そういう問題じゃないと思いますが…。

 やや、言葉が途切れました。

 そして、

「あなたしかいません、私に、絵を教えてください!」


「えっ!?」

 あまりの唐突なお願いに、わたしはベンチから転げ落ちそうになりました。


「お願いです」

 両手を付かれて、わたしはお願いされています。


「あ、あの、絵っていうのは人が教えられるものじゃないし、それに、わたし、教えられるほどうまくありませんから…」


「本当に基本だけでいいんです」

「でも…」

「…私、好きな人がいるんです。でも昨日似顔絵を描いたら『向いてない』って言われて…悔しいんです、どうしてもうまくなって、祐一さんをあっと言わせたいんです」


「祐一さん…相沢祐一さんですか?」

「知って、るんですか…?」

 口から出てからしまったと思いました。女の子の顔が、さっと曇りました。

「べ、別にわたしはなんの関係もないんです」

 わたしは弁解をはじめました。何をやってるんでしょう。

「家出少女なんです、わたし。この街の商店街で倒れてしまって、それから家においてもらってるんですけど」

「そうなんですか。家の方、心配してますよ?」

「病気なのにベッドを抜け出してる女の子だって、家の方は心配してますよ?」

「……」

「……」

 顔を見合わせて、わたしたちはくすくすと、そして声を上げて笑い合いました。お互い、悪い子です。

「いいですよ。風景の方が得意なんですけど、出来る範囲なら…」


「ありがとうございます」

 彼女の大きな目が、本当にぱっと輝きました。


「では先生、お名前、教えていただけますか」


「姫川、琴音です、あ、そんなに仰々しくしないで下さい」


「わたしは美坂栞です。先生、よろしくお願いします」


 ちょうどその時、遠くで学校のチャイムが鳴りました。

「あ……、昼休みです」

「何かあるんですか?」

「祐一さんと会う約束をしてるんです。でも、今日はいいです。お願いします」

「いいんですか? …怒られたり、しませんか?」

「一日くらいならだいじょうぶですよ」

 この根拠のない自信はどこからくるのでしょうか。

 ほんとに病気ならば家に戻るよう勧めた方がいいんでしょうけど、わたしも強くは言えません。お付き合いしましょう。

 でも、頼られるのって……何かわくわくします。

 話をしている間に、本当に空も曇って、描きやすくなっていました。











§












 見た夢の量が多かったせいか、かなり寝過ごしちまった。そのせいで、今日はあゆにも会わなかった。

 街中を調べても無駄そうなので、とにかく行っていない場所をしらみつぶしに探す作戦を取ることにした。

 そんなオレの行く手に、

「……なっ、なんだぁありゃ?」

 メチャクチャ巨大な、謎の施設が姿を現した。

 琴音ちゃんはホテルにはいない。すると、まともな手段で寝泊りしてるわけじゃない。

「……」

 ドーム状の建造物も見える。

 体育館? にしては、付属設備がでかすぎる。

 ……。

 …例えばだ、例えばだぞ、もしこれが、なんかの宗教施設、あるいは実験施設だったら……

 

 

 

 

 

 何するんですか、や、やめてくださいっ

 心配しなくても、危害を加えたりはしないよ、ゲヘヘ…

 は、はなれてくださいっ、…えいっ!

 ぐはっ!

 ほ、ほぉ…こりゃ驚きだ、超能力が使えるのか。珍しい。よし、すぐに実験室へまわせっ!

 い、い、いやあぁぁぁっ! 藤田さんっ助けてっ、助けてくださいっ!!


 

 

 

 

「………!」

 どうする、どうする藤田浩之!

「行くか…」

 なんの考えもなしに中に入ったら、生命の危険があるかもしねーよな。

「アホらし…」

 だがもし琴音ちゃんがいたら、見捨てる事になるじゃねーか! 男として、人間として、んなこと許されると思うのか?

「……ぅう……えぇい、ままよ!!」

 こういうときは直感で行動したほうがいい。オレは塀を乗り越えると、謎の巨大施設への潜入を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっそく見せてくれよ」

「はいっ、あの…今動かしますから、見てください」

「こないだみたく無理すんなよ」

 

「やっぱしんどいのか?」

「はい…でも昨日よりはずっとチカラが強くなってます」



「進みぐあいはどーだ?」

「あっ、はい、いいと思いますよ。前に藤田さんに見てもらったときから、ふたつも増えたんです」

「すっげー進歩じゃんか」

「はいっ、あんなに嫌いだったチカラだったのに、今ではうまくなるとすごく嬉しいんです」

「ははっ、おーけーおーけー、いつでも見てやるよ。じゃ、さっそく成果を見せてもらおうか」

「あっ、はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐一、昼休みだよ~」

「…は?」

「昼休み」

「いつの間に…」

 名雪の時報に起こされた。

「祐一、4時間目ずっと寝てたんだよ」

 黒板を白く染めるかのような世界史の授業で寝てしまうとは…。

「名雪、あとでノートコピーな」

「わ、ずるいよ。……イチゴサンデー1杯でなら手を打つけど」

「く…」

 不覚だ。

 自分の不注意を死ぬほど呪って、俺は首を縦に振るしかなかった。

「だめだよ授業中寝たら。夜ちゃんと寝ないからだよ」

「あなたが言える台詞じゃないと思うけどね…」

「うー」

 香里の強ツッコミが入り、名雪はうなり声を上げて沈黙した。

「……」

 かなり深い眠りに落ちてしまっていたらしい。

 しかも朝の夢の続きと言うおまけ付きで。

 琴音の超能力の練習風景。時期は、去年の春だろうか?

 特訓の成果で、日に日に宙に浮かぶボールは増え、5つになった。そして、琴音の笑顔の数もつられるように増えていった。

 気になるのはそれに付き合う男、藤田だ。

 夢の視点は藤田だから、その顔を知る事はできない。だが、琴音の家出に間して、もしかしたら手がかりになるかもしれない。

 もっと、知りたい。

 

 

 ――今ではうまくなるとすごく嬉しいんです

 

 

 ……。

 夢の琴音の笑顔に、隠している秘密を覗こうとする自分の姿が、醜く感じられた。

「で、今日は昼どうするの?」

 名雪が言った通り、教室の空気も昼休みのに変わっていて、他愛もない話題についての声で溢れている。

 宿題の話、昨日のTV番組の話、

「おい、なんか学校に侵入して来た奴がいるらしいぞ」


 侵入者の情報…って、おい?

 耳珍しい情報に、クラスがにわかに色めきだつ。


「今外で生徒指導が尋問してるぜ」

 まさか、栞が見つかって侵入者と勘違いされたのか?


 制服登校のこの学校で、私服姿の栞は侵入者と見られても何ら不思議はない。


 一応ここの生徒だから警察沙汰にはならないだろうが、病欠してるのに外をうろついてることについては、こってりと油を絞られるに違いない。


「ちょっとそれ見てくる」

「あ、待って祐一」

 付いてこようとする名雪を待たず、俺は昇降口まで駆け出した。

 

 

§






「一体どこの学校だお前」

「……」

 予想に反して、生徒指導の教師に捕まっていたのは男だった。

 見た感じ俺達と同年代。人畜無害そうな奴だった。


「名前は」

「……矢島」

 校舎までの道程に敷かれたタイルに座らされたまま、そいつは答えた。


「矢島、一体何の目的でこの学校に侵入……」


 竹刀を持ったまま、生徒指導の体育教師が腕組みをする。

 その瞬間、

 だっ!!

 侵入者は、一瞬の隙を突いて走り出していた。


「な…こらっ、待て、待たんか!」

 だが侵入者は脱兎の勢いで駆けていき、

 ざっ。

 と踏み切ると校舎の壁を軽々飛び越え、向こう側に消えた。


「いっちゃった…」

「名雪、惜しかったな」

「え?」

「陸上部部長として、高跳び選手の逸材を逃がしたな」


「……」

「あきれた奴ね」

 香里がそう感想を述べた。

「にしても名雪、なんで昼寝の時間を犠牲にしてまで出てきてるんだ?」


「わたしがいつも寝てばっかりいるように誤解されるよ…」


 ちなみに、名雪の学校生活の半分は睡眠だ。

「私はね、琴音ちゃんが来たのかと思ったんだよ」


(……確かに、考えられない話じゃないな)


 もしこの街の思い出が、ここにあるのだとしたら。

「なぁ、その琴音ちゃんてのは誰だ」

 突然北川が俺達の会話に割り込んできた

「北川、なんでお前がいるんだ」

「こんな見せ物めったにないからな、当たり前だろ?」


「名雪、その子って、もしかしてこの前一緒にいた紫髪の女の子?」


「そうだよ」

「馬鹿がっ」

 名雪に秘密を守らせるのは、チンパンジーにジャズダンスを教えるより難しいと悟った。


「さ、教室に戻りましょうか、残りの昼休み、いい話題が出来たわ」


 香里の笑みに暗澹たる気持ちにされて、俺は教室へと歩き出した。


「名雪、お前…」

「そう言えば祐一、今日は中庭でお昼食べないの?」

 文句を言い掛けたところで、逆に突っ込みが返ってきた。

 そうだ、すっかり忘れてた。

 名雪への説教を止め、俺は中庭へ駆けて行った。

 

 

§






 だが、栞はいなかった。

 足跡のない中庭。

 いるべきストールを羽織った病気の少女の、いない場所。

 そこは、寂れた、凍土荒原だった。

「……」

 手に持ったアイスを、仕方なく自分で処分した。

 口に運ぶたび胃が痛くなり、口から冷気が立ち昇る。冷泉に入ってすぐのように、内臓が凍てついてきた。

 だが、アイスは二人分ある。

 俺が食べなければ、減ることはない。

 ――栞が、来なければ。

「栞、なんでお前は、こんなマネが出来るんだ?」

 俺にはその心理を一厘も理解できなかった。

 

 

 その後も中庭で待ったが、この昼休み、栞が姿を現すことはなかった。























 このスピードでジャンプしたら世界が狙えるんじゃねーか?

 という勢いで、オレは学校が見えなくなるまで走った。


「はぁっ……はっ……」

 朝、学校への遅刻ダッシュで鍛えた肺も、この冬の街ではオーバーワークだぜ。凍てつく大気が、肺を芯から冷やす。


「こ、ここまでくりゃだいじょーぶだろ」

 切りのいいところで足をとめ、近くの街路樹にもたれかかる。

 目がちかちかする。つ、疲れたぁ~。

「ヒロくんっ」

 そうして息を整えていると、声がした。

「今日ははかどってる?」

 見上げれば羽付きのダッフルコート。あゆだ。


「……最悪だ…」

「どうしたの?」

「学校に忍び込んで生徒指導に捕まった…」


「何でそんなことしたの?」

 『不思議だよ』を顔いっぱいに現わしてあゆが言う。


「オレだってしたくてしたんじゃねーぞ」

 あんなバカでかい施設、誰が学校だなんて思うんだよ。


 とっさに偽名を名乗ったのは正しい判断だった。すまん矢島、お前はもうここには来れない。


「そーいえばあゆ、お前の学校ってどこだ?」

「え?」

 ふと思いついたことを、オレは口にした。

「学校だよ学校。今日はそっちに行こうぜ。お互いの探し物のために」

「…ダ、ダメだよ。すっごく遠いんだよ」

「わけない、いい運動だ」

「それに…」

「なんだよ……あ、そーいや私立って言ってたな、全寮制か何かなのか?」

「あ、そうっ、そうなんだよ」

「じゃ学校名だけでも」

「うん、えっとね、……………あ、あれ? やだなぁ、ずっと行ってないから、名前、忘れちゃったよ」

 忘れた?

「ねぇ、それよりたいやき食べたくない?」

「またおごらせる気かよ?」

「いや、ただボクは食べたいかなって聞いただけで、それならまたたい焼き屋さん教えようかなって…」

 ゴマかすような作り笑いが、はっきり見て取れた。

 おかしい。

 どんなバカな奴だって、自分の通ってる高校名は忘れたりしないもんだ。あゆには、それが可能だってのか?

 …違う。何か、隠してる。

「ま、いーけどな。せっかくだ、今日も探しものに付き合ってやるぞ。行こうぜ」

「うんっ」

 中浪してるとか。意表をついて、実は停学の身の上とかな。











§












「なぁ、あゆ」 

「なぁに?」

「さっきから、みょーなのに付けられてないか?」

 午後の捜索を始めて商店街を歩き、早や2時間ほど。

 どうしても我慢できずに、オレは話題をあゆに振った。

「みょーなの?」

 オレは堂々と振りかえって、指をさして教える。

 キツネ。

 一匹のキツネがオレらの後を付かず離れずで、ついてきてるのだ。

 商店街を歩くほかの人間にも変に見えているようで、時々視線を浴びる。

「来栖川先輩の使い魔じゃねーよな…」 

 黒猫だよな、確か。

「うぐぅ、ボクあの時悪気があったんじゃないもん」

「大丈夫、違うってば」

 にしても、なんだろーな。

 キツネといえば、昨日丘であったっけな。謎の女の子と一緒に。

 でもあの時オレは好かれるような事も嫌われるようなこともしてない。

「なああゆ、あそこにいるの、間違いなく野生のキツネだよな」 

「うん」

 童話でもなければ、まずキツネを飼う人間なんかいない。

 ここまで人に物怖じしないのとなると、全国単位で数えたほうがいいような気がしてくる。

 そんなのが何故ついて来るんだか。う~ん、どうも引っかかるな。

 ……案外、あの無表情な女の子の正体だったりして。

 とその時、

「危ねぇ!」 

 前方不注意なチャリが、オレたちに向かって全速力で突っ込んでくる!

「ま、マジか!」

 避けるも避けないも、あゆを構ってる暇もない、ぶつかる!

 ところが、



 ズダンッ!



 途端にチャリは転倒し、なぜか通りを横滑りしてゆく。

 一方背後のキツネは、それを分かっていたかのように、身じろぎ一つしなかった。

「あゆ、だいじょうぶか」

「うぐぅ。こわかったけど、無事?」

「ああ、直前で向こうがコケてくれたらしい」

 …コケる?

 自分で言った言葉に違和感を感じて、俺はスっ転んだチャリを見た。

 アレだけ勢いつけておいて、どうしてあのチャリは、真横に滑っていったんだ? 普通は慣性でチャリそのものがオレたちに飛んできておかしくないのに。

 不審な動き……。

 ……まさか、『チカラ』か! だとすると、このすぐ近くに琴音ちゃんが!

「あゆ、走るぞっ!」

「え、ええ、あ、待ってよぉ~」

 

 

§






「すっかり暗くなっちまったな…」

 さっきは結局、走ったぶんだけ無駄だった。

 広い商店街を歩き回り続けて、お互い目的を果たせないまま、いつのまにか昨日の時間さえオーバーしてしまっていた。

「うぐぅ、夜だよぅ」

 怯えたように腕にしがみついてるあゆ。

「もしかして、怖いのか?」

「うぐぅ、暗いよぉ」

 図星かよ。

 暗いとはいえまだ時計では早い時間なので、たくさん人が歩いてる。当然、視線も集まる。

 …マジ恥ずかしいぜ。

 万が一琴音ちゃんが見てたら、あらぬ誤解を招きそうだ。

 でも泣きそうな顔をしているあゆを見ていると、引っぺがす気も失せてしまう。とても同じ高2だとは思えない。

 …周りにもそう思われてるよな、うん。カップルじゃなく、歳の離れた妹をあやしてるだけって。

「家までついてってやろうか?」

「いいよ、ひとりで帰れるもんっ」

「別に下心なんてないぞ」

「うぐぅ、そんなこと考えてないもんっ!」

「オレのいう下心の意味分かってんのか」

「ボクそんなに子供じゃないもんっ」

「悪ぃ悪ぃ。いや、ただホントにいっつも付き合わせてばっかりで、少しはなんかしねーと、って思ったから…」

「…じゃ、駅までなら」

 ときおりする物音に「うぐぅ~」と悲鳴が上がったりしたが、特に会話も弾むことなく、駅が近づいた。

「じゃ、ボクこっちだから」

 駅前で、しがみついてた腕がすっとほどける。

「じゃあな」

「うんっ、また明日」

 雑踏、とは呼べないくらい少なくなった人通りの中に消えていくあゆ。

 なぜだろうか。オレは急に切なくなった。











§












「栞…」

 机の前で、頭を抱えてオレはうめいていた。

 原因は、今日の昼休みだ。

 やはり、昨日言い過ぎたのが原因だったのか。

 好きだと意識し始めていた。だから気の緩みがあったのかもしれない。

 いや、栞は病気持ちだった。日中とはいえ外に出すぎて、悪化させたのかもしれない。

 たった一日姿が見えないだけ。なのに、自分を安心させる事は出来そうもなかった。

 栞がいつも来てるから、何も考えなかった。

 急に連絡を絶たれたら、俺には追う手段が何も無いのだ、という現実を。

「相沢さん」

 あの声、もしかしてもう聞けないのか? いや、香里の口を無理やりこじ開ければ…。

「あの…相沢、さん?」

「…ぁ」

 声の主は琴音だった。

 琴音が、俺の部屋を訪ねていたのだった。

「今日ですね、公園で絵を描いていたら、美坂栞さんって女の子に会ったんです」

「なんだってっ」

「お、お知り合い……ですか?」

「あぁ、知りあいだ。かなりのな。どうしたんだ」

「…絵を教えてくださいって、頼まれました」

 絵を? やっぱり、昨日の事を根に持って…。

「2、3日なら祐一さんも怒らないだろうから秘密にして下さいって頼まれたんですけど……昼会う約束をしていたと言っていたので、もしかしたらと思って」

 なんだ、今日はそれで来なかったのか。

「なんか余計な気遣いさせたみたいだな、悪かった」

 栞はとても人騒がせな奴だった。

「明日も、10時に教える約束をしました」

「どうだ、見込みは」

「……先は、長いです」

「そうか。大変だろうが、向こうが満足するまで頼む」

「はい…」

 ぎこちない笑いを浮かべたまま、琴音は部屋を出ていった。

 栞のあの絵が、一流画家の手ほどきを受けてどこまで改善されるか、非常に楽しみだ。

 さっきとは一転、ベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめて俺は笑いまくった。

 

 

§


 

 

「琴音ちゃん」

 夕食のテーブルで申し訳なさそうに秋子さんが切り出した。


「わたし明日早いから、お弁当作れそうにないの。お金渡すから、お昼はそれでお願いね」


「はい、わかりました」

「なら琴音、俺達の学食に来ないか?」

 すかさず俺は提案した。

 夢の通りなら、琴音は集団からはずっと離れたままだ。休暇でもないのに集団、そして学校から長く離れていては、本当に戻れなくなってしまう。

 今日栞に会ったとはいえ、俺達以外の人間と触れ合う時間も必要なはずだ。

 そして今日『侵入』を見て思いついた。リハビリに、俺達の学校に来てもらおうと。

 琴音なら、カレーライス8杯や、てりやきバーガー(ないけど)20個などという無茶な要求はしないだろう。

 そして、たとえ失敗しても家に帰る気にはなるだろう。一種のショック療法だ。

「昼休みだけ。それなら約束も問題ないだろ」

 さすがに授業にまで参加させられるほどの策も度胸も無いので、昼休み限定だが。

「でも…」

 名雪が俺の顔を窺った。

 言いたいことはわかる。今日無謀にも侵入して来たバカがいるのだ、学校だって私服人間の取り締まりは強化するだろう。


「名雪、代えの制服あるだろ、それを貸せ」


 だが逆に、制服を着てれば問題なしと言うことだ。ただでさえ人数が多いあの学校、教師が生徒一人一人の顔なんか覚えてるわけがない。


「制服は普通一張羅だよ…」

「ぐぁ」

 しかしながら、野望は反論により秒速で潰えた。


「お前が原因の一端なんだぞ。何とかしろ」

 香里の話術もあるが、うっかり喋った名雪も悪い。

 教室に帰ってから、香里は言葉巧みに琴音ちゃんの情報を引き出した。

 意地悪くあの二人は、挙句超能力を見たいから学校に連れてこいと俺達に約束させたのだ。

「そう言えば、名雪が1年のとき着ていたのがありますよ、小さめだけどちょうどいいんじゃないかしら」


 思わぬ助け舟が出た。どうやら、秋子さんも乗り気らしい。


「どうする、ちょっと無謀な計画だけど、やってみないか?」

「はいっ!見つかっても、どうせもう会うことのない人ですし」


 あっという間に賛成してくれた。

 出会ったときとは打って変わった大胆さだ。

 やっぱり、この少女も儚さとは無縁だったんだ。

 夢のラベンダー色の少女と係わり合いがあるのかどうか、そんなのは、俺の中でもうどうでも良くなってしまっていた。

「じゃあ早速、私の部屋で着替えてみようよ」

「はいっ!」

「祐一、覗いちゃ駄目だよ」

「琴音相手なら死ぬほど覗きたいが、我慢するよ」

「……祐一、台詞に裏がみえみえだよ」

「全然そんなことないぞ」

「う~、本当にひどい」





§






「それでも、大きいですね…」

 鏡の前でくるりと一回転する琴音。袖が長くて、手はちょこっと出てるくらいだ。


 ちなみに胸囲も足りないので、必要以上に裾が長く見える。

「うーん、やはり身長と胸とが足りなかったか…」


 俺が雑感を述べた刹那、

 びしっ!

 俺の後方にある机のノートが音を立ててはじけ飛んだ。


「なにか言いました、相沢さん?」

 目の前の琴音は笑顔だ。声も明るい。

 …不自然なくらいに。

「え、えぇ、いや」

 ガランッ!

 今度は棚の目覚し時計が揺らいで、床に落ちた。


「さっきのよく聞こえなかったんで、もう一度お願いします」


 落ちた目覚し時計はふわふわと浮いて、俺の頭の高さでピタリと止まった。

「……すまん、俺が悪かった、勘弁してくれ」


「…女の子の敵」

「全くです。失礼ですよ」

 名雪、加えて秋子さんにまで怒られてしまった。

 土下座して詫びる。次は我が身が消し飛びかねない。


 でも、チカラを嫌悪していた琴音が、冗談でチカラを使える事は、いい傾向だ。

 今までの苦労を『知って』いる分、余計にそう思われた。























「ふぅ…」

 今日で5日を経過した。が、発見の手がかりは一つもない。

 そろそろ残金が心配になってきた。学校だって、1週間も欠席すれば騒ぎ出すだろーしな。

 許された時間は、そう多くない。

 ピリリリリ、ピリリリリ…。

 出し抜けに電話音が鳴りはじめた。部屋に添え付けられた電話のとは音が違う。

「携帯か!」

 さっと取って通話ボタンをぴっ!

『………』

「先輩か。どうしたんだよこんな時間に、えっ、この街を離れてくださいって? なに言ってるんだよ、オレは琴音ちゃんを探しに…」

『……大きな、災いの予感がします』

「なんだって!?」

 これまた不意打ち気味な、先輩の言葉だった。

『……このままだと、浩之さんに、災いが降りかかります』

 いつものような声で、けれどはっきりと先輩は告げた。

 真剣さが聞き取れた。そりゃそーだ、大した不幸じゃなければそもそも電話なんか掛けてこない。

「でも、命に関わる事じゃねえんだろ?」

『………』

「先輩、電話口じゃ首振られてもわかんないって、イエス? ノー? どっち?」

『………イエス、です』

「…そっか。ごめん、せっかく教えてもらって悪いんだけど、琴音ちゃんを見つけるまで、オレ、離れないから」

『………』

 それで電話は切れた。

 最後に先輩は、

『気を、しっかり保っててくださいね』

 と言い残した。

 普通なら『気を付けて下さいね』だろうに。

「すっかり脅されちまったな…」

 オレは布団にもぐり込んだ。

 明日、本当に何もありませんように。



ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

Schnee Traum ~幕間弐~ 1月21日(木曜日)




幕間・弐





 とあるホテルの一室。

 一目見れば誰もがこの施設で最も高級な部屋だと理解できる部屋である。

 正確を期すために付け加えれば、この近郊で、最も上等で且つ高価な部屋である。

 そこに、一人の女性が座っていた。

 添え付けの机で、年代物のタロットを淀みない手付きで操っている。

 この場に赤々と燃え盛る暖炉が在れば、中世にいるような錯覚を引き起こしそうな程、その姿は調和していた。

 やがて、診断が出た。

 『塔』と逆位の『運命の輪』。

 『塔』は突然の不幸の暗示。『運命の輪』も同義。

 明快な凶兆である。

 女性は、めったにつかないため息をついた。

「芹香お嬢様」

 その時部屋の扉を開け、白髪の老紳士が入ってきた。

 その手には、この部屋に釣り合わないコピー紙の束がある。

「やはり、芹香お嬢様のおっしゃった通りでございました」

「……」

 ありがとうございました、とだけ言って、芹香は再びカードに目を落とした。

「……動きはないようですな」

 しばらく立ち尽くした老紳士は、部屋の片隅に置かれた物に目をやったあと、踵を返して部屋を出た。

 それを見送ると芹香は立ちあがり、部屋の電灯を消した。

 同時に、持っていた奇妙な色彩の蝋燭(ろうそく)を燭台に置き、灯す。

 途端に、窓枠の外で、二つの獣の目が浮かび上がった。

 芹香が気配を察し、立ち上がる。

 それを見止めると、金色の冬毛を残し、獣は雪降る闇へと溶けていった。 

「……」

 獣の逃げ去った向こうの雪を、しばらく芹香は眺めていたが、場を整え、再び占いに没頭しはじめた。

 手持ちの22枚に、脇に除けておいた56枚の小アルカナを加える。

 部屋の装飾を照らすのは蝋燭の灯火と、

 明滅を繰り返す点を映す、無言のラップトップパソコンが放つ光だけであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まいったなぁ」

「……藤田さん、こんにちは。誰かを…お待ちなんですか?」

「いやそうじゃなくて、雨、早く止まね―かなって思って」

「…傘、お持ちじゃないんですか?」

「いきなりだったからな」

「…あの、わたし傘持ってますから、よかったらお家までお送りしましょうか?」

「まあ、歩いて通える距離だし近いっていや近いけど…それでも、片道15分くらいあるぜ」

「それぐらいでしたら」

 

 

 ワンワン!

「あっ、可愛い…いらっしゃい」

 

 

「………っ」

「琴音ちゃん!」

「ダメっ、来ないでっ!」

「早くッ!」

「くそっ」

 ワンワン!

「!?」

「ダメっ、離れてぇっ!」

「バカやろうっ」

 

 

 パア~~~~~~~~~~~~~~~~~~ンッ

 キャイィィィン!

 

 

「ワンちゃん!」

 

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

「琴音ちゃん…」

「せっかく練習したのに、うまく行ってると思ったのに…。やっと、みんなと同じになれると思ってたのに…」

「はじめから…無理だったんですよ、わたしはこうやって周りの人みんなを傷つけて、嫌われて、…やっぱりひとりぼっちなんです」

「…どうしてなんですか? わたしだけがこんなチカラを持って。わたしがいけないことしたんですか?」

 

 

「きっと、もう…手遅れなんですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 雨の日の、夢だった。

 あれだけの練習にもかかわらず、チカラが、暴走した。

 動物好きの琴音に対し、罪のない子犬を巻きこんで。

 もしこの世に神がいるのだとしたら、その神はなんと残酷な事を行うのだろう。

 この事件のせいで、この傷を背負って、琴音がこの街に来ていたとしたら、オレの提案は、軽率としか言いようが無い。

 俺は、手の平でその色が判るほど、青くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だったら…」

「ボクの…お願いは…」

「今日だけ、一緒の学校に通いたい…」

「この場所を、ふたりだけの学校にして…」

「祐一君と一緒に学校に行って………一緒にお勉強して………給食を食べて………掃除をして…」

「そして、祐一君と一緒に帰りたい…」

「こんなお願い…ダメ…かな…?」

「…約束しただろ…俺にできることだったら何でも叶えるって」

 

 

「俺達の、学校だからな…」

 

 

「また、この学校で会おうな」

「ここで…?」

 

 

「だから、今度俺がこの街に来た時は…」

「待ち合わせ場所は、学校」

 

 

「うんっ…約束、だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは目を覚ました。

「午前3時…」

 ……。

 からだが妙に興奮している。鼓動が聞こえるほど強く、そして、早い。

 今見ていた夢のせいかもしれない…

 オレが見ていたのは、このところ立て続けの、二人の夢だった。

 

 

 

 夢の世界で『祐一』は、明日帰ってしまう。

 夜のとばりが降りた中、ふたりは指切りをして、明日も会う約束をしていた。

 『祐一』は、最後に、買ったカチューシャをプレゼントしようとしている。

 明日の午前中、『祐一』は『学校』へ行くだろう。

 物語は、『明日』最終話になるはずだ。

 でも。

 鼓動が、収まらない。

 そう、予感…。

 怪談話で、どんでん返しで驚かせる前のような…。

 ホラー映画で、哀れな被害者が襲われる一瞬前のような…。

 

 

 ドラマで、最終回間際、主人公やヒロインに不幸が起こる前のような…。

 

 

 そんなときに似ていた。

 オレは布団をかぶりなおした。

 寝たくはなかった。

 しかし、身体はそうすると逆に落ち着きを取り戻し、夢の世界へとオレを引きずっていった。

 

 

 

 

 

 あの話の結末……。

 ……見たくない。






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Schnee Traum ~第7話~ 1月22日(金曜日)<前編>

「お待たせしました」

「あ、姫川さ…いえ先生、おはようございます。……どうしたんですかその制服?」

「あ、これですか…。今日お昼、学食で食べないかと誘われて、そのために相沢さん達がおもしろがって用意してくれたんです」

「ということは、ニセ学生として忍び込むんですね」

「そういう…ことになりますね」

「なんかドラマみたいでかっこいいですね」

「どうでしょう……普通の生徒に見えますか?」

「すっごく似合ってますよ。大丈夫ですね」 

「そうですか…来る時に人目を引いて、はずかしかったです…」

「本当はみんな学校があるんだからしょうがないですよ」

「それに、ちょっとわたしには大きすぎて…」

「そんなことないですよ。私よりよっぽど着こなしてますよ。…実は私もそこの生徒なんです」

「そうなんですか? じゃ、一緒に行きませんか? 一人だと、やっぱり不安で…」

「ダメです。祐一さんをあっと言わせる腕前になるまでは」

「そうですか。じゃ、せっかくこれを着てきましたし、今日は服の描きかたを練習しましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「琴音、こっちだ」

「あ、はい」

 授業終了直後、俺はダッシュで裏門へ向かった。

 裏門とはいえ昼には校外に出ていく連中もいるため、表門と変わらない利用者数がある。おかげで目立ちはしない。

「やっぱり緊張します…」

「そうだろうな」

 あくまで普通の生徒二人を装って、俺達のクラスの下駄箱へ向かう。

 1月22日、昼。

 予定通り、俺は琴音を学食に呼んだ。

 あの痛ましい『想い出』の続きは、こうだった。

 

 

 

 

 

「あっ…!」

「こ、琴音ちゃん!」

 

 日付は五月となり、12日、琴音は学校から姿を消した。

 藤田は、早退して琴音の家まで向かう。だが収穫はまったくなし。

 失意の帰り道、とある公園で二人は、ぱったり出会った。

 

「……嫌になってしまいました」

 

 自信を失い壊れかけた琴音。唇にのぼったのは、敗北宣言だった。

 

「わたしのチカラは、もう止められないんです」

 

 逃げようと思ったが、どこにも行けなかったと、自分を嘲って言う琴音。

 

「…せめて、学校に行かないで、ここで時間がたつのを待つことしかできませんでした…」

「…逃げんのかよ? なんで逃げんだよ琴音ちゃん」

「もうたえられません! わたしなんかのために、誰かが傷つくのは…」

「違うだろ! 傷つけないよう頑張るのが琴音ちゃんのやることじゃねえか!」

「もう…一生懸命頑張りました。わたしもう、頑張れません…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後は北川達だな…」

 これで席がとれなかったら最悪だ。

「琴音、万が一学食で食えなかったら、北川をふっ飛ばしていいぞ」

「そんなことしませんよ。わたし、暴力嫌いですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世の全てに裏切られたと言いたげに、哀しく自分を嘲笑し続ける琴音。  

 

「本当はもう藤田さんとお会いすることもないだろうって思っていたんです…だけど、こうなってしまったのは、何かの縁ですね」

「冗談だろ?」

「本気…です」

 

 琴音の瞳は、生気を失っていた。

 

「なんでだよ、そんなことして誰か喜ぶのかよ?」

「今までわたしを迷惑に思ってきた人たちは、安心できますよ」

「そんなことのために死んだりするのかよ」

「一番いい方法だと思いますから…」

「いいわけないだろ」

 

 目に映る意志は、一つ。

 

「…どうしてですか、わたし爆弾と同じなんですよ? …いなくなったほうがいいじゃないですか」

 

 自殺。

 

「なに言ってんだよっ」

「さよなら…」

「馬鹿野郎ッ!」

 

 その瞬間、鳴り響く、と形容されるような音で、琴音の片頬が鳴った。

 

「誰にも迷惑かからないだって? ふざけんなよ。…家族はどうするんだよ? そんな目にあわせるために父さんや母さんは琴音ちゃんを生んだのかよ? オレはどうするんだよ!? …琴音ちゃんを目の前で死なせたオレが、傷つかねえと思ってんのかよ!?」

「藤田…さん……」

「自分のことしか考えてねえだろっ!?」

 

 必死の説き伏せが、功を奏した。いまだ問題は残ったままだが、藤田は琴音に自殺を思いとどまらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達を見つけて、名雪が手を振った。

 用意された、わりあい端の方の席。周りには同じクラスの奴がいて、俺達が全く知らない生徒には見られにくい、いい位置取りだった。

「はじめまして、姫川琴音です」

「いらっしゃい琴音ちゃん。えっと、こっちが香里でね」

「この辺が北川だ」

「俺は空気かっ!」

「冗談だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、痛かったろ?」

 

 そして藤田は琴音を家に送る。だが、神はなんと非道なのか。

 

「…げて…さい」

「え?」

「逃げて、逃げてくださいっ!」

 

 その道で、また暴走が起こった。

 俺が商店街で受けたのとは、規模がまるで違う。

 夢の中なのに、弾ける大気やエネルギーの散らす火花さえ感じられた、凄まじい暴走だった。

 

「藤田さん!?」

「言ったろ。オレに使えばいいって」

「そんなっ…わたし、できませんっ」

 

 だが、藤田は暴発寸前の琴音に近づき、しっかりと抱きしめた。

 頂点に達しようとする震え。

 そして、炸裂音。

 

「藤田…さん…?」

「オレはなんともないぞ、琴音ちゃん、何かしたのか?」

「いいえ、わたし、藤田さんに使いたくなかったから、我慢して…あっ…!」

「できたんだな…コントロール」

「…藤田さんっ!わたし、藤田さんを守りたくて、できましたっ」

 

 半泣きで飛び込んでくる琴音。

 そして、夢は終わった。

 

 

 

 

 

 もし俺が藤田だったら、作り話ではないあの場面で、命をかけられただろうか。

 こいつには敵わない。

 目を覚まし、いの一番に思ったのは、そんな事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「席が取れてよかったね」

「命拾いしたな、北川」

「どういう意味だっ!」

「あれに巻き込まれずにすんだものね」

 香里が指差したパン売り場は、いつもながらの混雑ぶりだった。

「…平和ですね、パン売り場」

「はぁ!?」

 テーブルについていた全員が、素っ頓狂な声を上げる。

「あの混み様が平和だって?」

 再び北川が叫ぶ。

「はい、列になってるだけいいですよ。わたしの学校はもっとひどいですよ…みんな、並びませんから。ほとんど奪い合いです」

 

 

 

 

「琴音、オレがいく、どけぇっ!」

「は、はいっ!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ、邪魔だっ、消えろっ!」

「させるかっ!」

「ぐおっ」

「大丈夫ですか!」

「うう…」

「ひどい…。わたしが代わりに行きます」

「無理だ、琴音ちゃんっ」

「わたしだって足手まといなんかじゃありませんっ、行きますっ」

 

 

 

 

「あっ、わたしは学食でしたから。食券売り場は、きちんと並んでましたよ」

 あらぬ妄想に気付いたように、琴音があわてて付け加えた。

「ここも食券制をやればいいのにね…」

 この人数が、できた順に取り合いをしているので、すこぶる効率が悪い。

「琴音ちゃんは何にする? Aランチでいいかな?」

「はい、それでお願いします」

「じゃ私がとってきてあげるね」

 軽やかな足取りで、名雪はAランチに向かっていった。

「…考えたわね」

「おととい散々俺達に責められたからな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…というわけで、香里にあらぬ誤解を掛けられそうになったというわけだ」

「猫好きも節度を持たないとね」

「うー」

 今日までの出来事を話し、スケッチブックを見せたりして昼食は続きます。

 自分がニセ学生として無断で侵入しているということを、忘れてしまいそうです。 

「ここのほうがおいしい…」

 Aランチを食べて、わたしは自然にそう漏らしていました。お世辞じゃなく、学食にしてはおいしいです。

「だよな。俺も前の学校よりうまいと思った」

 それにしても、ここの学食はびっくりすることだらけでした。

 講堂のように広く、パイプ椅子ではなく、しっかりとした椅子にテーブルが備えられていました。

 メニューも、購買の品数も豊富でした。

 手巻き寿司があるのもびっくりしましたが、冬なのにアイスクリームまで売っていたんですから。

「俺と名雪は他にもいろいろ聞かせてもらったけどな。そんなに動物好きになったきっかけって、何かあるのか?」

「それかどうかはわからないですけど、わたしが勝手に思い込んでいるのならありますよ」

「聞かせてくれよ」

 北川さんも促したので わたしは、あのイルカとの思い出を話しました。

 家族で旅行し、水族館へ行った時の話。

 風で飛んでしまったお気に入りの麦わら帽子を、濡らさずにイルカが拾ってくれた思い出。

 今でもうれしくて、そして今は胸がちくりと痛むその話を。

「だから猫だけでなく、イルカも好きです。グッズもたくさんあるんですよ」

「ここだと寒いから水族館の水槽で見るだけだもんな」

「わたしが好きなラッセルさんも、イルカをよく描くんです。元から好きな方でしたけど、それを知ってからもっと好きになりました」

ラッセルって?

海の絵で、青が綺麗な絵を描く奴…有名だろ

新入生かな…

水瀬に匹敵する猫好きって…

あのスケッチブックの絵、メチャクチャうまいんだけど

 後ろの方で、わたしを話題にした会話が聞こえました。

「…やっぱり、わたしが珍しいからでしょうか…」

 後ろを気にする素振りをしながら、続けます。

「珍しいだけじゃ、趣味にまで聞き耳をたてたりしないと思うけどな」

 マンガのように咳ばらいはなかったですけど、椅子を引く音が急に増えました。

「…同席させてやってもいいか? そうしたがってるみたいだし」

「構いませんよ」

 北川さんの一言を合図にしたように、どっと周りの人達が集まってきました。

「趣味が悪いわね、あんた達」

 香里さんが口調は冗談ぽく、指をばらばら振りながら鋭い視線で辺りを見まわしました。

「琴音ちゃん、本当にうらやましいよ」

「あなたと違って、アレルギーのない猫好きだもんね…」

「うん、それもあるけれど。かわいくて、絵の才能もあって、それに超能力までおまけしてもらってさ」

「おまけ…ですか?」

 

 

 

 

 

 

「おい名雪」

 まずい。

 あれほど、超能力の話題は最後にこそっとやれと言ったのに。名雪は人に隠すべき話題かどうかの範疇がわかってない! 

 

 

 

 

 

 

「うん、おまけだよ。神さまが琴音ちゃんにおまけしてくれたんだよ」

「水瀬さん、今超能力って…」

「大騒ぎはしないでよ。TVとか来たら嫌だから」

 ぱちりと、名雪さんが目配せしました。

 ……。

 大丈夫。この人たちとは、もう会わないんだから。

 手もとのコップを、ふわりと浮かせました。

 ちょっとの静けさ。

 そして、

「おぉ、お…」

「え、え?」

「ねえ、ちょっと、私起きてるよね?」

 尊敬の視線でした。

「すごいもの見せてもらっちゃった…」

「おい水瀬、気軽にやらせちゃって大丈夫なのか? 負担とかかかったりしないよな」

「か、科学がこんなに簡単に敗れるなんて…」

「お前ら手を出すな。今日から俺は彼女に仕える騎士だ」

「アホかお前」

「少しは静かにしろお前らっ」 

 わたしよりも年上の人達が、小さい子供のように目を輝かせています。

 でも、その視線が、嫌ではありませんでした。

 嫌なはずの視線。

 自分が特別だと思われていること……。

 みんなは、チカラが収まったとたん、気軽に声を掛けてきた。

 わたしは、きっとチカラがもの珍しいから、それだけでくると思っていた。

 浩之さんのように真面目に見てはくれない、見世物のように見ている、そう思っていた。

 でも、そうじゃなくても、こんなに多くの人が集まってくる。

「誰も怖がらないでしょ。琴音ちゃんが超能力少女なだけだったら、この時点でみんな引いてるはずだよ」

 名雪さん…。

 そうか、相沢さんはこれを教えようとして…!

「…わたし、でもこのチカラで、ずっと一人で…」

「今は大丈夫なんでしょ?」

「はい」

「もったいないよ、もっと生かさなきゃ」

「……目立つのは、あまり好きじゃないんです…」

「ね、琴音ちゃん。例えば香里ってテストで学年一番だよ。でも全然とっつきにくくなんかないでしょ」

「そういうあなただって、陸上部の部長さんでしょ」

「え?」

 そうなんですか?

 わたしの学校の学年一位は、みんな近寄りがたい雰囲気を持つ人ばかりでした。

「本人しだいなんじゃないかな? 超能力なんかなくても、みんな、琴音ちゃんと友達になりたがってたと思うけどな、ね、北川君」 

「そうそ。せっかくかわいく生まれたんだから、利用しなきゃ損よ。こういう連中手玉に取れるのに。ねぇ北川君」

「普通の奴より、特別なほうがずっといいと思うけどな俺も。な、北川」

「お前ら初めから俺に視線を向けつつ語るなっ」

 もしかしたら、わたしは、みんなの心を疑っていただけなのかもしれない……。

「なんか深刻な顔しちゃったぞ…」

「ほらほら、美人が台無しだよ。(失敗したと思ったら、これからやればいいんだから、ね)」

 名雪さん…。

「ふぁいとっ、だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、名雪を過小評価していたようだった。

 そう、下級生と上級生を結びつけたり、励まして士気をあげたりできない人間が、運動部の部長になんて選ばるわけがない。

 名雪には初めから計算があったんだ。

 俺よりもうまく、琴音に自信をつけさせる計算が。

 他人と違っても、気にしないでいればいいと言ってやれる自信が。

「ねえねえ、さっきのスケッチブック、見せてくれない? 私も絵が大好きなんだ」

「どんな猫飼ってるの? やっぱりアメリカンショートヘヤーだよね」

「なぁ、ウチの学校に転校する予定とかない?」

「その節は僕が手取り足取り…」

「はいはい、下心丸出しの連中は下がってね、怖いから」

 ……ありがとうな、名雪。

 

 

§






「おなかいっぱい…」

「今度からAランチ頼んだ回数数えてあげようか」

「香里、もしかしてひどいこと言ってる?」

 琴音を先頭に、香里と名雪、俺と北川の順で俺達は学食から戻りつつあった。

 あとは無事に学校から送り出せば、俺の任務は完了だ。

「おい、あの子、なかなかいい線いってるよな」

 企みが思った以上にうまくいって上機嫌の俺に、北川が話しかけてきた。

「一つ屋根の下に二人も年頃の…、俺、お前の良心を信じていいか?」

「少し頭を冷やせ」

「でも、惜しいよな。ほんとのウチの1年だったら俺が…、…でも、できれば、もう少しな、こう発育してれば…

 会話が小声の独演に変わった矢先、

 ガコンッ!

「ぎゃはぁっ!」

 後頭部を押さえ、北川がうずくまる。

 直後、ガラガラと音を立て、足元に凹んだバケツが転がってきた。

「用具箱から落ちたんだね」

 名雪が振りかえった先に、俺も視線を移す。

 廊下に添え付けの掃除用具箱が、かすかに揺れていた。だがあの位置からの自由落下では、到底北川の頭には当たらない。

 (…まさか、な)

「きっと天罰だよ…」

「自業自得ね…」

 名雪と香里が、冷え切った視線と言葉を投げかけた。

「待てっ。俺が何をした?」

 (…いや、きっと。間違いなく)

「俺はただ自分の願望を…」

 察した俺は何も応えず、素早く北川と距離をとり、背を向ける。

 刹那。

 掃除用具箱が勢いよく倒れる音と、北川の断末魔が聞こえたような、気がした。

「こと…」

滅殺、です…

「!!」

「あ、相沢さん、何でしょうか…」

「い、いや、最後まで気が抜けないなと思っただけだ」

「そうですね。あ、また緊張してきました…」

 背後の残骸に一瞥を加え、歩き出した琴音の背中に、目の錯覚かの一字が見えた気がした…。

 

 

§






――あ…あの、名雪さん、わたしいつもあまり食べませんから、イチゴムースどうぞ

 

――わ、ありがとう~~~

 

――……屈したか

 

――5分前からずっとそれだけ見つめてたもんね…

 

――しあわせだよ~

 

――ふふ、名雪さんは本当にイチゴが好きなんですね

 

 

 

 



 ……。

 さっきまでの学食でのやりとりが、何気なく思い出される。

 呆れたような、けれどそれを面白がっているような、いい笑顔だった。

 琴音が笑顔を見せてくれて本当によかった。

 栞。お前が言ったとおり、思い出に時間は関係ない。

 自分の心が舞いあがってるのに気付き、ふと思う。どうして俺は、こんなに琴音を気にかけるのだろうかと。

 奇妙な夢の主人公。それで気にかけているのは事実だ。

『今までの人生』が辛すぎた、という同情も理由の一つかも知れない。

 だが栞にも、最初はこんなに積極的にしなかったはずだ。そして関係が深まった今、栞にはもっとからかうような態度をとっている。

 どうして俺は、こんなにも優しく……

「…祐一、香里知らない?」

 物思いにふける俺の元へ、珍しく困った顔で、名雪が寄ってきた。

「戻ってないのか?」

「うん…ちょっと部室に寄ってから戻るって言ったんだけど…」

 その言葉通り、主のいない後方の机と椅子は、ぴったりとくっついていた。

「ちょっとトイレに行ってくる」

 くぐったドアをまた通りぬけ、来た道を戻る。

 探す気はなかった。だがそれは、ある種の予感のようなものだったのかもしれない。

 1階廊下。 

 その突き当たりの鉄の扉を押し、誰もいないはずの中庭へと足を進めた。











 画用紙を広げたような雪。

 その上に寒さに固まった木々が置かれた風景にぽつんと、美坂香里が立っていた。

「何やってんだ、こんなところで」

「…寒いわね、ここ」

 俺の問いかけに、質問を無視して答える。

 短い言葉が、即座に真っ白な息に変わっていた。

「食後にこんな場所にいると、胃に悪いぞ」

「ほんと、そうよね…」

 俺の背後には重い鉄扉。一面の雪が、昼の高く登った太陽の光を乱反射していた。

「琴音を見て、栞のことでも思いだしたのか? いくら待っても、今日は来ないぞ」

「……」

「そんな訳ないか。家で毎日顔を合わせているもんな」

「…栞って誰……」

 静けさにさえかき消されそうな声が、香里から漏れる。

「あたしに妹なんていないわ」

「一言も妹だなんて言ってないけどな」

 俺の言葉がこの場になかったように、香里に変化は、なかった。

「……相沢君…」

「……」 

「…相沢君は知らないと思うけど…」

「……」

「…この場所って、今はこんなに寂れてるけど…雪が溶けて、そして暖かくなったら…もっと多くの生徒で賑わうのよ」

 瞼の向こうになら春が見えるのだろうか、目を伏せて呟く。

「休み時間にお弁当を広げるには最高の場所…」

 俺の目を見ないようにして、呟く。

「今そんなこと言っても、まったく説得力ないけどね」

 疲れきった笑顔を見せるため、ようやく香里は顔を上げた。

「…それは、暖かくなるのが楽しみだな」

「その頃、あたしたち3年生ね」

「もう1回2年生って可能性もあるけどな」

「あたしはないわよ。こう見えても品行方正で通ってるから」

「だったら揃って3年だな」

「あたしがその時この学校に居たら、ね」

「転校でもするのか?」

「…そうね」

 あいまいに頷く。

「この街は、悲しいことが多かったから…」

 俺も、もう敢えて言葉にはしなかった。

 好きなだけ、香里に続けさせる。

「暖かくなったら、この場所で一緒にお弁当を食べるって約束したこと…」

「……」

「そして、そんな些細な約束をあの子が楽しみにしていたこと…」

 白い息を一つ余計に吐き出して、

「全部、悲しい思い出」

 香里は、そう結んだ。

「……何で今日は学食に来たんだ」

 昨日学食に行くのを拒んだはずなのに、今日はどうして。

「なんとなく、よ」

「……」

「少しは気が紛れると思ったから…」

 何の気を紛らわせようとしていたのか。

 隠されてるがために、変に見通せる気がする。

 いつか出会った1年生の言葉が、やけに耳につきはじめた。

「名雪が……私を心配して気を使ってるの分かるから、付き合いで、ね」

 その言葉で、はたと気付く。

 名雪が琴音のことを漏らしたのは、香里のためもあったのかと。

「あたし、そろそろ教室へ戻るわ…」

 それ以上の会話を拒むように、香里が腰をあげ、新たに雪に跡を付け帰る。

「ここは、寒いから…」

「……寒いんだったら、来るな」

 同時に、寂れた中庭に5時間目の予鈴が鳴り響いた。





 いろいろ考える事はあるような気がした…。

 だが俺は思考を中断して、午後の退屈な授業に参加する事にした。

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2020年08月07日

Schnee Traum ~第7話~ 1月22日(金曜日)<後編>

「……」

 オレは体を持ちあげた。けれど上半身が起きたところで、再び沈み込む。

 もう一度、無理やり体を起こす。鉛の塊が入っているように重い頭が、さらに痛んだ。

 目を開けたくない…。

 だけど、目を閉じれば地獄だった。

 胃が重い…。食べ物を見ると、それだけで具合悪くなりそうだ…。

 頭の鉛が、流れ込んだのかもな。







「あ、あんた、大丈夫なのかい?」

 6日目に入り、すっかり俺の顔を覚えたおばさん従業員があんぐりとこちらを見た。

 言われなくても、顔色が悪いのは承知済みだ。

「病院、連れてこうか」

「いや、いいです」

「朝食…いらないね、どちみちもう終わっちゃってるけどさ」

 1階受けつけの時計を見ると、

「もう午後かよ…」

 見事に午前を過ぎんじゃねえか。

 夢遊病者のような足取りでオレは外へ踏み出した。今なら、誰にぶつかっても転がされる自信がある。







 ……原因は、悪夢だ。

 今まで見た中で、最悪の悪夢だった。

 男の子の前で、少女が決して果たせない約束をして、二度とさめない眠りに落ちていく。

 いや、美しすぎる、

 木から落ちた女の子が、非情な運命に殺されてゆくさまを見せつけられる悪夢。

 昔の映画の様に、音はない。

 時々視点が女の子に移るのか、少年が映り、なにかを必死に叫んでいるが、届かなくて…

 指きりしようとする指の片側は動かなくて…

 雪が流れる赤いもので溶かされる中、女の子はついに目を閉じ、

 ようやく戻った音は、少年のすすり泣く声を奏でるだけだった…。

 何も出来ず、声も出せず、喉をかきむしりたくような悲しみ、無力感が起きたはずの身体にまで付きまとう。

 そんな、夢だった。

 先輩の警告がこれだったとしたら、オレはなんてバカなマネをしたんだろうな。

 もう一生、あの光景が頭から離れる事はないだろう。

「うえっ」

 喉に吹きつける風が強くて、まるで首を締められてるように気持ちが悪い。食べ物の匂いが通るたび、胃にくる。

 本当はおとなしく宿で寝てるほうがいいんだろう。だけど、あえてオレは外へ出た。

「今日は、あゆと会いたくねーな」

 ただ、それだけは願った。この身体の調子で、お前の相手はムリそうだ。

 商店街を急ぎ足で通過する。

 さらに進む。

 先輩に会った並木道。そこから、鬱蒼とした森の方へと足を踏み入れた。

 そう、オレは、今からあの夢の舞台へ立とうとしているのだ。





§






 子供がようやっと通りぬけられるくらいの草のトンネルを、這って進む。

 ひざが汚れるが、そんなの構いやしない。

 藪を踏み分ける。落葉を足で押し付け、枝を踏みちぎって音をたてて、とにかく進む。

 ガキのあいつらにも遠かっただろうけど、今のオレの足でも遠いな、秘密の『学校』は。

 そして、道程は終わった。





 晴天なのに、曇天のように林床は暗い。

 だが、そこにぽっかりと穴が見えた、木々の天井に。





 あの日のまま、周りの時から切り取られたように、その場所は白く佇んでいた。

 けれど、オレの目の前にあったのは、大樹ではなく切り株だった。

 この森のいかなる木よりも、太い。

 空に開いた穴は、時の流れと、失われた時を埋める術がないことを、訴えてるように見えた。

 そして、その根元で、

「……」

 ひとりの女の人が、花束と共に手を合わせていた。

「どなたが亡くなられたのですか」

 失礼もいいとこだよな。

 赤の他人がするには失礼な質問だと、十分承知の上でオレは聞いた。もし怒鳴られたら、黙って立ち去ればいい。

「違います。私は、この樹を悼んで花を供えていたんですよ」

 え…?

「この木、を?」

「はい。あの時は感情に任せて切ってしまったけど、今考えればこの樹にも罪はありませんものね」

「あの時?」

 どうも話が見えてこない。

「…旅の、方ですか」

「そうです」

「7年前、事故があったんですよ。この樹に登っていた子が、落ちて怪我をしたんです」

「……」

 オレを向こうともせず、話だけが続く。

「そのあと、また子供が登って事故が起こらないようと、この樹は切られたんです」

 半分は嘘だな。

 オレは思った。

 切り株から推定した木の高さは、数階建てのビル。中ほどからでも、落ちたらただのケガでは済みそうにない高さだった。

 それに、

「…女の子ですね」

 オレの言葉に一瞬身体を震わせたが、その人は、

「そうです」

 と淀みなく、短く答えた。

 喉から、吐き気ではない何かがこみ上げる。

 オレと女性が立つ雪を、真っ赤に染めたあの悲劇。

 あれは、決して夢の中だけの出来事じゃなかったのだ。

「……その子の名前、覚えていらっしゃいますか」

 丁寧に首が横に振られた。

「何しろ、7年も前のことですから」





§






 オレは森を駆け下りた。

 あの夢は実在する。

 それがなんなのか、ただ、確かめたかった。

 だが、ない。

 記事を書いたであろう新聞社はここからは遠すぎるし、7年前の新聞など、図書館では取っては置かないそうだ。

「こうなったら、あいつに賭けてみるしかねぇな」

 手に持った携帯に番号を入力する。

『はいもしもし』

「志保か。いきなりで悪いんだが、お前を情報屋と見込んで頼みがある。今から言う新聞の7年前1月の記事に、木からの落下事故がないか調べてくれ」

『はぁ!? ちょっと、7年前って…ムチャ言わないでよ!』

「国会図書館でもインターネットでも方法は任せる。とにかく調べてくれ」

『あのねぇ、国会図書館ってのは18禁なのよ。しかも新聞のバックナンバーなんて』

「頼む、こっちにはもう残ってないんだ」

『頼むって言われても限界が…第一、何のために調べんのよ』

「その事故にあった人の名前を。子供だから。帰ってから3日お前のいうことなんでも聞くって条件をつける」

『……分かったわ。あんたがそこまで言うんだから、特別にタダで調べてあげる。でも、期待はしないでね』

「すまない」

 無理難題に等しい頼みを、志保は引きうけてくれた。

 再びオレは街に繰り出した。無駄でも、動かなきゃ気がおかしくなりそうだった。

 制服姿の何人かがオレを指差したような気がしたが、構ってる暇なんかない。

 もう時間がない。

 琴音ちゃん、どこにいるんだ。























 今日の夕飯は俺の提案でじゃがバターだった。

 もっとも、これも昼見た夢のおかげだ。ここまでプライバシーを覗いてもいいのだろうかという疑問は、この際隅にのけておく。

 そして、ものの見事に琴音は好反応した。

「好きなんだな」

「ええ…小さい頃、よく食べてましたから」

 その後、みかんをついばむ。

「わぁ、甘い…」

 冬の家には竹籠に入ったみかん。

 炬燵はなくとも、これは動かしようのない日本の定説だと思う。

 夕飯のあとだが、俺も2個目に手を伸ばした。

「祐一、種出さないの?」

 3個目をせっせと口に運んでいる名雪が聞いてきた。

 名雪の前には、几帳面に出された種と薄皮が、黄色い外皮に乗せられて集められていた。

「面倒だからな」

「…おなかから芽が出てくるよ」

 ぺしっ。

「お前本当は何歳だ?」

「祐一と同い年だよ…」

「薬品かけたみかんの種が、芽を出すわけないだろ」

「きっと出るよ…」

「出ない」

「出るよ」

「出ない」

「出るよ」

「出ない」

「出るよ」

「でな…」

「こうしたらどうです?」

 琴音が、口から出していた種を植木鉢の土に押し込んだ。

「実際にやってみたらいいんじゃないですか?」

「そうだね」

「負けた方が、一週間全教科ノート取りな」

「祐一こそ、芽が出たらイチゴサンデー3杯おごってもらうよ」

「もし芽が出てたら、引っこ抜いてやる」

「わ、祐一ずるいよ…」

「だいじょうぶですよ。そうならないよう、わたしが見張っててあげますから」

 笑みをこぼしながら提案する琴音の声。









 ふと、空気が灰色に変わった感触がした。

 その言葉に、呼び出されるある感覚。

 冷静な、理性の支配。時に無慈悲な、現実の真言。









「…琴音」

「?」

「この種が芽を出すまでなんて、一緒にはいられないだろ…」

「………」

 琴音がいる、四人の生活。

 いつのまにか慣れてしまって、忘れていた。

 それは、永遠じゃない。

 琴音は、あくまで家出をしてきた来訪者なのだ。

「……そうですね…」

 俯いた顔は、古傷をえぐられた辛さを写し取っていた。

 場は白けてしまった。

 誰も、お互いに口を利こうとはしない。やがて、誰からとなく、おのおのの部屋へと散っていった。











§












「どうして先生はこの街を家出先にしたんです?」

 昨日より構図の取れた絵を前に、美坂さんはそう聞いてきました。

「美坂さんは、夢ってよく見ます?」

 わたしは逆に聞き返してみました。

「夢ですか? 私はあまり見ないです」

 さらっと、画面に視線を移されました。

「だって、起きている時に叶って欲しいことがいっぱいありますから」

「絵が上手になりたいとか?」

 意地悪そうに笑ってみました。

「先生ひどいですっ。…そんなこという人、嫌いです」

「そうですか。わたしは…最近毎日のように見るんですよ」

「どんな物ですか?」

「自分が子供の頃みたいで…」

 わたしは、あの夢の話をしました。

 そしてそれが、家出した原因だとも。

「雪の夢……ファンタジーぽくて、なんかかっこいいですね」

「そうなんですか?」

「いつもベッドで暇なので、いっぱい本を読んでますから」

「そういう話だと、どうなるんです?」

「そうですね…」

 美坂さんは口に人差し指を当てて、少し考え込む仕草をしました。

「案外、昔のことを思い出しているのかも知れませんよ」

「え?」

「夢って、記憶を整理する時に見るらしいんです。何かのきっかけで、昔の記憶が蘇ってるのかもしれませんよ」

「わたしの…記憶…?」

「いまのはちょっと科学的で、格好よかったですよね」

「もうっ…からかうと、教えてあげませんよ」

「わ、先生すみませんっ」

 それにしても不思議…。

 会って二日目なのに、こんなに気軽におしゃべりできる…。友達って、こんなに簡単につくれるものだったのでしょうか。

 なんてきれいな場所。

 なんていい人たち。

 ずっと、こうしていたい…。

 画面を走る鉛筆の黒さえ、わたしの目には幸せな空色に見えました。











 そう、空色に、見えていたのに…。

 結局、わたしはどこにもいられないの?

 わたしが悪いことをしているのはわかってる。でも、でも。

 楽しい日々が、みんな幻なんて…。

 外は雪明かりで白く輝いてるはずなのに、真っ暗なこの部屋が、現実の壁を形にしているように見えました。

 もう、頭を働かせるのは止めよう。

 布ずれの音をひどく立てて、自分をすっぽりと布団の中に隠しました。

 また明日、美坂さんにあって、絵を教えていれば、きっとそんな事は忘れてしまえる。

 きっと、忘れて…しまえる。



























 いずれ、琴音は帰らなければいけない。

 だが、出てきたときから何も変わらない向こうへ、無理やり戻すことが果たして正しいのだろうか?

 誰かが、琴音を迎えに来てくれれば。

 ……。

 俺の脳裏を掠めたのは、藤田という名前だった。





 藤田。

 琴音の超能力に恐れず向き合い、制御できるまでにした男。

 二人が、その後どうなったのかは知らない。

 しかし、琴音の心に、今でも藤田は大きなウエイトを占めているはずだ。

 琴音をどう思っているかは関係ない。

 とにかく一度会って話をしてほしかった。

 可能性がほぼゼロである願いだと分かりつつも…。

 その考えが、眠りに落ちるまで離れることはなかった。







 藤田。

 きっとお前なんだ。

 琴音を帰せるのは、きっとお前なんだ。

ラベル:Schnee Traum
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Schnee Traum ~第8話~ 1月23日(土曜日)



 夢…





雪のない初夏の街の風景





友達とふざけ会うその視線の先に





僕はいつも一人の女の子を見ていた





そのこは自分とは違う存在に見えた





あまりにもその子はきれいだったから







僕は、その子が………























 ……。

 琴音と出会った日の夢を、再び見た。

 1週間前には、気にかかる程度だった夢。中身は全く思い出せなかった夢。

 今なら、分かる。

 それは、幼い日の些細な思い出。

 俺は、その子――姫川琴音という女の子――が、好きだった。

 学校帰りに偶然見かけて、大人の雰囲気に、心を奪われた。

 同学年の女の子など、彼女の不思議な雰囲気に比べたら、まるで相手にならなかった。

 でも、あまりに綺麗すぎたから。

 きっかけを持とうにも、どう話しかけたらいいのか当時の俺には分からなかった。

 だから毎日急いで帰って、毎日通る道に居座って、顔を覚えてもらって、

 向こうから話しかけてくるのを待っていたんだ。

 でも、そのうち琴音は俺の街から姿を消してしまって、俺の一方的な片思いは終わりを告げた。

 ずっと過去の海に沈めていたが、傷は癒えていなかったのだろう。

 家に連れてきてしまったことも、

 ことさらに優しく接したのも、

 きっと心のどこかで、あの日の失恋が澱んでいたから。

 だが、留まることなく時は流れていく。

 今の俺には、栞がいる。

 そして琴音には、俺ではなく…。

 ……。

 そうだ、あとで名雪に話したら散々バカにされたんだった。









 ――ダメだよ祐一、そんなことじゃ



 ――女の子と仲良くしたかったらね、はずかしがらずに毎日遊ぼうって誘って、お菓子をおごって、いっぱいプレゼントあげなくちゃ









「……」

 それが、7年前の冬頃。

 俺はそれを聞いて、誰かにそうしたはず。

 ……。

 やはり、そこだけアルバムのページが破られたように、思い出せなかった…。



























 どこでしょう?

 目の前に広がっているのは雪景色。

 雪、雪、雪。

 白い家々。見たこともない造り。見たことのない人々。


 見たこともない、街……





 いいえ、この街を、わたしは知っている……





















 もう遠い昔のような、家を出た日の夢でした。

 静かに開けたカーテンの向こう。

 晴れ上がった空。

 広がった雪の街の光景。

 霞が晴れるように、記憶が蘇ってきました。

 あの道は……ここを離れたときの、道。

 わけも分からず、ママに手を引かれて歩いた、あの日の光景。

 覚えてる道は、住んでいたときの道。

 そう、わたしは、

 この街に住んでいた…。



























「ちょっと待てよ、そんな格好でどこに出ていく気だ!?」


「わたしのせいなんです、わたしのっ…謝りに行かないと…」



「まさか琴音も…猫好きなのか?」

「はいっ!」

「ねこ~~ねこ~」



「でもわたしを案内してくれたのは、あの子なんです」


「彼はただ自分の住処に戻って来ただけです。これ以上は余計な事をしないで下さい」



「そうなんですか。……家の方、心配してますよ?」


「病気なのにベッドを抜け出してる女の子だって、家の方は心配してますよ?」

「あ…あの、わたしいつもあまり食べませんから、イチゴムースどうぞ」


「わ、ありがとう~~~」

「……屈したか」

「5分前からずっとそれだけ見つめてたもんね…」


「しあわせだよ~」

「ふふ、本当にイチゴが好きなんですね」

「いまのはちょっと科学的で、格好よかったですよね」


「もうっ…からかうと、教えてあげませんよ」






















 昨日とはちがい、普通の時間帯に目が覚めた。

 奇妙な夢だったが、もう驚かなかった。

 今日の夢は、ずっと見たいと思ってた琴音ちゃんの夢だった。

 泣いて暗く落ち込んでいたところから、幸せそうになっていく姿の連続写真。

 夢の終わり頃の琴音ちゃんの顔は、本当に幸せそうだった。

 …なんかオレ、悪役なのかなぁ…。

 この街にいたほうが、琴音ちゃんは幸せなのかもしれない…。

 だが脳の片方で、それを断固拒否するオレがいた。

 理屈じゃなく、肌で感じる感覚。

 一週間過ごしても、馴染むことがないこの街の空気。毎日見る、誰かの記憶らしき奇妙な夢もそうだ。

 何かを巧妙に隠しているような、肝心なところを隠されているような気分がする。

「なんかおかしいんだよな、この街…」

 自分で思いついたこの二つの考えは、頭が完全に覚めても、朝メシを食ったあとも、一向に消えようとはしなかった。











§












「大丈夫ですか」

 美坂さんが手を止め、額に手をやったので、たまらず声を掛けました。

 さっきから、何度も何度も少し描いては胸におでこに、手を置きます。

「はい、たぶん」

「病気を治すほうが優先ですよ」

 雲が動いて、昼の日差しがまた降ってきました。

 昨日までは、全く意識しませんでしたが、光に照らされた美坂さんの顔色は冴えていなくて、病人だということを嫌でも思い出させてきます。

「早くうまくなって、祐一さんに見せたいですから……まだ、全然うまくなった気がしないです」

「それはそうですよ、2日3日で急に上達しませんから。大丈夫です、ずっと続ければ、上達はしますよ」

「ずっと…」

 自分が外に出した言葉に、自分で傷ついてしまいました。

 そう、わたしは知っている。

 自分が『ずっと』美坂さんに絵を教える事なんてできないことを。

「ずっと、ですか…」

 わたしが暗い顔をしたせいでしょうか、美坂さんの表情も重くなりました。

「好きなら、絶対うまくなりますよ。わたしだって、最初から誉められるような絵が描けたわけじゃないんですから」

「そう、ですか」

「ぼーっとしている代わりにずっと手を動かし続けてたら、少しづつ周りの景色に似るようになったんですよ」

「わたしも、ベッドで結構描いてました。でもモデルさんがみんな逃げてしまって…」

 遠くから、相沢さん達の学校のベルが届きました。

 また、手が止まりました。

「本当に、大丈夫ですか?」

「ちょっと、まずそうですね。すみません、今日はこれで帰ります…」

「明日は日曜ですから、お休みにしましょう。病気を治すほうが先決ですよ」

「はい。では月曜日にまた、お願いします」

 顔色は悪いけど足取りは不思議にしっかりしたままで、美坂さんは並木道の方に消えていきました。

 少しだけ、祈りました。

 美坂さんの病気が治ってくれる事と、

 もうすぐ来るだろう現実が、消えてなくなればいいのに、と…。











§












「祐一、放課後だよ~」

「あ…あぁ」

 まともな意識を取り戻したのと、周りが起立しだした音が聞こえたのはほぼ同時だった。

 寝ていたわけでもなく、ただ意識だけが現実世界から欠落していた。

「祐一はまっすぐ帰るの?」

「……」

 帰りづらい。

 今日、琴音は朝食の時間を俺達と外した。

 正直言って、顔を合わせても何を話したらいいものか分からない。

「ねえ祐一?」

 しかしこれ以上、問題を先送りすることはできない。

 元から、早く終わらせなければいけなかったんだ。

 こんなに、別れたくなくなる前に。

 俺が、歯車を回してしまった。

 何らかの覚悟を決めねばならない時が来たのだ。

「名雪、今日一緒に帰るぞ」

「ごめん祐一、今日も私部活…」

「終わるまで、待ってるから」

「え?」

「昼飯は勝手に食うから気にしなくていいぞ。秋子さんに電話してくる」

「え、祐一、ちょっと待って」

 名雪の慌てた声を無視して、俺は公衆電話へ向かった。
























 ……帰りづらい。

 あの家も、わたしの居場所じゃないのだから。

 美坂さんと分かれたわたしは、ふわふわとこの街に来た時のようにさまよっていました。

「……また、この道…」

 おなかの減り具合も忘れて歩いていたのは、生徒手帳を忘れた時歩いていた道でした。

 雪の道。

 この街を離れるように離れるように進む夢。

 …じゃあ、あの夢の道を逆に辿ったら、そこには何があるんでしょう。

 決まってます。住んでいたのなら、その家があるはず。

「今までどうして思いつかなかったのかな」

 そう口に出した瞬間、周囲の風景が二重にぶれました。

 不吉な予感が血に混じって身体を巡りはじめました。

 ……わたしは、前もこの言葉を口にした。その時の思いつきは、自分の頭を打ちつけたくなるようなバカなこと。

 今度もまた、いけないことをしようとしているのでしょうか。

 でも、知りたい。

 夢が本当に夢でないのかどうか。そして、何がわたしを、

「ぁ…」

 膝が笑い出すほど恐れさせているのか…。





§






 歩いては振り返り、歩いては振り返り、日光で輝く雪の道を見て。

 だんだん、振りかえる回数が少なくなります。

 薄れていく夢の部分。

 反対に、強くなる記憶と、心臓の鼓動。

 鼓動だけが、二歩も三歩も先に進んで行きます。

 そのふたつがピークに達する余裕も与えられず、わたしは決定的な場所に着いていたのでした。





『姫川』





 目に飛び込んだのはそう書かれた、表札。

 押さえきれない震え。

 ママ「だけ」に手を引かれた夢と、眼前の事実を結びつけるのに、そう時間はかかりませんでした。

 ここに、もうひとつの家がある。

 わたしが帰ってもいい場所が…。









 願いさえすれば、わたしはこの街に居続けることが出来る…。









 視界が一瞬で黒赤青黄、白と目まぐるしく変わって、

 次にまともな意識を取り戻した時、わたしの目の前は自分の吐く荒い息で真っ白になっていて、表札は『水瀬』に変わっていました。

 身体中が湿って、手も足も赤くなっています。服にはところどころ、雪と泥が。

 弾んだ息はまだ収まらなくて、白く、白く、白く。

 湿って色が変わったところから、身体がひりひりと冷たくなってきます。

 わたしの、いる場所…。

 寒さに耐えられなくなったわたしは、黙ってその玄関をくぐりました。

























「くそっ」

 もう2時半を回ったのかよ。

 だるさ充満の身体にムチ打って、この町に来てから行ったところ全てにもう一度足を伸ばしたが、ぜんぜん収穫はなかった。

 そして今、オレは荷物を抱えて商店街を一周してため息をついたところだった。

 駅員も結局見てないって言うし、1週間無駄にして、結局ダメかよ。

 この広い街が恨めしい。

 温かみのある壁や路面の色も、現実まではあっためてくれないか。

 おいそこの掲示板、でかいだけじゃなくもっと役に立てよ。

 もう1週間経ったのか、お前を見てからよ。

 ほんとにあっという間だったよな、この1週間。これ見て歩きだしたとたん、後ろから――

「……ヒロ、くん?」

 ためらいがちな声が、オレを呼びとめた。

「あゆ、か」

 そう、オレはあゆと出会ったんだ。

「元気ないね」

「あぁ。探せるのも今日まで。あゆと会えるのも今日限りだからな」

「そうなんだ…」

 変に悲しげだった。

 ダッフルコートの後ろの羽だけが、オレたちと違って元気よく揺れていた。

「でも、あきらめちゃダメだよ」

「つったって、諦めるななんて言われたってなぁ」

 何だよ、見つからないからって他人に当たんのかよ。完全なダメ野郎だな、オレは。

「ヒロくんからあきらめちゃったら、それでおしまいだよ」

「!」

「ボクの探し物なんて、どこで落としたのかも、何を落としたのかも分からない。でも、落としたってことはわかってるから、きっといつか見つけられると思ってるんだよ」

「……」

「ボクはこんな変な応援しかできないけど……でも、あきらめちゃったら本当にダメになっちゃうと思うんだよ」

 …オレってほんと、バカだな。

 今のあゆの言葉は、超能力の特訓中、オレが琴音ちゃんに言い続けたそのまんまじゃねえか。

 オレから諦めたら、今日までやって来た時間、あゆに付き合ってもらった時間まで無駄になっちまう。

 琴音ちゃんは見つかってないけど、まだこの街から出たって確証だってねえんだ。

「そうだ、オレはまだ諦めないぜ。今日しかいられないんだったら、今日中に見つけてやるぜ」

「うん、その意気だよっ」

「おぉ、オレは燃えたぜ。勝負はツーアウトフルカウントからだからな。ついでに、あゆの探し物も見つけてやるぜっ」



























「……」

「……」

 会話がない。

 名雪といてここまで息苦しい思いをするのは、この街に来てすぐ、あゆに引き摺りまわされたあとの帰り道以来だ。

「百花屋に行こう」

 会話といえるのは学校を出るときのその一言と、いいよと言う返事だけだった。

「話ってのは、琴音のことなんだけどな」

「うん、きっとそうだと思ったよ」

 部活疲れだろうか、あまり顔の筋肉を使わないで名雪が答える。

「やっぱり帰さなきゃいけないんだよ、俺達は」

「私もそうしなきゃいけないってのは、わかってるよ…」















 そして、俺達4人は、交差した。















「おっあゆ、と……あぁっ! お、お前は、学校に侵入してきた…」

「矢島…」

「そうだ、やじまぁっ!」

「オレは藤田だっ!」

「まさかあゆ、たい焼き代欲しさにこんなやつに身体を売ったのか…」

「ボクはそんなに安くないもんっ」

「待てっ、誤解されるような言い方をするな!」

「誤解じゃなくて真実だろっ!」

「オレにだって買う女くらい選ばせろってんだ!」

「祐一、声が大きいよ…」

 名雪の声ではたと見まわすと、ギャラリーの視線をものの見事に集中させていた。

 俺達のいる場所が、賑わう週末の商店街ということをすっかりと忘れていた。

「……」

 向こうも状況を理解したのか、一旦口を閉じる。

「えっと…」

 そうか、名雪はあゆの事知らないんだよな。

 だが、とりあえず奴を問いただすほうが優先だ。

 ボリュームを落として再び俺は切り出した。

「んじゃ藤田とやら、人の学校にまで侵入して、お前はこの街で一体何をしてるんだ?」

「人を、探してるんだ…」

 打って変わって真剣な顔で、(自称)藤田はそう言った。

「人を?」

「心配するな、見つかるにしろ見つからないにしろ、今日帰る…」

 浮かんだ色が、沈み切っていた。

「たしか、むらさき色の髪をした女の子なんだよね」

 あゆの声に、俺と名雪の動きが止まる。

 紫色の髪の女の子?

 そういえばこいつの名前、『藤田』?

「……なぁ、もしかしてその子、超能力少女なんかじゃないよな?」

 藤田が目を開ききって、そのまま止まる。









「「姫川琴音」」









 声がピタリと重なった。

「なんでお前が、琴音ちゃんを知ってるんだ…」

「詳しく話します。長くなるので、とりあえずあそこへ」

 名雪が、百花屋を指差した。





§






 それぞれの自己紹介に加え、オレが名雪を、あゆが藤田を紹介した。

「えっと、よろしくねあゆちゃん」

「…あ…名雪さん、よろしくお願いします」

「そんな堅苦しくならないで。私もなゆちゃんでいいよ」

「ううん、やっぱり名雪さんって呼ぶよ」

「残念」

 名雪はそう呼んでほしかったらしい。

「なんならオレがそう呼んでもいーけど?」

「さすがに遠慮しておくよ…」

「残念」

 どうやら藤田には、お調子者の気があるらしい。

「お前に言われたくないな」

「俺がなにか言ったか?」

「いや、何かバカにしたよーな気がしたから」

 そして、栞並に鋭かった。

「それにしても、あゆは相沢の幼なじみだったのか、灯台下暗しってヤツだな」

「一向にその自覚はないんだけどな」

「ひどいよぉ祐一くん…一緒に何度も遊んだのに」

「そこだけは俺も悪いと思ってる。だが犯罪者の知り合いは欲しくない」

「犯罪者?」

「でも藤田くんって祐一に似てるよね」

 食い逃げの話をしようとしたのを遮って、名雪があさっての方向の話題を持ち出した。

「うんうん」

 なぜかあゆも同調する。

「は?」

「オレと? 具体的にどこらへんが?」

「雰囲気って言うか、性格って言うか。あ、髪形も少し似てるよ」

「たっく、そのせいでオレはえれー目にあったんだぜ」

「うぐぅ」

「まぁこいつのことだから、間違えて攻撃してきてだな…」

「鋭いな相沢。不意打ち食らって首をちょっとやられたぜ」

「…」

「…」

 二人同時に、あゆを見てため息をつく…。

「うぐぅ、二人ともいじわるだよっ!」

「ほら、初対面て思えないほど、祐一と息が合ってるよ」

「あゆに関わればな…」

「誰でもそうなるぜ」

「うぐぅ…」

「それにしても、うれしくても悲しくてもいっつもうぐぅだな、オレが聞いた限りでは」

「確かに、俺が聞いた限りでもそうだな」

「うぐぅ、もう、二人とも知らないもんっ」

「ほらやっぱり」

 何がおかしいのか、名雪は弾けんばかりににこにこしていた。

「ん、じゃ、オレがあゆとあった辺りから話そうか」













§














「…ということは、あの並木道で会ってた可能性もあったわけだな」

 相沢がコーヒーをせわしなくかきまわしていた。

 真冬だというのに、花盛りの植物の山。

 対して北国らしい、厚い壁とシックな内装。

 そして、予想してたけれど女子でほぼ満席。

 今日までのこの街の印象、奇妙さ、寒さ、普通っぽさを袋詰めにした場所。百花屋は、そんなトコだった。

 ちんたらとコーヒーを口にしながら、今日までの琴音ちゃんとオレの行動の報告会が続いていた。

 言ってみれば情報交換なんだが、ほとんどオレが聞き役だった。向こうがしてくる質問は本当にわずかだった。

 聞くまでもねー、といったら言い過ぎか? それほど少なかった。

 琴音ちゃんは、自分のことをそんなにぺらぺらと喋るタイプじゃなかったと思うけど……。

「あそこで会ってりゃこっちも1週間学校サボって、人の学校にも侵入しなくてすんだんだぜ」

「ヒロくんが捕まってたら、きっとおおごとになってたね」

 オレの方はボチボチといった感じだった。

 この街での琴音ちゃんの行動はつかめたけれど、肝心の原因は当然把握していない。

 相沢が話した範囲での、数少ない手がかりからオレが出した答えは、

(……家内不和、か)

 それじゃオレにも相談できねぇよな。あの様子じゃさもありなん、って感じだ。

 でもよ。本当にそれだけなのかよ琴音ちゃん。

 何でじゃあ、オレに手紙を…

「お前と違って足には自信があるからな。でも捕まってりゃ、逆に琴音ちゃんの耳にオレの名が入りやすかったかもしれないけど」

「うぐぅ。今日はなんだか知らないけど、ヒロくんがすごくいじわるだよ…」

 でも、今朝見た夢の通りなら、逆に早く見つけなくてよかったな。

 琴音ちゃん、あんなに楽しい思いをしたんだから。

「で、これからだけど……オレ、琴音ちゃんに会ってもいいか?」

「止める理由はないな。直接家に来いよ」

「ねえ祐一、もう一杯いい?」

 大きいイチゴサンデーのグラスを通路側に押し出して、水瀬が祐一を揺すった。

 さっきからなんだが……このノリにだけはついて行けねーな。あかりの天然ボケもかなわねーだろう。その時。



 ブブブブ、ブブブブ、ブブブブ!



「うぉっ!」

「わ」

「へ」

「ぶっ」

 オレが叫んだため3人までビビらせてしまった。

 原因はバイブレーションにしていた胸の携帯だ。たっくビビらせやがって。

「ったくどっちだよ…はいもしもし」

『ヒロ、私よ』

「志保か」

『頼まれたの見つかったわよ、ほんと苦労したんだから』

「あぁ今いーわ、後にしてくれ」

『なんですって? 人が苦労して苦労して得た情報教えようという時に、ずいぶんな物言いじゃないの!』

「わりーわりぃ、でも今な、琴音ちゃんを保護してくれてた家の人と偶然会って喫茶店にいるんだ」

『そうなの? と言うことは見つけたのね!?』

「どこからだ?」

 相沢が聞いてきた。

「向こうの悪友から」

「タメか?」

「中学時代からの腐れ縁。いちおー染色体上では女だ」

『ちょっとアンタ、人が場にいないと思って適当なこと吹き込んでんじゃないわよ!』

「…本当に悪いんだが、その電話ちょっと代わってくれないか?」

 相沢は妙なことを言い出した。

「少し、確かめたいことがあるんだ」

「こんなバカでよければ……、おい、向こうがお前になんか話があるそうだ。オレたちとタメだけど、無礼な話し方すんなよ」

 オレは志保のバカ騒ぎの続く携帯を手渡した。

「名雪、ちょっと席を外すからどいてくれ」

























 適当な位置がなかったので一旦外に出て、応答する。

「もしもし」

『あ、どうもはじめまして、長岡志保と申します』

「あぁ、長岡さんはじめまして、俺は相沢祐一といいますが」

『ダメな友人に代わって礼を言わせて下さい、今日まで姫川さんを保護して頂いてありがとうございました』

「いやいや別に。……それより、同い年だからタメ口にしてくれないか、なんか調子がでない」

『では、お言葉に甘えて。そうさせてもらうわ』

「一つだけ、聞きたいことがあるんだ。琴音…いや姫川さん、『幼馴染み』という言葉にやけに過敏に反応してたんだ。なにか心当たりは?」

『あるわ』

 きっぱりと長岡は言い切った。

『今あなた達と一緒にいる藤田浩之、あいつには幼なじみがいるのよ、親どうしも仲がいいから、生まれる前からっていうくらいの長さの』

「仲は…いいんだろうな」

『名前は神岸あかり。仲は、本人たち以外はみな恋人同士って断言するくらい。でも本人達はまったく自覚がないから困るのよ、ね』

「そうだったのか…。超能力のトレーニングの事もあったから、辛かったんだろうな、姫川さん」

『……ちょっと、なんでそれをあなたが…』

「おかしな夢を見たって言うしかないな」

『夢ぇ?』

 向こうの声が露骨に動揺していた。

 何の気なしに口にしてしまったが、冷静に考えればオレがそれを、しかも夢で知っているというのは異常極まりない。

「信じなくても構わない…やっぱり、本当にあったんだな」

『そう…。確かにあったわ、春頃。中庭で何度かやってるの私も見かけて…制御できるようになったような話してたんだけど…』

 この1週間続いていたのは、常識では絶対ありえないはずの現象だった。

 他人の口からの裏づけは、その異常さをさらに強く思い知らしめた。

『あいつ、女心わからないからね…』

「わかった、ありがとう」

『じゃ、これ他人の携帯らしいし、とりあえず切るから。ヒロ、いや藤田に、後で掛け直すって言って』

「あぁ」

『あ、そうだ、ちょっと聞いてもいい』

 向こう側、長岡は俺を呼びとめた。

『あなたにもいるの、幼なじみ?』

「あぁ、水瀬名雪って言うんだが。従兄弟でかつ同居人だ」

『…水瀬さん、大切にしてあげなさいよ』

 その言葉で、電話は切れた。





§






「ねえ祐一、ここにも寄っていい?」

 返事も聞かず、名雪はあゆを引っ張って小さな駄菓子屋に向かって行った。

 何が嬉しいのか、名雪はさっきからあゆを引っ張ってはそこかしこに寄っていっていた。

「よく食うな…水瀬」

「……」

 藤田浩之。

 現時点では、北川並のお調子のりな奴。普通の奴よりずっと付き合いやすい。

 だが。

(やっぱりお前には叶わないな)

 一人の女の子を捜すため、一度も来たことのない街を1週間も駆けずり回るなんて、とんでもない奴だよお前は。

 お前相手にだったら、あの異常な事も話せるかもしれない。

 お前の記憶を、俺に流し続けた夢を……。

「それとも、女子高生ってのはあんなもんなのか」

 店先のゴムボールを一つ手にとる。

「藤田」

 下手(したて)で、それを放物線を描くように投げる。

「? お、おい」

 藤田は軽く手でキャッチし、ぽいと店頭のかごに戻した。

「いきなり何すんだ」

「さすがにお前は無理か」

「何がだよ」

「空中に止めるかと思ったんだけどな」

「……!」

 藤田の顔に、隠し切れないほどの動揺が走った。

 だが、俺は続ける。

「……藤田、全くの他人の過去を夢で見るなんてこと、信じられるか?」

「信じるさ。今のは、オレと琴音ちゃんしか知らない特訓法だ」

「出会いから、ピンポン玉回すのを野球ボールまで動かせるまでにトレーニングさせて、絶望した琴音を殴って説得するまでみんな見た夢でもか?」



























「信じるさ。オレも、似たような経験してたからな…」

 自分の行動をみな見られたっていう恥ずかしさより、同士がいたっていう安心が上回った。

 異常な夢。

 異常さだけならオレと大差ねーぜ。

「説明の必要がなくて逆に助かったぜ。いきなりじゃ言いづらい事も、結構あったからな」

 どのくらい動揺を押さえられたのかはわからないが、笑い顔を作ってオレは返した。

「まぁ、琴音に関しては嘘はつかないほうがいい」

「まいったな」

「お前の夢の方は、どうなんだ」

「オレのは誰なのか、さっぱりわかんねえ…この街が舞台だってことだけはわかるんだが」

 そこまで話したとたん、まだ生々しい赤い空気がオレの目の前を包み込んだ。

 ほの赤く染まった空気が、路面に残る雪を血のように赤く、いやどす黒く変えていく。

 …ダメだ。

 これ以上口にしたら、この場で地獄に舞い戻されて、倒れる……。

「とても一言じゃ表せない…おまけに、結末は、最悪だ…」

「そうか」

 オレは、場を濁すしかなかった。

「あ、たい焼き屋さん」

 オレのコートがぐっと引っ張られた。

 力点には、ものほしそうな目でオレと屋台を交互に見比べるあゆがいた。

 ラッキー。

「そうだな、琴音ちゃんへのおみあげにでも買っていくか」

「こいつを甘やかすと癖になるぞ」

「うぐぅ…だって、お金ないんだもん…」

「いつもの食い逃げがあるだろ」

「だから、あれは違うんだよっ」

「「食い逃げ?」」

 オレと水瀬が声を会わせて聞いた。

「な、なんでもないよっ」

「まいっか。たっく、しょうがねえなぁ」

「よぉ、早くしろよ。こっちは準備出来てるぞ」

 会話を聞きつけ、すっかり上機嫌になっている屋台の親父に、オレはたっぷりと仕事してもらった。

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Schnee Traum ~第9話~ 1月23日(土曜日)<前編>




「ただいま」

 リビングのテーブルにぼーっと座っていたわたしは、がたんと対面の椅子を倒してしまいました。

 一瞬上の階へ逃げ出そうとしましたが、ふたりの声があまりにも明るかったので、居座ってしまいます。

 気まずい気配を、二人とも忘れてしまったのかと錯覚して。

 足音が近づいてきます。相沢さん、名雪さん、と……友達でしょうか? 足音が少し多いです。

 秋子さんが友達かしらと呟くのが耳に止まりました。

 ドアが、開きました。

「ただいま」

「ただいま~」

「おじゃまします…」

 そして、

 

 

「よぉ、琴音ちゃん。久しぶりだな」

 

 

 わたしが引きとめるのも間に合わず、意識が別世界へ逃げてしまいました。

 息も止まりました。

 自分だけが時から取り残されたふうにも見えました。

「ヒロくん、ねえ、あの子が琴音ちゃん?」

「あぁそうだ」 

 わたしを確認する会話だということはわかります。でも、一体何が起きているのでしょう。

 後ろから肩に手がぽんと置かれ、電気ショックを受けたように身体が震えました。

「琴音、たぶんだけど…知ってるよな、男の方は」

 ショックを受けてから1分後、ようやく第一声がでました。

「ふじた…さん…?」



























 よぉと言ったまではいいものの、次に何を言おうかオレは困った。

 声を荒げて、また逃げ出した事を怒ろうか。

 親戚? と軽いジョークから入ってみるか。

 ストレートに、探したぜ、と言ってしまおうか。

「あの…その子は?」

 間を持たせようと、戸惑った声で琴音ちゃんが先に話しかけてきた。

 その子と言った視線をトレースする。

 ……オレの隣。とゆーことは、琴音ちゃんも…

「やっぱり琴音もそう思うよな」

「うぐぅ………ひどすぎるよぉ…」

 あゆの膨れっ面が半泣きになっていた。

「月宮あゆって言うんだ。この街で知り合って、一応オレと同い年なんだけど…」

「えっ、あ、あ、つ、月宮さんすみませんでしたっ」

 自分のしていた(まぁ無理もない)誤解に、琴音ちゃんは火が付いたように真っ赤になった。

「わはははは」

「うぐぅ…」 

 あゆには悪いが、おかげで無駄な緊張をせずに話が出来そうだぜ。

「あら、お友達?」

 台所の方から大人の女性の声がした。

 偶然とは恐ろしい。

「どうもはじめまして。水瀬秋子です」

 その人は、昨日森で花を供えていたあの女性だった。

「あ、あの」

「はい?」

 …うっ。

 笑顔と優しい言葉尻と対照的に、強い制止の篭もった視線にオレは気圧された。

 間違いなく昨日の件が関係しているのだろうが、どうしてもオレとの関係を「はじめまして」にしたいらしい。

「あ、どうも、オレ、藤田浩之っていーます」

「藤田さんはわたしの学校の先輩なんですよ」

「そうなんですか」

 後で聞こう。あの人と二人きりになれれば、だけどな。











§











「んで、オレまで犯罪者の汚名を着ることになったわけだ」


「あの足の速さでよく捕まらなかったよな」


「だって、お金がなかったんだよぉ」

 本件はとりあえず置いておいて、あゆを話の種に、まずは琴音と藤田を話させることにした。


「話せば話すほどぼろが出てくるな」

「うぐぅ…後でちゃんとお金払ったもん…」

「でも、本当においしかったですよね、たい焼き。その気持ちわからなくもないですよ」


「えっ、琴音ちゃんが食い逃げするなんて、オレは考えたくねーぞ」

「あ…」

「うん、おいしかったよ。イチゴが入ってるともっといいんだけどね」

「それはちょっと合わないと思いますよ…」


「…名雪さん、ボクもそれはあわないと思うよ」


(……水瀬って、なんて言うか普通の感性とすこしずれてるよな)

(一応、俺の従兄妹だけどな……別にフォローは期待してない)

 うまくいっている。

 口にこそ出さないが、あゆの存在はありがたかった。

 あゆがいなかったら、まず藤田に気付けたかどうかも怪しいところだった。

「あら、大分時間がたっちゃってるわね」

 洗濯物を抱えた秋子さんが、俺達の前で足を止めた。


「今晩は人数も多いし、お鍋にしましょうか。えっと、6人分かしら」

 どうやら秋子さんは朝飯だけでなく、夕飯も赤の他人に振る舞う気のようだ。とことんまで賑やかな食卓を求める性(たち)らしい。

「あ、ボク、夕ご飯までには帰るから…」

 ところが、予想に反してあゆは、そうぽつりと漏らしたきり、だった。


「朝メシは平気で食いに来るくせに」

「あんまり遅くなると、お母さん、心配するから」 

「暗い中帰るのが怖いだけだろ」

「……違うよ」

 からかうセリフにも、まともに取り合おうとはしなかった。

「残念……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それじゃあね、ヒロくん」

 玄関まで見送ると言うオレたちを制して、あゆはここでオレとお別れを始めた。

「いつかは藤田に借金返せよ」

「うぐぅ、あれはおごってもらったんだもん」

 最後までうぐぅだな。これだけ繰り返されると、何年間も忘れそうにないぜ。


 そうだ、帰ってからあかりに使ってみっか。ぽかんとして、慌てふてめくさまが目に浮かぶな。

「一週間手伝ってくれてありがとな。楽しかったぜ」

 それでも、あゆ本人とは、ここでお別れ、か。


 ……。 

  心がざわつく。落ちつかねえ。

 ……。

 あゆ。

 琴音ちゃんを追ってこの街に来なきゃ、一生会うことなんかなかっただろうな。

 これから生涯、再会する確率なんかきっとゼロに等しい。


 偶然にも程がある知り合いなんだ。 

 ……寂しいな。

 そっか、オレは寂しがってるんだ。

 今の知り合いはずっと同じ場所で顔をつき合わせてるから、久しぶりに『別れ』ってのを感じてるんだ。

「……ボクといて、楽しかった、の?」

 ふと見ると、あゆは、出会ってから3度目のシリアスモードへと変わっていた。

 オレの『楽しかった』というセリフで戸惑ってるみたいだった。


 ……。

 迷惑かけてた、と思っていたのだろうか? 


 何にも手伝えなかったと気に病んでるんだろうか?


「あぁ」

 ヤバイ。 1語しゃべるだけでジンとくるぜ。


 じわじわ痛んでくる気持ちを隠したくて、でも、今の言葉は本心だと念を押すため、オレは続けた。


「辛い毎日になるはずだったのに、あゆにあえてすげー楽しかった。お前の探し物は見つけれなかったのが残念だけどな」


 するとあゆは、

「ううん、気にしないで。それより…」

 不自然に言葉を区切り、大げさに息をごくっと飲んで、


「ボクも、楽しかったよ、それじゃね!」

 ぱっと笑顔で、元気のいい言葉を残して、ドアの向こうへ消えた。 


「じゃあな!」

 その見えない背に、オレも景気のいい声をかける。


 そうしてまもなく、



 どがっ!



 廊下から転倒音と、うぐぅ痛いよぉ~と聞こえてきたが、感動を損ねるので、気付かないふりをしておく。


「慌てて帰る用事でもあったのかしら?」

 夕食に誘えなかったのがそんなに残念だったのか、怪訝な面持ちで水瀬秋子さんが誰にとなく問う。

「いえ、あいつは年中暇人です」

「そうかしら……ね」

 ……この声だ。

 昨日もそうだが、全てを知り尽くしてるような声。


 ……不思議だ。

「それじゃあ、5人分、作りましょうか」

 だがオレの探る視線に気付いたのか、ものすごく自然に、水瀬家の家主秋子さんは気配を変えてしまった。


「お母さん、手伝うよ」

「あ、わたしも手伝います」

 

 

§






「こんな時男は暇だよな」

「その言葉、なんか使用場所を間違っている気がするけど、いっか」

 相沢の言葉を軽く流しながら、オレは全然暇じゃなかった。

 台所に立ってる琴音ちゃんの後ろ姿に見とれてるような状態になっていた。

 楽しそうだな。

 完全に家族の一員になってるよ。まるでオレが琴音ちゃんにお呼ばれしたみたいだ。

 と、待てよ。

 今の状況って赤の他人の家で琴音ちゃんと一緒に晩ご飯……

 これって、実はメチャクチャレアな体験なんじゃないか? 発生率にして、交通事故に一日に2度遭うようなもんじゃないか?

 ぱっぱぱ~ん! おめでと~~~~~。

 ……なんてファンファーレならしてる場合じゃねーな。

 本来の目的を忘れちゃいけねえよ。さてはて、今からどう切り出そうか。

 ……。 

 台所に立ってる琴音ちゃんの後ろ姿。

 本当に楽しそうだ。

 ……。 

 オレの行動、本当に正しいのかよ…。

 

 

 

 

 

§












 なんのトラブルもなく準備は出来て、女性陣の作ったおいしい食事はつつがなく進んだ。

 いや…でもない。

 琴音も藤田も、お互い直接は話さず、必ず俺を通して会話している。

 二人とも、自分達の出会いが何を意味しているのか、十分分かっているのだろう。

 その関係を崩しにかかったのは、琴音のほうだった。

 食事を終え、食器を片付けながら、顔も見せずに藤田に呼びかけた。

「藤田さん。……少し、お話しませんか?」

 来るべき時が来た……。

 こうなるのは、もう分かりきっていた。

 藤田からか、琴音からか、問題などただそれだけだった。





 そして、二人が部屋を出てから、間もなく15分がたつ。





「名雪…どうだろうな」

 内容もあいまいな質問を俺は振った。

「…複雑だよ」

 背向けのまま、ついてないテレビに向かって、オウム返しに曖昧な答えが返ってきた。

「もう少しだけ、忘れてたかったな……」

 ソファに座りなおす音さえ耳に付く部屋で可能な時間つぶしは、こんな会話が手一杯だった。

「理屈じゃ片付かないことばっかりだね」

「……あぁ」

 針が文字盤を半分まわった頃、リビングに藤田が戻ってきた。

「……どうだった」

「今日までの話をもう一回して、聞かせてもらって、家出理由を問いただしたさ…」

 

 

 

 

 ――チカラが暴れないと、誰もわたしを見てくれないんですね。

 

 ――ただ、かまって欲しかっただけなのかもしれません…

 

 

 

 

「オレにも、原因の一端があったんだ…」

 それだけですべてを理解したらしい。

 琴音の本音。

 自分の居場所を見つけられなくて。それがあることを確かめたくて。それで、家出をしてみせて……。

「そして?」

「一つだけ質問されたよ」

 

 

 

 

 ――藤田さん。藤田さんはなぜこの街に来たんです?

 

 

 

 

 酷(ひど)いな、琴音も。

 こうなることを、こんな奇跡を、自分が一番望んでいただろうに。

 決して容易には答えられない問いだった。

 琴音が好きだから、などと言ったとしよう。

 すると藤田は春から今まで距離を取ってきた事について説明せざるを得ない。

 だが、好きでもなんでもない人間のために、学校を1週間もサボってこんな遠くまで来るということがあるだろうか。

 反対に、ただ連れ戻しにきたといえば、おそらく……。

 いや、藤田だってそんな言葉で戻したいとはさらさら思ってないだろう。

 どちらに答えても、追い詰められる非情な問いだった。

(いや……酷いのは藤田のほうか。)

 琴音だけじゃない、あゆにも。そして、きっと幼なじみにも。

 誰にもかれにも優しいことが、今は災いしている。

「どうしたんだ」 

「答えたさ」

 (藤田、お前は受け止めきれたのか?)

 (お前しか頼れない俺達が、言えた口じゃないけれど、)

 (今、すべてがかかったこの状況で、お前は琴音にどうしてあげたんだ?)

「……」

「……」

 重く粘り出した部屋の空気。 

 秋子さんからも名雪からも、それは再び言葉を奪っていた。

「……」

「……」

「……」

「……」  

 頂点に達した沈黙に耐えきれなくなったのか、玄関の呼び鈴が鳴った。

 一度。ニ度。

 ややあって、秋子さんが玄関側の扉を開けた。

「藤田さん、お呼びです…来栖川さんという方から」

「先輩?」

「来栖川?」

「来栖川芹香。オレの先輩だ」

「クルスガワエレクトロニクスとかの、あの来栖川か?」

「そう」

「…冗談だろ?」

「マジだ」



























「先輩?」 

 玄関でオレを待ってたのは、やはり正真証明、来栖川先輩だった。

「……」

「すみません、寒いでしょうが、外でお話しませんか……ちょっと待ってくれよ」

 一旦玄関に戻りかけてあったコートを引っ掴んで、ボタンも留めずに外に出た。

「なんでオレがここにいることがわかったんだよ?」

 オレは、まずその疑問をぶつけてみた。

 先輩は答える代わりに、両手に乗せたノートパソコンを開いた。

 ディスプレイに、カーナビのように地図が映っている。その上でピコピコと点滅する光の点。

「発信機かよ、いつの間に………携帯電話か!」

 いつか借りた、先輩の携帯電話。あれを逆探知してたんだ。

「来栖川エレトロニクスのサテライトサービスの一環、GPSだ小僧」

 執事のセバスじじいもちゃっかりいた。

 オレへの言葉使いが気に触ったのか、先輩は不満げな目でセバスチャンを(恐らく)睨んだ。

 視線に押されセバスチャンは一歩後退。ざまみろってんだ。

「んにしても先輩、なんでオレを追跡調査してたんだよ~。オレ、先輩になんか悪いことした?」 

「どうしても、言わなければならないことがありましたから…」

 先輩がオレを見据えた。

 瞬間、背中に鉄の棒を入れられたような気がした。

 先輩の目は、怖いくらい真剣だった。

「この前電話してきた時の、不幸の話?」

「それとも、関係があります…」



























 まるで間合いを計ったように、藤田と入れ代わりで琴音が階下に下りてきた。

 何か告げようと意を決して来たのだろうか、リビングを見渡したとたん、気抜けしたような雰囲気を漂わせた。

「相沢さん、藤田さんは…?」

「たった今、来栖川とかいう人に呼ばれて、外へ出ていったよ」

 名雪が眠そうな声でテレビ前の位置から教える。

 漏れた、え、という短い音。

 次に俺が耳にした音は、玄関へ向かう駆け足だった。

「琴音ちゃん、コートも着ないで外に行ったの?」

「祐一さん、何か防寒着をもっていってあげてください」

「分かってます」



























 身体が麻痺するような夜の空気が、思い出したようにオレを襲った。

 風が、吹く。

「浩之さん」

「藤田さ…」 

「姫川さんを置いて、帰ってください」











 雪に似つかわしくない黒塗りのリムジンの前に、先輩がいる。

 その対面に、オレがいる。

 そして、水瀬家の入り口に、琴音ちゃんが現れた。

「浩之さん、妖狐伝説というものを、知っていらっしゃいますか…?」

 先輩がここまでちゃんと声を出せる事を、オレははじめて知った。

「いや、知らない…」

「そうですか…では…」

 雪の静寂を増すような、先輩の声が語り出した。











 ………日本各地に――この街では、ものみの丘と呼ばれる場所――には、不思議な獣が住んでいるのだそうです。



 ………古くからそれは妖狐と呼ばれ、姿は狐のそれと同じ。多くの歳をえた狐が、そのような物の怪になるのだそうです。



 ………それが姿を現した村は尽く災禍に見舞われることになり、厄災の象徴として厭われてきた……











「そう伝えられてきました。しかし、この街では違ったのです」

「違った…?」

「この地に生きる人達は、妖狐達と共存する道を選んだのです。彼らを畏れ敬う代わりに、彼らの不思議な力を利用する道を。そのため、この街が大きな飢饉や天災に見舞われる事はなかったのです」











 ………しかし他の土地はそれを知らない。災害が起こるたび、それを妖狐の仕業とし、恨んで排除しようとしました。

 

 ………そのような迫害から彼らを守るため、この地の人々は余所からやってくる人間に極度に辛く当たるようになりました。

 

 ………この街を外と切り離し、妖狐と自分達との蜜月を壊さないように……











「そして、現代でもその魂は生き続けています。…浩之さん、この街に来たとき、何か違和感を覚えませんでしたか?」

 違和感。

 一週間前、寒さのせいにしてしまった、あの奇妙な感覚…。

「古い魂達は、いつしか余所からもたらされる変化をも拒み、妖狐たちと力を合わせ、街を閉じたのです」

 1週間の奇妙な出来事が、気にも止まらなかった小さな事が、パズルのように組みあげられていく。

 携帯電話が見当たらない雑踏。

 メイドロボがいない街角。

 不思議なキツネに付けられたこと。

 極端に古いままのゲーセン。

 そして、誰かの悲劇をオレに与えた夢…

「人の流れを極力止め、人々を束縛する力です。それにより、秘密を共有する…ここで産まれた人は、たとえ街を離れても、幾歳月を超えて、必ず戻ってくるのです」

 …いいや、そんなバカなことってあるかよ。

 オカルトもオカルト、いまどき妖怪が、人間の世界を束縛するなんて。

「先輩、世の中には確かに不思議な事はあるけどいくらなんでも……だいいち琴音ちゃんはこの街と縁もゆかりもないじゃないか」

「お嬢様は、嘘など言われません」

 セバスチャンが口を挟んできた。無理して敬語を使ってるせいか、唇が小刻みに震えている。

「これを……多少の越法行為ですが」

 片手で紙をもち、セバスチャンが指す。

 固い指の先にあったもの…

「姫川、琴音……そんな…」

 そこには、函館で生まれたはずの琴音ちゃんの名が載っていた。

 疑えっこなかった。その紙は出生届出と過去の住民票だった。

 その誕生日は、ピタリ、10月9日。

「嘘だろ、デタラメだ、同月同日生まれの同姓同名に決まってる!」

 それでもオレはとにかく否定したくて、ムチャクチャな叫びをあげた。

「いいえ藤田さん」

 その時、ずっと押し黙っていた琴音ちゃんが、言葉を割り込ませてきた。

「嘘じゃありません。わたしは…確かに、この街で生まれました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは…確かに、この街で生まれました」 

 突っ立ったままの身体が、衝撃でたじろぐのが感じられた。

「この1週間、毎日夢を見ました、自分が子供の頃の夢を。そのうち何度も、雪の積もった街並みを見ました」

 夢。

 (琴音も俺と同じように、夢を…。)

「今日、気付いたんです。夢で見た雪の景色はこの街の道だって」

 ただの偶然じゃなかったのか。

「どうして離れてしまったのか、なぜ忘れてしまっていたのかはまだ分かりません。けど、この街で暮らしていたのは嘘じゃありません」

 琴音は、この街で生まれたのか? 

(じゃあ、俺が会ったのは、あの夢の女の子は誰だったんだ。)

 それより、

「生まれなかった人間は……他から入ってきた人間は?」

 タイミングも立場もわきまえず、夢中で聞いた。

 霞んで見えない7年前の記憶にそれは…。



























「相沢!?」

「無断で立ち聞きしたのは謝る」

「この街も、完全に滅びてしまわないよう、ある程度は人を引きつけます。しかし…」

 セバスチャンが、一枚の紙を投げてよこした。

「妖狐と人との関係を乱す者として、その殆どが冬が訪れた時、離れさせられるのです」

「……!…」

 渡されたのは、人口動向だった。

 …異常だ。

 その一言ですべて説明出来た。

 街の人口と動向の割合がどう考えても少な過ぎた。転入者も少なすぎるが、普段の年間転出者合計が1桁なんて、絶対ありえない。

 そして数年おきに、しかも冬に、ため込んだのを吐き出すように、急激に転出していくのだ。

「詳細を」

 セバスチャンは束を半分ほどめくった。

 その続きは、

「…私(わたくし)も、我が目で確かめた時には、戦慄いたしました」

 ………転出、死亡。 転入、転出。 転入、転出…

 ………転入、死亡。 転入、転出。 転入、転出…

 来た時期がバラバラの人間が、申し合わせたように、ある年に集中して街を去っていた。 

「身体にも、心にも、消えないくらいの深い傷を負わされ……たとえそれが、他の人間を傷つけても…」









 ――ボクも、この街に住みたかった…







 ――…そうね。



 ――この街は、悲しいことが多かったから…









「そして『冬の悲劇』を繰り返す……幾星霜にもわたって、永遠に…」

「先輩、もういいよ」

 もう言葉は要らなかった。これ以上は琴音ちゃんを返す障害にしかならない。

 だが、先輩は、言いきった。

「この街は、悲劇の街、なのです」



























 妖狐、魂、運命、冬の悲劇。

 どれもこれも、琴音の超能力を見ていなければ、鼻で笑ってしまうことの連発だった。

 だが信じる以外、俺には方法がなかった。

 些細な関係すら持たなかった少女の過去を夢で見た経験に、他になんと理屈をつければいいのか。

 琴音に渡すコートを握ったまま、身体の感覚を奪う風に吹かれて、時は経っていった。

「姫川さん、この街に来たとき超能力が一度大きく働き、」

 もう一度琴音がびくりと震えた。

「そして、日に日に勢いを落として、安定したのではないですか」

「はい……向こうにいたときよりチカラの動きが穏やかになって、弱った動物を元気にできるようになりました…」

「ヒーリングかよ?」

 藤田の声に小さく、琴音が頷いた。

「それが、何よりの証拠です」

 琴音が喋り終わったのを見計らって、芹香さんが続けた。

「大きな暴走は、外で溜まった余分なエネルギーの放出、本当はもっと穏やかに行われるはずでしたが…」

「ってことは、オレが見た商店街のあれは」

「あぁそれは俺が証言する。琴音の『チカラ』だよ。慣れない土地で、しかも風邪気味だっていう不可抗力の状態でだったけどな」

「……」

 俺の言葉は、藤田を完全に沈黙させた。

 ほぼ真正面にいる琴音の顔。

 今は、覗き込む気にもならなかった。

「そして力の安定は、街があなたを受け入れようとしているからです」

 琴音に向けた口を開いたまま、芹香さんは藤田に向き直った。

「もしこの街を離れれば、力の安定は崩れ、前のように暴走が頻発するでしょう。今は押さえ込めるようになったと聞いてますが、」

 そして、琴音を見ずに、痛いほどの間を開け、途切れ途切れに、

「おそらく、これから、ずっとあなたは…」

 あの喜びの顔。

 (あれが、逆に枷となるのか)



























 自覚していた事と合っているから理解は出来たけど、あまりにも非現実的過ぎで突拍子過ぎる。 

 とにかく、要約すると先輩はこう言いたいのか。

 琴音ちゃんは普通じゃねえから、オレたちの住む街ではなく、この街にいるべきなのだと…。

「先輩、一つだけ答えてくれ。なんで今ごろ伝えに来たんだ」

 先輩。悪いけど今だけはオレ、先輩に笑顔が向けられねえよ。

 感情を剥き出しにした面で、オレは聞いた。

「姫川さん自身の口から『帰らない』と聞かなければ、きっと浩之さんは納得されなかったでしょうから…」

 オレは琴音ちゃんを振りかえった。びくりと肩が震えるのが見えた。

「琴音ちゃん…」

「琴音さん」

「秋子さん、名雪」

「祐一が戻ってくるのが遅いから、心配になって」

 水瀬家の人たちも、外に出てきていた。

「………」

 琴音ちゃんは今、何を考えているんだろうか。

 この話に、やっぱり物思うところがあるんだろうか。

 ここまでの証拠を突きつけられ、うさん臭さはとうに消えている。

 ゲームや小説なら中盤戦。ここから街を支配する運命の謎を解き、解放するための新たな冒険が始まるんだろう。

 だが、オレたちには時間がない。

「なぁ琴音ちゃん、もう一度言うぜ」

 ギャラリーが集まってしまったが、オレはもう一度、あの問いの答えを言った。











 ………なんも関係ない女の子だったら、当然オレは追いかけないぜ。



 ………もし志保だったら、たぶん追いかけない。たとえ虹の根元を探しに行っても、あいつなら大丈夫だと思ってるから。

 

 ………あかりだったら……正直どうかわからない。まだなったことがないから、保証はできないけど、たぶん、追うと思う。 

 

 ………でも、琴音ちゃんがいなくなったと聞いたときは、オレ、すぐにいてもたってもいられなくなったんだ。

 

 ………オレってやっぱり頭わりぃからよ、とにかくすぐ追っかけようとしか思わなかったんだ。

 

 ………琴音ちゃんが、心配だったから。

 

 ………子供扱いして怒るかもしれないけど、それでもオレは、琴音ちゃんが心配だったから。











「だから、追って来たんだぜ」

「藤田さん…」

 結ばれていた琴音ちゃんの唇が、開いた。







 そして、琴音は。



 オレたちの、見ている前で。



 一歩、踏み出した。


ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

2020年08月08日

Schnee Traum ~第9話~ 1月23日(土曜日)<後編>

 琴音ちゃんはオレに向けて、一歩踏み出した。

「ことねちゃ…」

「わたし、帰ります。今日までどうもお世話になりました」

 そして水瀬家の3人へ、ぺこりと一礼する。

「藤田さんが追って来てくださったのに、これ以上迷惑はかけれませんから…」

 くるりとターンし、オレに近づく。

「戻りましょう。1週間ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでしたっ」

 ……。

 悲しくなった。

 琴音ちゃんの目の色は、自分を殺している色だ。

 運命を半分信じつつも、オレを悲しませまいと犠牲になろうとしている目。

 きっと自分は今まで通りみんなに気にかけられない日々になるだろうけど、水瀬家の人達を困らせまいと無理している眼。

 たった数日間の夢の日々を胸にしまって、辛い現実へ帰ろうとしている。

 分かってはいた。

 このままただ連れ戻すだけじゃ、原因を解消しなければ、琴音ちゃんに苦痛を味わわせるだけだと。

 オレ一人が気にして追っかけてきても、心からは信じてくれないだろうことを。

 でも、それでもよ、オレは琴音ちゃんを帰したいんだ……。

 苦しい。

 琴音ちゃんを、怒ることも、喜ぶ事も出来なくて、苦しい。

「琴音!」

 だが、オレが動き出すのを出し抜き、ひときわ大きな声が後ろから届いた。

「おかあ…さん!?」

「ことねっ!」

 猛然と走り寄ってきたのは、なんと、琴音ちゃんの母さんだった。

「ことねっ、ごめんなさい…ごめんなさい………ごめんなさいっ…」

 あの雨の日、琴音ちゃんが子犬を抱いてしたように、

 琴音ちゃんの母さんが、人目はばからず、琴音ちゃんにすがり付いて涙を流しはじめた。



























 その嗚咽とともに、俺達は真実を知った。

 琴音の母親は、この街で生まれた男と結婚。琴音を産んで、彼の親と同居して住み始めた。

 だが彼女の方はこの北の街に住む気はなかったらしい。いずれ独立して、家族だけで暮らすつもりだった。









 それが『冬の悲劇』の引き金を引いたのだろうか。

 その後二人の仲は急速に悪化。ついに離婚をむかえることとなる。

 オレが見た夢の口論は、この時のやり取りだったのだろう。

 幼い琴音ちゃんを連れ、琴音ちゃんの母さんは街を後にした。実家にも戻れず、女手一つで育てようとして、函館に住むことにする。

 両親の離婚という衝撃を受け傷ついた琴音ちゃんの心に、函館の美しい風景は大きな慰めになったようだ。

 当時、函館の街のどこへ連れていっても琴音ちゃんは大喜びしたらしい。









 そして、やはり生活費が切迫し、許されて実家に戻る。

 実家が在ったのが、俺の住んでいた街。そこで琴音の母親は、再び相手を見つける。

 男が『二人目の父親』になりそうだと察した琴音は、自分が原因で別れられないよう、必要以上に行儀よく振る舞う術を身につけた。

 事情も知らず、演技し続ける彼女に心引かれたのが、俺。









 二人の仲はうまく進展し、3年生の時には『家族』旅行にも連れていってもらった。

 オレに話した、イルカの思い出ができた旅行だ。

 そして再婚。

 転勤族である今の父さんに付いて、一家は函館に向かった。

 そしてその時、あの想い出を琴音ちゃんから消すためなのか、それとも自分の中から消したかったのか。

 琴音ちゃんは母さんから、ここがあなたの生まれた街よと教え込まれたのだ。

 思い出せる記憶は函館からだったし、今でも気に入っていたから、琴音ちゃんもその言葉を疑う事などなかった。









 こうして幸せの日々によって、琴音から一人目の父親と雪の街の記憶は薄れていった。

 ずっと、それが続くと思われていた。

 だが中学生になる頃、琴音の身の回りで奇妙な現象が起こりはじめた。

 それが琴音自身の引き起こしているものだと判明するまで、そう時間はかからなかった。

 しだいに回数は増え、一家は逃げるような転勤で余所へ移り住んだ。

 だが、余所でもそれは一向におさまる気配を見せず、いつしか周りには誰も居なくなり、琴音の心はまたも深く傷つけられた。

 加えて、両親の共働きが、さらにその傷口を広げた。

 外で働くことが習慣になっていた琴音の母親は、転勤を繰り返しても惰性でそれを続けていた。チカラの発動後も、それは変わることはなかった。
 むしろ収入を得て、どうにもできない不幸を抱えた苦しみを、金銭でなんとかなる幸せで消そうとしたのだろう。


 自分の不在を、もう琴音は慣れているだろうと思い込んで。

 だが、今まで孤独を癒してくれていた学校や友達は、もうその役目を果たしてくれてはいなかった。


 日常化した孤独。琴音は、学校でも家でも、独りぼっちで痛みを抱え続けていたのだった。










 そこからはもういいだろう。

 琴音ちゃんはオレと出会い、オレの言葉を信じて特訓して、自殺まで口にするほど苦しみ続けた末にチカラをコントロールできるようになり、









 そして、藤田が自分の傍を離れ、居場所を失い、三度心を傷つけられ遂に――いや、やっとなのだろうか、ここに戻って来たというわけだ。













§














「そんな馬鹿なことがあるわけがない、絶対あなたを離さない、だから私は、不自由な思いだけはさせまいと思って働き続けた。あの人が一緒になってくれて、パパがいないって悲しむこともなくなったし、きっと幸せだろうって思ってた」


 寒空から、雪が振りだしていました。

「でも、あの力があなたに起こって……結局アレが言った通りになった、そして、まさか家出するなんて、思わなかったから。…一度諦めたのよ。もうあなたはアレのところへ行ってしまうんだって、それで、それで幸せになるんだったらいいってっ」


「ママ…っ」

 粒の小さい、粉のような、本当の北の土地に降る雪でした。

「でも、納得できなかった。あなたがいなくなるなんて…耐えられなかったっ! なのに、あなたがこんなにも思いつめるまで、なんにもわかってなかったのね…」

 ずっとママはわたしが帰ってくるよう、祈り続けたといいました。

「そうしてて、やっと気付いたの、待ってるだけじゃダメだって、あなたに会って、直接謝らなきゃ、許してくれないだろうって……そしてあの家の前であなたを見かけたのに…走り去って…」

 今日、わたしは、もう一つの家に辿りつきました。

 パニックになって、なにも考えれず走り出したあの瞬間、ママがあそこに…。

 なんて酷い。

 酷い。

 ママはどんなに傷ついたのでしょうか。

「ごめんなさい。わたしも寂しいっていわなかったから、ママもパパも分からなかったんだと思う…わたしこそ、心配かけて、ごめんなさい…」

 みんな、もう少しだけ素直だったら、こんなことにはならなかったかもしれないよね。



























「………」

「え、信じてあげてくださいって、ずっとここに立っていたのですから、って、ママ?」

「必死で追ってあなたがここまで来たのは分かったけど、怖くて、いまさらどんな顔あなたに会えばいいのかって思ってくよくよ迷ってただ立ち続けて…」

 オレが来た時から…オレが早く気付いていれば…。

 昼間とはいえ、この街が凍えるように寒いことに変わりはない。ましてや今、先輩が来るまでの夜は。

「バカみたいですよね…」

 それを…

「きっと報いでしょう、ずっと、安っぽい物語のように翻弄されていたんですから」

 親子だよ、やっぱり。

 こんな時に、ひどく場違いな事を考えた。

「姫川さん、自分を責めても始まりませんよ」

「……はい」

「昔は立場が逆でしたね」

 顔に手を当てて、秋子さんが微笑んだ。

 そうか。

 一個だけ浮いてたあの夢は『この街にいた時の琴音ちゃん』の夢だったんだ。

 寝ていたところを起こされて、「おはよう、ことねちゃん」と言ったのが、水瀬。

 それを連れていた人が、秋子さん。

「ママ……パパは?」

「函館であなたを探してる。さっき連絡したわ、心配しなくて大丈夫」

 そう言うと、ぱっとオレに向き直る。

「一週間前、大層冷たい夫婦と思われたでしょうね、お許し下さい」

「いえ…男として、姫川さんのお父さんの気持ちは分からんでもないです」

 直接血の繋がりのない娘が、突如原因不明の超常現象に苦しめられたとき、なんて言葉をかけてやればいいんだろう。

 オレだって自分が父親だったら、そっとしておくというお題目で、距離を取ってしまわないとは言い切れない。

 お互いを傷つけ、傷つくことを恐れるあまり、いつのまにか大きなすれ違いが産まれていたのだ。

「よかったな…」

 その一言だけ、ようやく呟いた。

 もしこの光景を見てもクサイお涙ちょうだいだという奴がいたら、オレはそいつを何日でもぶん殴ってやるだろう。

「な~んだ、私たちの出る幕は無くなっちゃったみたいね」

 直後、さらに別方向から声が飛び込んで来た。

 それに聞き覚えのある先輩とオレ、セバスチャンが周りの倍驚く。

「……っ!?」

「綾香っ!? ってねぇ、叫んでやりたいのは私の方よ姉さん。妹の誕生日ほったらかして優雅に旅行なんて、ちょっとひどいんじゃない?」

 確か先輩の妹で寺女に通ってる、綾香。今日が誕生日だったとは知らなかった。

 つーか、重要なのはそんな事じゃない。なんでその綾香が、ここに来ているかということだ。

「綾香お嬢様、私達、というのはどうことですかな?」

「こういうことよ。ほらあなたたち、出てきていいわよ」

「姫川さんっ」

「森本さん…!?」

 直接関係のない水瀬家の人たちでさえ、驚いていた。

 それも当然。いつのまにか止まっていたもう一台の車の影から、男女混合5、6人の高校生が、姿を現せばな。

「姉さんが出てってから、姉さんの高校で連続失踪事件って噂が流れてきてさぁ、こりゃなんかあるなと思って話を伝ってったら、長岡志保って子紹介されたの。で、会いに行ったらこの子たちがいるじゃない。事情を聞いて、私がこっち来るついでに一把げにして連れてきたのよ。」

「綾香お嬢様、それでも何故ここだと分かったのです」

「セリオのGPS使えばウチの特殊リムジンの位置なんてチョロイわよ。まぁ黒服数人に、ちょっと痛い思いしてもらったけどね」

「どうして……?」

 綾香たちと正反対に、琴音ちゃんの方はあ然呆然、まともに反応できてなかった。

「そ~んなの決まってるじゃない。ねぇ?」

「そうそ」

「絶対分かるとおもうけど?」

 森本さん、の言葉に残りの連中が口々に同意する。

「え…?」

 森本さん、は元気よく言った。

「姫川さんが、クラスメートだからに決まってるじゃない!」

「綾香、お前まさか…?」

 オレは近づき、小声で浮かんだ懸念を口にする。

「………はぁ? ばっかねぇ、いくら私でもサクラを連れてくるほどお人よしじゃないわよ」

 綾香はくだらないオレの疑念を笑い飛ばすと、大声で琴音ちゃんに呼びかけた。

「姫川さんだっけか、大丈夫、ここにいるやつらの言葉はいくらクサくても信用していいからっ!」

「ううん、私たちだけじゃないよ、今来られる人だけしか来なかったけど、みんな、姫川さんが帰ってくるの、待ってるんだからっ!」



























 わたしのために、こんなに多くの人が、動いてくれていたんだ。

 みんな、冷たくなんかなかった。

 わたしがかたくななままで、疑って、受け入れてなかっただけなんだ…。

 もう、ひとりじゃ、なかったんだ…。







 わたしは、今日までお世話になった水瀬さん達に、もう一度向き直りました。

「今日まで、本当に、ほんとうにどうもありがとうございました!」

 秋子さんが、わたしに近づいて、手に小さく固い物を、握らせました。

 それは、合い鍵でした…。

「また、何時でもいらして下さいね」

 言葉が耳から体の中へ、心臓も頭もぐらぐら揺さぶって、もう自分がどうなっているのか分かりません。

「よかったな、琴音ちゃん…」

 藤田さんが、崩れそうなわたしを、後ろからそっと包んでくれました。

  迷惑をかけていた事への恥ずかしさ。

 逃げていた情けなさ。身勝手な自分への嫌悪。

 無知への怒り。今日今までの時間を捨てていた悔しさ。

 みんなへのありがとうの気持ちと、もう安心なんだといううれしさで、

 藤田さん、いえ、浩之さんの胸に顔を押し付け、

 みんなの前で、子供のように、わたしは7回分いっぺんに泣きつづけました……。









































「行っちゃったね」

 家の前の大人数が去り、名雪が一言発して、俺から安堵の息が漏れた。

「よかったな、琴音」

 戻る場所があってな。

 そして、羨ましく思う。

 琴音は霞んでいた記憶を、はっきりと自分の物にしたから。

 俺の7年前も、琴音のように戻る日が来るのだろうか。

 その時はぜひとも伝説や運命は抜きにしてもらいたい。

「今度は忘れ物はないよな」

「大丈夫みたいだよ」

「名雪と違ってしっかりしてるもんな」

「祐一には言われたくないよ」

「何だと? んなこと言うのはこの口かっ!」

「わ、ひたいひょ~ゆふいひ~」

「一つくらいあったほうがいいんじゃない?」

 名雪の口に突っ込んだ指を慌てて離し、突き飛ばす。

 部屋に戻ったはずの秋子さんが、忍のように背後に立っていた。

 実に心臓に悪い人である。

「どういうことです?」

「祐一、痛い」

「だって、何か忘れていったら、それを理由にまた来てくれるじゃない」

 秋子さんの横顔は、心なしか寂しそうだった。

「そうだね」

 たった1週間だけだったけれど、見なれた顔がいなくなるのは寂しい。

 ……。

 その感情につられるように、ゆるりと、疑問が鎌首をもたげた。


 一週間、俺は夢で琴音の過去を見続けた

『今までずっと一緒に過ごしてきたんだ』と他人に吹聴しても困らないくらい、詳しく知った。

 何者かわからないが、そいつは、なぜ俺にそんな夢を見させたんだ?

 琴音と離れていた時間を埋めさせて、俺に一体何をさせたかったんだ?

 先ほどの話からすると、妖狐が俺の初恋を実らせて、琴音をこの街に引きとめさせようとしていたのか? 馬鹿馬鹿しい。

 俺には栞がいるっていうのに。







 ――美坂さん…1学期の始業式に一度来ただけなんです…







 栞が好きという気持ちは変わらないのに。







 ――本当はその日もお医者さんに止められていたんです。でも、どうしても叶えたかった夢があったんです







 ……。







 ――暖かくなったら、この場所で一緒にお弁当を食べるって約束したこと…そして、そんな些細な約束をあの子が楽しみにしていたこと…



 ――全部、悲しい思い出







 栞がいなくなって、琴音を好きになるという選択肢は、ありえないはずなのに。

 その時、居間の子機に受信を知らせる赤ランプがともった。

「えっと、水瀬でいいんだよな」

 名雪に確認し、電話を取る。

「はい、水瀬です」

 聞こえてきたのは雑踏。と、

「………相沢、君……?」





















「先輩、悪いな、ホテルまで取ってくれて。実はもう財布がピーピーでさぁ」

「少しは後先考えなさいよね」

 来栖川さんの方で、ホテルを取っていたそうで、今はみんなでそこに向かっている最中です。

 森本さんたちクラスのみんなは、修学旅行みたいにはしゃいでいます。

 そして、もうお金がなかったらしい浩之さんは、さらにはしゃいでいました。

 わたしは、さっきまで泣いていたことが恥ずかしくて、浩之さんのそばにいました。

「……」

 そんな中、来栖川――芹香さんだけが、ずっと押し黙ったままでした。

「先輩、もしかして怒ってる?」

「……」

「さっきは琴音ちゃんのことで、頭いっぱいでさ、ついカッとなっちまって」

「……」

「せんぱ~~~い」

 芹香さんはまったく答えませんでした。

 いや、浩之さんの話し掛けが、耳まで届いていないようでした。

「姉さん?」

「せんぱ~いってば~」

 そう言いながら笑って覗き込んだ浩之さんの顔が、笑みから動かなくなりました。

 続いて、綾香さんの顔が。

 最後に、横顔しか見えませんでしたが、わたしが。

 戦慄と言うのは、この顔を見たときの言葉なのかもしれません。

 理由のわからない不安で、温かい車の中にいるというのに、体の奥底から震えるような感触がしました。

 そして。

 誰に言ったのかわからないですけど。

 降り注ぐ雪の結晶に吸い込まれそうな声量でしたけれど。

 一言だけ、漏らしたのが聞こえました。







「………まだ、何も、終わっていません……」







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Schnee Traum ~第10話~ 1月24日(日曜日)



 少女が手に持ったそれは、口の大きな、少し変わった形の瓶だった。


「…そうだ」

 少女が何かを思いついたように、頷く。

「祐一君、タイムカプセルって知ってる?」

「…瓶はいいとして、何を入れるんだ?」

「これだよ」

 それは、天使の人形だった。

「でも、まだ願いがひとつ残ってるだろ?」

「ボクは、ふたつ叶えてもらったから、十分だよ。残りのひとつは、未来の自分…、

 もしかしたら他の誰かのために…送ってあげたいんだよ」










 大丈夫。きっと、見つかるよ。

 この人形を必要とするひとがいれば、かならず…。

















 ……目が、覚めた。

 そこは、来栖川先輩が用意してくれたホテルのベッドの上。

 時間は、午前12時を指していた。

 夢。

 夢を見ていた。

 昨日までは他人だった、ある男の子の夢。

 埋められた天使の人形。

 それは彼女が残した、忘れ物。見つからなかった、探し物だった。

 オレは着替えてコートを引っつかみ、部屋をあとにした。

 帰る前に、オレはもうひとつだけ、やらなきゃいけないことがあった。







§








 唇が、寒さでぱつんと切れた。じきに肌もどっか切れるだろう。

 夢の軌跡を辿り、あの遊歩道へと向かう。

 街灯も暗い遊歩道は、わずかな雪明りさえ木陰で隠し、闇を作り出していた。

 夢の位置に立ち、必死で掘り返す。

 ざっざっ…。

「お前ら……大切なものなんだろ」

 埋めた場所くらいおぼえておけよ、な。

 凍土を書き分け、瞬時に感覚がなくなった手を赤く染めながら…


 ほどなくして、砕けた瓶が姿を現した。

 7年前の空気を吐き出した人形は、羽が片方もげていて、頭に乗っていたわっかもなくなっていた。


 時の重さを、改めて感じる。

 それを抱え込むようにして、オレは駆け出した。









 ――ヒロ。例の子の名前…聞く、でしょ?



 ――……聞く前に一つ約束して。何があっても、絶対に明日、戻ってくるって



 ――行く前にも言ったでしょ、なんかヤバそうなヤマだって。これ話したら何か起きそうな、やな予感がするのよ…



 ――だから約束して、ヒロ……









 真夜中の森は、遊歩道に輪を掛けて漆黒の中だった。

 自らの眠りを覚ます小さき者を、追い払うかのように。

 オレはめちゃくちゃに掻き分けて進んだ。

 確かなものは、2日前の記憶と、7年前の夢だけ。

 時間の感覚も曖昧なまま、藪と根の垣が終わり、オレの目の前に、あの場所が広がった。









 そこは、二日前とは全く装いを異ならせていた。

 雪明りに浮かぶ、一本の大木。

 大人が数人かかっても、抱えきれない太い幹。

 森の統率を取るかのように天を覆い隠して、聖樹が立っていた。

 そして、

「ヒロくん?」

 頭上から声がした。

 首を垂直にしなければ見えないほど高い枝の上に、一人の女の子が腰掛けていた。

 応えずに、オレは雪を踏みしめた。

「待ってて、あっ!」

 視線を向けたその刹那、女の子が短い叫びを上げた。

 まるで木の葉が落ちるよう。

 ストップモーションで時が動く。

 オレは何かをわめきつつ、疾走していた。

 跳びこむ。

 アイスバーンになった雪で手がこすれ、コートが氷を吸い付ける。

 その身が氷雪に叩きつけられる瞬間、オレの腕は少女の重さを受けとめていた。

「へへ、ナイスキャッチだね」

 落ちた少女は何事もなかったように微笑む。

 …ばかやろ。

 口からは何も出てこなかった。たちまち視界がぼやけ、熱い液体が頬を伝う。

「どうしたの? ボク、何もしてないよ」

「ごめんな、だけど、だけどオレにはどうしようもないんだよ」

「ヒロ、くん?」

「オレは7年前に戻って、お前の身体を受けとめてやることは出来ないんだ…」

 隠していた。ずっと隠していた。

 おとといから気づいていた。いや、もっと前から、感づいてはいたんだ。

 オレに高校を教えなかった理由(わけ)。

 家まで、決して送らせなかった理由。

 この森の守り主が、切られた理由。

 花を捧げていた人の話、志保の情報。

 そして、今目の前に、切られたはずの大樹が、復活している理由。

 それらが導き出す答えは、









 ――じゃ言うわ、その子の名前は









「知ってるんだよ、あゆ。お前は、本当はもうこの世にはいないんだって…」

「……」

 そう。

 オレの見続けた夢のヒロイン。

 オレの記憶と交換された、相沢祐一の記憶の中の少女。

 オレの隣を歩き続けてくれた女の子――。

 ――月宮あゆは、もうこの世には存在しない。

 誰の目にもそうは見えないけど、目の前にいるあゆは、幻なのだ。

 木々を渡る風が、泣く。

「忘れないうちに渡しておくぜ、探してたのはこれだろ?」


「っ! それ…」

「あの並木道にあったんだ。これ、だろ」

「うん……」

 オレは泥と赤いものがこびりついてしまった人形を、あゆの手に乗せた。


 複雑そうな顔色になった。

 まぁ、この人形にまつわるいきさつを考えれば、無理もないけどな。

「確か、もういっこ願い事が叶えられるんだったよな」


「え…?」

 何故知ってるんだという顔で、あゆが固まる。


「わはは、オレは何だって知ってるんだ。さあ言えはよ言え」


「……」

 あゆは受け取った姿勢で、固まったままだ。


「早く言わねーと、スリーサイズを世間に大々的に公表するぜ」


「うぐぅ、いじわる…」

「3、2、1、ほら言え」

「そんなに早く言えないよっ、待ってよっ」

「わかった」

 二人とも、黙り込む。

 しばらく目をつぶって考えたあと、あゆはぴょんと一度飛びのいた。


「お待たせしましたっ。それでは、ボクの最後のお願いです!」


 オレはただ、続く言葉を待った。

「ボクのこと、忘れてください」

 風も、星の瞬きも、鼓動も、全てがいちどきに止まった。

「ボクと会ったことのある人みんな、ボクのこと忘れてくれますように」

 あゆは願いを、もう一度繰り返した。

 無理矢理作った笑顔に、月光の木洩れ日がかかる。


「……本当に、そんな願い事でいいのか?」


「ボクの今一番の願い事だよ」

「でも叶えるのは祐一だぞ」

「あはは、そうだったね」

 屈託なく、あゆが笑った。









 オレはあゆを引き寄せた。

 それこそ、人さらいのような乱暴さだった。


「このバカ、そんなの誰が許すってんだよ、他の誰が許してもこのオレが許さねぇ」


「痛いよ、ヒロくん」

「七年間だぞ、七年間も待ったんだぞ。せっかく待っていた相手が来たのに、お前はそれでいいのかよ?」


「……」

「こんなオレと遊んでる場合じゃなかっただろうが」

「……っ」

「ぜんぜん思い出してもらえないままで、お前はいいのかよ?」

「……っ…」

「どうなんだよ、月宮あゆっ!」

 耳元で怒鳴りつけた声が森に木霊する。

 オレの言葉は、この少女の心にどんな風に跳ね返っているんだろう。

 そして、あゆの答えが返る。

「いいんだよ」

「……」

「ボクのこと思い出したら、祐一君はきっと苦しむから…」

「……」

「栞ちゃんが、かわいそうだから…」

「……」

「ボク、みんなの苦しむ顔なんか、見たくないよ…」

「ばかやろう…」

「それにね、もう十分楽しんだよ…本当は、もう二度と食べられないはずのたい焼き、いっぱい食べれたもん」

「……」

「祐一君に会って、いっぱいお話できたもん」

「………」

「それにヒロくんに会えて、たい焼きもおごってもらって、祐一君以外の男の子と友達になれたもん」

「……っ」

「まんぞくだよ」

「嘘つきはうぐぅの始まりだぞ」

「そんな言葉ないよっ」

「この大嘘つきが…っ」

 オレはさらに腕に力をこめた。

 分厚いダッフルコートで体温が伝わってこないことが、なおさらオレを焦らせた。

「苦しいよ…」

「じゃあなんで待ってたんだよ。なんでオレに跳びついてきたんだよ、祐一くんって呼んで」

 思い出は、誰にとっても安心できる場所だと誰かが言った。

 楽しい思い出ならそこに逃げ込み、悲しい思い出なら封じてしまえばいい。

 どんなことでも、そして、いつしか心は痛まなくなるから。そうしてしまえばいつだって楽しい。だから。

 だけれど。

 思い出は、消せない。

 忘れててもいつか必ず、思い出す。

 その時に、

「過去形で語られて、お前は嬉しいのかよ?」

「でもっ、でもっ、このままじゃ栞ちゃんが…」

「栞ちゃんて誰だよ…」

「ヒロくんがボクにたい焼きをおごってくれた時、手を振った女の子だよ」









 ――藤田さん。わたし、3日だけですけど絵の先生になったんですよ。美坂栞っていう同い年の人と。



 ――あまりうまくはなりませんでしたけど、頼られるって嬉しいことなんだって、知りました。









 ――あゆのお守、ありがとな。



 ――それと琴音が、栞の相手してくれたらしくて。



 ――栞?……オレの、彼女だ。









「…栞ちゃんは、病気なんだよ…」

「……」

「…すっごく重い、病気なんだよ……」

「……」

「ボクが代わってあげなきゃ……神さまにお願いしなくちゃ、助からないんだよ。…知ってるんだよ。だから」

「だからどうしたんだよっ、大事なのはお前だろっ!!」

 あまりにも苦しい選択を薦める台詞に、自分の体までが引き裂かれるように痛んだ。

「うぐぅ……ヒロくん、ボクのこと忘れて。姫川琴音ちゃんを探しに来た街に、こんな女の子はいなかったんだって」

「んなこと、んなこと出来るもんかよっ!」

 積もった雪で声はかき消されるはずなのに、オレの叫びは森にわんわんと響いた。

「7年前ここであったことを、オレはみんな知っちまってんだっ。あんな夢見せられて、はい忘れますなんて言えるかよっ!」

「……そう、だから祐一君のためにも、ボクは忘れられた方がいいんだよ…」

 呟く様に、あゆが返す。

「本当にか? 誰にも知られず、ただ黙って一人淋しく消えていくのかよ!?」

「……」

「あんまりじゃねぇか、部外者のオレだって納得できねえよ、あんまり過ぎるじゃねぇか」

「……うぐ…」

「本当はずっと相沢といたいんだろ? そうなんだろ。だったら、なんでそう願わねえんだよっ!!」

 答えの代わりに、

「…うぐっ……ひっく」

 大粒の涙がオレのコートに落ちる。

「……………ごめん、オレのせいなんだよ、オレの…」

 悲しい運命を背負って…

 自分の運命を真正面から見据えて、待ちつづけたあゆ。

 その時間を壊したのは、オレだ。

 そう、藤田浩之という男が姫川琴音という少女を、捕まえておけなかったせいで。

 彼女が、相沢祐一と会ってしまったせいで。

 そして慌てて追っかけてきたオレが目の前の、月宮あゆと会ったせいで。

 二人の接する機会は薄れ、限りなく遠のいてしまったのだ。

 そして何一つ満たされないまま、あゆは世界から姿を消そうとしている。

「嘘でもいい、オレを、安心させる願いを言ってくれよ…」

 あゆが顔を上げた。

 頬に、幾筋もの輝きを乗せている。泣いているのに、にこにこ笑っている。

 唇が、開く。

「ボクの…」















 ボクの、お願いは… 















 抱いたからだから、白光が広がっていく。

 ふっと、感触が消えた。

 光が止んだとき、そこには何もなかった。

 あゆの姿も。

 コートも、リュックも、天使の人形も。

 そびえていた森の王も消えて、ぽっかりと空いた空間から月光が差し込んでいた。









 時間切れ。

 それは、あまりにも凄鎗な現実。

 奇跡に起こった、時間切れ。

 夢は、終わりだった。

 最後の願いだけが、滑り込むように、オレの耳に残る。











祐一君と栞ちゃんが、ずっと一緒に幸せでいられますように













 そんな、最後の願いだった。

 空には夜半の月が青い光を放っている。

 オレは、今日ほど『運命』という言葉を呪ったことはなかった。

「……こんな、こんな結末ありかよ」

 悲しかった。

 本当に悲しかった。

 どうしようもなくやるせなかった。

「おい神っ、聞こえてるか! お前は琴音ちゃんといいあゆといい、どうしてここまでひどいマネをするんだっ!!!」

 ずっと信じ待ってゆく少女に奇跡が与えた物語は、偶然が幾つも重なり合って、メチャクチャになって幕を閉じてしまった。





















 耳の奥でかすかな子供の泣き声が聞こえる。


 そうだ。

 オレにも、こんなことがあった。





















 オレは、犬を買っていたことがあった。

 ボス。

 オレよりでっかくて強い奴だった。

 お手をさせると、こっちが潰されそうになった。いつまでも絶対敵わないと思っていた、のに。


 ある日、ボスは病気であっけなく死んでしまった。


 それからしばらくのあいだ、オレはあかりにも雅史にも会わず、泣き暮らした。


 この世がなくなってしまえとさえ思った…。






 大好きな者との、別れ。





















 小さい頃、オレは迷子になった。

 全く知らないところに出てうろたえていたオレを、ある人が助けてくれた。


 オレはそこのうちの女の子と仲良くなって、毎日のようにその子の家まで遊びに出かけた。


 いつでも一緒にいたくて、ふたりでお願いもしたのに…


 ある日、その子は忽然と姿を消してしまった…。






 理不尽で、唐突な、別れ。





















「……くそ…」 

 その二つの別れが、同時に、目の前で起こった祐一と、あゆの気持ち。


 部外者のオレが、抱えられるものじゃなかったんだ。


 オレは切り株に座った。

 後から後から、涙が溢れてきた。

 知らなかったとはいえ、運命に介入して、壊してしまったのはオレだ。

 半端な覚悟で、取り返しのつかない事にうかうかと手を貸してしまったことにようやっと気付く。





 オレが、あゆをもう一度、死なせた…。





「畜生ォッ!!」

 『運命』という言葉と同じくらい、自分が嫌になった。

 動く気力は既に無かった。きっとこのままここにいて、凍え切り、ジ・エンドだろう。

 …志保。

 …先輩。

 言ってたのは、このことだったんだな。

 みんな。

 悪ぃな、オレは帰れない。あかりたちと一緒に、後で石でも投げてくれ…











































































 浅い眠りが覚めました。

 藤田さんの声が、頭に響いた気がしました。

 胸を諦めつける不安。

 後悔への恐怖。

 わたしは、ベッドを出ました。

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Schnee Traum ~第10話~ 1月24日(日曜日)

 眠る前、わたしは来栖川先輩に呼ばれました。

 学校では有名な人ですが、話すのは初めてです。

 長い話ではありませんでした。

 来栖川さんは3枚のタロットカードを並べて、先ほどは済みませんでしたと謝って、こう告げました。









 ――このカードを見てください



 ――「杯の8」 これはこれは『急転直下の解決』を意味します 今、です



 ――しかし…すぐ近くの未来の場所に出たカードです



 ――「杯の4」 これは『郷愁』を。そして「剣の10」 『破滅』を意味します…



 ――浩之さんは優しい人ですから……他人が困ってるのを、見過ごす事のできない人ですから……



 ――もし、何かあったら、すぐに私に知らせてくださいね……










 1分と経たないうちに辿りついた目的の部屋。

 異変には簡単に気付けました。ツ―ロック用の金属のリングが挟まって、ドアが半開きになっていました。

 中は、空っぽでした…。

「……来栖川さん、ごめんなさい」

 でも、あなたの話が本当なら、これはきっとわたしがやらなければいけないことなんです。

 今からでは浩之さんがどこへ行ったのかは分かりません。

 わたしの行ける場所は、一つしかありません。









 ――あそこに見える丘ですか? ものみの丘っていうんですよ 



 ――妖狐っていう不思議な獣が、人の行いを見つめるために作った丘らしいです



 ――ファンタジーっぽくて、かっこいいですよね



 ――え、先生、登ったんですか? あそこはけっこう険しい道だって聞いてますけど…









 枯れ枝が顔を打って肌が切れたような気がしました。

 それに気を取られた矢先、足元がつるりと滑りました。

 なんとか踏みとどまります。夜の山道は、本当に怖いです。

 それでも、震えたり、止まったりはしませんでした。

 そして、ちゃんとわたしは、目的地に辿りつけました。









 地球から突然宇宙に放り出された気分です。

 ここに自分がいるのかどうかが不安になるほど、星の瞳がわたしを強い調子で見下ろしていました。

 誰もいない、凍りついた荒原。

 ほんの数日前、キツネに手を伸ばすのを止められた場所。

 広がった闇の向こうへわたしは叫びました。

「浩之さんを、浩之さんを返してくださいっ、もう傷つけないでくださいっ」

 たちどころに、計り知れないほどの圧力を感じます。

 跳ねかえってくる確かな反応。拒絶の意思でした。

「お願いです、もう止めてください!」

 吹きつける意思。思わずその場にうずくってしまいます。

 来た場所は間違ってはいなかった。だけど、拒絶の意思は強い。















 声が乾いて、枯れる。

 喉が氷の針を飲まされたように痛い。

 でも、負けられません。

 ここで引いてしまったら、浩之さんはきっと無事では戻ってこない。

 絶対に、逃げません。

 藤田さんがわたしのために戦ってくれたように、わたしも戦うんです。

「わたしはこのチカラを持たされたことを恨まない。チカラを持って生きてかまわない」

 咳き込む喉をあけて、強気で、わたしは言いました。

「だからもう、これ以上、悲しい思い出を持つ人を増やさないで!」

 そう叫んだ矢先、

 一匹のキツネが、わたしの前に現れました。

「あなた…」

 わたしがはじめてヒーリングで治した、彼でした。

「あなたも妖狐、なの?」

 低く唸った彼が、頷いた気がしました。

「あなたも奇跡が起こせるんでしょう? おねがいっ」

 夢中で差し出した手を、がぶりと噛まれました

 寒さで棒になった指だけに、痛さもひとしおでした。一言うめいて、うずくまってしまいます。

 指を握り、暖めます。

 ぬるっとした感触が伝わりました。

「そうですよね、虫が良すぎますよね…」

 話が本当なら、何百年も前から続いてきたのを、わたし一人で何とかしようとするのは、バカみたいなことなのかもしれません。

 こうして、独り相撲してるわけじゃない、と身体で感じられるほど反応してくれることさえ、驚くべきことなのかもしれません。

「だけど、」

 もう一度わたしは手を伸ばしました。

「だけど、もうみんなを苦しめないで……もうわたしのせいで、悲しい顔をする人が出るのは、嫌なんですっ!」

















なんで、望むの?

















「浩之さんを、ですか?」

 左からする声。

















チカラは押さえられたし、いっぱいいろんないいことがあったでしょ。


















「嘘。この街だって、悲しいことも苦しいこともある」

 右からする声。

















           自分で、新しい幸せを掴もうとは思わないの?

















「わたしは、わたしは他人の不幸な顔を見てまで、幸せにはなりたくない、パパやママならなおさら!」

 時に誘い、時にけしかけるような声が、わたしを揺さぶってきます。

















幸せって、そういうものでしょ。     


















「……」

















  みんなの喜ぶ顔を見るために帰るの?あなただけが、そんなに犠牲になっていいはずがないわ。


















「……」

 いいえ、違う、絶対に違うはず。これは、わたしが勝手に聞いている声!

















     もう、大人でしょう? 自分の道を自分で選べないの?






















 本当ならば『正しい』はずの言葉に、一瞬、心の秤がぐらりと揺れました。

 でも。

 秤のバランスが崩れたとたん、わたしの頭にしまわれていたものが、飛び出してきました。

 そう、絶対忘れてはいけなかった、大切な大切な約束。

「…それに、約束したんです」











 少しの間、北に行こうと思います。心配しないで下さい。

 きっとまた、戻ってきますから。












「浩之さんと、パパとママと、友達のいる街へ帰るって、約束してきたから」

 そう、約束…。

「約束したから…」

















約束…?

















 時間が過ぎて、いろんなことがあって、みんな変わっていくけれど、もう、こんな後悔を、したくもしてほしくもない!

「約束したからっ。わたしに、約束を守らせてっ、けほっけほっ」

 とうとう喉が枯れました。声を出そうにも、もうからからの息しかでてきません。

 ……。

 反論が止まり、ふと、音が消えました。

 こんな時に……『チカラ』…?



































 暗い青一色だった野原が、茜色に染まっていました。

 心地よい風が、絶え間なく吹き続けています。

 そこに、夕日色の髪をした女の子が、無表情のまま、佇んでいました。









約束、してきたの?









 はい。









そう。

約束って、一番大事だから。

私達も、ずっと昔の約束を、守っているから。約束を邪魔する事はできない。

でも、行くなら、わたしとも約束して。

…忘れないで。

この街でもあなたは多くの人に助けられたということを。

羨ましく思う人がいるくらい、多くの人に助けられたっていうことを。









 絶対に、忘れません。









ありがとう。









 でもわたしだけ幸せになろうとするんじゃ身勝手です。これ以上、悲しい思い出を持つ人を作らないで、悲劇を繰り返さないで!









それはあなたの独善よ。これまで、そのおかげで私達も人も共存できていた。






人間の代表みたいに語るのは許せない。    










黙ってて、わたしが話してるんだから。

……。

……。

……うん、いいよ、他にも、それを望んでる人がいるし、ね。









 ありがとう。約束します。

 わたしは絶対に忘れません。

 あなたは、わたしに力をくれた。『チカラ』を信じることが出来る力を。









…本当に?

昔、約束したことがあったの、でもその子はわたしを捨てた。









 本当です。









絶対に?









 絶対です。

 そう答えたとたん、彼女は、元気よくわたしに笑いかけました……。

























 たちどころに、夕日の丘が消えました。

 一瞬の幻想との邂逅。

 最後にわたしが受け取った不思議な感覚。









いつかはげんきをくれて、ありがとうね。おれいに、









「…こ………とが……てつだって…あげ……る? あなた、女の子だったのね……」

 その言葉を言い終わらない内に、ものすごい勢いでチカラが動き出しました。ヒーリングの感触です。

 一度大きく身震いしたあと、遠く宇宙に向けて放たれたように、エネルギーが身体から天空へ抜けていきました。

 そして、チカラの反動で起きた耳のつかえがとれると同時に、

「……ぁ…」

 今の『チカラ』で、星の水瓶がこぼれたのでしょうか、





















 数え切れない流れ星が一斉に、夜空一面に青白い引っかき傷を付けていきました…。





















 きれい…。

 これならきっと、大丈夫ですよね。

 手に残った、小さな噛みあと。

 あなたとの約束の証、です…。









 安心したとたん、足がふらふらしだしました。

 眠気が、寒さが、駆け足で身体を覆ってきます。

 逆らう暇もなく、視界が横倒しになり、ほおに地面の氷が触れました。

 あぁ、最後の最後でダメですね、わたし。

 こんなところで寝てしまったら、きっとただではすまないでしょうに…。









































 オレが仰いでいた蒼天井に、雨音がしそうなほど多くの流星が散った。


 それはあまりにも悲しく、美しかった。





 オレも、あゆも、祐一も、琴音ちゃんも、みな一度は裏切られた。


 だけどオレは、生まれてはじめて、心の底から祈った。


 もし神がいるのなら、天使が願いを叶えてくれるのなら、


 星に願いを。

 オレの、願いは…















































































































「……ぁ」

 視界が光色です。ひとときだけ、彼岸に着いたのかと思いました。

 でもわたしは、無事。

 どうして…。

 それは身体を動かしてわかりました。野原に仰向けになっていたわたしは、さらに、もう一枚厚いコートでくるまれていました。

「……お目覚めですか?」

「来栖川…さん!? どうしてここへ!?」

 かすれた声を立てながら、わたしは目をしっかりと開きました。

 わたしにかぶせられているのと同じコートを羽織って、来栖川さんが、膝枕をしてくれていました。

「……」

「え、きっとあなたと同じ理由です…先を越されてしまいましたって?」

 こくん。

「じゃ夜の間、ずっとここに?」

 こくこく。

「そんな…」

「……」

「え、都会では見られない綺麗な星空が見れて感激でした、って…」

 こくん。

「………んふふ…ふふ……あははは…」

 来栖川さんなりの気の使い方だったのでしょう。でも、わたしはなぜかおかしくなって、笑ってしまいました。

「ロマンチストなんですね」

 そう言うと来栖川さんは、ほのかに頬を赤くしました。

「………」

「そうですね、浩之さんも心配しているでしょうし、戻りましょうか」

 霜で輝く草から身体を起こしながら、わたしは、もう一言だけ、来栖川さんの耳もとにささやきました。

「ごめんなさい」

 ひとりで勝手に出てきてしまって。

 でも、その甲斐はありましたよ……。



















































 もう時間も意識も感覚もわからなくなった頃だった。


 がさがさがさ。

 ずざぁ。

「……」

 オレは振り向かなかった。

「うぐぅ、すっごく冷たいよ…」

 オレは、振り向かなかった。

「せっかくおどかそうとしたのに…」

 オレは、振り向かなかった。

 がしっと、肩に手が回された感覚があった。


「待っててくれたんだね、ヒロくん」

 ようやっと、オレは信じることができた。


 振り向いたオレの目の中に…。

「ううう、やっぱり寒いよ~」

 薄緑色の病院着を着たまま、

「うぐぅ、雪だらけ……」

 何か所も転んだ後をつけて、

「あゆ」

 1週間この街で共に過ごした、友達が立っていた。


「ヒロくん、一つ間違えてるよ」

「……」

「ボクは、生きてるよ」

「……」

「ボクはただ…ずっと眠ってただけなんだよ、七年前のあの日から、今日まで」


 オレが正面に向き直ろうとしたとたん、あゆはバランスを失い、頭から雪に突っ込んだ。


「何も言わずに急に動かないで~」

「バランス感覚なさすぎだぞ」

「ひどいよっ」

「7年間もサボって寝てっからだ」

「うぐぅ…」

 オレは、自分の来ている分厚いコートをあゆにかけた。


 汗で濡れ、火照った体に、朝の寒風は予想以上にこたえた。


「たっく無茶しやがって。これじゃ今度は風邪引いて入院しちまうぜ」


 こんな中を、歩きなれない身体で、ぞっとなるような軽装で、あゆはやってきたんだ。


 いるかどうかも分からない、たった1週間一緒に過ごしただけの、オレのために。


「うぅ、まだ冷たいよ…」

 足も、寒そうなスリッパ履きだった。

「わっ!」

 オレはあゆを抱きかかえた。

 元から小柄なあゆは、長い入院のせいもあってか、驚くほど軽かった。


 コートは足先まであゆの身体を覆う。

「……でも、ボク、戻ってきちゃっていいのかな…」

「……」

「ボクがここにいて、ボクのお願い、叶うのかな…」

 木々の格子を抜けた日が、森の大気を白く照らしている。

「何言ってんだよ。もう、お願いの人形はいないだろ?」

 だから、もう羽は、背負わなくてもいいんだぜ。

 あゆ。

「祐一が叶えるんだぜ。絶対叶うだろ? 叶わないわけがねえんだよ」

「…うんっ」

「よし、じゃあ行くか」

「どこへ?」

「7年間お前のこと忘れてた、その不実な彼氏をぶん殴りに、よ」


 オレはちょっと嫌味に口元を緩ませた。

「うん…」

 ためらいがちにあゆが頷いた。

「それが終わったら…」

 こころからの笑顔を浮かべて、オレは言った。


「二人でまたたい焼き食って、本当のさよならだぜ!」


「うんっ!」





















夢…





夢が終わる日…





春の日溜まりでも溶けない雪があり





成長しても影を潜めない面影があり





永遠の時間の中でも燻り続ける想い出がある





だが…





一つの偶然が…





些細な日常が…





信じる勇気が…





凍てついた時計の針を動かす手となって





今…





時の鐘が、永かった悪夢(ゆめ)に終わりを告げる





最後に…





ひとりひとりの、一つずつの願い達を叶えて…





一つずつの願い…









ボクたちの、お願いは… 












ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 22:00| 東京 ☀| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

2020年08月09日

Schnee Traum ~エピローグ~ 3月26日(金曜日)

「名雪~、起きろ~っ」

 ガンガンガンガン!

 あまりにも起きないので、部屋に入りベッド自体を叩いて起こしにかかる。

「……うにゅ…」

「睡眠時間二桁でまだ眠いのかお前は…」

 冬の終わりが近づき、その2乗に比例して朝の名雪が手強くなって行く。

 特に今朝のように温かい日はスリリングだ。

 秋子さんは、今までどうやってこの時期の名雪を起こしてたんだろうか…。

「朝起きられるよう、お前も少し旅に出てこい」

「……とんび?…くー」

「だめだこりゃ…」





§






「それじゃ行って来ます」

「気をつけてくださいね」

 秋子さんののんびりとした声に、ついつい安心してしまいそうになるが、すでに全力で走らないとまずい時間帯だ。

 このままだと今日も「うぐぅ、遅いよ~」と「祐一さん、大遅刻ですっ」を聞く羽目になるだろう。

「あっ!」

 その時、まだリビングにいた名雪から声が上がった。

「祐一、早く来てっ」

 忙しい時間だとわかってないのか、すでに靴を履いた俺を呼ぶ。

 居間にとって返すと、名雪は緑色の物体を突き出してきた。

「観葉植物がどうかしたのか?」

「違うよ、ここ」

 あごでもっと下の部分を指し示しす。

 その先にあったもの…。

 黒い土から、強い緑色の、雑草とは明らかに違った芽が出ていた。

「私のかちっ、だよ」

 琴音が冗談で埋めた種…。

 そうか、あれが芽を出したのか。

「イチゴサンデー、さんばいっ!」

 俺は顔を近づけて観察した。

 左の葉がちょっと大きめな、葉脈もしっかりとした黄緑色の双葉。

「春か…」

 琴音が去ってから、もう2ヶ月がたっていた。

「元気でやってるかな」

「やってるよ、きっと」

「……そうだな」

 新たな生命の芽吹きの季節。

「わ、祐一、今日は一生懸命走らないと間に合わないよ」

「頼むからもう走らせないでくれ…」

「努力はするよ~」

 琴音にも、きっとそれが訪れているはずだ。











§












 緑が萌えはじめた丘に背中をつけ、小柄な一人の少女が、空を見上げていた。

「……」

 その幸せそうな顔を、たった今やって来た少女が覗き込む。

「……はわっ」

 寝ていた草の緑が移ったような髪の少女は、跳ねおきて頭を下げた。

「あ、あの、た、ただいま休憩中で、あの、その、道に迷ったというわけでは…」

 しどろもどろになって答える彼女の姿は、誰しも笑みを浮かべにいられないものだった。

「構わないで下さい」

 だがあくまで淡々と、後から来た少女は答えた。

 そよ風が、丘をはしゃいで駆けて行った。

 この陽気に誘われたのか、二人の来訪に気をよくしたのか、草むらの向こうで、2匹の狐が姿を現した。

「あ、きつねさんです~~~きてくださ~い」

 目ざとく見つけ、先にいた少女が呼びかける。

「やめてください」

 手を伸ばそうとした少女を、後から来た彼女は言葉で制した。

「どうしてです?」

「人が関わると、この子たちにとって大きな不幸になります」

「そうでしょうか?」

 彼女は不思議そうに聞き返した。

「ひとりでいるより、みんなでいたほうが楽しいですよ。悲しいことなんてないじゃないですか」

「彼らは、自らの身に受けるまでその不幸を知らないから、気軽に近づいてくるんです」

「でもきつねさんだって、誰かが嫌な思いをしたらそれを知って、みんなで近づかないようにするんじゃないでしょうか?」

「……」

「きつねさんがわたしを嫌いなら、最初から寄ってこないですよ。わたしもきつねさんが大好きです」

「この子達は、自分のいるべき場所にいるのが一番いいのです。だから、手を伸ばすのはやめてください」

「いるべき場所ってどこですか?」

「それはこの丘の…」

「じゃあ、この丘なら、いっしょにいてもいいんですね」

「……」

「大丈夫です、いじめたりなんかしませんよ。だってやさしくされたらうれしくなって、きっとその人にもやさしくしたくなりますから。そうですよね?」

「……優しくされると、別れるときの痛みは、計り知れないものになるんです」

「……そうなんですか」

「だから、やめてください」

 忠告を無視し、少女は近づいた狐を抱き上げる。

「別れるのって、きっと辛いんですよね。わたしはロボットですから、よくは分かりませんけど」

「ロボット…?」

 緑髪の少女は、狐の背を撫でながら言葉を続ける。

「でも、別れを恐れていたら、誰とも出会うことは出来ないんじゃないですか」

 彼女の行動を止めていた少女は、はっと息を飲んだ。

「あ、なんかお説教くさくなっちゃいましたね、これ、わたしの3代前のお姉さんのデータの受け売りなんですけどね」

 そういうと自分を『ロボット』と言った彼女は立ちあがり、ぺこりと一礼した。

「自己紹介が遅れました。このたびこちらの都市で1年間お世話になります、HMX―12型、マルチです、どうぞよろしくお願いしますっ」

「天野、美汐です」

 彼女は、少し戸惑いながらも、笑みを見せた。

 その笑顔に、安心したようにマルチが切り出す。

「あの、お知り合いになったばかりで大変申し訳ないのですが…」


「何でしょうか?」

「新学期から通う高校への道を忘れてしまって…。すみません、案内してもらえませんかっ」











§












「ねえ琴音、みんなでカラオケ行かない?」

 琴音という響きを聞くと、まだ、あの街のことを思いだします。

 あの日の約束。

 誓ったあの子指には、ばんそうこうを張り続けています。

「え、今日は俺達のほうに来てくれよ」

 約束を守り続けているせい? それともあの時に使いきってしまったから?

 どちらかは分かりませんけど、あの日から、わたしの『チカラ』はずっと安定したままです。

「ううん、ごめん、私……」

「あ、そっか。今日もアタックするのね」

「頑張ってね、応援してるから。幼なじみなんかに取らせちゃダメよ」

「うんっ、じゃみんな、休み明けに」











§












「ふぁ~あ」

 オレはひとつ伸びをした。花を運ぶ風の香りが、オレの肺を満たす。

 見上げた桜の枝には、膨らんだ蕾が見える。

 新学期になれば、いつもの様に満開に咲き乱れ、新入生達を花吹雪で迎えてくれるだろう。

 街の風は、もう春の、生まれたての風になっていた。

 あの凍てついた北の街にも、この心地よい風が吹き出しただろうか…。









 あの日から、琴音ちゃんは変わった。

 それは決して劇的なものではなかったけど、他人の瞳を伺うような眼は溶けて流れ去った。

 そして学校も、家も、この街も、一連の騒動によって、少しづつ琴音ちゃんが住みやすい場所に変わってきていた。

 もちろん、あの一件で琴音ちゃんからさらに引いた人間がいるのは確かだ。超能力に引き続き、失踪事件を起こしたトラブルメイカーだと。

 でも、もう暗い顔はない。

 それを上回るくらい友達ができたからか。そんなのに負けないくらい、琴音ちゃんが強くなったからか。

「浩之さんっ!一緒に帰りましょうっ」

 訂正。

 一つだけ劇的に変わったことがある。

 オレへのアプローチが超積極的になったことだ。

「明日から春休みですし、どこか遊びにつれてってくださいっ」

 無理をしてるんじゃないかと疑いたくなるくらい、積極的になった。

 現に今も身体をオレの腕にくっつけてくる。人の目なんか気にしちゃいない。呼び方も(あの犬と交代だけど)名前呼びに格上げだ。

「どこがいい?」

「どこでもいいですよ」

 さらに腕を絡めてきた。

 うっ、背後から無数の殺意の視線を感じるぜ。

 琴音ちゃんは知っているのだろうか…

 そんな、一本芯の通った快活な美少女を好きになった奴らが、日夜オレの命を狙ってるってことを。

「やあ浩之!」

「ぐぼっ」

 いいボディブロー決めやがって……。

 かつては期待のホ―プ、今ではサッカー部のエースの代名詞となった、雅史もその一人だ。

「捜したよ。志保が、いつものように遊びに行こうって」

「浩之さん、佐藤さん、わたしも加わってもいいですか?」

「えっ? ええ、あ、ああ、あはははははははははは、まいったなぁ…」

 見ろ、この慌てぶり。

 まったく、どいつもこいつも。





「あしもとにかぜ~、ひかりが~まったぁ~っ♪」





 わけの分からない曲を引っさげて、唐突に志保が現れた。

「なんだ、現れて早々鼻歌なんか歌って。この陽気でネジが数本飛んだんじゃねーか?」

「はぁ? 今興行成績No.1映画のエンディングテーマでしょうが。アンタ流行に疎いのもいーかげんになさいよ」

「知ってるか、雅史?」

「最近あちこちでよくかかってるよね」

 ……裏切り者め。

 なおも首を傾げるオレに、琴音ちゃんの表情が曇る。

「浩之さん、この前この映画、一緒に見に行ったじゃないですか!」

 ああ、もしかして…

「あの時、やっぱり寝てたんですか!?」

 ぎくっ!

 あ、あの日は深夜番組見過ぎで…どうも最後まで…

「浩之ちゃん?」

 あ、あかりっ。なんつータイミングで出てきやがるんだよ。















 ちょっと、怒っちゃいました。

「あ、あれは、あの、その」

 チカラを使って、

「……あ、オ、オレのかばんッ!」

 鞄を、取っちゃいました。

「お仕置きですっ」

「琴音ちゃん、返せってっ!」

「欲しかったら、捕まえてくださいっ!」

 そして、思いきり走り出しました。



 ――そう、思いきり走り出すんです。

 転ぶことなんか、恐くありません。

 超能力のトレーナーをした、気弱な女の子への同情ではなく、異性として浩之さんに好きになってもらうんです。

 王子様を待っているお姫様の役は、もうこりごりです。

 神岸さんからだって、もう逃げません。

 無理して背伸びするんじゃありません。わたしが思うとおりやってみよう。そう決めただけなんです。

 もしかしたらそれが裏目に出るかもしれないけど、もうだいじょうぶです。

 さっきも言いましたよね、転ぶことなんか、恐くありません。

 だって、わたしには、

「待て~!」

「あぁ、まってよ浩之ちゃ~ん」

 勇気をくれた人たち。

 そして、この胸に、







「こっちですよ、浩之さんっ!」







 いつでも元気をくれる、場所があるからっ!






























姫川琴音


 


相沢祐一  藤田浩之


 


月宮あゆ  美坂栞 


 


長岡志保  水瀬名雪


 


来栖川芹香


 


天野美汐 神岸あかり 北川潤 来栖川綾香 琴音の母 


 


佐藤雅史 セバスチャン マルチ 美坂香里 水瀬秋子 森本美紀


 


沢渡真琴


 


イメージソング 『あなたの一番になりたい』


作詞:有森聡美


作曲:三留研介


編曲:添田啓二


歌:南央美


 


オープニングテーマ『Last regrets』


作詞:KEY


作曲:KEY


編曲:I’ve


歌:彩菜


 


エンディングテーマ 『風の辿りつく場所』


作詞:KEY


作曲:折戸伸治


編曲:I’ve


歌:彩菜


 


原案


『To Heart』(1999 株式会社アクアプラス)


『Kanon』(1999 Key:株式会社ビジュアルアーツ)


 


デバック


なべなべ


and......You 


 


2001 Prodused by “あるごる”


 


 


 


 


 


 


 


To All Readers……


Thank You For Reading!






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ラベル:Schnee Traum
posted by あるごる。 at 21:00| 東京 ☁| Comment(0) | SS | 更新情報をチェックする

2020年08月19日

夏影の季節、ですね。

こんばんはあるごるです。

リアルの季節・夏に、「ぼくたちは勉強ができない」の僻地と診療所。
この組み合わせに、「夏影」を思い出します。
そうです。AIRです。聖と佳乃の、あのシナリオです。
そして、私は書き上げられなかったSSを思い出します。
「失空」
痕の千鶴シナリオとAIRの佳乃シナリオのクロスオーバーを試みた、自作です。
さすがに今さらは書けません。
原作の台詞も追えない、読み手も消え失せて、自分の頭の中を活字化する以外の意味がないですから。

でも、うっかり書きかけのファイル読んで思いました。書いときゃよかった。
あまりに無茶なクロスだけど、絶対に面白いと言わせられたはず。
本当に、悔しいです。

今書いてる理珠の「戦い」が終わったら、また捜しに行きたいです。次の戦いの舞台を。
ぼく勉よ、ありがとう。
今後も、「青空」なんて絶対に似合わないでしょうけど。
確かにあなたは、書き手の私を甦らせてくれました。
posted by あるごる。 at 20:00| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする